捨てられた
まあ、人の成長というのはあっという間のことで。
私改めキューケンちゃん五歳は順当に歩けるようになり、飲み食いができるようになり。
そして喋れるようになった。
喋れるようになった瞬間から、幼い子供とは思えないほど流暢に喋る私に両親はドン引き。
乳母にすら距離を取られる始末。
「いやぁ、いつの世も猫かぶりは大事ですな」
とはいえ、今更である。
もう猫かぶりしても意味がないだろう。
完全にやらかした私は、両親から後継として期待される長男である弟が生まれてからというもの針のむしろである。
だからまあ、そろそろかなぁと思うのだ。
「お嬢様、少し遠くにお散歩しに行きましょうか」
「…うん」
ほらきた。
きっと私を捨てに行くのだ。
実際、乳母の表情はかたくて冷たい。
私の手を握るその皺だらけの手も震えている。
そんな乳母に対して私は、優しい人だなぁと思うのだ。
「お嬢様」
屋敷の近くの山。
その奥で、乳母は私の手を離す。
「お嬢様、申し訳ありません」
「いいんだよ」
震える声で謝罪されたから、許しの言葉を与えた。
けれどそれに乳母は怖気付く。
「お、お嬢様、私は…」
「いいんだよ、なにも間違ってない」
だって、人というのはいつだって身勝手なものだ。
それだというのに貴女は私にそんな震えるほど罪悪感を持ってくれている。
それだけで十分だと思う。
「…ああ、あああああぁぁぁ」
そんなに泣くこともなかろうに。
所詮は他人なのだから。
ただ、赤子の頃から五歳になるまでずっと見守ってくれていただけの他人。
貴女が引いた化け物。
そんなもののために、涙を流す理由がどこにあるのか。
「…優しいね」
「いえ、お嬢様!私は!」
「それは罪ではないよ」
だって貴女が私を引き取るわけにもいかないだろう。
だって貴女が一人で私を養えるわけでもないだろう。
だって貴女には貴女の人生があるだろう。
私は別に、そんなことは…助けなんか、貴女に対しては望んじゃいない。
それを与えてくれるのは、きっと神か悪魔だ。
「…お嬢様、あなた様は一体どこまで把握なさっているのです?」
「ここに捨てられたこと?親に捨てられたこと?自分が化け物扱いされていること?どこまでって、どのこと?」
「…ああ、やはり」
あなた様は、人の手に負えないなにかなのでしょうね。
その呟きになんの感情もわかないのは、既に感覚が麻痺しているのだろうか。
「…そうかな?…そうかも」
「そのお年でそれだけ冷静に状況を把握できるのは、異常です」
「そっか」
「そしてこの状況で取り乱さないのも」
「そうかもね?」
だとして、だからどうしたという話。
私は少なくとも自分では人の子という認識なのだけど。
…まあ、そうじゃないと認識される理由はわかるので反発しても意味がないが。
「お嬢様、この先…山の頂の付近にはパラディース教という宗教があるそうです」
「…へぇ」
「このくらいしか出来ず、申し訳ありません」
「貴女は悪くないよ」
だからどうか、罪の意識ごと私を捨ててほしい。
「…さようなら、お嬢様」
「さようなら」
これでもう、二度と貴女と会うことはないのだろうと悟った。