女子高と男子校「特別章 手に入れた世界」
小さな殻に閉じこもっているだけじゃ、世界は見えてこない。いまでも僕の心の中に残り続けている、幼稚園時代の言葉。高校生にもなっているのに、よく覚えている。
神社の境内で、友達と遊んだ小学校の時。小中と、いろいろな人と出会うことで、いつしか、僕の中にある"別人"が出てきていたような気もする。人格のすり替えともいえるかもしれないその行為自身、誰にも気づかれずに気さくに遊べるように演じていただけかもしれない。誰とでも打ちとけるようになっていたかもしれない。だが、それはあくまで結果論にすぎないことは、僕自身も気づいていた。
高校は、僕が選んだところだった。公立にしてはあちこちに募集をしているという高校ではあったが、名だたる名門大学といわれるところに数多く卒業生を進学させているということは、そこまで頭が悪いわけがないということで決めたのだった。もちろん、近くの公立高校も考えていたが、僕の心はすでに決まっていた。推薦合格を決めたのも、すぐにでも行きたいという気持ちがあったからに違いない。
住んでいるところから遠く離れた場所へ住む。一人暮らしではなく、寮へ入ることにしたのは、誰かと一緒にいたいという気持ちや、親から遠く離れて知り合いがいないという理由があったが、それでもよかった。一人になれるという時間がほしいと思ったこともあったが、親から早く離れたいという気持ちの方が勝っていた。
高校をここに選んだのは、いまではよかったと思っている。入ったからこそ、得られた友人もいるし、得られた恋人もいる。
実家へ帰るのはお盆の時以来だ。『新大阪駅』から『新幹線』を使い約2時間半かけて帰る。今回特別なのは、僕の彼女がいると言うことだ。
新幹線の自由席で新大阪から『博多駅』まで、2人並んで座りながらの旅。その間、車内販売や駅弁でおなかを満たしながら移動を続けた。15時ちょっとの便で新大阪を出て、博多へ到着する予定は17時44分。晩御飯を実家で食べる予定だから、あまり多く食べてはいけないことは分かっているが、それでも、二人だけというところと懐具合を見あいながらちょいちょい買ってしまった。
彼女ができたという話と、今日連れて行くという話はすでに伝えてある。最初に話した時には、完全に信じていないようだったが、写真やメールを送るたびに、本当だと確信するようになったらしい。博多へつくと、西側のところで待っているということだったので、西側改札から外へ出て、タクシー乗り場の近くを探した。
彼はすぐに見つかった。僕の従兄で神職を継ぐことが決まっている沢田和幸が来てくれていた。彼は、『國學院大学』の『神道学科』に在籍しており、毎日頑張っているそうだ。そんな彼は、車の免許を今年の夏休みのときに取得しており、中古のクリーム色をした小型自動車で迎えに来てくれていた。
簡単に彼女の紹介をすると、かぶっていた『UNI-QLO』の帽子を取り、軽く会釈をした。それから、彼女だけを車に招き入れると、僕はほとんど無視された格好になっていた。かといって、完全に無視していたわけでもなく、市街地を通っている間、彼女に聞いたり僕に話を振ったりしていた。
家に着くと、両親が温かく出迎えてくれた。普通どおりのねぎらいの言葉と、初めてみる息子の彼女との対面は、思っていたよりもあっさりと終わった。それから家へあがると、すでに夕食の準備が終わっておりすぐに食べれるようになっていた。
お盆の時以来だったが、なにも変わっておらず、家の周りに流れている川も、神社の鳥居も、本殿も変わっている形跡は一切なかった。ただ変わったと言えば、なぜか野良猫が住み着いているということだ。黒い猫だからクロと名付けたのは僕の母親だったが、どこにでもいそうな名前になっているのは、考えるのが面倒だったからだろうか……
おせち料理を作っている時に出てきたあまりもので作った夕食だったが、しっかりと味が付けられて、さっぱりとしたものに仕上がっていた。母親は、料理を作ることに関しては大の得意であるが、ほかはあまりうまくはなかった。それでも、神道と仏教が交錯していた時代のことについての学位論文をだしているから、結構いろいろ知っていた。ただ、母親の実家は、江戸時代の薬屋であり、裏として呪術師をしていたといううわさがあるところだから、なぜか知っているという印象があることを教えてくれる時もあった。
ご飯を食べ終わると、中学の時まで使っていた部屋を見に行った。その部屋はそのままに保存されていたが、掃除をほとんどされていないせいか、埃がたまっていた。すこしため息交じりに窓を開けると、錆びついていたようで簡単には開かない。力任せに開けると、ものすごい勢いでガラっとあいた。
冷たい風が、部屋の中に滑り込んできて埃を吹き払った。ただ、吹き払ったことはいいが、その誇りは宙に舞っただけで外へ出ていかない。仕方ないから、うちわを持ってきて外へ追い出すことにする。
彼女はそんな時にやってきたものだから、埃が舞っているど真ん中を突っ切る形になり、くしゃみを連発していた。そんな彼女を見て、すこしかわいいと思ってしまった僕がいることに、わずかながら恥ずかしさを感じていた。
どうしたのかと聞く前に、彼女は俺の部屋をぐるりを見まわしてから掃除が必要だと判断したらしい。何も言わずにもどると大きなゴミ袋を手にしていた。片っぱしから中学生の時に使っていたものや、ちびた鉛筆を袋に放り込んでいく。
確かに要らないものではあるが、愛着というかそんなものが付いているものも多い。だから捨てられなかったのだが、冷静に考えれば要らないものではある。そんなことを考えている間にも、小学生の時のものやいつの間にか部屋にあったものも含めて、みるみる間に袋はいっぱいになった。一方で、部屋の中はかなりすっきりしてきた。
彼女はため息一つつくと、きれいになった部屋を見回してニカッと笑った。なんとなくにかわいいと思った僕は、おそらくは知らない間に彼女のぞっこんになっていたのだろう。
明日からのことを親から聞くと、すでに歳神様をお祭りする準備は整っており、30日からの本番に間に合うということだった。昔は一緒にしていたものだが、高校を遠く離れたところにしたことでそのことをする必要がなくなったのだった。それでも、実家の祭神を分祀してもらい、プチ神棚と言って寮の机の上にあったりするのだが、それはまた別の話。
久しぶりの自室のベッドに寝転がっていると、扉が静かに開いてきた。3分の1ほど開くと彼女の顔がひょっこり出てきた。一緒に寝てもいいかと聞いてきたから、見ていたアルバムを開きっぱなしにして、部屋の中に招き入れた。すぐ横に並んでベッドに横になった彼女と一緒に、小学校や中学校の時のアルバムを見ていると、彼女がいろいろと聞いてきた。だが、それらはどうしてかわからないが、苦になることはなかった。
月日が流れ、12月31日午後11時51分。歳神様をお招きする実家から出て、僕と彼女は近くにあるお寺へ向かった。歳神様も重要だけど、今は彼女と一緒に初詣に行きたいという気分だった。すでに両親から許可は取っていたから、この時間には境内にいた。すでに境内には年越しと同時に初詣をしたいという人たちでごった返していた。
彼女といろいろ話しながら山門が開けられるのを待っていると、彼女が手を握ってきた。寒いねと言いながら、僕に話しかけてくる。ここに来たかったという理由が、今わかったような気がした。
心に染み渡る除夜の鐘の音が、すぐ近くから聞こえてくる。その音に合わせるようにゆっくりと山門が開かれていく。向こう側に見えるのは、誰もまだ踏み入れていない縁石に積もった一面の雪景色だった。そういえば、昨日から大みそかにかけて、ずっと雪が降っていたのを今思い出していた。
山門が開かれると、同時に除夜の鐘も鳴り止んだ。ぴったり107回だったのは、最後の1回を日付が変わってから撞く予定だからなのだろう。ゆっくりと踏み固められていく雪を踏みながら、滑りやすくなった階段を上がり、周りを見回す。葉牡丹や苔で覆われている庭には、きれいに雪が等しく積もっていた。
本堂の前には大きなさい銭箱が置かれ、そこにお賽銭を入れるようになっていた。45円をさい銭箱に入れ、これから1年間よろしくお願いしますとお願いしてから、ちょっと離れたところに動いて彼女が終わるのを待っていた。
数秒ぐらい待つだけで、彼女はお賽銭を上げてきたらしかった。俺と連れだってきた山門とは別の方向から出て行くように順路が指定されていたため、いったん家から遠い出口から出ることになった。
出る直前、108回目の除夜の鐘が鳴り響いた。それと同時に、彼女が見たことがないような笑顔で僕に言ってきた。
「あけましておめでとう」