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三十三話【常識倒錯Ⅱ】

 広がる暗黒には、吐き気がする。

 まるで一秒先に崩壊する世界の様に空気が重く、更には理解出来ぬ事象の連続だ。これには、そう思わずしてどう思うと言うのだろうか。


 俺は黒く染まった駅ビルの一階フロアを歩く。

 隣には白い悪魔が構えている。


「─────な、ソフィア。これさ、どんなクズ野郎の仕業だと、思う?」

「さぁね。そんなのが分かったら苦労はしないわ。でも、さぞかし性格の悪いヤツでしょうね……」


 それぞれ一瞥すらせずに歩いて、闇の方へと歩いた。正確に言うならば、闇の方の更に先─────外への光を探し歩いていた。

 だが、そう簡単に見つかるワケがない。


 俺はエスカレーターの隣に立っている駅ビルのそれぞれの階層に何があるのかを記しているフロアマップを見て確認する。


「……一階フロア。ここには一応、出口が四個あるらしいが」

 南口、北口。東口、西口。とそれぞれあるらしい。


 先程、瓦礫に阻まれているのを確認したのは……南口だ。

 つまるところ、あと三つの出口を確認し─────俺たちは脱出経路を確保しなければならない。


「非常口はないの?」

「ん。非常口か、どうだろう。……一応このマップには、三個? あると書いてあるけども」

「じゃあそこも行けるか探していきましょ」

「そうだな」


 それにしても、彼女は冷静だ。

 流石だ……きっと、こういう緊急事態に慣れているのだろう。あのショッピングモールでの事件でもコイツは冷静だったし。

 幾つもの修羅場を駆け抜けてきたに違いない。


 それに対し、己は─────。


 未熟だ。あまりにも。

 ショッピングモールでも、廃病院でも、緊急事態らしきモノはここ最近で嫌になるほど体験した。だというのに、この体は慣れる事なんてない。

 当然だ。


 人間が恐怖に抗えるはずがない。

 だが、それはあまりにもみっともない言い訳。


 わざわざ茨の道に進むと選んだのは、俺自身なのだから。そうだ、だからこそ─────俺はこの恐怖を凌駕するしか選択肢は残されていないのだ。


 確定事項。この未来へ選んだからには、必ずやらなければならないであろう必然。


 今更、それに怖気づいてどうするという。

 それでは悪魔なんて、到底倒せるワケがないだろう?

 ああ、そうだ。その通りだ。


「────」


 視界に広がる黒に塗りたくられたパレットへ踏み込む。

 問題ない。とうに覚悟はしていた。

 いざとなれば、己さえも踏破して殺す自信がある。


 準備万端。今日は刀も持ってきている、右腕の力も使おうと思えば使える。



 大丈夫だ。

 ─────今日は、殺せる。



 一人静かに空気に溶け込み、息を吸い込んだ。

 まずはそれよりも先に、己が友と約束した事を遂行しようと体が動く。

 そう。─────今の俺が選択すべき行動は。


「じゃあ、時間はないだろうし。早く出口を探そう」

「ええ、分かったわ」


 ◇◇◇


 ……果たして、何分が経過したことだろう。

 俺とソフィアは、崩壊した駅ビルの中で。崩れる瓦礫に細心の注意を払って、出口をと探索した。だが、それらは全て綺麗に、ことごとく破壊されていて……全てが瓦礫に埋もれていたのだ。


 絶望。

 汗が額を滴り、それは悪寒となる。


「っくそ、どうやらここもダメらしいな」

「─────」


 ─────今まで色々な所を視た。

 南口、北口。東口、西口。他の非常口と。

 様々な所を見てきたのだ。だがどれも例外なく、瓦解。


 そして今。

 見つけたのは、最後の希望、最後の非常口。

 微かに瓦礫の山から零れてくる緑色の淡い光を静かに見据えた。……どうやらココも、使えそうにはない。


 最後の希望が朽ちて、苛立ちさえも覚えた。


「なぁ、ソフィア。これって、どう思う?」

「? どう思うって、具体的には?」

「そうだな。こう、入り口を全て破壊して……計画的に全てを潰そうとする感じ。俺は今までこれは悪魔の仕業だと思ってたが、本当にそうなのか─────? 悪魔ってのは、こんなにも知能があるモンなのか?」

「ん……どうだろ、確かに。私もこれに関しては少しおかしいと思うわ」


 彼女は崩壊した駅ビルの一部を眺めつつ、俺の話に丁寧に返答してゆく。


「それは、やっぱりこれは人間の仕業だったりするかもしれない。ということか?」

「え? いいや、そういうワケじゃないわ。というか、これは確定で悪魔の仕業よ」

「そんな断言する感じなんだな」

「そうよ。だってココ、今すごっく悪魔臭いもの」


 ─────アクマには、匂いがあるらしい。

 ソフィアは鼻をつまんで、顔を右左へと振りながら告げる。


「そんなもんなのか……」

「それと、私が”おかしい”って指摘しているのは、これがあまりにも計画的すぎる話よ。そこらの有象無象的、悪魔には到底出来ないでしょうね」

「─────」

「つまるところ、ここを襲ってきた悪魔は。きっと、上位種の存在。匂いの濃さ的には……魔災以上でしょうね」


 魔災。それは悪魔の強さの象徴として付けられた六段階のランク的な指針の中で─────上から二番目の称号である。

 つまり、超強い。……俺ではどうにも出来ないレベルで。


「ソイツは、誰だか知らないが─────まだ、このビルにいるのか」

「ええ。きっとね。多分、最上階らへんにいると思う」

「……ソイツは、俺たちで倒せる、のか?」


 声が震え、詰まった。

 きっとソイツは想像を絶する強さのはずだ。だが俺たちは悪魔を倒せるであろう力を持っている。例えソイツが目的の相手ではなくとも、何か目的への進展があるかもしれないし。

 ─────それ以上に、こんな惨劇を見せられて黙っていれる程俺は大人しくない。


「どうだろ……ギリギリ、って感じかも」

「それはソフィアがいつもの状態で戦って、ということでか?」

「うん、ワタルはかなりキツイと思うし。無理に敵陣に行く必要はないわ」

「だが、もしかすると─────ソフィアの目的に近付けるかもしれない」


 俺の綴る言葉に、彼女は目を見開いた。


「馬鹿! ……私の目的なんて、後回しで言いわ。今はそれよりも身の安全が大事でしょう」

「ははっ、そりゃ正論だ」


 当たり前過ぎて、そして合理的。

 彼女はそれを口にする。

 ─────だが。


「でもな、ソフィア。俺はこんな世界に入った時点で、お前と約束した時点で。これぐらいの危険なんて覚悟していたんだよ。それに、こんな現場を目の当たりにして……平常でいられるワケがない。

 俺たちにとって、悪魔(アクマ)は害虫だ」


 奥底からこみあげてくる怒り。

 何の罪もない人間を無差別に、人智を超えた力で殺戮する存在が─────害虫以外のなんだという。


 その害虫を駆除出来る力を俺たちは内包しているというのに。

 ただ己が無力だと嘆き、傍観していろと?


 ……。……。……。……そりゃ、無理なお願いだ。


 右こぶしに力を込めた。


「だから、俺には我慢できない。ソフィア、協力してくれ。……この事件を起こした悪魔を倒しに。強制はしない。嫌だったら、俺一人で行く」

「─────そんなの、断れるワケ……ないじゃん」


 正直な話、怖い。怖すぎる。

 死ぬかもしれない。死にたくない。

 逃げたい。眠りたい。穏やかな日常を送りたい。


 だけど、ダメだと。

 そんなくだらない生存本能などは放棄して。

 ─────それら愚行(ぐみん)を凌駕する憤怒(いかり)


「……分かった。私もワタルに協力してもらっている身だし。それぐらいの我儘(わがまま)は許しましょう! でも約束。……死なないでね」

「勿論、当然だ。それを言ったら、ソフィアもだからな」


 そうして。二人で握手を交わす。

 悲劇的なこの背景と共に、決意を新たに。


 ◇◇◇


 深淵は深い。

 一階は十分に探索したのだ。それから考えるに、次に探索すべきは二階。……それから三階、四階、五階。

 と行くのが妥当なはずである。


 しかし、そんな悠長にしている時間はないだろう。


「時間は……ない、よな」

「ええ、多分ね。こんな大掛かりなコトをするのよ、きっと目的があるはず……」

「そうか。……この調子じゃ、もう電気もストップしちまってるだろうし、エレベーターとかは使えないな。なら、階段で行くか」

「分かったわ」


 震える体を抑えつけ、不幸中の幸い……倒壊していない西口付近の階段を使い俺たちは最上階へと登る事を決めた。


「でも、ワタル。最上階に悪魔がいるっていうのは、あくまでも私の憶測よ。あまりそれを過信しすぎないでね」

「おーけー。問題ない」


 大丈夫だ。準備は整っている。

 静かに息をして、竹刀袋から日本刀を取り出し左手に構えた。……問題ない。冷たい外気。既に日没が始まっており、冷却されてゆく大地の空気は凍りつく。

 階段を駆け上がる。


 極力音を立てないようにと走るが、それは不可能である。この静寂だ、流石に微弱な音でも駅ビル内には響き渡っていた。

 だがそれだって百も承知。……音に気付いて悪魔が来たら、俺たちはソレを殺すだけだ。


 だが途中で。

 多分、三階付近の階段の踊り場にて。

 ちと足を止めた。


 背後へと振り返る。


「……な、ソフィア。確か相手の悪魔は、匂い的にレベルの高いヤツなんだよな」

「? ええ、そうよ。魔災以上だと思う」


 怪訝そうに眉をひそめる彼女だが、一拍おいて質問に答えた。

 魔災。それは悪魔に付けられたランク付けの中で二番目に位置する位のことである。そう、……真剣に考えろ。

 相手は相当強いはずだ。


 それは、ソフィアの目算で……ギリギリ勝てる相手。

 ─────ギリギリ。それがどの程度のなのかは、俺には予想も付かないだろう。


 だが。


「……じゃあ。何も考えずに倒せる程、やわな相手じゃあないんだろう?」


 それはきっと。

 戦略を練り、それが上手く、綺麗にハマって。尚且つ俺もソフィアもそれぞれ調子が絶好調の場合。という前提条件があるかもしれないのだ─────。

 つまり、無鉄砲に対峙して倒せるワケじゃあない。


 それどころか、魔災以上ということは……そう。

 一番上の存在【源種】が相手かもしれないという可能性さえもある。そんなヤツ、いないと思いたいのだが……。


 目に映るのは、過去に己の腹を穿った悪魔の姿。

 ファクト・モロ・ディファイアン。


 その名前は思い出すだけでも、恐怖で鳥肌が舞う。

 そうだ。アイツがもしこの犯行の犯人ならば─────無鉄砲に突っ込んだら、前と同じ結果に終わるだけだ。

 いいや、そんなワケがない。


 あれで生き残ったのは、正直思って奇跡だ。

 多分、二度目はない。つまり、今日……あの時とまた同じ行動をとるならば、俺は死ぬかもしれないのだ。


 そして、連鎖的に……ソフィア、学、この駅ビルにまだいる生きている人々、町の人々。それぞれが死んでいくことだろう。


 そんなのは、許されるワケがない。

 真紅の景色は容易に浮かぶ。


 だから、まずはここで作戦を練らなければならない。

 だが、時間もない。

 だから、出来るだけ手短に─────。


「なるほどね。ワタルは、そんな無鉄砲に突っ込んだら勝てるワケがないと思ったのね」

「…………ああ、そうだ」

「それ、まぁ…………正解、ね」


 しかし彼女は乗り気ではないらしい、不自然に声が重かった。

 どうしたのだろうか。まさか、もう既に悪魔が迫ってきていたり?


「ソフィア? なんか、おかしいぞお前…………。なんというか、さ?」

 彼女はその言葉を聞いて、より一層─────。

 ソフィアは視線を泳がせて、もじもじとする。


 本当にどうしたんだろうか。

 ……まさか、トイレか?

 いやいや、そんな訳ないし。


「どうしたんだよ、ソフィア」

「いや、別に深い意味はなくてね。……私、作戦とか立てるの苦手だから。どうしようかなーーっなんて」

「─────」


 ああ。なるほど。

 こくんと、暗闇で頷いた。

 確かにそうだ。コイツの性格を鑑みるに、ソフィアは作戦とかを練らないでその場の雰囲気でやるタイプだろう。

 だがそれでも今までやってこれたのだから、それ相応の力を持っているはずだ。


 ─────だが、今は志摩弥(オレ)という足枷がいる。

 思うようには出来ないはず。


 ……そうか、全て俺の所為か。


「……分かった、ソフィア。じゃあ作戦は俺が考える」

「─────怒ってない?」

「は? 全然、怒ってるわけない。だって、これは俺が招いた事態みたいなもんだろ……第一、駅ビルで遊ぼうなんて言い出したのは俺だ。それに、ソフィアを面倒ごとに巻き込んでしまったのも。全て俺の所為なんだから」

「……」


 静かに目を瞑って、現実が嫌だからと考えるつもりだった。

 だが、それは叶わない。出来るはずがなかった。


「……って」


 だって。俺が顔を俯き、その場に座り込むと。ソフィアは両手で俺の顔をがっちしと掴み、それで俺に天井を見せさせたのだから。

 剛力だ。あまりにも、強い。


「なにしてるんだよ、ソフィア」


 彼女の顔は曇り、俺の事を真摯に見つめていた。


「……ワタル、それは違うよ。今回の事件なんて偶然よ。ワタルが悪いはずがない。というか、悪いヤツなんて……こんな酷いことを起こした悪魔以外にはいないわ。貴方がそう落ち込むことじゃあない」

「─────そう、かな」

「ええ、そうよ。……納得しない様ならキッパリと言ってあげる。貴方に悪いところがあるとすれば、嫌な事があったらその全てを自分が悪いと決めつけちゃう所よ」


 白い悪魔は見据える。

 己を、……ああ、俺は今どんな目をしているのだろうか。

 ふとそう思いながら。衝撃を受ける。


 彼女に指摘された事も。

 彼女が俺に対して、そんな真剣に考えてくれていた事も。


「……」

「理解したワタル? 言っとくけど、完璧な人間なんてこの世に存在しないわ。そんなにも、なにもかもが完璧な存在がいたら、私は嫉妬しちゃうわ。そう、本当の完璧というのは─────……一つぐらい欠点がある人の事を言うのよ」

「……はは、」


 そりゃあ、俺が前に彼女を説得する時に使った理論に似ていた。

 きっと、彼女はわざと。それを使ったのだろう。

 だがそのおかげで、心なしか─────少し楽になった気はしなくもない。


 罪悪感など変わりはしない。

 だが、それでも……救いはあると。


「取り敢えず、私も……苦手だけど、作戦を一緒に考えるわ。それで行きましょう。時間はないわ。手短にね!」

「──────────ああ、そうだな。それが良い」


 だから、前向きに生きる。

 そして、俺は彼女とこれからの作戦を組み立てるのだった。

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