35 静かな夜の語らい:岬とレオン
夜の帳が降りた王都の一角、静まり返った城の庭園に、岬の姿があった。
石造りの噴水の縁に腰掛け、夜空を見上げるその横顔には、まだ涙の痕が残っている。
風に揺れる灯火が彼女の頬をやわらかく照らし、その隣に、そっとレオンが現れた。
「眠れないのか?」
低く、優しい声。
岬は少しだけ首を振り、目を閉じた。
「……遊天が、いないのが信じられないや。まだどこかで、"いつもの顔"で笑ってそうでさ……」
声は震えていた。
こらえていた感情が、胸の奥からじわじわと滲み出すように。
レオンは黙って、隣に腰を下ろす。しばし、夜の静寂が二人を包む。
「俺ね、最初は……遊天さんのこと、正直、苦手だったんだ」
岬が少し顔を上げる。レオンは微笑みながら、噴水の水面を見つめていた。
「口は悪いし、すぐ手が出るし……でも、あの人は誰よりも優しかった。
お前のことになると、本当に真っ直ぐだった。……嫉妬したんだ、俺」
岬は涙で濡れた瞳でレオンを静かに見つめる。
「誰かを、あんなふうに守れる人間に……俺もなりたいと思ったよ」
言葉に宿るのは、真摯な憧れと、かすかな悔しさだった。
岬は唇を噛んで、こらえていた涙がぽろりと零れる。
「遊天は……ずっと、お兄ちゃんだった。厳しくて、不器用で……でも私、ちゃんと甘えたこと、あったかな。ちゃんと……ありがとうって、言えたかな……っ」
鼻の奥がツンと痛い。
震える声に、レオンはそっと手を伸ばす。
「言えたさ。あの人はきっと、わかってた。お前が彼を大事に想ってたことも、誰よりも信じてたことも」
彼の手が、岬の手に重なる。温かいぬくもりが、静かに沁みていく。
「岬。俺は、これからどうすればいい?
お前を守りたい。でもそれは、“王子”としてなのか、“一人の男”としてなのか、まだ……」
「どっちでも、いい。今は……ただ、傍にいてほしいかな」
言葉を終えると、岬はそっとレオンの肩に寄りかかる。
その細い肩を、レオンは静かに抱きしめた。
互いの鼓動が夜の風に溶けていく。
喪失の痛みを共有し、支え合いながら――ふたりは、また歩き始める。