第二十六話◇ 再会は、突然に。〜伊集院桜子視点
◇◇伊集院桜子視点
『──桜子さん。
期末テスト、お疲れ様でした。
実は夏休みは友人達と二週間、合宿で関西に行くことになりました。
その前に良かったら貴女にお会いしたいと思っています。』
期末試験で古文と日本史が一位になり、浮かれていた私の気持ちは急速にそのメールで萎んでしまいました。
(また、慶一郎様と二週間も会えなくなるんですか…?)
「…桜子?どうしたの?
──せっかく期末テストが終わって、二教科一位で総合で3位だったのに。」
朱里さんが心配そうに私の方を見てきます。ちなみに英語の一位は朱里さんでした。
「──慶一郎様が、夏休み予備校の合宿で二週間関西に行ってしまうそうなんです…。」
「…ふーん。どの合宿?」
朱里さんに尋ねられて、慶一郎様に添付されてきたちらしを見せます。
「…これだそうです。」
すると、朱里さんが何か考え込んだ後パッと目を輝かせました。
「へえ、いいじゃん!ねぇ!だったら私達もこの合宿行こうよ!!申し込み締め切り明日じゃん!」
その言葉に思わず私はがばっと顔を上げます。
「──っ!!行きます!!」
「…そうと決まれば今申し込んじゃうね。」
そう言って、朱里さんは早速電話をかけた後、『はい、はい、』と何度か相槌を打って電話を切りました。
「──どうでした?」
私の言葉に朱里さんがニヤリと笑います。
「大丈夫だったー!!」
「っ、ありがとうございます!!」
私は出来るだけ平静を装いながら、そっと慶一郎様に返信を送りました。
こうして私達も無事、夏休みに慶一郎様達と合宿に行く事になりました。
◇◇
「…今日から宜しくお願いします。
──伊集院桜子です。」
「城之内朱里ですっ!みんなと会うのは二回目だねっ!宜しくお願いしまーす!」
──出発の日。
私達は東京駅に集合していました。
「伊集院さんも、城之内さんも可愛いー!!」
そう言ってテンション高めに囃し立てる宮西さんと和田さんに、慶一郎様は焦ったように私の事を抱きしめてきます。
(…わ。)
ふわりと慶一郎様の匂いがして、じわじわと顔が熱くなってきます。
「桜子さんは僕の婚約者だからな!」
すると、四之宮さんが冷静な顔でスマートフォンをチェックしました。
「──そろそろ新幹線に乗る準備をした方がいいな。みんな、改札を潜るぞ。」
そう言って皆さんを先導して下さいました。
(──これから受験なのに、こんなに幸せでいいんでしょうか。
…でも、今だけは。この時間を大切にしたい。)
私達は頷き合うと、少し浮き足立ちながら六人で改札を潜りました。
◇◇
「やったー!俺の勝ちっ!!」
宮西さんが嬉しそうにガッツポーズをしました。新幹線では、慶一郎様達四人が向かい合って楽しそうにUNOをしております。
私と朱里さんはその横の席でその様子を見て、癒されておりました。
「なんか、いいね。こういうの。共学に来たみたい。」
窓際の席の朱里さんが嬉しそうに笑いました。
「そうですね。慶一郎様がご友人とあんな風に楽しそうに笑っている顔はなかなか見られないので嬉しいです。」
いつもと違い無邪気に笑う慶一郎様が、なんだか年相応に見えてほっこりしてしまう私でした。
──私達は予備校が提携しているという琵琶湖の近くのロッジに辿り着くと、予備校のスタッフの方から軽く説明を受けました。
なお、男女別のロッジに宿泊することになるそうです。
「──ねぇ、このスケジュール。なんだか軍隊みたいだね。」
パンフレットを見た朱里さんが顔を引き攣らせます。
………………………………………………………………
【一日の流れ】
6:00 起床・身支度
6:30 琵琶湖ラン、ストレッチ。
7:15 着替え
7:30 モーニング
8:15 午前授業
12:15 ランチ
13:00 午後授業
17:00 反省会
17:30 ディナー
18:30 入浴・休憩
19:00 復習、暗記
22:30 就寝
※スマートフォンは合宿が終わるまで預からせて頂きます。
………………………………………………………………
「…五分刻みですわね。スマートフォンも禁止だなんて…。」
「──っていうか、この琵琶湖ランって何?ウケるんだけど。」
二人で話しながら荷物を置きに行きます。
部屋は2階で、朱里さんと二人部屋でした。
2段ベッドと勉強机が置かれており、木の香りがするカントリーなお部屋です。
「へー。可愛い部屋じゃん。桜子ベッド、どっちがいい?私上がいいなー。」
「良かったです!私も下が良かったので。荷物を置いたら皆さんと合流しましょうか。」
ワクワクしながら待ち合わせ場所に向かうと、もう慶一郎様達が待っておりました。
(大変っ!お待たせしてしまいました。)
「…っ、遅くなってすみません、」
私が焦って走り出そうとすると、足がつまづいてしまいました。
「──きゃっ!!」
「危ない!!」
その時です。誰かがグイッと私の手を引っ張って、助けて下さいました。
(…誰?)
私が恐る恐る顔を上げると、そこには見覚えのある顔がありました。
「──大丈夫…って、君は…。」
色素の薄い、整った顔。
驚いたように目を見開いているのは、二週間程前に書店で声をかけて下さった、天宮さんでした。
「…天宮さん。」
「…驚いた。また会ったね。君も、この合宿に来てたんだ。」
そう言って、天宮さんがフワッと嬉しそうに微笑みました。
「──っあの、」
何故か彼は、まだ私の手を握ったまま、なかなか離してくれません。
「──桜子っ!!大丈夫?!」
「桜子さんっ!!」
私が驚いて呆然としていると、朱里さんと慶一郎様が急いで駆けつけてくれました。
後ろから四之宮さん達もこちらに向かっています。
すると、天宮さんが振り向いて、慶一郎様の方を見たあと、驚いた顔をしました。
「…財前君。また会ったね。君も来てたんだ。
何?君、『桜子ちゃん』の知り合い?」
その瞬間、慶一郎様のこめかみがピクリと動きました。
「──桜子さん、助けてさしあげられず、申し訳ありませんでした。」
慶一郎様は一歩前に出て、天宮さんと私を引き離し後、何故か庇うように私の肩を抱きました。
(──慶一郎様?)
「…天宮。『僕の婚約者』を助けてくれて、礼を言う。」
その言葉に天宮さんが固まりました。
「…え。婚約者って、桜子ちゃんが?君の?」
「──はい。慶一郎様と私は12歳の時から婚約しておりまして。あの…、天宮様と慶一郎様はお知り合いですか?」
私がそう言うと、天宮さんが一拍置いた後、面白そうに笑いました。
「…へえ。そうだったんだ。
うん。何度か社交パーティーで顔を合わせてるんだけど、最近もちょっと…ね?」
すると、慶一郎様が少し低い声で言いました。
「…天宮は、どうして桜子さんと知り合いなんだ?」
「──ん?この前書店で見かけてさ。
手にとっている赤本を見たら、同じ学部受けるみたいだったから。思わず、声をかけちゃった。
──だって、すっごく可愛くて僕のタイプだったし。」
満面の笑みで言う天宮さんと裏腹に、その場の空気が凍りついてしまいました。
「…っ、お前っ、」
思わず慶一郎様が天宮さんの手を掴んだその瞬間、冷静な声が響きました。
「──おい。もう少しで僕が楽しみにしていた鍋料理屋の予約時間なんだが。
締めのラーメンが美味しいと有名なんだ。明日からの食事はコテージの受験生用のものだし、大した期待できないからな。
遅れないように早めに行きたいんだが。」
四之宮さんがそう言って眼鏡をクイッと上げていました。
それで冷静になったのか、慶一郎様が天宮さんの手を離しました。
「…すまない。天宮、桜子さんを助けてくれてありがとう。礼を言う。」
慶一郎様はそう言うと、私の手を握って踵を返しました。その指先にはほんの僅かに力がこめられていました。
私が振り返ってペコリとお辞儀をすると、天宮さんがひらひらと、満面の笑みで手を振っておりました。




