17 夜の語らい 〜王都の庭園にて〜
夜の風が、しんと静まり返った王都の空に舞っていた。
灯りの少ない中庭。月明かりだけが、石畳をぼんやりと照らしている。
その中心――噴水のそばに、岬は一人腰かけていた。
膝を抱え、空を見上げるその横顔には、言葉にできない思いが滲んでいる。
「……ここにいたのか」
背後から、少し掠れた声。振り向くと、遊天が立っていた。
いつものような皮肉めいた口調ではなく、ただ静かに彼女を見ている。
「……眠れなくて」
岬は目を伏せて答える。
遊天は黙ってその隣に腰を下ろす。
数秒、ただ風の音がふたりの間を流れていた。
「なあ、岬」
「うん?」
「お前……本当にここでやっていけるって思ってんのか?」
「……わからない。でも、逃げたくはない。父を探すって決めたから」
そう言った岬の瞳に、怯えはなかった。
「強いんだな、お前は」
「……そう見えるだけだよ。泣きたい時もあるし、帰りたくなる夜もある。でも――」
そこで言葉を切った岬は、少し笑った。
「でも、“誰か”がそばにいてくれるなら、大丈夫だって思えるの」
遊天はその一言に、喉の奥で何かが詰まるような感覚を覚えた。
(……俺じゃ、ダメなのか?)
言いたかったが、口には出せなかった。
代わりに、静かに彼女の肩に外套をかける。
「風、冷えるから。風邪引くなよ」
「ありがと、遊天……」
その時、控えめな足音が聞こえてきた。
「……よかった。ここにいたのか、岬」
レオンだった。月明かりに銀の髪が映える。
彼の姿を見た岬は、少し驚いたように眉を上げた。
「あなたも眠れなかったの?」
「……いや。君と話したくて来た」
真剣な声に、岬の頬がわずかに熱を帯びる。
「岬、君が王都に残ると決めたこと……私は嬉しく思う反面、不安もある」
「不安……?」
「亜雷の名を背負うこと。それは、想像以上の重荷だ。敵も増える。……危険も、ね」
岬は真っ直ぐに彼の瞳を見返した。
「私は、知りたい。自分のルーツも、この世界の真実も、何より――
父が、何を背負っていたのかを」
「……君は本当に、強いな」
レオンの瞳に、微かに優しさが浮かぶ。
彼は岬の手にそっと触れる。
その瞬間、遊天の表情が、ふっと曇った。
(……やっぱり、俺は――)
遊天は静かに立ち上がると、「先に戻る」とだけ言い残して去っていく。
岬はその背を見送りながら、胸の奥に、小さな痛みを感じていた。
レオンの優しい手の温もりは、心に穏やかな光を灯していた。
けれど、去っていった遊天の影もまた、心に濃く焼き付いて離れなかった。
「……誰のために泣いて、誰のために生きていきたいんだろう、私」
夜風が、またふたりの間をすり抜けていった。