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三十二話【常識倒錯Ⅰ】

 少々騒がしい店内。

 その中を歩く……俺たち。陳列(ちんれつ)する棚には、様々なアニメグッズや同人誌、ライトノベルなどが鎮座している。

 オタクで、元常連客だった自分からすれば見慣れた光景。


「うわぁ、さっきはあまり見てなかったかびっくり。……こんないっぱい、色々な商品が置いているんだね」

「ま、専門店だからな」


 しかし、彼女はそうではない。

 だからソフィアは目を輝かせて、俺の後ろをついてきながらそう告げた。そして、更に後ろに立っていた青髪で筋肉質な優等生─────、ただの厨二病こと『土佐学』も続いて呟く。

 彼を見ると、随分とソワソワしている様子だ。


「すまん。俺は店長に取り置きしてもらってるモンがあるから、取ってくる。ワタルは自由にここら辺を見て待っていてくれないか」


 どうやら、そういうワケらしい。

 そう残すと、厨二病はそそくさと店内の奥へと泳いでいってしまった。……昔から(アイツ)はこういう所だけは何故か素早い男である。


 今日も、例外ではない。

 平常運転だ。


「ん……じゃあ、どうするか。ソフィア。何して暇をつぶそうか」

「─────」

「……ソフィア?」


 さて、と。一息ついて、俺は背後にいるソフィアに語りかけた。

 しかし、反応がない。


「?」


 疑惑。不思議に感じ、ゆっくりと背後へと振り返る。まさか、また一人で何処かに走っていったりしていたりするのかもしれない。ただ不安と疲労が貯蓄。

 恐る恐る、ソレを視た。だが。



 ─────そこには変わらずソフィアは立っていた。



 ただしかし、その代わり……彼女はこちらには一瞥もくれずに何処かを見つめていて。彼女の視線を追い、その正体を探すと────……一つ、本が視線の中心に出会う。


「ん、どうしたんだ……ソフィア。その本、気になるのか?」

「え? あ、う、うーーん。少しね……」


 ふとその本のタイトルを黙読した。

 ……『転生し豚になったら勇者に食われたので、SSSランクスキル【憑依】を使って勇者の代わりに魔王を討伐しようと思います~と思ったら、パーティーにいた美少女エルフが魔王だったんだが~』……。


 息を吞む。

 これは所謂、ネット小説などで一世を風靡したジャンル。……世間一般でいう無双系、ハーレム系、俺ツエー系だ。


 なるほど。

 なるほど─────?

 天使は、こういう現代文学に興味があるのか。

 ふむ。


「でもそういう本は高いんだよな……」

「ねぇ、ワタルはさ─────」

「うん」

「”転生”がある、と思う?」


 唐突の質問に。口は開き、回答を許さない。


 転生があると思う? ……それは輪廻転生的なモノが本当に、この世界に存在するのかという事だろうか?

 それとも、はたまた別の意味だろうか。


「転生……ねぇ」


 いいや、多分。そんな難解ではない。

 きっと『生まれ変わる』なんて事がこの世界であり得るのか─────ただ、それだけの事を問う質問だ。


 だが、その意味が分かったとしても……答えは、よく分からない。


「……うーーん。ソフィアはどう思うんだ? 転生、生まれ変わりがあるかどうか」

「え。私……? 私はね、あってほしいかな」

「─────と、いうと?」


 あってほしいかな?

 それは希望的観測なような、どこか望みが混じった答え方だ。

 彼女は苦笑する。「……自分でもよく分からないや」なんてぼそぼそと喋りながら。どうやら、天使にも分からない事はあるらしい。


 そりゃそうか。

 全知全能(ぜんぶしっている)なんて神だけで十分だ。


「転生……ううん、生まれ変わり。ってさ、救済措置みたいに感じない? 例え今の人生、どれだけの絶望に落ちても。どれだけ悲しい事があったとしても、やり直せる……なんて? 多分、それは現実から逃げてるって言われちゃうのかもしれないけど。私はそういうの、好きなんだよね」

「……ふ、む?」

「生まれ変わって、また色々な事が出来て……また色々な選択肢を選んでってさ」


 ─────救済措置、か。

 ソフィアの考えは、そうなのだろう。だが自分は、あまりそうは思わない……。


「そうなのか。……でも俺はこの世界に転生がもしあったとしても、したくないかな。なんせ、転生してまた生きるのは辛すぎる」


 俺の考えは、きっとソフィアの考えに比べれば圧倒的に浅慮でつまらないかもしれない。だけど、それでいいんだ。

 浅はかでこそ人間、怠惰であってこそ人間。


 ……ほら、人間の持つ七つの大罪にもあるだろう【怠惰】と。


「ま、夢はあるよな」

「そう、そうなんだよねー! 生まれ変わるのって、夢があるよ。違う生物とかにもなってみたいかなー」

「あ。確かに……今気づいた。生まれ変わったからって、次に俺が人間かどうかは分からないのか─────」


 彼女が漏らしたふとした言葉に俺は、ハッとする。

 そうだ。確かに、この世界にはあまりにも多種多様な生物が存在している。もし生まれ変わったとしたら……人間になるとは限らない。

 多分、ほぼゴキブリになったりするんだろう。


 想像すると、悪寒が走る。

 そしてなお、少し気になって─────。


「そうだ。ソフィアはさ、生まれ変わりがあると良いなって言っていたけど。具体的には、何に生まれ変わりたいんだ?」

「─────。えー、それは内緒かな」


 しかし。答えは得られなかった。

 彼女は腰を曲げて、くすりと劇薬な笑みを浮かべて俺を見据える。

 なるほど─────やっぱり彼女は、白い悪魔だ。


 この笑み。言うなれば、小悪魔が似合っている。

 だというのに、何が天使だ……。


「─────」


 それからの会話は途切れ、何気ない時間が経過した。

 そして。


「ようし。俺はお目当てのアイテムが手に入ったから、満足だ! 実にな」


 と言いながら、満面の笑みを浮かべ。加えて、右腕にアニメショップ本田丸と印刷されたロゴの書かれたプラ袋を()げて走ってくる厨二病。

 土佐学が帰ってきた。


 ◇◇◇


「取り置きしていたとか言ってたけどさ、具体的には何を取り置きしておいたんだ?」

「ほら、これだよ。なに、怪しいもんではない」


 聞くと、学はプラ袋に手を突っ込んで物を取り出した。

 それは、……………………、小さな塊。


「なんだそりゃ」

「アニメ【破壊の帝と❘悠久のシャングリラ】に登場する魔法石(マジックストーン)。霊石だ」

「はぁ………分からないな、俺もアニメオタクとして生きてきたはずなんだけど。聞いたことがない。最近のアニメか?」

「ああ、今季のアニメだ」


 聞いたことのないアニメだと思ったら………どうやら、今やっているアニメらしい。最近のアニメに関しては疎い俺だ、知らなくても当然だろう。

 それにしてもマジックストーン、ね。力が宿ったりするのだろうか?


「まぁ、そんな事はどうでもよくてだな………」

「っ、そうだな」

「正直な話。俺はもう用事が済んだのだが……ワタルの方はどうだ、まだ終わりそうにないか?」

「─────こっちは、えーーと………」


 辺りを見渡す。そして対象を見つけた。………両眼に映る人影に焦点を合わせて、喉を開く。それにしても、少々喉が渇いた。

 くだらなく、煩瑣(はんさ)と真反対の思考で脳を澄ませて思いふける。


「おーい、ソフィア。学の用事が終わったみたいだから、俺たちも行こう」


 フロアの壁に立つ時計は四時半を示していた。

 なるほど。もうすぐで日没だ。暇つぶしの時間はとうに過ぎている、現実に戻ろう。そう自戒して緩慢な動作で足を運ぶ。


「あ、もう……そんな時間か」

「ん。なんか言ったか?」

「いいや、なんも! ………そうだね、私達もこれから用事があるし。学クンの用事も終わったなら、もう駅ビルから出ようか!」


 同時に書店を眺める彼女はコチラへ振り向いて、走り出した。

 まるで白鳥が飛翔した一瞬。白い悪魔の白髪が揺れる。


「─────帰るか」

「そうだな」


 俺は告げて、二人を背後にエレベーターへ乗った。一応このビルにはエスカレーターもあるが、何分八階も下る為にそれでは少し手間である。

 だから自分は一気に下降するエレベーターが大好きです。


 ………過大評価。


『チーン』と古臭い音と共に眼前の機械が到来し、自動で扉が開いた。


「………」


 特に何か言う訳でもなくて、ただ三人だけでソレに乗る。そこには俺たち三人だけで、他の客は全くもっていなかった。

 静寂に飲み込まれた様な恐怖。

 溶け込むような異質。


「………はぁ」


 ふと、重い大気に息を漏らす。

 人工物は重苦しくも動き続け、目的地(いちかい)へと足を進めた。


 何もない空気。

 無感動。排他的な空気。

 まるで今にも圧死、窒息死するほどの空気。


 そんなはずないというのに、まるで重い。

 エレベーター内の空気があまりにも重すぎた所為で、エスカレーターに乗っておけば良かったと思うほどに。あり得るはずのない圧迫に、肺は轟き酸素を遍く事を鈍らせる。


 ……血流が遅く。

 ……嫌な予感が鳴り響く。


 ああ。もしかすると、今日の探索は大変になるかもしれない。と。

 予想しながらも、胸を抑えつけた。


 痛い。痛い。痛い。

 重い。重い。重い。

 辛い。辛い。辛い。


 心なしか天井のライトがあからさまな点滅を起こした様に目睹する。

 どうやら、今日は本当に気分が悪い。そんな不吉な錯覚するほど、俺の心は『悪魔への恐怖心』が募っていたのだろうか。

 そう思う。


「……なんか、空気が重くないか」


 ……と、同時に自然と声が出た。

 背後へ振り返り、彼ら─────学とソフィアを見る。………その瞬間だっただろうか。正確には覚えてはいない。


 学とソフィアが何か空返事をした直後。

 チーン。と下降が止まり、エレベーターの扉が開いた。



 ─────絶句。



 なんと、そこは深海と錯覚する程の深淵だった。


 ◇◇◇


「あ……、え?」

「─────これ、は」


 動転。ソフィアは目を見開き、学は硬直するようにして驚いた。いいや、その状況が理解出来なかったのだろうか。

 俺も同じ状態である。


 ……目の前に広がる光景は、まるで意味不明。


 真っ黒というワケではない。

 ただ照明がまた消えただけだ。

 だというのに、先程まで溢れかえり交錯していた人々は─────……一人残らず、その場に倒れ込んでいて。


「……これって、まさか」

「─────アクマの仕業、ね」


 目を瞠る。彼女は先導するように前へ出て、深海へと潜り込んだ。俺と学は遅れる様に進む。……動揺しっぱなしだ。


 予期せぬ事態。

 あからさまな悪魔の仕業。

 だが、まさか─────今。夕暮れ時に来るとは、あまりにも予想していなかったことである。


 しかも、この事態に学……一般人を巻き込んでしまっている。

 それは非常にまずいことだ。ただでさえ、ここでは人外的な戦いが繰り広げるというのに……そこに一般人が介入したら。一溜まりもない。


 つまるところ、─────死ぬ、だろう。


 まずい。そう理解すると焦燥がこみ上げてきた。


「─────」


 喉が引き攣る、声が絞りだせずにただ唾を飲む。

 眼前には複数の人間が放棄されたゴミのように、細々と倒れていて。


「お、おい……ワタル。なんだ、こりゃ─────」


 地獄は更に。


 また。爆発音が遠くから響いてきた。

 りん、と夏の時雨が泣く。人の生とは、この爆発音の様に短い刹那だ。遠くから聞こえ、同時に近づいてくる瓦解の警鐘。

 土埃が空間を舞い。


「え」


 気付いた時には、背後─────学の真上からビルの倒壊した鉄塊たちが零落していて。手を伸ばしたくても、伸ばせない。

 俺ではこの距離は届かないし、何より体を再稼働させる時間さえもない。


 故に。


「……あ?」


 崩壊。真後ろで、世界が断絶した。

 衝撃波が走ると反射的に俺は目を右腕で覆い、土埃から防ぐ。─────くそう、俺は何をやっているんだ。

 はやく、はやくたすけないと。


「ワタル……だ、大丈夫⁉」

「─────ああ、俺は全く問題ない。だけど、学が」


 掠れた声で、土埃を払う。

 目の前に広がるのは、瓦礫の山だった。

 総重量にして、約数十トンを優に超えるであろう。


 それに、アイツは潰された─────。


 それは、一溜まりもないはずだった。


 希望が薄れて、現実味のない現実を体感する。

 ……鼻をくすぐるのは、慣れない鉄の匂い。

 思わず脱力した腕をぶらりと、そのまま膝から崩れ落ちた。


 己の髪が揺れる。


「……うそ、だろ」


 目が潤む。

 慣れない感覚。

 後悔だけが身を制していた。

 ないしは……。


「おーーーーい! ワタル、そっちは無事か⁉」

 思いかけて、止めた。


 何故ならば、アイツの声が─────この瓦礫の山の先から聞こえてきたからだ。


「っえ?」


 素っ頓狂な声が出る。

 嘘だろう。どういう事だ?

 幻聴か、はたまた錯覚か?


 思わず、聞き返す。


「ま、学……お前は、無事なのか?」

「んあ? ああ、無事だよ無事。大丈夫だ、問題ねぇ。お前らと断絶された挙句……ちと死に掛けたが、間一髪で避けたからな。言っておくがなワタル、俺はこれぐらいで死ぬ人間じゃないんだぞ」

「─────」


 ふと、絶望的な状況だというのにも関わらず笑みが零れた。

 なるほど。確かにコイツは、しぶとい人間だ。


「そうか、心配っした俺が馬鹿だったか」

「ああ、そういう事だ。って─────おい、お前は俺の質問に答えていないぞ。で、結局お前と……ソフィアさんは無事なのか?」


 背後を振りかえって、辺りを警戒しているソフィアを見て。

 もう一度、視線を瓦礫に戻す。


「ああ、コチラはなにも問題ない」

「ふん、それなら安心だ。……取り敢えず、合流しよう。どうする、そっちが出口だったはずだが。出れそうか?」


 俺は暗闇の中で瞳孔を開き、細心の注意を払って出口があったはずの場所を視た。

 だがそこは、─────見るも無惨な。瓦礫が積みあがっているだけで脱出は到底不可能だった。


「……無理そうだ。どうやら、出口は瓦礫で埋もれている」

「そう、か。ならば……俺はまず断絶されたソッチ側に行く経路を探す。多分、二階にでも階段で上がれば行けるはずだからな」

「─────分かった。だが無茶はするなよ。俺たちは出口を探す」


 彼は了解した、と優雅に告げる。

 ─────土佐学。コイツはこういう緊急事態の時にも臆せず、冷静に動ける男だ。それでこそ己の親友というわけだが……それにしても、あまりにも冷静すぎないか?


 不自然過ぎる冷静さに、俺は問う。


「それにしても、なんで学はそんな冷静でいられるんだ? 俺なら、それは無理だ─────」


 俺の質問に、断絶された瓦礫の先にいる親友は応える。

 静かに、一拍置いてからの反応だった。

 それはあまりにも自信ありげで、当たり前のコトを告げるように。


「そりゃあ、信じるに値する親友(オマエ)がソコにいるからだよ。俺も、一人でこの状況に出くわしていたら、さぞ混乱したことだろう。だから、今の俺の冷静さはお前のおかげだ。志摩弥」

「─────はっ、まじ……です、かよ。そうだな、でも確かに言えてる。俺もお前に何回も勇気づけられてるしな」


 二人で絶望的な状況の中、微笑する。

 そして─────。


「では、また会おう弥。健闘を祈る」

「─────ああ、またな学」


 また、必ず会おうと誓って。祈って。

 さぁ、俺は俺のやるべき事をしなければならない。


「待たせたな。じゃあ行こう、ソフィア」

「ええ、そうね」


 そうして俺は歩き出す。

 ……まずは、学と約束した脱出経路を探しに行く。

 そして、それが終わり次第─────こんな地獄絵図を作り出した悪魔(クソやろう)を潰しに行く。


 彼女の姿を見ると分かる。

 その考えは、どうやらソフィアも同じだったようだった。

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