25 裂かれゆく静寂の街
王都の広場に、人々の怒声とざわめきが渦巻いていた。
「異邦人だって!?」
「あれが亜雷族の血か……!」
「この街をまた、あの災いが襲うのか……!」
人々の視線が、一人の少女に注がれていた。目を見開き、言葉を失った岬。彼女の背に隠れるように、子どもが泣き出し、母親がその腕を引く。
ラヴィーナは、群衆の中心で優雅に立っていた。白いドレスが陽に照らされ、まるで聖女のように見える。しかしその唇は、嘲るようにわずかに歪んでいた。
「私はただ、この王都を守りたいだけです。――そのために、“真実”を告げました」
彼女の声は、冷たく響いた。
「異邦人、しかも滅びを招いたとされる亜雷族の血を引く娘が、この王の側近にあるなど……民がどう感じるか、想像できないのかしら?」
岬の膝が、地面に着く。何も言い返せなかった。事実だったから。
「違う……私はそんなつもりじゃ……」
がたがたと震える肩に、強い腕がそっと添えられる。
「――もう、やめてくれ」
レオンだった。凛とした声が広場を貫く。
「彼女は……民を裏切ってなどいない。どんな出自であろうと、彼女はこの王都を、皆を――何より私を救ってくれた存在だ」
「レオン様……!」ラヴィーナが目を見張る。「それは、まさか……!」
「ラヴィーナ、すまない。君には申し訳ないが……もう約束は果たせない。私は、岬を選ぶ」
瞬間、広場が凍りついた。
誰かが息を呑み、誰かが罵声を浴びせようとしたとき――
「おい」
広場の端から低く、鋭い声が飛ぶ。群衆がぱっと道を開ける。
そこに立っていたのは、遊天だった。
風に揺れる黒髪、鋭い目付き。その瞳は、何かを強く堪えていた。
「岬を傷つける奴は、俺が許さねぇ。俺はあいつの――兄だ」
レオンが顔を上げ、驚きに目を見開く。ラヴィーナも絶句する。
「そう……だったの?」
遊天は進み出て、岬の前に立つ。その背中は、いつも軽口を叩いていた男とは思えないほど、頼もしく見えた。
「亜雷族だろうが異邦人だろうが、関係ねぇ。岬が誰かを守ろうとして生きてる、それがすべてだ」
岬の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
レオンもまた前に出る。遊天と視線が交差し、互いに頷く。
「君を失うなら、王の座などいらない」
その言葉に、ざわめいていた群衆が静まりかえった。
岬が震える声で呟く。
「私……ここにいて、いいの?」
レオンと遊天が、同時に応える。
「いてくれ」
「当たり前だろ」
その瞬間、岬の涙がこぼれ、空からひとひらの花弁が舞い落ちた。
王都は騒乱に包まれながらも、誰かの勇気によって、ゆっくりと変わろうとしていた。