2 出会いは嵐の中で
異世界に何も持たず迷い込んだ岬は、華やかさと混沌の混じる街に圧倒されながらも、とりあえず状況確認の為、歩き回っていた。けれど、ここは現代日本とは違う。どこまでも他者に冷たく、異質な存在には容赦がない世界だった。
見慣れない露店で、岬が何気なく触れた銀細工のブローチ。
(綺麗……)
その瞬間――。
「こらっ、ただで触れると思ったか!」
男の怒声が市場に響き渡る。岬が慌てて手を引くと、あっという間に人垣ができ、誰かが嘲笑交じりに言う。
「異邦の女だ。盗みが目的だろう」
「耳飾りの一つもないくせに」
言いがかりとわかっていても、岬は弁解するすべを持たない。その様子はむしろ“狼狽える犯人”に映った。
そこに、にやけた男が一人、やけに馴れ馴れしい口調で入ってくる。
「ったく、お嬢さん。迷子なら最初から言えばいいのに。な? こっちで話を聞こうか」
まるで救いの手のように差し出されたその手に、岬は警戒しつつも、今は彼に頼るしかないと判断した。
──が、それは罠だった。
人気のない路地裏に連れて行かれた途端、態度が一変。背後にいた仲間が壁を囲むように立ちはだかる。
(しまった……!竹刀さえあればこんな奴らなんて!)
「さてと……お楽しみタイムだ」
「顔も体も悪くねぇ。こりゃ、いい商売になるな」
岬は一歩退いたが、肩をつかまれ、逃げ道を塞がれる。剣に手をかけようとするも、すでに数人に囲まれており、抜く余地がない。
「やめて……っ!」
抵抗しても、数の暴力には敵わない。口を塞がれ、両腕をつかまれた瞬間、心に広がったのは恐怖ではなく、絶望だった。
だが次の瞬間、重く湿った音が響いた。
「ぐっ……!」
男の一人が壁に叩きつけられ、血を吐いて崩れ落ちた。残りの連中が振り返る。
そこにいたのは、冷たい眼差しの青年だった。
長めの黒髪が風に揺れ、肩には刀を背負っている。
「その子、俺の連れだ。手ぇ出すなよ」
静かな、けれど芯の通った声。
その存在感に、盗賊たちは瞬時に気圧された。
「なんだコイツ……」
「関係ねぇ、やっちまえ!」
ナイフを構えた一人が飛びかかる。だが――。
「……遅ぇんだよ」
遊天は一歩踏み込み、足払いで男の足元を刈ると同時に、肘で喉を打ち抜いた。そのまま刃を抜くことなく、素手で残りを次々と制圧していく。
三人目が剣を抜いたとき、ようやく遊天は背の剣を抜いた。
銀に光る刃が、夜の空気を裂いた。
(本物……?)
「見逃してやるから……消えろ。今すぐに」
残った者たちは呻く仲間を背負いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
岬は、その場に座り込んでいた。震える手、呼吸がうまくできない。けれど、目の前の青年が歩み寄ると、彼女は震える声で言った。
「……ありがとう……」
それに、彼――遊天は、面倒くさそうに額を押さえ、低くつぶやいた。
「あんたそんな顔で歩いてたら、面倒しか起きねぇぞ」
彼の声は冷たいはずなのに、なぜか微かに優しさが滲んでいた。
遊天の視点
『……あの時、見過ごせなかった。何でだよ。
何度も見た光景なのに。ああいう目をしてる奴、いくらでもいたのに。』
『あいつだけは、……放っておけなかった。』
翌朝──
岬は再び一人、王都へ向けて歩き出す。しかし、森に入った途端、道を見失い、やがて再び盗賊に遭遇する。
「また一人か……今度こそ、誰も助けに来ねぇぞ?」
その声が合図のように襲いかかられ、腕をつかまれ、口を塞がれる。
「や、やめて……っ!」
一度は諦めかけたその時。
背後から、低く怒気を含んだ声が森に響く。
「二度目かよ。お前って、本当に手がかかるな」
遊天が、今度は迷いなく剣を抜いた。
そして一言も発さず、盗賊たちを容赦なく切り伏せていく。圧倒的な強さ。怒りを噛み殺したような動き。
そして、すべてが終わった後、岬に背を向けて言った。
「……もう見てらんねぇ。俺が見ててやる。
途中まで、付き合ってやるよ」
岬の胸に、温かい何かが広がった。
けれど、彼の背中は、それを拒むように遠く感じられた。