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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
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探偵親子とともに捜索

目次

プロローグ

第一章失踪

第二章回想

第三章潜入

第四章別世界

第五章遺体

第六章施設

第七章内情

第八章真相

第九章心中

第十章報道

エピローグ


プロローグ

 久しぶりに仕事から帰宅したら、台所のテーブルの上に置かれていた書類に目が釘付けになった。


 見覚えのある緑色の印刷紙、離婚届だ。そこには妻、緑子(みどりこ)の氏名と住所などが記載され、押印もされており、夫の欄は空白になっていた。「おぅ、やった」思わず声が出てしまった。でも小さく漏れた程度なので娘には聞こえなかったに違いない。

 

 深川(ふかがわ)新美(しんみ)、四十歳、警視庁捜査一課の刑事だ。つい最近警部補になったばかりだ。


「お父さん、お母さん出て行ったわよ。実家に帰るって」


 娘の(はな)の冷静な落ち着いた言葉が深川の頬を撫でた。


「そうか」としか言えなかった。そうなると予感はしていたが、心中では『やっと解放される』と胸を撫で下ろした。結婚してからまともに家族で食事もしていないのだから……。


「堪忍袋の緒が切れたって言うことね。お母さん」


 華はそうは言っても深川に対しては批判的な態度を表しているとは思わせなかった。それが少しは深川にとって安心材料だった。誰が何て言おうと自分が悪いのは分かっていた。


 結婚して既に二十年以上にもなる。子どもは華一人、大学生。華を育てたのは緑子だ。


 深川は刑事の仕事に没頭し、家族を蔑ろにしていた。家族三人で旅行や食事したことなどほんの数える程だった。深川は緑子と一緒にいるのが嫌だった。必ず嫌味を言われるのが分かっていたからだ。


「このままでいいの? お父さん、放って置くとあの人の所へ行っちゃうわよ」


 華は夫婦のことを全て知っていた。ここ二年くらい前からだろうか、緑子に相談相手ができていたらしい。華の話では緑子の通院している若い歯科の先生で、独身だとのことだ。


「仕方がないだろう。おれがこのざまじゃぁねぇ。結婚生活を続けられないよなぁ」


「何言ってんのよ。他人事みたいに」


「そうは言ってもなぁ、緑子の幸せのためにはそうした方がいいと思うな」


「お父さんは離婚してもいいと思ってるのね?」


「そう訊かれるとそうなのかもな」


 深川の答えははっきりしない。いつもそうだ。この時ばかりではない。この大事な問題にも関わらずはっきりと言えないし、はっきり決断できない。なるようになればいいのだと思った。


「お父さん、離婚届を見て、おぉ、やったって言ったわよね?」


「え? そうか? そんなふうに言ったか? 聞いてたのか」


「言ったわよ、小さい声で……。お父さんの本音なのね?」


 そうは言っても華の言葉は深川の心臓にぐさりと刺さるほどではない。やはり優しく深川の頬を撫でるだけだった。


「お母さんはお父さんと離婚して小畑(こばた)先生と結婚しちゃうわよ」


「いいんだよ。好きなようにさせればいいんだよ。何も華があれこれ悩むことはないよ。おれはねぇ、結婚には向かない男なんだよ」


「結婚に向くとか向かないとかなんてないわよ。どのくらい相手を愛することができるかだと思うわ。愛すれば優しくできるし、何よりも相手のことを優先するわ」


 華は心からそう思っているのだろう。『まだ青臭い』と思ったが声には出さない。


「そうかも知れんな。そう考えるとお父さんはお母さんのことを愛していなかったのかもなぁ」


「またぁ、他人事みたいな言い方をして」


「まあ、どうでもいいや。なるようになれっていう感じかな」


 深川は離婚届に自分の氏名、住所などを埋めて押印した。明日には役所にそれを提出しようと思った。あるいはできるなら華にそれを頼もうかとも思った。それよりも現在進行中の捜査のことが頭から離れなかった。


 とにかくこの二十年間は刑事としての仕事を優先し、いざ事件があれば泊りがけで捜査し、頭の中は家族のことなど全く思い浮かばなかった。その罰が当たったのだろう。そういう宿命なのだ。そう思うとすっきりした。


 捜査一課の同僚や後輩は、事件の捜査中であっても、時間を作って家族のためにそれぞれの巣に帰って行った。深川には当たり前のそれができなかったのだ。


 そんなふうに普通の刑事であれば『長いものに巻かれろ』的に生きていけるところが、深川にはそれができなかったのだ。


 この不思議な親子が後に大きな味方になることは、私はまだ知らなかった。



次章は直ぐに投稿します。ちょっと待っててください。

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