12 絆と疑念の狭間で①
王都の朝は、どこか冷たかった。
薄くかかった朝霧の向こうで、鐘の音が静かに鳴る。
けれど岬の胸の中には、その静けさとは裏腹にざわめくものがあった。
「……やっぱり、ここは私の“居場所”なんかじゃないのかもしれない」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。
剣道部で過ごしていた日々、家族と暮らしていた穏やかな時間。
すべてが遠い夢のようで、胸がきゅうっと締めつけられた。
その時、背後から聞こえた足音に、岬は振り返る。
「……そんな顔すんな。似合わねぇよ、岬」
声の主は遊天だった。
彼の顔にはいつもの不機嫌そうな影がなかった。代わりに、どこか戸惑いと葛藤が混じっていた。
「遊天……」
岬が目を伏せると、遊天は小さく息を吐いた。
「無理して強がんな。お前、いっつもそうだ。自分のことは後回しにして、全部抱え込む。俺、そういうの、見てるとムカつくんだよ」
「ムカつく、って……」
「だから……そばにいる。少なくとも、今は。お前が立ち止まる時は、俺が引っ張るから」
遊天の言葉は、不器用だけど真っ直ぐだった。
その真っ直ぐさが、岬の胸を強く打った。
「……ありがとう、遊天」
小さな声だった。でも確かな想いだった。
彼の優しさが、今は何よりも心にしみた。
そこへ、王子・レオンが姿を現した。
青い外套を纏い、どこか冷たい風を纏っているような存在感。
「……早朝から密談か。仲が良いようで何よりだな」
言葉は柔らかだが、その瞳の奥には微かに揺れるものがあった。
岬と遊天を交互に見つめながら、レオンは続けた。
「岬。お前がこの都に来てから、周囲が動き始めている。王国だけでなく、隣国、反亜雷派……。お前という存在が、彼らにとって“何か”を意味しているらしい」
「それって……私が“亜雷族”だから?」
「それだけではない」
レオンは静かに答えた。
「お前が“未来を変える可能性”そのものだからだ。……気づいていないかもしれないが、もう“普通の少女”ではいられない。それが現実だ」
岬は言葉を失った。
遊天が肩越しにレオンを睨んだ。
「脅しか? それとも忠告のつもりかよ、王子様」
「忠告だ。だが、お前のように“感情で動く男”には理解できんかもしれないな」
「……っ」
岬は慌ててふたりの間に立つ。
「やめて、お願い……!」
息をのむ静寂の中、レオンは少し視線を外して呟いた。
「……すまない、岬。君を脅すつもりはなかった。だが、君には知っておいてほしい。これから先、選び続ける覚悟が必要になると」
その言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。