23 【滅びの谷・夜の焚き火】
祠を後にして、谷の端――風の通る崖のそばで、岬と遊天は小さな焚き火を囲んでいた。
月は高く、霧が薄れた夜空には星がちらちらと瞬いている。
火のはぜる音だけが静かに響いていた。
しばらく言葉はなかった。
けれどそれは、居心地の悪さではなく、安心した静けさだった。
岬は焚き火の揺らぎを見つめながら、ぽつりと呟く。
「……夢みたいだったな。お父さんと話せたこと」
「だな」
遊天も、火をつつく棒を片手に、ぽつんと返す。
「でもさ、もうちょっと怒鳴るかと思った。あんた、もっと荒れてもよかったんじゃね?」
岬は笑って、少しだけ肩をすくめた。
「怒るより、嬉しかったよ。ずっと会いたかったから……
ほんとは、顔を見たら何も言えなくなっちゃった」
「……そっか」
また少しの沈黙。
火がぱちぱちと弾ける音が、夜の空気に溶ける。
遊天が不意に口を開いた。
「なぁ、岬」
「ん?」
「……ちゃんと、わかってんだよな。俺たち、兄妹ってこと」
その声は、冗談とも、本気ともつかない。
けれど、岬は静かに頷いた。
「うん。……ありがとう。今までずっと守ってくれてたことも、気づいてた」
「……バレてたか」
「すごく不器用なやり方だったけどね」
「……うるせぇよ」
ふっと、二人の間に笑いがこぼれる。
岬は、そのまま少し顔を伏せた。
「でも……ちょっと寂しいな。
あのとき助けてくれた“あの人”が、
ほんとはお兄ちゃんだったなんて。
――もし、知らないままでいられたら……なんて、ちょっと思った」
遊天は黙ったまま、焚き火の火を見ている。
やがて、ぽつりと答えた。
「俺も。……少しだけな。
でも今は、これでよかったって思えるよ。
家族って、言えた方が――いい気がしてる」
岬が顔を上げた。
遊天の横顔は、どこか優しく、晴れやかだった。
「なぁ岬。俺、お前の剣になるって言ったけどよ」
「うん」
「お前がいつか俺のこと、頼ってくれなくなる日が来たら――
それはそれで、嬉しいんだと思う。……ちょっと悔しいけどな」
「……何それ、矛盾してる」
「そういうもんだろ。兄貴ってやつは」
岬は目を細めて笑った。
そしてふと、空を見上げる。
「レオン、元気にしてるかな……」
その名を口にした岬に、遊天がちらりと目をやる。
「……王子様のこと、考えてた?」
「う、うん……まあ、ちょっとだけ」
「ま、悪くねぇよ。あいつ。口数は少ねぇけど、根はちゃんとしてるし。
でも――」
「でも?」
「何かあったら、ぶん殴ってやるからな。俺が。兄として」
「ふふっ……ありがと、お兄ちゃん」
焚き火が、小さくぱちりと音を立てた。
その夜、兄と妹はようやく――本当の意味で家族になった。