21 【夜明け前】と【朝】
王都の空が、薄く白み始めていた。
一睡もできずに過ごした夜の余韻が、窓辺に立つ岬の背に滲んでいる。
その胸には、ようやく生まれた一つの確信があった。
――私は、逃げない。
亜雷という姓が意味するもの。
狙われる理由。
そして、誰かに守られることに甘えていた自分。
今までは、いつも誰かが手を差し伸べてくれた。
でも、本当に大切な人たちを守るには――
「私が、私の意思で立たなきゃ」
小さく、けれど強い決意が唇からこぼれる。
そのとき、扉の向こうでノックの音が響いた。
「……岬。起きてるか?」
遊天だった。声の調子が少し硬い。
彼女は戸を開け、まっすぐ彼を見た。
「行くよ。父を探しに。それに……自分が何者なのか、ちゃんと確かめたい」
遊天は、わずかに目を見開いた。
「一人でなんて、行かせない」
即答だった。
言葉にはいつもの軽さがなかった。
それだけに、その奥の強い覚悟がにじんでいた。
「俺は……お前のこと、守りたいと思ってる。それが兄だからなのか、それ以外なのか……正直、わからない。でも――」
彼はそこで言葉を止めた。
そして、自分の感情に蓋をするように息を吐いた。
「それでも、傍にいたい」
岬は少しだけ瞳を伏せ、それでも微笑んだ。
「ありがとう。私、きっと、あなたがいてくれてよかったって思う」
ふたりの間に、わずかにあたたかい風が吹いたようだった。
その朝、王宮の中庭でレオンは岬を呼び止めた。
陽の光が、石畳を柔らかく照らしている。
「……君は決めたんだね」
「うん。ここに残って、真実を知りたい。自分の目で、父の足跡を追いたい」
岬の言葉は、昨日よりもずっと凛としていた。
レオンはその姿に、ほんの少しだけ目を細めた。
「君は強いな。……でも、強くなろうとする君を、僕は――」
彼は少し言葉を詰まらせ、それでも目を逸らさなかった。
「君を守りたい。側にいて支えたいと思ってる」
岬ははっとしたようにレオンを見た。
けれど彼の視線は真剣で、決して揺れていなかった。
「君が決めた道を、僕は信じる。だから……歩いていけるように、僕が盾になる」
岬は、心がじんわりと熱くなるのを感じていた。
こんなにも真っ直ぐな想いを、自分は初めて向けられたかもしれない。
――だけど。
「ありがとう、レオンさん。……でも私、きっと誰かを選ぶには、まだ……わからないことが多すぎる」
傷つけたくないから。
でも、逃げるのは違う。
そんな岬の誠実な答えに、レオンは微笑んで頷いた。
「それでいい。……選ばれるために、僕も戦うから」