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街は「香り」で溢れている

作者: 飴矢

元々、鼻は利く方だった。

春になれば梅の花、梅雨の匂い、秋になれば金木犀、冬はしんと凍るような空気の香り。

季節の移り変わりはまず、鼻で感じていた。


わたしはドラッグストアで働いている。

店では医薬品はもちろん、日用品や食品まで取り揃えている。

ある朝、出勤して店内に一歩入った瞬間に強い匂いを感じた。

柔軟性、ペットフード、防虫剤など色々と入り混じっている。

あまりに強烈な匂いにびっくりして立ち止まる。

マスクを着用しているのに、今まで感じたことがないほどに強く感じた。

明らかに「おかしい」とは思ったものの、仕事だしマスクもしているしいつもより少し鼻が利きすぎるだけだろうと軽く思っていた。

元々、体調を崩したときに匂いを感じやすいところがある。

頭痛薬なんかを飲むと独特の揮発性の油っぽい匂いなんかを感じる。

造影剤の検査を受けたときはシンナーのような匂いを感じで困惑した。

薬の代謝するときの匂いや、造影剤の匂いは時折感じる人もいるようで元より嗅覚が鋭い自覚あるのであまり気にし過ぎないようにした。


異常に強い匂いを感じてから、日に日にそれは強くなってくる。

そして次第に咳が止まらなくなる。

動物の鳴くような「ケーンケーン」といったような高音の咳。

小さいお子さんがいる同僚から「子どもが気管支炎起こしたときの咳と似てる」と言われた。

やっとで咳が止まったら喉から「ヒューヒュー」という音がするし、息苦しい。

喘息は小学生の途中から治っていたので、喘鳴は久しぶりに聞いた。

喉の奥から胸の中にかけてまでが痒い。

喋ると声は掠れてしまっている。

咳が止まらなくなるので、店内で通れない通路がいくつか出てきた。

柔軟剤の通路、シャンプーの通路、女性用の生理用品の通路、ペットシートやトイレットペーパーの近く。


比較的、香りが強いものがない場所では落ち着いていたのでなんとかやり過ごしていた。

すれ違うお客様の香水の香りや、ヘアトニックの香りで喋っている途中で声が掠れてしまうようにもなった。

咳はお客様と離れるまでなるべく息を頑張って止めて、我慢はできた。

ただこの症状は家に帰るとすっかり落ち着く。

ただ、お風呂でシャンプーを使うとひどく咳き込む。

これはスピード勝負だなと思って、しばらくは無理に使っていた。


トイレも芳香剤の香りが強く、店のトイレを使用するのは難しくなってきた。

幸い、店の近くのコンビニだとそこまで香りがしないので昼休みはコンビニで昼食を買いがてら借りさせてもらっている。

昼休み以降は帰宅するまでなるべく我慢する。

日常生活が難しくなってきた。


ギリギリで耐えていたら、あるとき咳が待てども止まらず呼吸もかなりしにくい。

喉の奥から胸にかけて痒くて、届かないから首筋をたまらず掻きむしって動けなくなった。

さすがにこの状態では働くどころではないので、早退してここでやっと病院へ行く。


呼吸器科もある病院へ着いたが、世間はコロナ禍。

患者さんの数も多いし、院内で咳き込むのは厳しい。

まず受付のアルコール消毒の時点できつかった。

掠れ声のまま何とか受付をすませ、順番がくるまで車で待つことにする。

診察室でも次第に声が掠れてかなり喋りにくい。

咽頭アレルギーだろうとのことだった。

過敏な状態は1週間ほどでリセットされるだろうとも。

「しばらく安静にしておくように」との指示で、アレルギーの薬や咳止め、喉の炎症を抑える薬などが処方される。

職場には申し訳ないが、急遽数日の休みをもらうことにする。


家でも洗濯で柔軟剤を使うのはやめた。

シャンプーとボディーソープも無香料のものを買い直したし、トイレもあの色の付いた水が流れるようにするのもやめた。

家にいる数日間は嘘のように元気だった。

そして、治ったものと思って出勤してものの数分でダウンした。

再受診したら先生から「大人しくしていないとダメって言ったでしょう」と軽く叱られた。

数日ずっと自宅から一歩も出ることもなく安静にしていたし症状もなくなったから十分と思っていたが、想像以上に大人しくしていないといけなかったようだ。

喘息の検査もしたけれど、明らかな喘息ではないようで…ただ、気管支を拡張するための吸入器は処方してくれた。


香りがしない場所では元気なので、ただ自宅でじっと過ごすのは精神的にきついものがあった。

ただ、今度こそ大人しくしていないといけないので耐える。

そして今度こそ、と出勤。

マスクは2枚重ねるようにした。

夏で暑いと言っている場合じゃない。

相変わらず辛いが、日に数度は吸入を使いながらギリギリやり過ごせるくらいだった。

ピーク時は1日ではなく1回で10錠ほどの服薬だった。

次第に内服薬のステロイドから副作用の少ない吸入のステロイドに変わったりしながらも、職場から最寄りの呼吸器科は感染症の対応をしており常に患者さんが院内にも院外でも多く待機しており人の多さで通院が難しくなった。

人が多いとそれだけ症状の出る柔軟剤、ヘアトニック、香水に制汗スプレーなどを付けた人に出くわす可能性があがる。

泣く泣く別の病院を探すことにした。


そして、知人から聞いた小児科とアレルギー科の標榜をしている個人医院へ変えた。

治療薬のベースは呼吸器科で処方されたまま、追加で漢方薬が処方されるも症状が快方へと向かわないので先生も苦慮していた。


ある日、人員が足りず他店から応援で社員さんが来た。

ドラッグストアかつ接客業なので規則としては香水は禁止である。

にも関わらず、彼女からは香水の香りが強い。

同僚のうちの一人も「香りがきつくて頭痛がする…」と言っていたので、他の人からしても強く感じていたようだ。

案の定、咳と息苦しさで1時間近く動けなくなり、わりとひどい喘息の発作だったと思う。

身の危険を感じてパルスオキシメーターの購入を決意した。

彼女はちゃんと当店の社員さんから怒られ、別日に応援に来るときも念のためにと休みを差し替えてくれて出くわさないよう対処してくれた。

別日は違う香水でやって来たらしく「休んでてよかったよ!」と同僚たちからはだいぶ心配されていたらしく、皆怒っていたので彼女のここへの異動はたぶんないはず。

この真っ当な理由で怒られてもめげないし、香水を使う意思の強さは何なんだ…とドン引きしている。

使い過ぎで本人的には鼻が慣れて「ほのかに香る」感覚で、別に悪意はなく使っていそうだから反省しないのかな。

ただ仕事中はやっぱりお客様のためにも付けるべきでない。


さて、この購入したパルスオキシメーター。

血中酸素飽和度をはかるパルスオキシメーターがあれば、息苦しいときも数値でも何かしらの判断ができるかもしれないと思った。

咳き込んだり息苦しいときは大体数値が96%くらいだった。

息苦しさで体を寝ている状態すらできないときだと95%〜94%くらいで、低気圧や気圧が下がる前に症状が出やすいことなどが分かってきた。

99〜96%が正常値で、自分も平時は99〜98%が多い。

最近となっては体が慣れてきたのか96%くらいだと息切れこそするが、前と違って動ける程度の元気さはある。

このへんの数値は個人差も感じ方の違いもあるので、あまり参考にはなりませんが…。


症状への対処が手詰まりになってきた頃、兄からこちらのアレルギー科を受診してみないかと打診があった。

間もなく第一子が生まれる兄に余計な心配をかけるのは…と黙っていたが、この数ヶ月でこれといって好転することがなくもうどう治療すればいいのかが分からなかったから受診を決めた。

吸入で一時的に治まっても、化学物質全般の匂いですぐ症状が発現する。


化学物質過敏症のチェックシートの結果では、化学物質過敏症ではないとのこと。

喘息の検査では、喘息は再発していた。

以前同じ検査をしたとき、検査を受ける前に服薬した薬の影響で喘息の結果とはならなかったようだった。

吸入がステロイドと気管支拡張成分など3種類が1つにまとまった薬に変わった。

おかげで服薬の数は減った。

この吸入薬、苦いことが難点。

あとジェネリックがないから値段が高い。

先生の経験上、化学物質アレルギーの患者さんに効果があるという薬の追加。

今まで使っていたアレルギーの薬も継続か同じ薬効でより強い薬に変更。

1日で4錠と1回の吸入、調子が悪いときには追加で気管支拡張の吸入を使ったり、去痰剤を飲みはするけれどずいぶんと減った。

喘息治療でいうとステップ3(4段階の中で2番目に悪い)相当の治療内容。


爆弾低気圧と呼ばれるものがきたときには寝ると息苦しいので、座った状態で一夜を過ごしたり

一度、調子を崩すと二週間ほどは吸入を使いながら落ち着くのを待たないといけなかったりはするものの概ね小康状態を保てるようになってきた。

気圧の変化に影響を受けるようで梅雨時期や台風のシーズンは辛かった。

肺がうまく広がらないような苦しさがある。

緩やかに溺れる感覚。

気管支が炎症すると灼けつく感覚があり、テキーラとか度数が強めのお酒を飲んだ感じをマイルドにしたといった具合。

この感覚があるときは少しでも走ると喘息が出やすので要注意。


日常では電車やバスなどの公共の交通機関は逃げ場がないので乗れない。

だいぶ調子も良くなったと思った頃に、電車内で喘息の発作が出て周りにも迷惑だろうしと降りた。

咄嗟に降りた先が無人駅で落ち着くまで一人過ごしたことがあってかなり不安だったので、もう少し落ち着くまでは利用できそうにない。

美容室には店の前を早足で通り過ぎるあたりが限界なので、もう一年以上入れないままでいる。

幸い小器用なのでセルフカットで何とかなっている。

プロから見たらガタガタだろうし、今や別の意味の入りづらさが加算された。

歯医者もこの調子じゃ行けないなと(タオルなどを変えても診察台の頭付近にヘアトニックの残り香が…)頑張って歯磨きしている。


最近はだいぶ症状も落ち着いたので、好きな音楽のライブなんかにも行っている。

人混みに並べないのでグッズは通販で買うしかないけれど、ライブ自体はちゃんと楽しめている。

マスク二枚、口元を覆えるように追加でタオル、吸入、とフル装備ではあるけれど

持ち前の強運で隣と前か後ろは通路という比較的周りの人と距離がある席という謎の引きの強さを連続でゲットしており事なきを得ている。


一番困るのが病院で、香水やヘアトニックの香りが漂ってくるとき。

ただでさえ具合が悪いのに追い打ちをかけられる感じで非常に辛い。

頚椎椎間板ヘルニアで整形外科にも通っていたけれど、これが原因でリハビリは行けなくなったし呼吸器科からの転院もそう。

整形外科では診察のときはなるべく車で待機させてもらい、服薬と自分でストレッチをしながら治した。

月経困難症で婦人科にも通院しているけれど、妊婦さんの前で咳が出たら悪いし事情を説明して具合の悪い日は車で待機させてもらっている。

悪阻の人もいれば、呼吸器の疾患の人もいるのでさすがに病院での香水やヘアトニックはやめていただきたい。


他の場所では別に適量ならオシャレしたい気持ちもわかるし、何なら香水や柔軟剤は自分も以前は使っていたしやめてほしいとまでは思っていない。

今は違うけれど、かつてはたしかにいい香りだった。

美術館や映画館、コンサート会場なんかでもできれば…とは思うものそこまで人に強制するのは無理があるかなと、運を天に任せてどうしても行きたいときだけ一か八かで行くようにしている。

付け過ぎと病院での使用だけどうにかしてくれと思っている。


二週間、ずっと家に引きこもるしかない期間が数度あった。

「これは精神的なことからくる症状なのかな」と引きこもっているうちに、次第に気持ちまで塞ぎ込んできた。

気持ちでどうにかならないかとだいぶ悩みもした。

自然由来だと玉ねぎなんかの強い香りでも平気なので料理はできるが、食器洗剤の香りはだめで洗い物は家族任せになり「ダメな人間だな」と落ち込むこともあった。

実際、身体にも異変は起きているけれど自分では見えないから悪いんだという自覚が乏しかった。

精神的なものだったら自分次第ですぐ治ることも可能かもしれないという希望からそう思いたかった一面もある。


アレルギー自体、解明できていないことが多い。

なぜ発症するのかや診断をつけることも難しいこともある。

近年、「化学物質過敏症」など取り沙汰されることあるが一部からは「これは精神疾患だから」や「周りに要求が多くて我が儘な化学物質過敏の人が身近にいて嫌な思いをした」など荒れていることもある。

人間やめろって押さえ付けるから反発がくるわけで、そりゃあ「やめてください!きついから!」と一方的に主張されたら誰でも嫌な思いもするでしょうよ。

「この商品はダメ!こっちに変えて!」とか言われると自分でも「好きにさせろや!」って言い返したくなる。


自分が比較的、症状も重くなさそうだからこう一歩引いて見れるだけかもしれないけど。

日常に支障をきたす場面もあるし、行きたいところに行けず我慢することも多いけど他人に別にあれこれ強制したい思いはない。

理解はできなくても少しでも理解しようとしてくれたりすることや

自力でどうにもできない場面では少し協力をしてもらえたらとても嬉しい。

先日の店内で柔軟剤ぶち撒け事件でガチ切れしていたのはこういう体質ゆえです…。

こういうことさえなければある程度は症状もコントロールできてて元気なので安心してください。

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