8 忘れられた街の祈り
岬と遊天は、王都を目指す途中で立ち寄った古びた街「イゼル」に足を止めた。
街はかつて鉱山で栄えていたが、今は過疎が進み、人々の表情もどこか沈んでいた。
「……妙に静かだな」
「うん……笑ってる人が、誰もいない」
ふと見かけた教会跡に、ボロボロの祈りの石板があった。
それは、かつて魔獣から街を守った騎士と巫女の伝承を語るもので――岬はそこに妙な既視感を覚える。
(この話、どこかで……)
けれど、思い出せない。
滞在中、岬は地元の子供たちと遊び、彼らの「魔獣が来る」という噂に耳を傾ける。
「ねぇ、お姉ちゃん……魔獣、また来るの?」
「誰か、また守ってくれるのかな……?」
怯える子供の声を聞いて、岬は胸をつかまれる。
「……私が、守るよ」
遊天が目を見開く。
「無茶言うな。お前じゃまだ――」
「まだ“何もできない”かもしれないけど、何もしなきゃ“何も変わらない”でしょ」
岬は真っ直ぐに遊天を見返す。
その目には、決意の光が宿っていた。
その夜、子供たちの予言は現実となる。
霧の中、街を襲った魔獣――異様な巨体と鋭い爪を持つ獣は、恐怖と混乱を撒き散らした。
逃げ惑う人々。
火の手が上がる教会の鐘楼。
岬は剣を抜き、飛び込む。
「危ない岬、下がれッ!!」
「大丈夫、私、信じてる!――剣道じゃ勝てないかもしれない。でも、この腕は、人を守るためにあるって!」
遊天の投げた短剣で魔獣の動きが鈍り、岬がとどめの一撃を喉元へ突き刺す。
二人の連携で、魔獣は煙のように崩れ去った。
残されたのは、倒れた岬を抱える遊天。
「……バカ野郎。何であんな無茶を」
「だって……守りたかったんだよ……あの子たちを……」
遊天の腕の中で、岬は気を失っていた。
朝。
教会跡の静けさの中、遊天は焚き火のそばで目覚めた岬に、そっと水を差し出す。
「よくやったな」
「……ほんとに?」
「ああ。馬鹿みたいなやり方だったけど、あれで街は助かった」
「……ありがとう」
言葉少なに交わされる会話。
でも、そこには確かに、昨日までになかった“絆”があった。
ふと遊天は言う。
「この街、母さんが昔旅してたって言ってた」
「……お母さん?」
「ここで何か、大事なものを失くしたって……でも、何だったか聞けなかった」
どこか遠い眼差しの彼に、岬はそっと聞いた。
「……会いたい?」
遊天は一瞬、黙る。
「もういねぇ。でも……会えるなら、謝りたいかな」
岬はその背中を見つめ、静かに思った。
(この人、ずっと何かを背負ってきたんだ……)