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二十八話【陰謀開示】

 校門を後にして、徒歩で俺たちは秋葉邸へと向かおうと歩いていた。……木枯らしが吹いて、枯葉が大空に舞い上がってゆく。


「さて。……改めて自己紹介でも交わそうか。オレの名はーー秋葉零(あきはれい)

「秋葉零……? 澪、じゃないのか?」

「ああ、そうか。テメェには隠してたな。……オレは魔術教団の魔術師。秋葉澪の内の一人。世間で俗に言う、多重人格者(ハブウェシェン)と呼ばれる存在だ」

「多重人格者……、って。色々な人格を一つの肉体で持っているヤツの事か」


 精神疾患の一つ。

 所謂、解離性同一性障害というものだ。

 ……こくん。と俺は頷いて。彼女に話しかける。


「てことは、いつもの優しい澪先輩とお前は、別人格ってワケだな」

「……ああ、そういう事だ」

「ふむ。そりゃ、凄いヤツなんだな。……あ、それと気になってたんだが。お前って、奇跡操作(マテリアル・コントロール)? の力でも持っているのか? あの俺にやろうとしてきた黒い砂の塊、巨塔。アレの事なんだけどさ」

「……ッチ。それも知らねえのかよ」


 男勝りな恐喝するような怖い口ぶりで、彼女はわざとらしく口内で音を立てた。そして彼女はコチラを見るや否や、キツい視線を当ててくる。

 見るからに不機嫌。……一気に様子が変わった。まるで山の天気みたいに。


「あのだな─────テメェの持つ奇跡操作(マテリアル・コントロール)ってのは、そう簡単に手に入れられる代物じゃあねぇんだよ。オレのあの力は過去から長年引き継がれてきた伝統的な魔術に過ぎない」

「え? 伝統的な魔術だって、十分凄いだろう。一体俺の力と何が違うんだ?」

「んだと? っそんなの決まっている。そりゃ、『再現』が可能かどうかだよ。伝統的な魔術はその血筋の人間ではなくても、基礎魔術によって再現が可能だ。だがな、世界という心象概念さえも騙し変える、他の術者には到底理解しえない─────『再現』不可能な力。それがテメェの持つ力、奇跡操作(マテリアル・コントロール)ってもんだ。魔術なんて分野に入ってる異端、どっちかっていうとそれこそ魔法に近しい。または似たような力だよ」


 ……。再現可能か、どうか。

 それが違うのか。確かに保有者である自分自身も、『七色紡ぎの天腕』についてはほぼなんにも理解出来ていないと思う。

 ……つまるところ、なんでそうなっているのかの。原理が分からない。

 だから、それを再現する事象も起こせない。というワケだろう。


奇跡操作(マテリアル・コントロール)』。


 ソフィアは前に言っていたはずである。

 これはどんなにも恐ろしく。奇跡にも等しい偶然を、必然として回収する厄災そのものだと。


 右腕を一瞥し、多少の恐怖感を抱く。

 こんな大層な力を、俺なんかが持っていていいのだろか?

 俺なんかより、必要としている人間がこの世の中には存在するのでは……ないだろうか。思う。


「……ふん。理解したようだな、それでいい。無知なテメェにはそれぐらいキビシク教えなきゃ、身につかねーってもんだ」

 眼前を歩く彼女はふふんと笑う。


 だがそれとは裏腹に、彼女の笑いは冷酷だ。

 多分。そのスパルタ教育計画だと、俺の身が持たない。……そんな限界を超えた俺の姿でも想像して、心の奥底から笑っている。そんな彼女の姿が浮かぶ。


「ありがたいが……厭な予感がするんだが」

「はっ。そりゃどうだろうな、気のせいじゃないか?」

「……んな馬鹿な。ああ、それともう一個。お前の俺に使おうとしてきた、あの黒い巨塔の力は伝統的な魔術だって言ってたけど。具体的には、どんな魔術なんだ?」

「ーーー」


 その質問への返答が帰ってくるのは、少しばかし遅かった。

 何故だろうか。目の前に立つ黒髪黒目の美少女は目を見開いて、呆然と口を開いている。


「ーーーお前さ、もう少し魔術世界でのマナー学んだ方がいいぜ? テメェ、それ普通の魔術師に言ったらぶち殺されるヤツだ」

「……え、は? なんでだよ。そんなの─────」

「あー面倒くせぇな。教えてやる。魔術世界、俺たちの住む世界において。魔術師に魔術を聞くなんてもってのほかなんだよ。なにせ、俺たちの武器は魔術だ。……もし教えた相手に自分の魔術が知られてたら、有利を取られちまうから教えねーていう暗黙の了解」

「そんなもんなんだな……。ま、確かに言われてみれば。他分野でも、敵に自身の手札を見せたりはしないもんな。意図的な作戦とかじゃあない限り」


 そういう事だと、澪先輩が頷く。……いや、今は零先輩か。

 黒黒の質素な制服を着て、黒いストレートの髪を靡かせて、黒の瞳を細く彼女は俺を見据える。


「だが、……テメェ程度には知られても問題ねぇな。というか、協力するってことだし。教えてもいいだろう」

「なっ、俺は協力するとまでは言ってないぞ。あくまで出来るだけ助力するってことで─────」

「あー、うっさいなお前。細かい事はどうでもいいだよ、ああ、本当に心底どうでもいい。オレが教えるっつったら、教えてやるんだ」


 やはり、先輩は良く分からない性格だ─────いやまあ、当然だろう。なにせ、今まで少しとはいっても接してきた澪先輩と、この人は紛れもない別人格、別人なのだから。

 男勝りのその口ぶりには、反論さえも届かない。


「オレの力は……これだよ。ほらよ」

 瞬間。彼女は袖口から砂を零れさせて、俺に砂の塊を投げてきた。


 それを。俺は慌てながらも咄嗟に両手で掴む。

 ずっしりと重いが、サラサラとしている触感。

 キラキラと輝く黒色の粒。


「……これは、砂鉄か?」

「正解。俺の家系、秋葉家の伝統魔術……磁力操作(エレクタル)はその名の通り、磁力や磁界を操作出来る魔術を確立させている。テメェに見せたアレは試作途中の技だが、どうやら面白くねぇからやめようか迷っているところだ」

「成程……な。教えてくれてありがとう、先輩。俺も教えた方が良いかな?」

「どうでもいい。というか、知っている。……どうせ”魔力とかを奪う力”だろう? いつもなら、マジで要らない魔術だな可哀想だなぐらいは思うかもしれないが。今回の相手は魔力結晶(あくま)だからな。お前のその力は役に立つ」

 ……今回の相手?


「─────もしかして先輩は、命令権を悪魔と戦え……的な感じで使おうとしている、とか?」


 背筋から一気に悪寒が駆け抜けた。

 頭がくらくらと心酔するかのような体感に怯えながら、己の未来の姿を想像する。……ああ、悪魔にフルボッコに。ふるぼっこぼこに、ふるぼこぼこぼこぼこに……。

 眼がよどむ。目が沈む。


「そうだな。もう使い方は決まってる、とだけ伝えておこうか─────」


 にんまりと。先輩は目尻を下げて、悪魔を想起するかのように。クスリと微笑んだ。


「ああ、後。……先輩とか、そういう風に呼ぶのうざいから『レイ』とでも呼べ」

「レイって……呼び捨ては少し、気になるんだが。分かりましたよ、零」

「……っち、なんか言い方が気に食わないがその程度なら許してやる」


 良く分からない雰囲気が漂う中で、俺は彼女と共に─────秋葉邸の正門をくぐり抜ける。


 ◇◇◇


「じゃ、入るか」


 目の前に聳え立つのは、木製の大きな大きな扉だ。

 長く広大な庭園の奥底にある秋葉邸は、過去の実業家などの別荘を想起させる豪勢な建築である。恐ろしい、なんて言葉一つでは片づけられる事のない果てしなく続く壮大さには、眼がくらむ程だ。


 ─────唾を呑み、こくんと頷く。


 すると彼女はドアノブを回し、この巨大な原木(とびら)を開いた。ギィ、と扉と床が摩耗する音が鳴って、中から光が漏れ込んで溶ける。

 内装は月曜日に見た時と同様だが、空気はまだ慣れていない。


 この景色を見ると、ソワソワと落ち着きがなくなるのだ。


「おお……」


 思わず、二度目なのにも関わらず初閲覧の様な感動に声が出る。広がる絶景はきっと、俯瞰すれば絵になるぐらい美しくて……見惚れてしまった。


 豪勢な木製造りの洋館。推理小説なんかに出てきそうな洒落たフローリングに乗る赤色の道。天井に咲くシャンデリア。


 敷かれたカーペットには埃一つなく、照明も眩しすぎず暗すぎず。


 ─────全てが完璧。と言わざるを得ない世界だ。


「ほら、なに立ち尽くしてんだ。まさかお前、ココに来た目的を忘れたワケじゃあないよな?」

「……ああ、忘れてなんかいないさ。なにせ己の行動を条件にしたぐらいだしな」

「ふん、ならいい。じゃあ行くぞ。……シルファに会わしてやる」


 そして。そんな赤色の美麗な床を彼女はずかずかと無感情に踏んでいく。

 ……なんとも言えない躊躇のなさ。多分、俺みたいな普遍的な庶民からしたら慣れない絶景だが─────彼女からしてみれば、見慣れた日常だ。それならば別に崩してしまっても構わない。程度の心意気なのだろう。


 一人で考察し、一人で納得する。

 さて。彼女の後についていこう。でなければ、迷ってしまいそうだ。


「─────」


 広間を、廊下を、踊り場を通り過ぎて。

 階段を登り、登り、登り、二階へ。

 通過する壁には、様々な洋風な絵画が飾ってあって、良く分からないが全部高級そうな代物である。


 あまり触らないように、慎重に歩こう……。

 触れてしまって、価値が落ちたとかいちゃもんをつけられ弁償するハメになったら最悪だからな。


「ほらよ。ここで待ってろ」

 ふと、立ち止まる。


 きっと、目的地についたのだろう。彼女は気だるそうな緩やかな動作で、扉を開く。俺はただ静かに扉の先へと脚を踏み入れた。静寂だけが空気を舞い、妙な緊張を得る。

 秋葉零を通り過ぎて、部屋へ入ると扉は乱暴にも勝手に閉められた。


「シルファを呼んでくる」

 その一言を残して。


「……まじか。ここって」


 だが、そんな事は良い。一息ついて、部屋一面を見渡して気が付いたのだ。俺の立つこの部屋が、月曜日に自分を寝かせてもらった部屋だと。今更に。

 何一つ変わらない景色。しかし、もしかすると他の部屋も同じ造りで─────月曜日に視た部屋とこの部屋は同じであり違う可能性も孕んでいる。


 部屋の内装が一緒だろうと、位置が同じとは限らない。


 ……やめだ。そんな事は考えてもムダだろう。例え、そんな事を理解したところで先輩に文句が垂れるだけである。そんな行為は遠慮させていただく。

 静かに、部屋の中央に腰を下ろした。


 床ではなく。円型の木製テーブルを囲う用に設置されていた椅子に。

 座って、眼を瞑り思う。円卓の騎士たちも今の俺と同じ視点だったのだろうか……なんて伝説に浸った。


「ったく、これからどうすればいいんだ……」


 呟く様に独り言で嘆いた。……壁掛けしてある如何にも高級を体現した時計は、午前十時に時針を指している。普通ならば今の俺は、学校にいて、学校で、日常の様な勉学に励んていたはずだが。


 今は、そんな姿の欠片もない。


 いつの間にか俺は不良になっていた様だ。この様子じゃあ、クラスメイトから敬遠され始めるのも遠くないかもしれない。

 と、そう考えると─────思ったよりな恐怖を覚えた。


「俺、もしかして嫌われたりすんのか……?」


 それはなんか、嫌だなと。いや、嫌われる要素を自分から作り出していると言っても過言ではない俺からすれば、それは自業自得だとしかならないのだが。

 学とか、日葵に嫌われるのは……なんか、嫌だ。


 だが、そんな事はもう言えない。


 この世界に、魔術側に足を踏み入れたのは。俺自身、相応の覚悟をしてきたはずだと一応だが自負もしている。だから、嘆くのはもうヤメだ。


 ◇◇◇


 少しの時間が経過した頃。コンコンと優しく木製の扉がノックされた。ドアは蹴飛ばされたかと錯覚するほどに勢い良く開く。

 ドン、と音が交響。


「失礼します、だニャ!」

「入るぞ」


 そして、二人が部屋に踏み込んできて。その一瞬にして穏やかでゴージャスだった館の雰囲気はどこかに消し飛んでしまった。


「─────」


 一人は、黒髪黒目の少女。

 一人は、金髪に赤の瞳を持つネコミミメイド服の少女。


 ……言葉が出てこない。感想なし。ああ、果たしていつぞやに見た優雅な世界が崩壊したのはいつの話だっただろうか。

 きっと、数秒前だったはずだ。だけど今や、それを見れる気配はなし。


「ん? どうしたのニャ? 志摩弥殿!」

「─────」

「こんニャ私に会いたいという物好きがいると聞いたから、飛んできたんだけどニャ?」

「……あ。ああ、そうだな。シルファ……さん? あんたに聞きたいことがある」


 ハッと我に帰り、身を乗り出して話を切り出した。

 そうだった。こんな所で呆れている暇なぞ、志摩弥にはあるはずがないのだ。……俺は昨夜失った情報の尻拭いを今している。

 その事象(じじつ)を忘れるな。


 暗唱して、己に言い聞かせた。

 同時に。彼女は問う。


「聞きたい事ってのは、魔術について……かな? それとも、キミの敵について?」

「─────」


 勘が鋭い、と言わざるを得ない。シルファはこんな見た目をしているが、れっきとした情報収集能力に特化した魔術教団の模索者(シーカー)。俺たちとはレベルが、格が違うのだ。口ぶりの変化も、その職業柄から来ているコトだろう。


 驚愕を抑えながら、口を動かす。今の自分にやるべき事は決まっている。


「……ああ。そうだな、俺からして敵─────この或間町(まち)に潜む悪魔についての情報を知りたいんだ」

「ふぅん。やっぱりそういう事ね。知ってたけども。で、その中で君は何を望んでいるのかな? もしかして─────」

「─────ソフィア、彼女が追っている敵の居場所とか、詳細とか……教えてほしい」


 彼女はビンゴ、と口にする。

 零先輩も部屋の隅で、壁に寄りかかりながら会話を聞いて憫笑するように口を歪ませた。成程、自分の目的なんて……とうに筒抜けだったわけだ。

 正直、少し侮っていたかもしれないと感じる。


 これが、悪魔(じんがい)を相手する存在かと。

 生きた世界の違いを分からされた。


「さて。そうだね……天明が追っている悪魔についてとなれば。話はそれなりの対価が必要だけど。何か用意してないのかな?」

「─────対価……か」


 対価。それは、まず最初に澪先輩に払ったモノと同様。

 澪先輩に対しては、シルファに会うため。シルファから情報を聞くために、また一つの対価を要する……。

 盲点だった。失策。そのことについて考慮するのを忘れていたせいで、一瞬だけの躊躇いが生まれた。


 そこに。零先輩(せんぱい)は割り込んでくる。


「シルファ。そういえばって話だがな、コイツはオレに面白れーモンを払ったんだぜ」

「……ご主人様? それは、どういう意味……」

「コイツに一つだけ、自由な命令が出来るっつー権利だ。どうだ、コイツはコレを払ってくれたんだ。別にまた対価を支払う、って事はしなくてもいいんじゃあないか? それに、明日のタメにもな」

「…………成程、そういう事ですか」


 彼女は静かに、澪先輩の話に頷いた。どうやら、彼女の中で何かに納得がいった様子である。そして一拍置いて、シルファは告げた。


「では、まず少しだけですが話してあげましょう─────彼女の追う敵について。私の知る限り」

 ……と。


 ◇◇◇


 彼女(シルファ)の話が始まる。


「少しぐらいは君も”天明”に話を聞いてるとは思うけど……。相手は悪魔の中でもトップクラスにイレギュラーな存在。私たち魔術教団では、魔災とランク付けされている悪魔」

「ああ、確かそれで……えーーと。変幻自在の存在。だとか言ってた」

「ええ。その天明の言う通り。悪魔というのは元々、人間の肉体に憑依することでこの世界に存在として顕現する。だけど普通ならば一度存在したからには、それから肉体の限界が来たらそのまま消滅するだけ……」

「つまり、普通の悪魔は一度しか人間に憑依する事が出来ない……?」

「そう。一度憑依したら、消えるまでそのまんまよ。だけど、天明の追っている、私たちの追っているその敵は、違う」


 ─────それがどういう意味なのか。

 ハッキリとは分からない。ただきっと、異端なのだろう。その事実だけは、この空気感の中でひしひしと伝わってきた。

 息すら死ぬその緊迫感。


「その悪魔はね。何度でも、あらゆる肉体に憑依出来る。肉体的限界が過ぎれば、他の肉体に憑依する─────疑似的な不死身。最悪にして、最凶の悪魔」

「それは……恐ろしい、な」

「ま、だけど魔力。人間でいう生命力が尽きれば、そいつらは自然消滅する。それが唯一の欠点。だからソイツらは、この場にくる……」


 ……。だからソイツらは、この場に来る……?

 言葉の意図は読み取れない。


「この或間町(まち)は魔王に呪われてるのよ、大地自体がね。……魔王ってのは、全ての魔術、魔力。その原点にして原典。だから魔王が過去に呪ったときに散りばめられた怨念的な生命力によって発生した高濃度の魔力があったりするの。……その悪魔はその魔力を吸収し欠点を補おうとしている。そのために、ヤツはココに来ているってワケ」

「な、成程……な。そういう事か」


 例え肉体が朽ちて死んでしまう欠点を、特異的なナニカで補える悪魔だとしても。悪魔だって人間の様にエネルギーを摂らなければきっと死んでしまうのだろう。つまるところ、その部分が魔力というだけで。


 確か、ソフィアが言っていた。

 悪魔とは魔力そのものの塊だと。つまり、生きていく内に己の体が(こぼ)れてゆくのだ。それを補う為に、この呪われたとか言われている或間町に来ている。

 ……そういう事、だろうな。


 情報過多で今にもオーバーヒートしてしまいそうだ。

 だが、ゆっくりと。情報を飲み込む。


「─────と、私が知ってるその悪魔についての情報はコレだけ。正直な話、私もお手上げ状態だったの。……明後日から増援が来て、本格的な調査が始まる。だからまだ今はその悪魔の居場所なんて分からないわ」

「……って。そう、なのか」


 どうやら、お手上げ状態なのは彼女も同じだったということか。

 やっぱり、人間程度の力では限界があるのだろう。知れた情報はこれだけ……かとは思うけども、仕方がない。

 後は……努力がものを言う。足を動かすしかないのだろう。


「凄くタメになった話をしてくれてありがとうシルファ……さん? それと、シルファさんに会わしてくれた零さんにも感謝だな」


 俺は立ち上がって、一礼した後に扉へと歩き始めた。

 しかし。そんな簡単に逃がしてくれるワケはなく─────。


「まぁ待て、そんな急ぐなよ志摩弥。お前の用事は終わったかもしれねぇが、オレたちの用事はまだ終わってはいねぇんだよ」

 輝く黒い眼光と共に、今までずっと部屋の隅の壁で腰かけていた(れい)が、俺を制止した。


「……ですよねー」

「ああ、そういうこっだ。簡単に用事を済ませてもらっちゃ、こっちが困るんだな。……」


 振り返って、部屋を見渡す。

 その景色には彼女たちが映っていて。

 ……厭な予感だけが思考した。


「時間は掛けねぇよ。……そうだな、単刀直入に言うぜ? 一つだけの命令権をここで使う。アークバロット・フリュンスターと呼ばれる悪魔が厄介な事に或間町に忍び込んでいる。……ソイツを、倒しやがれ」

「─────は? いや、ちょっと待て……。そいつが誰だか知らないが、俺一人で倒さなきゃいけないってのか」

「あ? んな訳ねぇ。そんなのは駒の無駄遣いだ。俺が同行する」


 ─────アークバロット・フリュンスター。

 それは果たして、一体、何者なのか。

 一度も聞いたことない、その固有名詞(なまえ)に対して俺はただ呆然とする。……誰だ、ソイツは。

 そんなヤツを、倒せというのか?


「面白れぇだろ、意味分からねぇだろ? だから、オレがテメェに教えてやるよ。ソイツは驚くほどに人間社会に溶け込んでいる男だ」

 笑いながら話す零に続いて、シルファも話す。


「アークバロット。ソイツは黒スーツに黒髪黒目。といった非常に、日本人の特徴を捉えています……確か偽名は─────」


 そして。ふと、想起する悪魔。

 黒髪黒目。黒スーツ。人間社会に溶け込んでいる男。

『未来の闖入者(ちんにゅうしゃ)との邂逅を済ませておこうと思ったのさ』

 ……月曜日の登校中に出会ったあの男の姿を。


 言っていた名を思い出す。


「もしかして……黒土(くろづち)真壁(まかべ)。か?」

「おっ、ビンゴ。アークバロットは黒土真壁と名乗って、givewe社のただの社長として人間人生を謳歌している悪魔さ。それにしてもどうやって知ったのかな?」

「いや、ただ登校中に出会って名乗ってきたヤツがその名で─────」

 ああ。くそう。なんだこの空気感は。


「はっ、そういう事か……よ……」


 俺はただ溜息を吐いた。

 givewe社。それは、3D技術完全没入型VR技術を確立させ、最近に発売した『GWW』を創り上げた会社でもある。

 ……そこの社長がどうやら、黒土真壁らしい。

 不覚。ゲーマーとしてその社長の名を知っておくべきだったと後悔する。


 ─────なんてワケはなく。ただぞわっと、感じた。


 givewe社なんて今や大企業も大企業な会社にまで、悪魔の話が絡んできていたのか……という絶句。

 言葉が詰まる。


 つまるところ。

「……シルファ、さん。あんたが言っていた、秘密情報ってのはコレかよ」


 彼女は静かに頷く。

 そういうコトらしい。

 成程なと思う。確かに、それはあまりにもな秘密情報だ。

 ……どこで入手してきたのか、それは知らないが。

 今はそれが事実だった場合が、あまりにも恐ろしくて。


「─────」


 ただ、汗が滴っていった。

 ああ。もう戻れない所まで踏み込んだ。完全に。

 だが後悔はない。もう大丈夫だ。


「だけど、なんで黒土真壁……えーと。アークバロット? を倒せって話なんだ? 人間に害を及ぼしてないなら、倒す必要なんてないんじゃないか」

「─────まぁな、そうかもしれねぇ。と言いたい所だが、……生憎コイツも質が悪い。コイツはな、俺たちの世界でいう魔王蘇生派みたいなヤツだ」

「それは……」


 零は俺に歩み寄りながら告げた。

 彼女の黒髪はゆらりと妖気に揺れて、窓から漏れる陽光を反射するように輝く。まるで悪魔のようにも見える。


「アークバロットの目的はだな、この呪われた大地に残る魔王の残影を使って疑似的な魔王の蘇生だよ」

「いや、それは……ヤバイかもしれないが。なんでさ、アークバロットはそんな事を企んでいるんだ?」

「これはシルファが前にスパイとしてgivewe社に潜入した時に知った話なんだがな。どうやら、黒土真壁は疑似的に蘇生した魔王を生物兵器として扱い、第三次世界大戦を起こそうとしているらしい」

「─────第三次世界大戦だって?」


 唐突の飛躍した言葉に驚愕を凌駕して、腰を抜かしそうになりかけた。

 第三次世界大戦を起こす? 魔術の原典である魔王を疑似的に蘇生し、生物兵器として利用する? なんだ、その計画(プラン)は……。


「なんだそりゃ。それは、あまりにも馬鹿げた話だろ……」

「ああ、流石のオレもこれには言葉を失ったぜ。なにせオレ達は魔術教団にいる異端者共(まおうそせいは)とは違うしな。……それで、だが。コイツは第三次世界大戦を起こした後に、混乱に生じて魔王を放ち……世界を支配するだとかなんだとか。そんなガキみてぇな計画を、ソイツは真剣(マジ)で取り組んでいる」

「─────」


 言葉にすらならない。

 有り得てはいけない事象、未来。

 それは、……確かに阻止しなければいけないコトだろう。例え何か事案があったとしても、平和を崩す醜い戦争なんて。起こしちゃダメだと……自分は思う。


「もし、だ。それを阻止しなかったら……どうなるんだ」


 ─────質問。

 疑問。いや、恐怖した事を俺は口にする。

 阻止出来なかった世界の未来、末路は果たして一体何へと成る?

 何へと成り上がる、何へと成り下がる?


 想像も付かない異世界か。ないしは、地獄か。


 言語化不可能な全てを抱え込んだ一言に。


「そうだな……まず、この或間町は原形すら残らねぇだろうな。勿論、この町に住む人間なんてゴミ屑のように、自分が死んだとも知らずに死んでいくだろうさ」

「─────」


 その質問に、零は答えた。

 答えは、彼女の返答に全てが詰まっていて。俺はただ、その未来が想像出来た事実だけが時刻(とき)を通過する。


「─────そう、か」

「んま、言葉にはならねぇだろうな。だが志摩弥。お前に拒否権はない、俺と共にアークバロットを倒す。それだけだ」

「ああ。……言われなくても、やってやる」


 そんな非道的な行為、許せるはずがない。

 弱者が強者に蹂躙、淘汰されるだけの世界なんていらない。

 もしそんな世界が存在するならば、俺が命を()しても潰してやる。遍く地獄は崩壊して、普遍的な日常だけが広がる世界。


 志摩弥(オレ)が望んでいる世界は、ソレだけだ。


 右腕が痛む。右こぶしに力を込める。

 ただ、月曜日の姿が思い浮かぶ。

 そして、眼前に立つ二人の少女は─────。


「話が早くて助かるぜ、志摩弥。ならば、その為に作戦会議と行こうじゃねぇか?」

「では、アークバロットについて話をしましょうか」


 再び、止まっていた時計を稼働させた。

因みに多重人格者と書いてハブウェシェンと読むのは、僕が勝手に作った造語です。

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