三十四話【常識倒錯Ⅲ】
「まず、どうする……相手の特性なんて分からないからな。初動は慎重にやらなきゃいけないだろ?」
正直な話。全ての行動に慎重にいかなくてはいけないが……そこまで考えるのは、人間風情の脳内では完結不可能だ。
出来ない。そんな神業は俺では出来ない。
……だが、無抵抗でいるわけにもいかない。
幸い、俺は過去に対戦ゲームなどを多々やっていた為に戦略を立てるのは好きだし、得意といえば得意である。
今まで滅茶苦茶にやってきた過去の恩恵が今になって役立つとは、思ってもいなかったが……。
「そうね。確かに、相手がどんなヤツか分からない限り……戦略を立てるなんて凄く難しいわね」
「ああ。だからまずは、奇襲を仕掛けるしかない」
顎を手で触れて、目を瞠る。
戦闘スタイルどころか、戦闘能力すら分からない相手と対峙しなければならない時に……どうするか。
正面衝突なんて、少なくとも即却下だ。
それならば、─────答えは一つ。
奇襲。それしかない。
または遠距離攻撃……から仕掛ける、とかだが。
遠距離攻撃なんて出来る手段はないし。そして相手にソレを対応された場合は、反撃される危険性がある。
奇襲も反撃される可能性はあるが。
奇襲ならば一撃必殺的な手段が通用するし、なにより……反撃された場合も更なる反撃を狙える。
つまり、戦いは一瞬でなければならない。
その一瞬を逃せば、負ける。俺たちは死ぬ。
「奇襲、か」
「ああ、俺的にはそれが一番良いと思う。そういえばソフィアは銃を使って戦うんだよな、……それならば俺が奇襲を仕掛ける時とかにさ。援護する事は出来るか?」
「─────? いいけど、奇襲って言っても。ワタルはどうやって戦うの」
言い淀む答え。
……奇襲を仕掛けるのは良いが。
それで仕掛け、相手に必殺を仕掛ける技を俺は持ち合わせているのか? ─────という質問だ。
……なるほど。
そうだな。俺にある手段というのは、数少ない。
というか一つしかない。……それは紛れもなく『腕の力』である。だがこの力で、そんな上位の悪魔を消しきれるのだろうか?
俺の腕の力による魔力で出来た悪魔を倒す方法は、その悪魔の体そのものである魔力を略奪するだけだ。
そう。悪魔その存在証明自体である魔力をを己の所有物にするという事象。
それが己の扱う七色紡ぎの天腕の『略奪構築』というモノだ。
これはあくまで憶測で、正確な知識は持ってない俺が考えたものだから─────多少間違っているかもしれないが、大体そんな理論だと感覚的に理解している。
「そりゃあ、俺の腕の力……それしかないだろ」
「─────正気? その力ってのは、酷使すれば死ぬのよ。簡単に扱えるものでもない。ただでさえ世界にはびこる矛盾を訂正出来る力を人間の身で内包出来ていることでさえ奇跡だというのに」
「だって、それしか─────ないだろ」
「……?」
確かに、ソフィアの言う通り。
コイツには正論ばかり言われている気がするなと思いながらも、言葉を紡ぐ。俺が力を使うたびに蘇る、ノイズのような過去の衝動。
それらで聞いた。
誰だか、それは今では思い出す事も出来ない人間に言われた─────。
『人の為に。奪う』その言葉が、今となって前頭葉に響く。
浸透していく言葉には喉がはち切れそうだ。
「俺はさ、昔……誰かに言われた気がするんだよ。この力は……人の為に、護る為に使うもんだってな。だから人を助けて俺が壊れても、それは仕方がない事なんだ」
「なにそれ……ワタルの力なんだから、自分の為に使えばいいじゃない」
「いいや、それじゃダメだよ。それが人間ってもんだからさ。……自己犠牲ってのも、時には大切だ。それで大勢の人が救えるならな。それにさ、……だからって俺は死ぬ気じゃない。必ず生き残る」
人の為に使うとは言ったが……それは己の死を認めるのとは直結しない。
彼女の目を見て、真摯にも言い放つ。
それが、答えである。模範解答かは分からない。だがこれは、俺が今まで生きてきた十六年間で得た思考能力が導き出したモノだ。
きっと、答えとは十人十色で。正解も、不正解も、そんなのは存在しないのだろう。
「……ま、ワタルがそういう人間だってことは。前からなんとなく分かってたし、別に咎めないわ─────。だけど一つ、貴方だって一人の人間なの。それを大切に思っている人達も沢山いるはずよ。だから決して、自分の命を軽く見るなんて事はしないでよね……」
声が霞む。
ああ。そうだ。
それでいい。
俺だって死にたくはない。
「分かった。……俺だって死にたくはないからな」
「─────それなら良いわ」
「さて、じゃあ……決まりだな。俺が腕の力で悪魔を見つけ次第奇襲を仕掛ける、それでソフィアは援護射撃をする。それで良いか? ……勿論、悪魔が変な行動をとっていたら密かに様子見だ。気づかれないようにな」
「うん!」
彼女の了承を得る。
これで、作戦会議が終了するのだった。
◇◇◇
どこからか、水の滴る音がコンクリートを反響する。
暗闇に紛れ、溢れ出る不協和音は恐怖を増大させ、体は自然と震えた。
割れた窓を見ると、なんとなく外の様子を俯瞰でき、そこから読み取れる情報からは─────日没が終わりかけているという事だった。
「……そろそろ、急がなきゃまずいな。不利になる」
「……でも、静かにね」
その中で、俺とソフィアは…………静かに、忍び足で階段を登る。そしては極力上げる声も冷たく、出来るだけ生気を混ぜない様にと細心の注意を払うのだ。
これで対象に気付かれたら、一貫の終わり。
それはこの場にいる二人共、ちゃんと理解している。
「……」
だがこの静寂は、思ったよりも辛い。
不思議と過去のトラウマが蘇るのだ。
……廃病院にて、あの足音。
あれは今となって鮮明に蘇り、煩く奏でられてゆく。
脳内が摩耗し、神経は今にも途切れる。
満身創痍。絶望的瞬間を永遠に体感する地獄。─────だがそれでも、俺は立ち止まる事なんてしないし。焦ることも、めげることもない。
─────唯一。懸念があるとすれば。
ああ。ちくしょう。
「……寒い、な」
それである。
今は十一月。もうすぐで冬という季節がやってくるのだ。
流石にそんな寒波が近づいてきていると、夜は酷く冷え込む。……勿論、今日も例外ではない。
凍える。死んでしまったかと錯覚するほどの冷却された外気は喉を通過して、肺を氷に。ないしは、ガラスのようにパリンと軽く割る。
息を吸い込めば、まるで胸にガラスが突き刺さったかの様な痛みを覚えた。
……人間である以上、それは避けれない現実。
非情な現実味が身に染みると共に、唇を噛み締めた。
だが俺はこれだけの事があってもめげるワケにはいかない。
それは、ただの逃げだ─────。
……。
……。
……。
そう。そんな現実を逃避して、白昼夢に逃げるなんて。子供以外は許されてはいけない。いいや、……そんな事を言う資格すら俺にはないのかもしれない。
……細かい事はいい、他人に命令するのなんて関心なし。
今は単純だ。言いたい事はただ一つ。
志摩弥という罪人は─────ここで逃げる資格なんてない。
ただ、それだけなんだから。
……ソフィアはあんな事を言ってくれたが、そう易々と己の罪を自己で軽くするなんて、以ての外だろう。
だが彼女の言う通りでもある。
俺はだからって死ぬ気なんて毛頭ない。
あくまでもこれは醜い言い訳だが。俺だって生きている人間を殺したワケじゃないし、……相手は悪魔となって俺を殺そうとしてきたのだ。
それをコロシテ何が悪い?
─────それは、自己防衛だろう。
……なんて言い訳を吐きつつ。
静かに、前を見据える。
ああ。今はそんな事を考えている時間でも、場合でもなかった。
今は己にやるべき事をただ遂行するだけ。
それでいい。本当に、それだけで良いのだ。
……相手は大量殺人者。そんなヤツに躊躇いなど必要ない。
ただ殺せ。その一心に動く。
心に留めるのは、ただの意志。
誰に委託されたのか、誰に奪われたのか。
そんなのは既に思い出せない─────霧に曇る記憶を想起して、大きくまた一歩。階段を上がった。
「─────」
だが、その時が志摩弥という存在の命運の狭間だったのだろう。
……俺は一歩前に登る直前、足を止めた。
……進めるワケがない。
なんたって。
「……」
背後では彼女が息を吞む。
体は死後硬直の様に硬く、繰り出されるのは緩慢過ぎる動作だ。
だがそれは、幸いだった。
……動けるワケがない。
何故ならば、階段の奥で─────そう。四階フロアで音がしたからである。
信じられるはずもない。
この世に存在すべきではない、『異音』が鳴った。
「アァァァ””””””””””」
目視する。
今更に気付く。
己が背負う袋に左手を掛けた時には、眼前には既に─────。
「……ソフィアっ、‼」
「ええ、分かってるわ」
見覚えのある人型の黒塊が迫ってきていた。
黒いローブに身を包んだ腐肉。
死。再び、懐かしくも直感する。
追いつけない、これでは……刀を繰り出す前に。死ぬ。
─────どうすれば、いい?
─────どうすれば、助かる?
─────どうすれば、逃げr─────
間に合わない。
思考は更に加速する。
だが、間に合わない。
思考は最高潮に冴えわたる。
されど、間に合わない。
腕の力を発動しようにも、その瞬間さえ俺には無かった。対応出来ない奇襲にはもう飽きている……だというのに、未だ防げない一瞬の攻防。
「……ぁ」
声が届く暇もない。
そんな中、背後から─────神速に弾丸が放たれる。
……ドン。という轟音、同時に火花が舞った。
そして尚、放たれた赤の弾丸は……目の前に迫っていた黒塊を穿ち。痙攣するように後退した。
「……ッ、ぁ」
一息つく。
そして。
「こっちよ、ワタル!」
「─────ああ!」
即座に背後へと振り返り、登りかける所だった階段を駆け下りて三階フロアへと走った。彼女は先頭を行き、周りの安否を確認しながら走っている様子。
危機一髪。
三階フロアに飛び込み、ただ無我夢中で走る。
背後では、おぞましい物音が搔き立てられてゆく。
……先程の悪魔が、迫ってきているのだろうか?
だが、今はそんな事なぞ気にしなくて良い。
─────作戦失敗。
言葉が脳内を軽快によぎる。
それは、予想出来る最悪の事態だ。
その作戦が失敗すれば、九分九厘俺たちは死ぬのだから。
「ソフィア……どうだ」
「取り敢えず、このフロアは安全かも。……だけど、まださっきのヤツが追ってきているわ。このまま駆け抜けましょう!」
「……はは。そりゃ賛成だが、俺の体力がもつか─────」
「ワタル! 気合いでなんとか!」
彼女と並行して走る。
同時に息を荒げながらもソフィアと状況確認をした。……どうやら、彼女が確認した範囲ではここらは安全らしい。
最も、それは今追ってきている悪魔から逃げ切れた場合という前提条件があるのだが。
それに、息は今にも詰まりそうだ。
疲れた。死ぬ気でゆっくりと、精神を研ぎ澄ましてきたから余計だろう。
……酷い倦怠感は俺を容赦なく襲った。
だが、まだ─────いける。
脳に曇ったノイズがひしりと、頭痛と共に流れ込む。
だが、まだ─────それを嚙み砕き、凌駕し、己を保ち、脚に力を込め続ける。
「は、……ああ、ぁっ!」
再び呼吸する。
目に焼き付いた先程の悪魔の姿を思い出す。
……あれは、今まで見てきたヤツらと同じやつだ。
なに、慌てる事はない。
疲れも特に、……慌てなければそこまで感じない。
そうだ。冷静になれ、志摩弥。
こういう時こそ、冷静に行動するのが賢者というモノのはずだろう?
……背後を一瞥する。
そして。到達するは分かれ道。
二本のルートが存在し、左は服屋フロア。右は書店フロアだ。
……。
「ソフィア、二手に別れよう」
「えっ⁉」
「俺がアイツをおびき寄せる、ソフィアは左にいけ。俺が右にいく─────」
一言、そう呟いて。
厳かに、脚の稼働を加速させた。
その後、ソフィアはなんとか言っていたが─────悪い、今は聞いている暇なんてない。これが俺の選択だ。
「ァァ””””””””””!!!!!!!!」
「はは、しつこい奴だよ悪魔らは。そりゃそうか、ちくしょう。俺はテメェ達から見れば……さぞかし旨そうな獲物だろうよ」
右の通路に滑空。飛び込む様に、独白に踊る。
滑走しながらも腕をたくし上げて、呼吸を整えた。
静かに見据える、奥底─────わが身に宿る力の奥底へ。
─────構築、輪廻。
「……………………略奪構築っ!」
渇いた舌が崩壊する。
だが、喉を振り絞り声を出した。
故に─────。
腕からは赤黒い電撃が走った。
……脳にはショートしたと思うほどの頭痛が襲う。
舌を噛み、正常な己を保とうとする。
だが無駄な行為だ。自我が崩壊するのも時間の問題だろう。
俺はその代償に値する行動を幾つも積み重ねてきたのだから。
……特に鍛えるワケでもなく。
……ただ、自己保身、自己満足の為に奇跡を振るう己は─────紛れもない、罪人だ。
そうだ。だからこそ仕方がない。
もう取り返しのつかない所に俺は立っている。
だからこそ、躊躇などない。
奪う。
眼光は腐食し、瞳孔は狭く。
暗黒の中で起こる矛盾。
─────視界がぼやけた。
だが─────。
「ァ”””」
それと引き換えに、背後から猪突猛進と俺を追ってきていた悪魔の姿は鈍く変化する。敵の魔力……命そのものを己の物質へと略奪した。
その結果がコレである。
「……ぁ、はぁ、ああ」
逃げれる。
ふと、確信した。
……コイツの魔力はもう空っぽのはずだ。だから、消えるのも時間の問題。……つまるところ、俺が手を下す必要はない。
だから、俺は彼女と合流する為に走り出した。
「─────」
されど。まだ早い。
俺は背後から飛翔してきた化け物に気付く事もなく、その場で肩を嚙み砕かれたのだった。
……命が燃える。
◇◇◇
「え、あ────」
その時だった。
走り出した、その瞬間。
思わず、驚愕を通り越して硬直するしかなかった。
右肩には、酷く……奇妙な感覚。
だが不思議と痛みは感じず、生きている実感が湧かないその感覚。
覚えるモノなど特にない。
俺はただ立ち止まり、呆然と背後へと振り返った。
いいや、俺はそう思って首を捻ったが─────現実は違う。
気付いた時には何故か、俺は先程倒したかけた筈の、瀕死の、黒塊に押し倒されていた。それどころか、人型のソレは己の肩に嚙みついてきていて。
痛く……ない。
されど、熱い。熱い。熱い。
体は炭の様に。あまりにも容易く燃え果てる。
一体、俺は何をされたのか……? 理解不可能。
だが、現実味のない現実は理不尽にも。
遅れて激痛が到達した。
─────断絶。
「─────あ。ぐ、ぁぁぁぁああああ⁉」
なにもかもがわからない。
ただがかいしてゆく、ほうかいしてゆく、れいらくしてゆく。
わすれたころにやってくる、おわり。
命が直に削り取られる錯覚を抱く。
あまりの激痛には、恐怖を通過して笑みが零れる。
だがそれはあくまでも心境内、体は痛いと─────絶叫をあげいていた。まるで、ショッピングモールで聞いたあの断末魔。
酷似したソレは、己の末路を語る様。
なんでコイツは消えていない。
なんでコイツは死んでいない。
なんでコイツはまだ俺を襲う?
困惑が多々。
今までならば、この悪魔も俺の略奪構築を食らえば皆、例外なく消えていったというのにも関わらず。コイツは未だ健気に咲いている。
煩い火花が散る。
煩わしいその存在には、存在する価値すらないと侮蔑する。
「ぁぁああ、ああ……⁉」
肩が燃焼した。
─────消える。
神経が擦り切れていく。
背後へと振り返ると、腐食した人型の化け物が己の右肩に噛みついている姿が目に入った。まるでゾンビだ。
理性などないように。
ただ本能だけに突き動かされる肉塊。
─────消えてゆく。
「……ぐ、あ」
そして、そんな黒塊を侮蔑する志摩弥。だがそんな軽い感情は容易く破壊されるのがオチである。
男の牙がより一層深く己の肉に潜る。
同時に激痛は増し、今にも肩に宿る骨は嚙み砕かれ、崩壊していくようだ。─────地獄を見る。
この感情は、辛い。だけでは収まりきらないモノだ。
そうして想起する。
─────『─────』─────。
感情は煩瑣に途切れてゆく。
壊れる感情。溢れ出る記憶。
─────ああ、そうだった。
今にも脳に焼き付いている謎の世界が脳をよぎった。
狼に殺されて、殺した少年のその姿が目に入る─────。
「が……あ、」
声が震えた。
そうだ。己はこの程度で死ぬ人間ではない。
死を凌駕してこそ、オレである意味。
イメージとして突発的に現れた真髄は到底理解出来ない代物だ。だがそれでいい。今はそれでもいい。
いや、未来永劫ソレでいい。
ただ、実用性があるならば─────。
使えるモノは全て使う。
奪えるモノは全て奪う。
それが例え、命だとしても─────。
相手はしぶとい。
己の一撃必殺、その魔術を食らっても消えないその面倒さ。
慎重にゆけ。だが躊躇するな。
顕著に。
一撃で全てが奪いきれないというのならば、それが不可能ならば、二撃、三撃、……いや四撃と。
何回でも、貴様の全てをと奪おう。
無限回に及ぶ一撃必殺。
「円環せし 略奪構築─────っ!」
右腕が赤く弾ける。それは肩が嚙み砕かれた証か────違う。それは、己の右腕から発せられた赤色の電撃そのものだった。
その刹那。
己の略奪構築は二度、三度では止まらずと─────五度、六度と重なり。俺の肩に嚙みついていた悪魔には反撃する暇すらなく、蒸発した。
◇◇◇
「が、あ……」
疲労が固まり、いきなり己にかぶさった。
だが、このゴミが悪魔の中でちょっとした強化個体的な所為だったのか。奪った魔力はたんまりとある様子。
それは、己を襲う魔力酔いの強さがいつもの比では無い。その事実が、そうだったっと語っていたから─────。
体全体が重い中、─────俺は彼女に合流する為にもう一度走り出した。まだ、こんな所で倒れるワケにはいかない。
肩からはだらしなくも赤色の液体が滴ってゆく。
されど、問題ない。
「はっ、はっ……、っあ……」
その程度の傷は幾重にも経験しているのだ。
もう既に慣れている。
だから、大丈夫だ。
─────静かに分かれ道の合流点へと走る。
俺はその先に注視する。瓦礫が多々とある。
違う。それよりも、先に。
倒壊した瓦礫によって潰された地面が作り上げた谷。
その先、分断された反対の地面には既に─────ソフィアと学が立っていた。
「ソフィア、学……っ!」
声を振り絞り、上げる。
すると学はふと気がついて、コチラへと歩み寄り手を伸ばした。……体は今にも崩壊しそうだ。だけど。
─────谷の長さは、目算にして四メートル程度。
到達点は学の手。
「ワタル、俺に掴まれ!」
「ああ、……っすぅ。─────いくぞ!」
今にも砂に還るであろう肉体に力を込めて、脚をバネに。たん、と軽快なステップを奏でる様に飛翔した。
まるでオーケストラである。瓦礫がカラカラと、夜風はひゅうひゅうと、己はギリギリと。その間を飛びのいて見せる─────。
「ほおっ⁉」
「……ぐ、」
だが、四メートルは厳しかったか。
俺は─────届かないと確信しながら、落下してゆく己を理解した。ぎりぎりの所で地面に届かない。
己の力じゃ、足りなかった。
─────されど、己の親友は未だ。
「学っ!!!」
諦めずに、学は落ちるギリギリになろうとお構いなしに。落下してゆく俺の腕を掴み、引っ張った。
「ソフィア……さん、あんたも手伝ってくれ!」
「……え、ええ!」
連鎖的に落ちそうな学を、ソフィアは引っ張った。
ぎゅうぎゅうと腕が締め付けられて、血管は縮んでゆく。
だが、死なないよりはマシだろう─────。
そう思いながら、俺は反対側へと引っ張りあげられて九死に一生を得た。
◇◇◇
「はぁ…………ぁ、助かったよ。学、ソフィア。ありがとう」
「んあ? 問題ないよ。特にね」
「─────?」
取り敢えず、ふぅと一息吐く。
ああ、本当に疲れた……。
そう思いながら、俺はその場に腰を下ろした。
少しだけ休んで、本丸に行こう。
今度こそ、失敗しないと静かに意気込む。
少しだけ休もう。
休もう。
そうだ。そう思って、眼を瞑った。
─────休めるワケがなかった。
「え?」
現実を否定する。
思わず、そう思う。
現実から逃避する事なんて愚行だと、目の前に映る世界は意味のないモノだと切り捨てた。その志摩弥の行動は─────、。
正解だったのだろう。
今までに感じた事のない絶望感。
一歩先に能力を開花させたあの瞬間よりも恐ろしく、現実味のない一瞬。
ああ。もう世界が崩壊してくれと思う。
……これは、現実から逃避するしかない。
逃避すべきだ。逃避しか選べなかった。
思わず、声にもならない声を掠める。
「─────?」
「さぁて、と。遊びはココマデかな」
そこには、土佐学─────から変化した黒土真壁。いいや、アークバロット・フリュンスター。見覚えのある黒髪黒目、黒スーツの男が立っていた。
「過去とは不可逆的なモノだ。しかしね、未来とはいくらでも覆す事が可能な……そう、可変的な概念なんだよ。志摩弥。君が僕の魔王蘇生を阻止しようとしているのも、ある人物から知っている」
─────そして。その男が、ソフィアの腹を貫き。赤く染める姿を見た。
「ああ、安心してくれ。彼女はこれぐらいじゃ死なない、ただ少し眠ってもらうだけだ。─────その間に、ただ君を殺そう。君は稀有な存在だ、だから魔王蘇生の為の生贄にするのは美味しいんだよ」
言葉にならない一瞬。
沸々と怒りが湧いてくる。またソフィアを傷つけた存在が目の前に。
そして。
土佐学─────ではない、その存在。
いやまさか……もしかして、土佐学がコイツだったのか?
ただそうカモフラージュしていただけなのか?
「─────お前、は……土佐学」
「いいや、違うよ。安心してくれ。……彼にはただ気絶してもらっただけだ。もしかすると、今頃は瓦礫に埋まってるかもしれないけどね」
……いつ入れ替わったのだろうか。
だがそれは問いかける必要のない事だった。
ただ、限界を超えた肉体で。
罪を犯した存在に断罪を、鉄槌を下すだけ。
「ああ。言っただろう、志摩弥クン。”自身の立ち位置をわきまえず、天へ歯向かう者には罰下る”とね。今が断罪の時だ。─────志摩弥」
「黒土─────、アークバロットッ。テメェッ!!!!!」
俺は一対一で目的の相手と対峙した。
少々予定より早いが、問題ない。
今はただ─────コイツ全てを奪い、消し去りたい気分だ。
だから己は左手で背負っていた刀を取り出したのだった。
長い……一日を描く為に何話使ってるんだ、この基地外ホシ野郎は……と思ったそこの読者。すいません。まだ続きます! よろしければ、ブックマークやポイント、感想などをお願いします。
次回はその悪魔みたいな幻想をぶち壊します⁉ もうそろそろcase1は佳境に入ってきたかなという感じですので、よろしくお願いいたします!
ソフィアたん……。




