3 その夜、最初の野営地
森を抜けた小高い丘の上。風が枝葉を揺らし、小さな焚き火の炎が揺れる。
木々の間に落ちる陽はもうなく、空には群青色が広がっていた。風は冷たく、街中の喧騒とはまるで違う静寂が支配している。
遊天は手際よく火を起こし、何も言わずに岬の前に固いパンと干し肉を置いた。
岬はそっと受け取り、ひと口かじると顔をしかめた。
「……固っ」
「文句言うな。ありがたく食え」
「いや、ありがとうって言いたかったんだけど……」
言いかけて、視線を落とす。昼間の恐怖と絶望、そしてそれを救ってくれた彼への感謝が胸に渦巻いていた。
「……本当に、助けてくれてありがとう」
しばらくの沈黙のあと、遊天はぽつりとつぶやいた。
「礼なんていらねぇよ。見てらんなかっただけだ」
「それでも、あのままだったら……私、どうなってたか……」
岬の声が震える。火を見つめながら、彼女は唇をかむ。
「自分じゃ強いつもりでいた。でも、剣道やってただけで、あんな奴らに囲まれたら何もできなくて……悔しかった」
「剣道?まぁ……戦う覚悟と技術は別物だ」
「あなたは、怖くなかったの?」
火の揺らめきが、遊天の横顔を照らす。彼はふと目を細めて、どこか遠くを見るように言った。
「怖いに決まってる。でも……怖がって止まったら、守れねぇ」
その一言に、岬は深く心を打たれる。
(この人は……戦う理由を知ってるんだ)
彼の背負うものが、自分とは違う重さであることを岬は感じていた。言葉にできない何かが、胸の奥で疼いていた。