26 揺れる王都、燃える密謀
王宮の奥深く、かつて王族の政略を練るために使われていた石造りの塔。その最上階で、ラヴィーナは静かに鏡台の前に座っていた。
香に燻された部屋。純白のドレスを身にまといながらも、彼女の瞳は氷のように冷たい。
「私の邪魔をしたこと、きっと後悔させてあげるわ、岬さん……」
鏡の奥に映ったのは、銀の爪飾り――毒が染み込まれた暗器。ゆっくりとそれを手に取り、優雅な所作で指にはめる。
その手元に、黒衣の影がひざまずいた。
「例の件、手筈は?」
「はい。明日、岬殿が王城の中庭で民との対話に臨む時間――“事故”に見せかけた小規模な魔獣召喚を行います」
「よろしい。私の手は汚れない。ただ、岬さえ消えればいい」
ラヴィーナの瞳が闇に沈む。
「レオンの心が私に戻るかは分からない。でも、“彼女がいない世界”なら、彼を取り戻すことはできる」
それが、彼女の哀しく歪んだ愛情の形だった。
一方その頃、王宮の別室――
「……不穏な動きがある」
遊天は壁に寄りかかり、鋭く目を細めた。
「王城の警備が妙に緩んでる。岬が中庭で民と話すって決まってから、やたらと“表に出す”動きが多い」
「それは……偶然とは思えないな」
レオンが静かに言った。彼の声には、王としての自責と、一人の男としての焦りが滲んでいた。
「岬はまだ、王都での立場が完全に安定したわけではない。民衆の前に立てば、火種にもなり得る。そしてその混乱に乗じれば、彼女を……」
言葉が詰まり、拳が震える。
「俺が……彼女を、この王都に留めた。だから俺が守らなければ」
遊天はその横顔をじっと見つめた。迷いのない目だ。だが、すぐには言葉を返さず、数秒の沈黙のあと、口を開く。
「お前が本気なら、俺は――協力してやる。あいつは、俺の“妹”なんだ。……守るのに、血筋も立場も関係ねぇよな」
ふっとレオンが笑った。
「……ああ、そうだな」
そして運命の日。
中庭には花が咲き誇り、民が静かに集まっていた。岬は、緊張に手を握りながらもまっすぐ前を向いていた。
「私は……この世界で、自分の居場所を見つけたい。だから、ここに立ちました」
その言葉に、一部の民の表情が変わる。だが、その瞬間――
空がうねり、空気が裂ける音が響いた。
「ッ……!?」
中庭の奥、地面がひび割れ、獣のような咆哮が響く。裂け目から、魔獣が姿を現した。
民が悲鳴を上げ、逃げ惑う。
「避難を――!」
騎士たちが動くも、一瞬の混乱の中で岬の周囲に魔獣が近づいてくる。牙を剥いた獣が、彼女に向かって跳ねる――!
だがその瞬間。
「岬っ!!」
黒い影が、音もなく飛び込んだ。遊天だった。
剣が一閃し、獣の肩を斬り裂く。
「下がってろ!!」
岬は息を呑む。
「遊天……!」
魔獣は倒れぬまま、二体、三体と続けて現れる。だがその背後から、金色の紋章を纏った騎士団が駆けつけた。
「ここからは、王の命により、すべての敵対者を制圧する!」
その声の先に、レオンがいた。
王の装束を身にまとい、鋭い瞳でラヴィーナの手勢と思われる暗殺者を睨みつける。
「反乱分子の排除と、王都の秩序を守るために、全力を尽くす!」
その後、魔獣は鎮圧され、仕掛けた影の刺客たちは拘束された。
ラヴィーナは城の私室にて軟禁され、表向きは療養という名の“失脚”処分となる。
その夜、岬は城の中庭で、ぽつりと空を見上げていた。
遊天がやってきて、静かに隣に座る。
「……お前、なんで俺を“兄”って呼ばねぇのか、そろそろ答えろよ」
「……だって、呼んだら泣いちゃいそうで」
「……バカ」
そっと彼の手が、岬の髪をくしゃりと撫でる。
そして少し離れた回廊の影から、レオンが二人の様子を見ていた。
その瞳には、ほんの少しだけ寂しさと、温かい決意が灯っていた。