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四話【厭な予感】

「なんだったんだ……さっきのは」


 志摩弥(オレ)は、ベットで寝ころんでいた。

 右腕で、視界を埋めて。酷く撃沈していた。


 疑問。不安。焦燥。期待。興奮。


 様々な感情が、脳で巡る。

 勿論の事だが、先程の出来事の事についてでだ。

 あの女……一体、何を考えているのか。

 自分には想像もつかない。


「────」

 言葉すら、出てこない。

 あの女の姿が、言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。

 うんと強く付着している。


 ────リー、リー、リー。

 ────リッ、リッ、リッ。


 ふと、音が聞こえた。

 コオロギの鳴き声だ。


 部屋は静寂。

 ベットから起き上がり自室に備え付けられた窓を開けると、一斉に虫たちの鳴き声がこちら一直線に飛び込んできた。

 秋の季節を、彼らは知らせている。


 ────リー、リー、リー。

 ────リッ、リッ、リッ。


 いつもなら、自然を感じておかし等と言うかもしれない志摩弥(オレ)は。

 でも今は、ただ、ただ。


 ────リー、リー、リー。

 ────リッ、リッ、リッ。


『ウルサイ』。

 それだけの感情であった。

 ほんのりと、無数に点在する虫達(ゴミ)共に、苛立ちが湧く。

 ああ、ああ、ああ、ああ、ウルサイ。


「おーーい弥ーー、ご飯できたから降りてきなー」

「……あ」


 優子(かあさん)の夕食を知らせる声で、俺は我に返った。

 大切な生命に対して、俺は何を考えているというのだ。

 虫の命だって、決して軽くはないというのに。


 ◇◇◇


 一階に降りて、客間の端に座布団を敷いて座る。

 この部屋は客間であるが、お客様などほぼ来ない為、完全なる居間と化している。

 ま、別にそれが悪いというわけではないけど。


「じゃーん、今日はハンバーグだぞ? 美味しく頂けれコノヤロ~」

「ああ、美味しそうだ。……いただきます」


 母さんが持ってきた皿には、デミグラスソースがこれでもかと思う程たっぷりと掛けられたハンバーグと、ブロッコリーが二個のっていた。

 まぁなんとも美味しそうな料理か。


 俺は手を合わせて、食前の儀式をして持ってきてもらった箸を使って食べ始める。料理はそれだけでなく、野菜の炒め物や、白米。味噌汁なども取り揃えられていた。


 母さん、志摩優子はあんな性格だが料理は滅茶苦茶に上手くて美味い。

 流石だぜ、俺の母ちゃん!!!

 俺の、志摩弥の自慢の母だ。


「はむっと」

 ハンバーグを箸で四等分にして、その一つを口へ入れる。

 その味は、予想以上。最高の料理であった。


 熱すぎず冷たすぎずの丁度良い火の通し加減。

 ホクホクとした肉と、噛めば噛むほど溢れてくる肉汁。

 固すぎず、柔らかすぎずしっかりとした食べ応えのある歯ごたえ。


 これは、その全てが完璧に調整された百点満点のハンバーグだった。


「……、美味い!!」

「当たり前だろぅー、私を誰だと思ってるんだコノヤロ~」

 ハンバーグに添えられていたブロッコリー達もとても美味。

 数分もせずに、夕食を美味しく平らげしまった。


 ……。

「ごちそうさまでした」

「イエスイエスイエース!」

 母さんも、元気そうだ。良かった良かった。


 夕食が終わり、使い終わった皿を居間の隣にある、台所に置く。


「美味かったなぁ」

 ……ブー、ブー。

 夕食のあの滅茶苦茶美味かったハンバーグの余韻に浸かっていると、ジャージの右ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。

 通知、か。


 俺は反射的に右ポケットに手を入れて、スマホをとって、通知を確認する。

 ……が、しかしその直前でピタリと止めた。

 ある事を思い出したのだ。


「……」


 通知。

 多分、ツインダーからのメッセージか、普通のメッセージだろう。

 じゃあ、誰からか────?


 友人、学校、赤の他人。


 色々と思いつく。

 もし、これが赤の他人からのメール。いや、あの時の女からのメールだったらどうする? ……そんな事に気が付く。


 俺は思い出す。

 彼女は言った『君にね、とっておきの情報をあげるのさ』。

 ……違う、大事な事はそれじゃあない。


 俺は思い出す。

 彼女は言った『この情報は……さっき言った通り、とても機密なの。だから、知るか知らないかでは。多分、君の人生が変わってくる』

 ……近い。だが、それでもない。

 まだ違う。


 その先へ。

 記憶の、更に、先を探り。


 思い出す。思い出す。思い出す。思い出────した。

 ソノ情報を知ったならば。

 彼女は言った『もしかすると、君はある事に巻き込まれて死ぬかもしれない』

 ……。


 結論は、コレだ。


「ああ、そういう事か」

 自分でも分からなかった、通知を確認するのをためらった理由を理解する。

 彼女は言っていた、後で情報を送ると。

 メアドを教えた記憶はないが、なんらかのツールを使って、俺のメアドを特定して彼女が俺に送ってきたかもしれない。


 この通知が、ソレならば。

 俺がそれを見たら。

 もしかすると、志摩弥(じぶん)が死ぬかもしれない。


 ……馬鹿な。


 そんなの有り得ない。有り得ないと思う、信じたくもない。

 でも、それがもし本当だったなら……?

 そんな思考が、脳をよぎるのだ。


 汗は額を下り、地へ零れる。


「いやま……有り得ないだろ、そんな話」

 ……大丈夫だ。

 大丈夫だ。


 心臓に手を当てて落ち着いた後、ポケットからスマホを取り出す。

 そして、おそるおそるスマホの電源を付けて────通知を確認する。


 落ち着いた、落ち着いたはずなのに。

 ……手汗は止まらない、心臓の鼓動は高まる。

 悪寒がする、(イヤ)な予感がする。


 だがしかし、勇気を振り絞って。

 俺は、スマホに届いた通知を確認した。

 それはただの、一通のメールだった。


『送信者;土佐学

 宛先;志摩弥

 件名;なぁ

 弥、俺は深刻な事に気が付いてしまったよ────。あえてその事象を言語化するならば忘れ去られた(アーティファクト・)自己記憶(ファンタズム)だな』


 ……誰だ、この中二病は。

 そうツッコミたくなった。


「なんだ、(まなぶ)からかよ……」

 安堵の言葉を呟く。安心した。


 土佐学。

 コイツは俺と同じ秋葉高等学校の一年生で、志摩弥(オレ)の小学生時代からの付き合いの仲である、所謂────竹馬の友的な立ち位置である男だ。

 まぁ、こんな性格(ちゅうにびょう)ではあるが、先月にあった中間テストでは、学年二位を取るほどの成績優秀者である。


 しかし。勉強に関しては超一流だが、他の事になるとド三流に下落してしまう。

 それが土佐学(とさ まなぶ)。学クオリティーだ。


「……たく、どういう事だよ。アーティファクト・ファンタズムて」

 意味が分からない。いつもこんな感じで不定期にメールを送ってくるから、いつもなら適当に返信しているのだが。

 今日のところは本当に感謝だな。


 そう思った。

 なにせ、あの女からのメールじゃないかと内心滅茶苦茶冷や冷やしてたもん。

 学の、いつもの調子であるメールのおかげで気が楽になった。

 こればかりは感謝、大感謝だ。


 少し笑みが零れる。


「返信するか」

 ……俺は手慣れたフリック入力で、素早くメールを返信する。


『送信者;志摩弥

 宛先;土佐学

 件名;Re ;意味わからん

 アーティファクト・ファンタズム? 忘れ去られた自己記憶? 何の事だ?』


 送る内容は簡素なモノだ。

 なにせ、質問内容が意味不明(イミフ)だからな。

 そりゃあ嫌でも簡素になる罠。


「……送信、っと」


 送信ボタンをポチリと押した。


 ◇◇◇


 メールを返信した後、俺は再び自室に戻った。

 特にすることがないし……ゲームでも────。

 いや、やる事あったわ。


 そう、仕事が残っていた。

 学生にとっての仕事、それは言うまでもなく自習(ホームワーク)だ。


「あぁ、やらなきゃなぁ」


 三年後の大学受験を見据えるなら、努力は早めにしておかなければならないだろうな。大学受験は高校受験より優しくはないと。

 昔、母さんにそう念を押されて言われたし。


 俺は勉強机に床に投げてたカバンからノートと数学の教科書を取り出して、置いた。

 そして決心して、勉強机に備え付けられていた椅子に座った。

 勉強したくないという欲を打ち破り、俺は、俺は! 自習に取り掛かる。


 シャーペンを右手に、教科書とノートを開く。

 ……やり始めてしまえば、楽しいもんだ。国語の古文、文法とか。理科の生物とか、地学とかくそくらえと思っているが。数学がとても楽しい。

 クイズを解いている感覚で、問題が解けるからな。


 難問を解けた時の達成感は、とてつもないものだ。


 ……。

 …………。

 ………………部屋に静寂が流れる。

 聞こえてくるのは、外界にいる虫の鳴き声。それと、一階の居間のテレビの音。

 母さんがくつろいでいるのだろう。


 カリカリ、カリカリ、カリカリ。

 黙々と、問題をノートに書いて解き進める。

 自習を開始して、二時間ほど。机に置いてあるデジタル時計を見ると、午後九時を示していた。


「もう、夜だな」


 自習はまぁ充分に出来た。

 俺にしては頑張ったと思い、ノートを閉じる。

 何故か、今日はいつもより疲れた気がした。


 ────あの女との、出来事があったからだろうか。

 あの世界は電脳世界(デジタル)だから、肉体的疲労はない。……脳に負担はかかるがな。もしかして、そのせいだろうか。


 そうかもしれないな。


「……は、酷い女だな、アイツ」

 そう思う。


 ……疲れた。

 今日は風呂入らなくてもいいか。そんな気分でもない。別に、明日の朝入ればいいしな。だけど、歯磨きだけはしておかなければな。


「……はぁ」


 ため息だけが、口から吐かれる。

 歯磨きをする為に、俺は重い体を起こして自室を出て、一階の洗面所へ向かった。

 洗面所は玄関のすぐ横にある為、凄く外気の気温に影響されやすく、とっっても寒い。手も足も、顔も胴も、いまにも凍ってしまいそうだ。


 俺は、洗面所に置いてある歯ブラシを取って歯磨き粉を付けた。

 バキバイ菌粉という商品だ。この、商品名を考えた人は馬鹿なのだろうか。

 歯磨き粉を付けた歯ブラシを口に含み、俺は居間へ向かった。


 居間からは、未だにテレビの音が鳴り響いている。

『────本日未明、或間町駅付近路地で溺死体が発見されました。発見された付近に河はなく、何故こうなったのか警察が今現在、原因を調査しています。或間町で溺死体発見されたのは、今月に入って五度目です』

『いやぁ、怖いですねぇ。水難事故なんでしょうか?』

『多分そうだろうというのが、警察の今現在の見解です。ですが、或間町駅の周辺には河はない為、誰かに意図的に溺死させられた後に捨てられた殺人事件なのではないか。という憶測も出てい────』


「……」

 俺は居間に足を踏み入れる。

 居間には予想通り、母さんがくつろぎながらニュースをまじまじと見ていた。

 どうやら、或間町でのあの事件のニュースらしい。


 或間町(あるまちょう)。それは、今現在俺が住んでいる町の名である。

 この或間町の住民である俺も、流石にこの事件については知っている。

 学校でも、かなりひそひそ話の話題として、最近扱われていたりだな。


 この事件は、溺死した死体がこの町の至る所で見つかるという怪奇事件だ。……学校で聞いた噂では見つかった溺死体は、通常の溺死体ではなく数週間も体全体を水で浸されて、ぶよぶよになってしまってスライム状になってるしまっているらしい。


 臓器と血液が、ぶよぶよのスライム状の筋肉からはみ出ている光景を想像すると、吐き気すら感じる。

 あくまでも噂の域を出ないが、本当ならおぞましい事だ。


「怖いよねー、これ」

「……母さんも怖いのか?」

「うん、マジこわ」


 ……母さんにも怖いモノはあるんだな。

 少し驚く。なにせ、母さんはいつもオカルト系のバラエティー番組ばっかり見てるから。怖いモノは好きなのかと思っていた。


「……ふーーん」

「弥も気を付けて登下校してねー? 弥死んだら、私。泣いちゃう!」

「はいはい、気を付けるとも」

 当たり前だ。

 そりゃあ気を付けるさ。


 ……歯を磨いた後、洗面所に戻りうがいをして。

 母さんに「おやすみ」と言い、二階へ登った。


 自室につき、消灯して、ベットに寝ころぶと。

 一瞬にして、意識は奪われた。

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