第二話 クーデター勃発
「し、しかし……」
だが、仕事熱心で生真面目なラインハルトは、突然の事態をなかなか受け入れられないでいる。なにしろ聖女の伴侶になるということは、アラバスタの王になることと同義だからだ。下級とはいえ、この国の貴族である以上、はいそうですかと気軽に応じられる話ではない。
「むー、もしかしてラインハルトは私のこと……嫌い……なのですか?」
普段勝気なセイラが珍しく泣きそうな表情になる。
「そ、そんなことは有り得ません!! 私はセイラさまをお慕い申し上げておりますので――――」
勢い余って想いを口に出してしまったラインハルトは、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。秘めた想いは封印して墓場まで持ってゆくつもりだったのだ。
「むふふ、へえ~、そうなんですね。でしたら何の問題も無いではありませんか」
ニマニマ嬉しそうなセイラの視線を受けラインハルトの顔は一層紅さを増す。
アラバスタにおいて、聖女は絶対であり、その選択を拒否することは出来ない。
もっとも、聖女の選択は、例外なく両思いと決まっていて、義務でなくとも断るものなど存在しないのであるが。ラインハルトにしても、いきなりすぎて気持ちの整理が出来なかっただけで、天にも昇りそうなほど舞い上がっているのは言うまでもない。
翌日、セイラがラインハルトを選んだというニュースはあっという間に国中を駆け巡り、お見合いの儀参加予定者たちはショックで膝から崩れ落ちる。
もっとも伴侶に選ばれること自体奇跡的な確率であるし、実際に会ってから選ばれなかったというよりは体面を保つことが出来る。聖女が参加するお見合いの儀は中止となっても、お見合いパーティーそのものは内容を変更して予定通り盛大に執り行われるのでさしあたり大きな混乱もなく準備は進められてゆく。
また当日はセイラとラインハルトの正式な婚約が発表されるだろうとの期待もあって、国民の期待は早くも過熱してゆく一方であった。
、
――――しかし
このタイミングで東方の雄、ヤバンナ帝国がアラバスタに向けて挙兵したとの一報が聖都に届く。
ヤバンナは、かつて別の大陸から政争に敗れ辿り着いた者たちが興した辺境の小国であったが、近年積極的に周辺の都市や集落に侵略を繰り返し中原有数の領土を誇る大国へと成り上がった新興国家。
昨年クーデターを起こした第三王子ストームブレイカーは、父王と兄王太子を廃し、即位後皇帝を称した。内乱によって混乱する国内を鎮静化させるまでには相当の時間がかかると予想されていたため、このタイミングでの挙兵はまさに青天の霹靂ともいえるものであったのだ。
現在大陸各国はお見合いの儀に合わせて祝日となっており、期間中兵士たちは皆故郷に帰ったり、お見合いパーティーに参加して相手を探すのが通例となっているため、最低限の兵力しか残っていない。
なぜなら祝祭期間は非武装がこの世界の暗黙のマナーであり、中原が一番平和になる期間だから。
全ての国が歩調を合わせて平和ムードを演出している時に、帝国はそんな慣習知ったことかとばかりに動いたのだ。
皇帝自ら数万もの兵を率いてアラバスタの国境付近まで到達すると、国中がお祭りムードもどこへやら一転大混乱に陥る。
人々が動揺するのも無理はない。なにせアラバスタには正規軍というものが存在せず、基本的に安全保障は周辺国家が共同で担うことになっている。そもそもアラバスタに攻め入ろうなどと考える国など存在しないので、守りを固める必要性が無いのだ。
そんな緊急事態の中、アラバスタ国王は、聖女との連名で予定通り行事は執り行うとの発表を行った。国民から絶大な信頼を得ている聖女の言葉に、国民や来賓は混乱はある程度落ち着きを取り戻したのだが――――
「……これはどういうことですか、大臣?」
婚約の儀に備えて、神殿で祈り身を清めていたセイラを、重武装した陸軍大臣と彼の私兵およそ百名が取り囲んだのだ。
「見てわかりませんか? クーデターですよ。この国はもう終わりです、これからは帝国の時代がやってきます。権威やら形の見えない信仰なんかではなく、力がものを言う時代がやってくるのです。古い因習などくそくらえだ」
下卑た笑みを浮かべる大臣たち。
「なるほど……初めから計画通りということですか。言っても無駄だとは思いますが、今でしたら非常事態に魔が差したということで聞かなかったことにして差し上げることも出来ますよ?」
武装した兵士たちに囲まれてもなお、セイラは動じることなく毅然とした態度で彼らを諭す。
「ふん、まだ立場が分かっていないようですね。頼りにしているであろう近衛騎士団はすでに一人残らず逃げてしまっていますよ。愛しのラインハルトも含めてね」
「…………」
「ふふ、いつまでその強気が続くのか見物ですが、これからは皇帝陛下に可愛がってもらわねばならない立場。もう少し愛嬌というものを身につけるべきでしょうな」
「……どういう意味です?」
「皇帝陛下は、聖女を手に入れることで、この大陸を統べる権威付けにするつもりなのですよ。もっとも形だけのことですから、適当なタイミングで病死にして名ばかり聖女と入れ替えるつもりなのでしょうが。それが嫌なら、せいぜい陛下の寵愛を受けられるように励む事ですな、はははは」
「……言いたいことはそれだけですか?」
ここに来てもセイラが動じる様子は微塵もない。冷たく言い放つ聖女にイラついた様子を見せる大臣だったが、良いことを思いついたとばかりに笑みを深める。
「まだ帝国軍が到着するまでにかなり時間がありますからね。ここには極上の女がたくさんいることだし、それまで楽しませてもらうとしましょうか。おっと、抵抗しようなんて考えるなよ? 大人しくしていれば殺しはしない。もっとも……帝国軍の連中が我々のように紳士的かどうかはわかりませんがねええ!!!」
ぶははは、と下種な笑みを浮かべる大臣と私兵たち。
神殿にはおよそ千名の神官がいるが、男子禁制のためすべて若い女性で構成されている。戦闘訓練を受けた騎士などもおらず、重武装した兵士百名相手では勝負にもならない。
「はあ……本当に……救いようが無いですね」
セイラの銀色の瞳が金色に変わる。
「何を言う。我らは大公としてこの地を手に入れるのだ。救いがないのはお前だセイラ」
セイラの雰囲気が変わったことにも気づかず、大臣は余裕の姿勢を崩さない。
「そうですか。それなら死ぬほど後悔させて差し上げますがよろしいですね?」