27 王都での真の使命
王都での混乱が収束した後も、岬の胸の奥には拭えない痛みが残っていた。かつては何も知らずに笑っていた街の人々の視線が、今は警戒と猜疑の色を含んでいることに、彼女自身が最も敏感だった。
王宮の回廊を静かに歩いていた岬は、ふと立ち止まり、窓の外の庭を見下ろした。花が咲き、陽光が揺れている。けれど、あの日自分に向けられた恐怖の目と怒声が耳に残っていた。
「私は……ここに居ていいの?」
ぽつりと漏らしたその声を、背後から聞いていた者がいた。
「誰に許可をもらう必要がある? お前自身が、ここに立つと決めたんだろ」
振り返ると、そこに遊天がいた。以前よりも表情が柔らかい。けれど、その瞳の奥に宿る決意の火は変わっていなかった。
「俺は、あの時決めた。岬を守るって。……それがこの王都であっても、戦場であっても、関係ない」
岬は少しだけ目を伏せ、そっと唇を結んだ。
「ありがとう……遊天」
遊天の目が一瞬だけ揺れたが、何も言わず、その頭を優しく撫でた。
その頃、王宮の執務室では、レオンが重く沈んだ空気の中で書状に目を通していた。王族評議会からの通達――「亜雷族の者を王宮から排除すべき」という意見が、一部貴族から上がり始めている。
「岬の存在は、もう単なる一個人ではなく……この国の行く末に関わる存在だ」
そう呟いた彼に、忠臣の一人が問うた。
「それでも、殿下は彼女を傍に置かれるのですか?」
レオンは答えるのにしばらくの沈黙を要した。そして、強い意志をその瞳に灯して言った。
「俺は……岬を“守りたい”と願う以前に、彼女の“未来を共に見たい”と望んでしまった。たとえ、それがこの国を敵に回すことになっても……」
その決意は、やがて大きな決断へと繋がっていく。
――だがその裏で、ラヴィーナの策略は未だ終わっていなかった。
軟禁されたはずの彼女の部屋には、夜な夜な密使が出入りしていた。地下回廊を通じて繋がっていた旧貴族派との連絡線は、まだ完全には絶たれていなかったのだ。
「“王女”の影として、私はまだ動けるのよ。岬が消えれば、レオンは必ず私の元へ戻る……それが、彼の本来あるべき場所」
その呟きに、闇に溶けるような声が応えた。
「ご命令を。次は……確実に仕留めましょう」
次の標的、次の陰謀。
それは、岬を葬るだけでなく――レオンの“心”そのものを試す、最後の罠となる。
物語は、より深い影へと進み出す。