番外編 弟
昔、僕には姉がいた。
黒髪が美しい、左目は珍しいアースアイで右目は黄金色のその人。
朧げな記憶しかないが、心底優しい人だった…気がする。
『姉様、姉様』
『はぁい、どうしたの』
『姉様、大好き』
『ふふ、嬉しい』
唯一姉について思い出せるのは、そんなふわふわした会話だけ。
そんな姉が、結婚するらしい。
姉を引き取ってくれた、新興宗教の天主様。
義理の兄として姉を育ててくれた人らしい。
僕はその披露宴に招かれた。
「…姉様」
披露宴の席で、姉だと思われる人がよく似た色合いの夫と隣り合って座った。
神前式が無事済んだことを発表してから、誓いの儀式であるらしいお酒を飲む。
その所作はとても綺麗で。
朧げな記憶しかないが、その色には懐かしさもあって。
思わず姉を求めて呼んでしまった。
「…姉様と呼ぶ資格は、ないか」
父と母は姉を捨てた。
その父と母に大事に育てられた僕に、姉を姉と呼ぶ資格はないだろう。
姉は僕には気付かないだろうな。
僕は姉と違って、平凡な見た目だから。
ふと、姉の夫となった天主様と目が合う。
「…」
「…」
お互い何も言わずに、ただ天主様は僕に微笑んだ。
姉は僕が弟とは気付かなかったようだが、僕に微笑んでくれた。
これで十分。
十分だ。
その後、宴会も終わって酔っ払いが布団に寝て。
姉が夫となった人と腕を組んで会場に背を向ける。
僕は未練がましく、姉の背を見つめていたのだが。
「にゃー?」
「おや、パンダ」
「パンダも来たの?」
「にゃーん」
猫が姉とその夫に戯れついて、その後僕のところに走ってきた。
「にゃーん」
「どうしたのパンダ。ごめんなさい、この子うちの寺の猫なの」
「あ、えっと」
「そうだ、よかったら撫でてあげて」
姉に話しかけられ、ドギマギしつつ猫を撫でる。
「可愛いでしょう」
「そ、そうですね」
「元気そうで良かった」
「え」
「幸せになってね」
そう言って微笑む姉に、察した。
姉は僕が弟だとわかっている。
わかっていて、言及しないのだ。
だから、僕は。
「…はい、キューケン様もお幸せに」
ニコッと微笑むその人は、世界で一番幸せそうで。
その笑顔がずっと続いてくれるよう、心の底から願った。
そして姉は、今度こそ夫とともに奥に戻った。
番外編はどうでしょうか?楽しんでいただけていれば幸いです。




