三十五話【常識倒錯Ⅳ】
風はとうに死んでいる。
震えるワケがない。生命活動停止。その事象を通り越した全ての音響、風、光─────それら全てはとうに終わっている。
刀を取り出しながら、敵を見つめた。
「─────ああ。本当に……キミの親友に変装して良かった。おかげで、計画もかなり順調に進んでいるからね」
なお、黒スーツに黒髪黒目のその男─────黒土真壁ことアークバロットは薄く笑う。
その様はまさに地獄を体現している。
目の前は暗黒だらけだ。崩壊した世界だ。
─────倒壊したビルの中で、対峙する人間と悪魔。
「……」
言葉が詰まる。
怒りは蒸発して、言葉にすらならない。喉がはち切れそうだ。今にも飛びかかってしまいそうだ。今にも─────コイツを、手にかけたい。
だが、それはあまりにも無謀な行為だった。
状況を把握する。
「ふむ。なるほど、これだけしても─────君は私に襲ってこない、か」
……。
正直な所、この敵の言う通り─────直ぐにでも斬りかかってしまいたい。襲って、そのまま消してやりたい。
だが、足枷は重く。
─────先刻の悪魔との戦いが、思いの外体に響いている。
喉は鉄分を含んだ味を。……吐血。
右腕は熱を多量に持ち、それだけで世界が燃焼するだろう。
あの力をもう一度使えば、俺はどうにかなってしまうかもしれないのだ。
「……黒土真壁。いいや、アークバロット。テメェの目的は、なんなんだよ……」
呆れる様に詰問する。
それを聞いた敵は、また再び笑って。
「……私の目的? そんなのは、分かりきっているはずだろう? 何も聞かされていないのか? ─────私の目的は我らが主【魔王】の蘇生……それだけさ」
「……。これはな、俺がプライベートで聞いた話なんだが。お前はさ、魔王を蘇生した後に……生物兵器として起用するとか聞いたのだが。それは本当か?」
「─────くく。なんだ、知っているじゃないか。そうだよ、正解だ志摩弥」
……やっぱり、コイツは何を考えているのか。
理解出来ない事だ。自身の主を蘇生させて、それを生物兵器として起用する? そんな思考回路を持つコイツは、あまりにも狂っている様に見えた。
馬鹿などではない。
完璧なまでの利己主義者。エゴイストだ。
「まぁ、正直な話。私はね、ただ退屈していたんだ。……そう、だからこれはある一種の退屈しのぎ……うん、お遊びだよ」
「─────ッ!!!!!」
お遊びだと?
こんなにも、人を殺して。
迷惑をかけて、文明を破壊して─────。
それでも、お遊びだと?
人外がなんだか知らないが、あまりにも害悪。
「人の不幸は蜜の味。そんな言葉が、人間社会には存在するそうじゃないか。……ああ、その通りだよ」
「─────ァ、テメェ……ふざけてんのか?」
怒りは増して増して増して増す─────。
コイツは、ソフィアを傷つけてまで。
どこまで、ふざけて……戯言を吐くというのか。
「どこまで、どこまでも─────お前は、何をふざけて。俺の大切な人間にまで手を出すというんだ─────ッッッ!!!!!!」
─────ダメだ。
─────それは。
─────己を縛る枷となる。
──────────されど。
憤怒は決壊した。
止まる要素なんてない。
もう、一秒たりともコイツはこの世に存在してはいけないのだ。そう確信すると同時に、脚を強く踏み出した。
跳ね飛ばす様に、己の体は飛翔する。
「はっ、無謀な少年の生なぞ。ここで終わりにしてあげよう。─────鈍い!」
「………………ああああああっ!!!」
男と双眸が重なった。
静かに見据える、その奥。
だが届かない、その幻想。
ひしりと迫る、その刹那。
─────俺は懐に潜り込むと同時に剣を振るった。
「ッ⁉」
男が驚愕する。
己でも想定していなかったその速度には、少し怖気づく。だが止まらない。大丈夫だ、このまま殺せる。
静かに一撃を振りかけた。
されど。
それは届かず。
「─────例え、君がどれだけ速く動こうと…………それは人間的、肉体的限界は凌駕する事が出来ない。人外には到達出来ない。つまるところ、君はね…………私には追いつけない」
目の前にいたはずの敵は、気が付く頃には背後へと回っていた。
噓だ。…………避けられる筈がない。
呆気にとられた俺が呆然と立ち尽くす中、敵は距離を詰めてくる。
ダン。と、空気が断絶される音が一つ。
世界に響き渡って、共鳴するように魂が凍える。
─────避けれない。
「……あ、っぐ」
男の拳が己の腹に激突した。
痛みすら届かず、先に到達した衝撃だけが己を遥か遠くへと吹き飛ばす。…………ゴミは振り払われた。
まるで、箒で殴られる地の塵の如く。音さえ鳴らず。静かに俺は吹き飛び、コンクリートの地面に激突する。
痛い。死ぬ。消える。凍る。溶ける。弾む。割れる。
─────頭が痛む。
「─────ぁ、アアアアアクァバロットォぉオオおおオオ!」
だが、止まらない。
一心に男へと、敵へと突き進む。
そのおかげか己の剣撃は敵の腕に衝突した。
腕を断絶出来る程の力を振るう。
─────だが、聞こえてきたのは的外れな音。
カキン。と弾かれる。
そんなモノだった。
「え?」
確かに、目の前の惨状を見れば─────剣は男の腕に衝突していたのだ。だからこそ、分かるこの事実。
…………剣が通らなかった。
それだけの単純な事実。
それだけで、俺は─────絶望する価値があった。
俺は再び、剣戟さえも怒らず。吹き飛ばされる。
吐血。
◇◇◇
今日も夜空が綺麗だ。
倒壊し、空が見えるようになった大地は寒い。
…………俺はソコに、寝転がりながらただ天を、呆然と見つめている。
夜空は暗闇の中でも、星がらんらんと輝いていて。
美しい。ああ、本当に美しい。
…………この気持ちの良いぐらい不快な夜風に当てられて。
眠気は俺を襲った。
もう、良いのだろうか。
諦めても、いいのだろうか。
ああ、特に今まで何もなしえなかった俺としては─────これは、頑張った方ではないのだろうか。
人外的なステージに立って、人外と戦い。
幾度かは倒してきた。
その中で、体は疲れ果てていって。
徐々に、本当に徐々に、歪んでいった。
それを考慮すれば、俺はかなりの努力家だ。
これだけ頑張ったのだ。もう何も悔いる事なんてないだろう。
─────『……手伝ってもらうんだし、私も張り切って頑張るわ!』─────。どこからか、数日前の約束が聞こえてくる。
…………。
…………。
…………もう何も悔いる事がないだと?
ふざけるな。そんな事を考えるならば、己の理性は死ぬべきだ。
そんな甘えが一瞬でも生じた己には苛立ちが昇る。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。
こんな所で諦めたら、何もかもが水の泡だ。
志摩弥という人間の矜持も、この町の人達の命も─────そして、彼女との約束も。
その全てが無に帰す。愚かな行為。
そんなのは、ダメだと。
限界を超えてもなお、俺は立ち上がった。
果たして、何回目の命懸けの行為だろうか────そんなのは、もう数え切れないぐらいしてきただろう。
全く…………ドジな彼女には、呆れて笑みが零れる。
「はは、ははは…………はははははははは!!!!!! ─────ああ、そうだった。そうだったよ」
立ち上がった後の腕からは、真紅のインクが滴る。
神経系は瓦解し、とうに頭は透き通っていた。目を見開けば、刺さる深淵が目に映る。
「─────ああ、」
この世界は本当に、白昼夢のように、腐っていて美しい。
潰れかかった肺で息を取り込んだ。
死ぬ、消える、崩壊する、其の何もかもを。だが、それは─────。
自然と、視線を敵へと移す。
「ほう。まだ死なないと。なるほど、志摩弥。……君の取り柄は、その生命力か?」
しらねぇよ、しるわけがない。
男は嘲笑しながらも、コチラに一瞥。
どうやら、本当に。
コイツは、ここで。
消さなければいけないらしい。
視界が歪む。
まるで全身が凍りつく様だ。
だとしても。
「略奪構築─────」
「っ、まだ抗うか。往生際が悪いぞ、……”人間”が!」
刹那。衝撃が建物内に轟く。男はフラフラと立ち止まる己に向かって走り出した。人間の物理的限界を遥かに凌駕するその速度、その身体能力。
羨ましい。
渇望と共に予測を立てた。
敵が俺に到達するまで……残り、一歩もなし。
時間にして何分の一秒か。
─────されど。
俺は後に引くことなんて忘れてしまったから。
「夢はただ唯一。望む一途に無感動─────故に」
凍る。
そんな錯覚による絶対零度を体感すると同時に、横に突き出した右腕からは紅の電撃と紫光が弾けた。違う。
いつもとは違ったその光色。……青色─────異色が混じった。
尚、男は眼前に到達する。
「何をしようが、これで終わりだ。志摩弥」
神速さえも超える一瞬。
その速度には風が靡くどころか、光さえも届かない。
あんまりにも理不尽だ。
そんな身体能力を持った化け物に、人間の俺が勝てる筈がない。
それも、一人で─────。
「重複。叉を《アンド》……」
─────しかし。
その程度の理不尽で負ける程、世界は単純じゃない。
人間ならばコイツに勝てない?
正論である。だが、ならば。
─────己が人間ではなくなれば良いだけの話。
口角が歪む。
敵が空中で繰り出した鉄拳は鈍い。
あまりにも、鈍かった。
血流は遅く。
時間さえも鈍感に対応する。
略奪。それを奪い。
重複。それを重ね。
臨界。それを円環し。
訂正。矛盾を忘れる。
四連にも為る、多重する略奪構築を編み出す。
今までの己はただ、魔力を奪う事だけに専念していた。だが決して、他のモノが奪えないというワケじゃない。
そう。この俺の力『七色紡ぎの天腕』は事象概念そのものさえも、己のモノへと作り替える事が出来るのだ。
それ故に、我が力は「奇跡操作」などと呼ばれる。
─────つまるところ、この世界に存在する以上。俺が略奪出来ないモノはない。
ああ。
羨ましい。
お前のその力が、その身体能力が、その存在自体が、その全てを心底渇望する。
きっと。届かない現実は、俺にとって酷く綺麗な紛い物に見えたのだろう。
─────されど、この力は不可能を可能にする概念。
だから、届かせてみせる。
そして、濁りきったその全てを。
我が体に内包しよう。
奪え。奪え。奪え。奪え。
深海へと潜る。能力の極地。己の潜在能力を超えて、身体的限界。ないしは精神的限界さえも凌駕して、天へと届いたその一途。
希望は、叶えたい願いは一つ。
奪うのは三割でもいい。
いいや、欲張れ。
更に先へ───四割、いや五割と。
目が赤く滲み、腕も崩壊寸前。
その中で、右腕の力を発動させた。
「臨界─────ッ!!!!!」
◇◇◇
─────悪魔は動じなかった。
何にも。今まで、大して突き動かされた事象など特になく。忘れもしないのは、魔王に生み出されたその事象のみ。
今までの存在による過去はそれだけしか、彼には鮮明に描かれていなかったのだ。
濁ったパレットに点在する鈍色。
それが、黒土真壁という存在そのものなのだ。
今回も例外ではない。
彼にとって、今回起こした事件なんて長く続いた己の歴史で比べれば可愛いものだ。己の歴史に泥を塗る、全く影響がないだろう事象のはずだから。
今までうんとありとあらゆる存在を見てきた。
龍種、吸血種、天源種、魔源種、真源種、餓狼種、腐種、怪種。その他にも色々と。その数は優に千を超えるだろう。
だから、間違えるはずがなかった。
確信が外れるワケがなかった。
魔術も大して使えず、寿命も短く、死にやすく、弱く、事象がなく、特出すべき点がない─────己が幾度と見下してきた人間風情に負ける筈がない、そう確信していた。
というのにも関わらず─────。
己の攻撃は外れ、それでもなお男は─────眼前にそびえ立つ。
意味不明だった。
自身の攻撃を前にして、それを回避しえる人間がこの世に存在するなんて有り得ない事なのだ。
同時に、己の体の動きが鈍ったと体感して。
紅と紺碧の電撃に瞳孔を反射させながら。
「─────んだ、これ、ハ」
掌底が飛んできて、ただソレに吹き飛ばされるのだった。
◇◇◇
掌底を飛ばす。
急激な自身の動きが加速する事に快楽を生み出す。
─────略奪構築はどうやら成功したらしい。
敵は俺の反撃を食らって、先程の志摩弥と同じ様に吹き飛んだ。
まだ、まだ、まだ─────っ!
男は遠く吹き飛んだ後に、受け身をとって起き上がる。
その表情はまさに、馬鹿げていた。
どうやら、この現実が理解出来ていない様子。
理解した時には、時すでに遅し。
「……体が鈍い。思うように、動かない。─────貴様まさか、俺の身体能力を奪ったというのかッ!!」
「ふん、そうだよ間抜けが。─────だが、これで互角だろう?」
「貴様ぁぁぁぁっぁぁあああああ!」
双眸が対峙する。
始まるのは運命の戦いか、はたまた聖戦か。
それは予想もつかない事だった。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
気になるところではあるんですが、あまりにも伸びなくて……モチベーションが保てないので短編(数万字程度)の小説を加工と思いますので少しこちらの方の更新を休止させていただきます。
すいません。




