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24 【岬とレオン、静かに進む距離】(滅びの谷からの帰り道)

森を抜け、谷を離れる道すがら。レオンと合流した。

先を歩く遊天が気を利かせたのか、わざと少し距離を取って先を行く。

岬とレオンは、並んで歩いていた。

草の擦れる音と、鳥の囀り。どこか穏やかな空気が流れる。


ふと、レオンが口を開いた。

「……父と会えたのか?」

岬は少し驚いて彼を見た。

「うん……魂だけだったけど。でも、ちゃんと……話せた。あの人の言葉、全部心に残ってる」

レオンは静かに頷いた。

「……よかったな」

その表情は、どこか安心と、羨望と……わずかな痛みを湛えているようだった。

王都に戻った岬たちは、静かに日常を取り戻し始めていた。


岬はレオンの補佐として文書の整理を手伝い、遊天は城下で剣術指南役として雇われることになった。

だが、それは嵐の前の静けさだった。

レオンの婚約者――ラヴィーナ・グレイシャス公爵令嬢は、岬の存在を以前から警戒していた。

そして、今や確信している。

「……あの女、レオンの“目”を変えた」

美しい金髪に氷のような瞳を持つラヴィーナは、王城の奥の私室で、側近にそう吐き捨てた。

「彼の視線が私に向くことは、もうない。すべて、あの“異邦の娘”のせい……!」

鏡を見つめながら、嫉妬と怒りに震える。

「ふふ……いいでしょう。王家の“血”を引く私に、手を出せるとでも?

正妃になるべきは、この私。レオン様は“私のもの”。たとえ心だけでも――誰にも奪わせない」

冷たい笑みとともに、彼女は命じた。

「動いて。彼女を、王城から追い出すのよ。あの娘の正体を暴き、民に知らしめなさい」



岬は、思わず問いかけた。

「レオンは……お父さんに、ちゃんと会えた?」

「……幼い頃に病で亡くなった。国王の弟で、王家でも影の薄い立場だった。

だから俺は……跡取りにはなれなかった。ずっと、城の端で生きてきた」


岬は目を見開いた。

レオンが自分のことをこうして語るのは、初めてだった。

「でも、それでよかったんだ。

跡継ぎとして育てられた婚約者がいて……俺は、その隣にいるだけでよかった」

「……でも、今は?」

レオンは立ち止まる。

風が、岬の髪を揺らす。

彼はまっすぐに岬を見た。


「今は、違う。お前と出会って……守りたいものが変わった。

自分が何のために剣を振るうのか……ようやく、見つかった気がする」

岬の胸が、静かに高鳴った。

レオンの目は真摯で、揺らぎがない。

その想いの重さに、思わず視線を逸らしそうになる――が、逸らさなかった。


「……わたしも。レオンと出会って……いろんなことを知れた。

この世界の現実も、父の真実も、遊天の想いも……」

小さく息を呑み、言葉を重ねる。

「だから……ありがとう、レオン。わたし……ちゃんと前を向ける気がする」

レオンはほんのわずか、唇の端を緩めた。

「……そうか」

小さな笑み。けれど、岬の胸にはそれが深く刻まれた。


その夜、焚き火を囲む三人の距離は、以前より少しだけ――心地よく縮まっていた。

その頃、岬は夜の中庭で一人、月を見上げていた。

「わたし……この場所にいて、いいのかな……」

レオンの隣に立てるだけの器なのか。

遊天と過ごした時間の意味。

父の願いをどう果たすべきか――すべてが岬の胸に重くのしかかっていた。


そこへ、静かに足音。


「……眠れないのか?」

レオンだった。

「うん。ちょっと、考え事」

「なら、隣に座ってもいいか」

岬は頷き、二人は静かに月を見上げる。

沈黙。けれど、それは苦しくない。

レオンがぽつりと囁いた。


「この世界の均衡が、お前の手にかかっている――そう言われて、俺は……怖かったんだ。

でも今は、信じている。お前なら、きっと……選べると」

岬は、ゆっくりと彼の方を見た。

「わたし、ちゃんと選ぶよ。父の言葉も、遊天の想いも、そして……レオン、あなたのことも」

言い切った岬の瞳に、レオンはわずかに息を呑む。

その距離が、少しだけ――近づいた。



けれど、その直後――


「失礼します。緊急の報せです」

兵士が駆け込んできた。

「……グレイシャス令嬢が、王城の広場で“亜雷族の正体”について声明を発表すると……!」

岬の顔色が変わる。


「……ラヴィーナが、動いた」

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