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37 ラヴィーナの最後の陰謀

王都の空は、季節外れの黒雲に覆われていた。

それはまるで、誰かの怨念が空を蝕んでいるようだった。

「……すべては、私のために在るべきだったのよ」

王宮の奥、封じられし大広間にて、ラヴィーナは一人、静かに微笑んでいた。

その指先には、かつて禁じられたはずの「神官の血」の封印石が、微かに赤く灯っている。

「異邦の娘も、王子の心も、民の信頼すらも……。ならば、全て壊してあげる」

彼女は、王家の血筋にある“祭儀の系譜”を密かに利用し、古の封印を解こうとしていた。

それは「近畿きんきの儀」と呼ばれ、災厄を呼ぶ禁忌の術式。


ラヴィーナは、それを使って岬の存在を「災いの巫女」として証明し、民衆を扇動しようとしていた。



「ラヴィーナが……禁術を……?」


レオンの声が震える。執政官からもたらされた密書には、

祭壇の封印が破られ、儀式の兆候が確認されたと記されていた。

「……彼女は、王家そのものを“正当”に戻そうとしている。

 僕が王位を選ばず、お前を選んだと知った瞬間から……すでに狂っていたんだ」

「だったら、止めなきゃ。……私、逃げないよ。もう決めたから」

岬は強く言った。けれど、その声はわずかに震えていた。

心臓が悲鳴を上げていた。喉の奥にまとわりつくような恐怖は、まだ確かにそこにある。

それでも彼女は、一歩、足を踏み出す。

握りしめた手は震えていた。冷たい汗がにじみ、爪が食い込むほど強く拳を握りしめる。

怖くても、涙が滲んでも、逃げることだけは絶対にしたくなかった。


「私が“災い”と呼ばれるなら、真実を語って見せるよ。

 “未来を選ぶ者”として、父と、遊天が守ってくれたものの先へ進む。レオン……一緒に来てくれるかな?」

レオンは、迷いのない岬の瞳に息を呑む。

「……もちろん。これは君だけの戦いじゃない。

 民を導くのが“王”の責任なら、僕がその隣に立つ」

二人は強く頷き合った。



祭壇は、王都南の地下神殿にあった。

ラヴィーナは紅い儀式衣を纏い、異形の魔像を前に祈りを捧げていた。

術が完成に近づく瞬間――神殿の扉が開かれた。


「そこまでだ、ラヴィーナ!」

レオンの声が轟く。

背後には、鎧を纏った近衛兵と、白い外套を翻す岬の姿。

「……っ!」

ラヴィーナが歯噛みする間もなく、岬は剣を抜いた。

「この世界の“未来”は、あなたの憎しみじゃない。私たちが、選び取るんだよ」


ラヴィーナが叫ぶ。

「お前なんかにっ……! 王国も、王子も、なにもかも渡さないわっ!」

その瞬間、術式が暴走を始めた。

神殿の天井が震え、石像が狂気の呻きを上げる。

「退いて、岬!」

レオンが彼女を抱き寄せ、爆ぜる魔力から庇った。


だが、次の瞬間。

「――それでも……私は、あなたに感謝している」

岬が一歩、ラヴィーナの前へ進み出た。

「あなたがいたから、私は強くなれた。

 だから終わらせようよ、ラヴィーナ。あなたの呪いも、私の“血”も、ここで」


岬の掌に、かつて父から渡された“光の石”が宿る。

それは彼女が受け継いだ未来の力――。

空間が光に包まれ、暴走する魔力は静かに浄化されていく。

ラヴィーナは、呆然とその光景を見つめ、静かに膝をついた。

「こんな、はずじゃ……なかったのに……」


王都広場。

民衆の前に立つ岬とレオン。

「私は、異邦の者。そして“災いの血”と呼ばれた子です」

緊張で声が震えそうになりながらも、隣に立つレオンが心の支えになっている。

岬の声が、広場に響く。

「でも、それでも私はこの世界で“守られた”。愛され、支えられた。だから、もう逃げない」

「王として、私はこの者の隣に立つ」

レオンが一歩前へ出る。

「“血”や“出自”ではなく、心の在り方がこの国を照らすと、信じている」


最初はざわついていた民衆が、少しずつ、静かに――そして確かに、彼らに向かって頭を垂れ始める。

風が吹く。

その中心に立つ岬の瞳は、決して揺らいでいなかった。

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