第十一話◇君が会いに来てくれた日。〜財前慶一郎視点
◇◇財前慶一郎視点
「…あの…っ、慶一郎様っ。
っ、私、貴方とキスをしてみたいですっ。」
彼女の声で僕の心臓はばくばくと苦しい程に暴れ出す。
赤く染まったその頬に僕は震える指先を這わせ、そして唇を重ねる。
「っん、お願いです、…慶一郎様に触れられると胸が苦しくなるんです…っ」
潤んだ瞳で僕を見つめてくる彼女に理性が焼き切れそうになる。
「っ、桜子さんっ!」
いつの間にか、僕達は兎小屋ではなく紫陽花の咲く美しい庭園の中で何度も何度も深く激しく口付けていた。
「んぅ、慶一郎様、もっと、もっとしてっ、身体が熱いの、」
生理的な涙で潤んだ彼女が僕を見つめてくる。
その蠱惑的な表情に、可愛らしい仕草に僕の頭の中で何かが弾けた。
「ああっ、もう、」
僕が彼女の腰を抱き寄せて力一杯抱きしめた瞬間、紫陽花の花びらがブワァッと舞った。
「…え?」
突然の出来事に僕が呆然としていると桜子さんが小悪魔のように可愛らしく微笑む。
「っ、もう。慶一郎様のエッチ♡」
―――がばっ!!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」
飛び起きた僕は息を吐きながら呆然とする。
(ぼ、僕は清らかで尊くて美しくて可愛い桜子さんでなんて不埒な妄想をっ!!)
「――っ、」
僕は思わず耳まで赤くしながら口元を抑える。
――この前桜子さんとキスをしてから桜子さんの声が、唇の感触が、あの時の表情が頭から離れない。
そして、ついに過激な夢となって可愛すぎる桜子さんが現れるようになってしまった。
(ああっ、桜子さん…、会いたい会いたい会いたい…。)
僕は女装して菊乃森女子学園に行く前よりももっと、桜子さんに会いたいと思うようになってしまった。
◇◇
「どうした、財前。目の下にクマがあるが。
中間テストも近いから追い込んでいるのか?」
登校すると、教室で四之宮が心配そうな顔で話しかけてきた。
「あ、ああ。なんだか最近前頭前野の働きが鈍っている気がする。」
すると、宮西がニヤニヤと茶化してきた。
「この前伊集院さんに会ったから恋煩いじゃね?」
「だが、あの時間に東海道線に乗ったのは正解だったと思う。
十七時を回ってしまっていたら財前の女装クオリティだと混雑のどさくさに紛れて痴漢にあっていてもおかしくはないからな。」
そして和田が謎に鉄道知識を披露してくる横で、四之宮が真剣な表情で僕達に告げた。
「とりあえずDHAとEPAを摂取しろ。
今日は四人でドラッグストアにサプリを買いに行こう。」
◇◇
――放課後。
僕達が四人でドラッグストアに行くと、近くの偏差値43程の共学カップルがコンドームを二箱買っていくのを目撃してしまった。
「っな!!」
「あいつら!!二箱も買ったぞ!
…あんなに使って学業と両立は可能なのか?!」
「無理なんじゃね?」
「…知能が低そうだ。」
(くそっ!クソクソクソ羨ましい羨ましい羨ましいっ!
桜子さん……桜子さああああん!!!!)
四人で凝視していると、男の方がニヤリと笑い、さらに神経を逆撫でしてくる。
「みんな。気をしっかりと保つんだ。
本来学業に励むべきこの時期にヒトパピローマウイルスに感染すると大変なことになる。
――童貞である事に誇りを持て。」
「そうだっ!童貞は人に迷惑をかけないし、
うっかり相手を妊娠させる心配もしなくていい。」
四之宮と僕の会話に、和田が死んだ魚のような目で溜息を吐く。
「…ヤレるもんならやりたいけどな。」
「それはそうと、最近入った事務職員の女の人可愛くね?!38歳だって!」
気付けば宮西はすっかり熟女好きになっていた。
――コンドームカップルを見送ってから僕らはサプリ売り場へ向かう。
「あ、四之宮。TE◯GAローションが売っているが、補充しなくていいのか?」
僕が尋ねると、四之宮は首を振る。
「昨日渋谷に行ったついでに、ドン・キホーテでまとめ買いしておいた。」
――まとめ買いしておいた。
(……こいつ、備蓄型なのか?)
僕が絶句していると、四之宮はふと思い出したように言った。
「あ、そういえばその時。
菊乃森女子の制服着た子が二人、チャラい男にナンパされていたぞ。」
「っな!!菊乃森?!桜子さんの学校じゃないか!!
で、どうしたんだ?!助けたのか?!」
僕の剣幕に四之宮は落ち着いたまま頷いた。
「ああ。もちろん助けたぞ。」
(よかった…!四之宮、ありがとう!!!)
「……が、なぜか僕がその男と明治神宮に行く羽目になったがな。」
「…なんで明治神宮なんだ?」
僕が固まると、四之宮は眼鏡を押し上げながらため息を吐いた。
「仕方ないだろ?
そいつが“聖地に行きたい”と言い出したからだ。
でも近くに美味いクレープ屋があるので、しょうがないからそいつにも買ってやった。」
「……そいつ、御朱印オタクか?」
少し考えた四之宮は、静かに首を振る。
「……さあ。」
結局僕たちはDHAとEPAを大量に購入し、ドラッグストアを後にしたのだった。
◇◇
――それから数日後。中間テストが終わり、順位表が張り出された。
ちなみに今日は僕の誕生日でもある。
「うおおおおお、すっげぇ!四之宮と財前、二人とも総合で一位じゃん!」
宮西が興奮して順位表を指差している。
「ああ。だが、まさかの数学で一問ミスをしてしまった…。
その代わり、古文の成績は上がったがな。」
――そう。この前手紙に桜子さんが和歌が好きだというので、伊勢物語で在原業平が詠んだ句を追伸で書いたところめちゃくちゃ喜んでくれたのだ。
それから僕は桜子さんに喜んでもらう為に今まであまり興味が湧かなかった和歌について調べるようになった。
――そして、その中のいくつかがたまたまテストに出たのである。
(ああっ、桜子さん、ありがとうございますっ。次会えた時必ずお礼を伝えたいっ。)
すると、四之宮がガサゴソとカバンの中を漁り出した。
「そういえば、今日は財前、君の誕生日だっただろ?
――おめでとう。
これ、やるよ。」
そう言って卵型TE◯GAの6個セットをくれた。
「おおっ、蛍雪の友達よ!ありがとうっ!!」
僕は感動で打ち震えた。
「ほい、俺もプレゼント!」
宮西は熟女もののAVをくれた。
「お、おお。ありがとう。」
(コイツッ!ついにオカズまで熟女になったのか。)
そして、和田は機関車トーマスのDVDのセットをくれた。
「トーマスは電車好きにとっては原点なんだ。彼の事を生意気だなんて思わずにまずは真っ新な心で見て欲しい。そして、皆で大井川鐵道に観光に行こう。」
とりあえず、僕は真っ新な心でお礼を言っておいた。
「今日はこれからどうする?中間テストも終わったし皆で何処かに行くか?」
――そんな事を話していた時だった。
「おいっ!!校門の前で菊乃森の制服を着たスッゲェ可愛い子が財前君呼んで欲しいって言ってきたんだけどっ!!」
隣のクラスの新井が僕に向かって叫んできた。
その一言が、放課後のざわめきを一瞬で静かにした。
「なん、だと?」
「財前に?!」
「例の婚約者じゃね?!」
「見に行こうぜ!!」
クラスメイト達が駆け出したので、僕も新井に礼を言った後、慌てて鞄を持って走り出す。
(…まさか、本当に桜子さんか?!
でも、まさか、そんな…。)
校門の前に行くと、長い艶やかな黒髪の後ろ姿が見えた。
――その瞬間、僕の身体の体温が一気に上がる。
「桜子さんっ!!」
気づけば僕は叫んでいた。
すると、振り返った彼女は花が咲くように笑ったのだ。
「――慶一郎様っ!!」
僕が桜子さんを抱きしめると、彼女が真っ赤になった。
(桜子さんが……僕のために来てくれた……。
これ以上の幸福が、この世に存在するのか。)
「ちょっ、慶一郎様っ!!
こんな所で恥ずかしいですってば!
皆さん見ていますっ!」
後ろではクラスメイト達が口笛を吹いて囃し立てている。
「…いいんです。
――来てくれて、ありがとうございます。」
友人達から貰ったプレゼントはどれも嬉しかった。
でも――。
桜子さんが来てくれたことだけは、どんな言葉でも言い表せない。
それほどまでに、今日、彼女に会えたことが僕は死ぬほど嬉しかったのだ。




