表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/43

10 灯る誓い、揺れる心

王都――ディ=エルナート。

高くそびえる城壁と、青空に伸びる尖塔。

石畳を駆ける馬車、賑わいの市場、色とりどりの布がはためく通り。


「……すごい……おとぎ話の中にいるみたい」

岬は感嘆の声を漏らし、目を見開いた。

旅の間、泥にまみれた山道や寂れた村ばかり見ていたせいか、この煌びやかな光景に、現実感がなかった。

「浮かれるなよ。ああ見えてこの街も腹黒いやつばっかだ」

後ろから言った遊天の声は、どこか硬い。

「……浮かれてなんかない」


岬は、背中に下げた荷物の重さを感じながら言い返す。

でも、心のどこかに確かにあったのだ。

この場所に、何か“答え”があるのではないかという期待が。


王都は、岬の父・烈牙がかつて身を置いた場所でもあった。

そして、今や「亜雷の娘」である自分が、追われる立場であることを岬は知っている。



「亜雷の娘が来た、だと?」

その報告を受けたのは、王子レオン・ディ=エルナート。

金の髪に蒼の瞳。高貴な気配と冷静な知略を纏う第二王子は、重厚な椅子から静かに立ち上がる。

「……名を?」

「“亜雷 岬”。年は十七……烈牙の娘と見られます」

「……そうか」


視線を落としたレオンの瞳の奥に、かすかな痛みが走った。

烈牙――かつて王に背を向け、姿を消した男。

その娘が、今、ここに来たという。

「会わせろ。俺の目で確かめる」

その声は、静かに熱を帯びていた。


王都に身を置いた岬は、目に映るものすべてに戸惑い、時に怯えた。

煌びやかな装飾、気位の高い令嬢たちの嘲笑、表面だけの微笑。

「こんな世界、私の居場所じゃない」

ある夜、岬は独り部屋の窓辺でつぶやいた。

けれど――


「じゃあ、お前はどこにいるべきなんだ?」

背後から聞こえたのは、遊天の声。

「戦ってばかりの村か? 血の匂いが染みついた廃村か? ……それとも、どこにもいられないまま、さまようのか?」

岬は答えられなかった。

ただ、彼の言葉が胸に刺さった。


「……私は、戦いたいわけじゃない。でも、逃げたくもない」

「だったら、立て」

遊天の目がまっすぐに岬を射抜く。

「お前は烈牙の娘で、“亜雷”の生き残りで、……俺の大事な人間だ」

――「妹だ」とは、言わなかった。

その沈黙が、岬の胸に小さく火を灯した。




レオンと岬が対面したのは、王宮の庭園。

香る花と水の音、外の喧騒が遠い世界のように思えた。

「君が、亜雷 岬か」

レオンの声は穏やかだった。

彼は岬の顔をじっと見つめると、微笑を浮かべた。


「――ずいぶんと、“人らしい”瞳をしている」

「え……?」

「亜雷という一族は、“預言者”として恐れられた。感情を捨て、ただ未来を読み、命じられたことだけを伝える存在……。だが、君は違う」

岬は言葉を失う。

そして、彼の言葉の続きに、心が震えた。


「君は、“未来”に呑まれるためにここへ来たのではない。“未来を選ぶ”ために来たのだ」

その夜、王都の外れ。屋根裏の宿にて。

遊天はひとり、夜空を見上げていた。

窓の外では、王都の灯が星のように瞬いている。


「……あいつ、変わってきたな」

誰に向けるでもなく呟く声に、かすかな寂しさが滲む。

――あいつの目は、もう俺だけを見てない。

岬の中に芽生え始めた強さ。

そして、レオンの言葉に揺らぐ岬の心。

「妹かどうかなんて、もうどうでもいいって思ってたのにな」

唇を噛む。

手を伸ばしても、届かない気がする。

守るだけでは、もう足りない――

「俺は……あいつをどうしたいんだ……?」

彼の胸の奥で、何かが静かに揺れていた。


それは、誰よりも岬自身が欲しかった言葉だった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ