34 焔の盾(ほのおのたて)
夜の王都広場は、炎の赤と黒煙の中に揺れていた。
人々の恐怖の叫び声が遠くこだまする中、岬の足は震えていた。
心の奥底に突き刺さるのは、守りたいはずのこの国の混乱、そして遊天の存在。
「岬!」
背後から遊天の低く震える声が響く。
彼の瞳には、いつもの冷たい不愛想な表情の影はなかった。
そこには、ただひたむきで切実な覚悟だけが宿っていた。
「俺が――お前を守る。絶対に離れねぇ」
その言葉はまるで命綱のように岬の胸に響いた。
遊天の腕が伸び、彼女の行く手を力強く遮る。
闇の奥から襲いくる刃が、容赦なく遊天の身体を切り裂いた。骨まで届く斬撃が、肉を裂き、内臓を貫く。噴き出した鮮血が周囲を染め、焼けるような激痛が神経を暴れ狂いながら駆け抜けていく。それでも、彼の瞳は揺るがなかった。
歯を食いしばり、血反吐を吐きながら、己の身を盾のように差し出す。限界を超えた身体が軋み、もはや立っているのが奇跡のようだった。
「お前を守れた――それだけで、俺はもう何も怖くない」
その声は氷のように静かだったが、絶望の中に灯る確かな決意が滲んでいた。
岬の手は、異常なほど震えていた。血と汗と涙にまみれた彼の身体を抱きしめながら、震えが止まらなかった。触れた肌は異様に冷たく、それが命が指の隙間から零れ落ちている証のようで、息が詰まるほど怖かった。
「やだ、やだ……お願い、死なないで……」
声に出すたび、絶望が喉の奥から溢れてくる。崩れていく彼を前に、彼女はただ、壊れそうな心を必死に支えるしかなかった。
遊天はかすかに笑みを浮かべる。苦しげな、しかし優しい笑みだった。
「なあ、岬……最後に言わせてくれ」
かすれた声が、血に濡れた唇からこぼれた。震える手が、空を掴むように宙をさまよっている。彼の体温はすでに冷えはじめ、指先から命が離れていくのがわかった。
「なに……?」
岬は涙に濡れた顔を彼に近づける。声はかすれ、嗚咽で喉が詰まりそうだった。泥に汚れた膝をつき、震える手で彼の頬に触れる。だけど、そのぬくもりはどんどん遠くなっていく。
「未来は……お前のものだ。どんな道でもいい。……幸せになれ」
微笑みとも、苦悶ともつかない表情のまま、彼の瞳からゆっくりと光が消えていく。
岬は涙をこらえきれず、嗚咽を漏らしながら遊天の腕を握り締める。
その胸の奥では、痛みと後悔が押し寄せ、胸が締めつけられる。
「どうして……何で……私を守ったんだよぉ……?」
答えはもう聞けない。けれどその覚悟は、彼の命の重さが証明していた。
そのとき、背後から静かな気配。
振り返ると、レオンが静かに歩み寄り、岬を包み込むように抱きしめた。
「君は、一人じゃない」
その声には、単なる王子としての責任を超えた温かさと決意が込められていた。
岬は震える声で呟く。
「私は……私の血の宿命を受け入れる。亜雷の娘として、この世界の未来を選び、守るよ」
体の中からほのかな光が滲み出し、広場にいる者たちの目に映る。
その光は恐怖の闇を裂き、人々の心に希望の灯をともした。
その夜、レオンは岬の手を握り締めながら静かに誓った。
「君を守ることが、俺のすべてだ。君の未来に、絶対に光を灯す」
岬は涙をぬぐい、揺れる心を押し込めて、新しい一歩を踏み出した。
遊天の死は深い悲しみだが、その悲しみは今、強い決意と未来への希望に変わったのだ。