二十七話【最期の分水嶺】
……ふわふわとした浮遊感。
……漠然とした白線。
……目的解決を局限する。
俺は溺れる様な感覚と共に、覚醒した。
「ん、あ」
眼を開く。広がる光景は、朝日に照らされて不定期に風で靡いた木の影映る天井。
腰を起こして、自身の勉強机にあるデジタル時計を見た。
……時刻は、朝の六時三十分。
今朝。である。
まだ少し眠気があって、欠伸が出た。
外は曇少しだけの晴れ。
「眠い、けど。今日も頑張ろう」
一人。自分自身に声を掛けて、立ち上がり替えの制服に着替えた。俺は制服のセットを二着持っている。……昨日、一つの制服セットは血塗れになってしまったから洗濯機に放り込んだ。
今日の制服は、極力汚さないようにしたいのだが……。
「さて、一階へと行くか」
─────ともかく、今日俺がしなければいけない目的はハッキリしている。
制服へ着替えた後に、俺は一階へと降りた。
不穏。一階は昨日と異なり、静寂で静まり返っていた。
まるで鼓膜がはち切れるかと思うほどの、痛々しい空気の渦。まるで優しく穏やかに化けた悪夢だ。
一階へ降りても、何も聞こえてこない。
否、聞こえてはいる。……ただ、自分が稼働することによる足音のみだが。
「……ん。おーーい、ソフィアー」
声を上げて、彼女を探索する。
おかしい。ソフィアがいない?
少しの疑問を持った。
もう一度、辺りを見渡す。
だが彼女の返答は特になく、姿も見えなかった。
増幅する不安。
……厭な匂いがする。
どくん。と高鳴り始めた心臓の鼓動を放棄して、俺は脚を滑らす様に家を駆けた。……居間、台所、洗面所、風呂、庭、近くの森。
そこら中を探しても見当たらなかった。
息切れしながら、絶望と共に家に帰還する。
─────彼女が、いない。
「……」
おかしい。おかしすぎる。
なんで、なんでだ?
……カアサンだけでなく、ソフィアまでも消えたの、か?
脳が困惑する。視界がゆがむ。
頭が痛くなる。
ああ、……もう言葉にならない。
俺はただ重い脚を動かして二階へと昇り始めた。
「なんで、だ?」
まさか。悪魔の襲撃でも、あったっていうのか?
まさか。……彼女が逃げ出したのか?
せっかく、協力を約束したというのにも関わらず? そんな事、あり得るのか? ─────あり得る。
交差する思考に、あまりにも逃げ出したくなる。吝かに唇をかみしめて。俺は大きく溜息を吐いた。なんでこんな事になった。
現実味のない放心。
ただ俺は、二階へと上がって─────。
「ぐぅ……ぐぅ……くー、かーー」
その欠伸の音を聞いた。
……。
……。
……。
「は?」
希望的観測が唐突に。
思わず俯ていた顔を上げて、階段を駆け上がる。
聞こえてきた部屋は間違いなく、二階の部屋。そして、二階の部屋というのは俺の部屋と─────そして、母さんの部屋がある。
「─────」
衝撃が伝播し音を立てながらも扉を開いて、俺は母さんの部屋に突入した。
……そこには、倒れていた。
……そこには、天使が倒れていた。
床にぐーすかと、寝ていた。
数個の飲み干した跡がある酒缶と共に。
……おい、なんだこの惨状は。
酒の匂いが、部屋に密集していたのか爆発的に一気に広がる。まさにバックドラフト現象だ。……蒸れた酒特有の匂いが、キツめに自分の嗅覚をつつく。
「あ、っなんだこれ。酒くせぇ!」
「ぐぅ……ぐぅ……ぐぅ……」
眼前に広がる惨状に俺は呆然と立ち尽くすだけ。
意味が分からない。……もしかして深夜に、一人で飲み会でもしていたのだろうかコイツは?
徐にソフィアへと歩み寄った。
「なぁ、ソフィア。そんなところで何も掛けないで寝てたら……風邪ひくぞ」
そして。呟く様に、独り言の様に彼女へ忠告する。
─────彼女の白髪は、ぼさぼさだ。
だというのに、コイツの寝顔は一瞬硬直して見惚れる程美しくて……恐ろしい。このぼさぼさのダサい寝顔でも、彼女ならば絵になるだろう。
いいや、なる。
「……って、全く俺は何を考えてるんだ。馬鹿か俺、獣かって話」
そして。そんな彼女に惚けてしまう己に対して侮辱する。頭を抱えて、溜息を吐くと同時に彼女を直視する。
ああ、おいたはこの程度にしておいてだ。……俺は自室から自分の掛け布団を持って来て、気持ちよさそうに寝ている彼女に優しく掛けてやった。
これで風邪ひいて、悪魔にやられたりなんかしたら最悪だしな。
彼女があまりにも気持ち良さそうに寝ていたもんだから、起こすのも忍びないと感じて俺は他に声は掛けなかった。
ゆっくりと、立ち上がる。
昨日の夕食は遅かったし、特段腹は減っていない。
今日の朝飯は別になしで、良いだろう。
……俺は部屋を出ようとする。
その背後で。
「ん、わわ……ワタル?」
眠そうに彼女が目を覚ましてしまった。
─────。
「すまん、起こしちまったかソフィア。……俺は今から学校に行ってくるから」
「ふぇ? もう、そんな時間……なの?」
「ん、まぁな。色々あってだな、取り敢えず行ってくる」
彼女を探していて─────時間は既に七時十分を回っていた。
そろそろ行かないとまずい、また遅刻になってしまう。
だから、急ごうというワケだ。
ああ、それと。と。彼女に指をさす。
「お前、今日は絶対に学校に来るなよ! ……ソフィアが来ると、色々と面倒ごとが絡むからな。家で待っていてくれ。……また来たら、今度こそ一生白い悪魔と呼ぶからな」
「え?」
その忠告を叫ぶと共に、俺は学校のカバンを持ち一階へと駆け下りて。玄関から外へと出た。……途中、二階から彼女の駄々をこねる音が聞こえてきたのだが、それは内緒の話である。
◇◇◇
急いで自転車を漕ぎ、学校へ着いた。
「っあ、は。いつでも、死神の坂は重い……な……」
丘の上のこの学校、秋葉高等学校に通う為に必須ルート。その坂を登ることは、幾度となく体験してきたが体が慣れることは永遠にない。
最悪といえば最悪。……少しは慣れて欲しいと思うんだがな。
荒れる呼吸を整えながら、俺は校舎へと足を運んだ。
今日はちゃんと登校出来たので満足だ。─────なんて事はなく俺は今日、明確な用事を持っていて。
「秋葉先輩を、探すか……」
用事というのは今自分自身の口から出た言葉、端的に言えばそういう事だ。ま、秋葉澪先輩に用事があるのは卑猥な理由などではない。……彼女が家で雇っているメイド、そして模索者と名乗った彼女。
シルファに会って、話がしたいのだ。
なにせ。昨夜、もしかするとあの倒した悪魔からなにかしらの情報が手に入ったかもしれないのに。……もし、俺の力を使わずに倒していたら。
つまるところ、その可能性を考えて。昨日の行動が無に帰したのは、全て俺の所為なのだ。
俺があの時、あの悪魔という存在そのものでもある─────。アイツの魔力を略奪していなければ、こんな事にはならなかったのだから。
だから、その償いとして。俺が情報収集をしようというワケ。
そこで、最初に思いついたのが彼女の存在だ。
あの人については良く分かっていない、敵か味方かも分からない。だけど、彼女は模索者なのだから、情報収集能力には長けているはずである。どうにかして、彼女と接触し、彼女から情報を貰いたい。
もし秋葉先輩に断られれば、それまでのことだが。
他の所を手当たり次第にあたるしかない。……そりゃ、どれだけ大変な作業だろうか。想像するだけでも、疲れてくる。あてどなくただ走り続ける己の姿が目に浮かぶ。
今現在は、七時五十分。
今日は急いだおかげで、出来るだけ早く着くことが出来た。クラスのホームルームまで、後……二十分ほど。彼女を探す時間は、たんまりとある。
だけど焦ろ、急げ。出来るだけ早く。
俺は靴箱で上履きに履き替えて、校舎を駆けた─────。
「っは、っは、っは……」
マナーが悪いが、こればかりは許してくれ神様。俺は校舎二階……所謂、二年生フロア的な場所を走り回り秋葉澪先輩を探した。
幸い、彼女は色々な人に囲まれていた為にすぐに見つかってくれる。
「秋葉先輩! 少しだけ、お話いいですか……」
「え? ─────ワタル、君ですか」
息がまだ荒れているのにも関わらず、人混みをかき分けて。俺は叫ぶ様に彼女へと。すると、彼女を囲んでいた人達みなから視線を集められてしまい。
……しまった。刹那のうちに己の失言に気が付いた。
今のは、あまりにも扇動的な行為だ。
場をわきまえるべきだった。先輩とは、大して仲の良いワケではないというのに。
だがもうここまでやってしまったのだからやり切る。初志貫徹の精神を持って、この場をやり過ごそう。
「……あ、怪我の様子はどうですか?」
彼女は首を傾げて、ふと聞いてきた。
「怪我、ですか。全然問題ないですよ……って、じゃなくてですね! あーー、取り敢えずついてきて下さい!」
「え、えぇ……⁉ きゅ、急にですか」
俺はがっちりと先輩の二の腕を掴んで、引っ張る。強引な行動は悪いが、ちゃんと弁明するから。どうか許してください、優しく先輩。
辺りの視線を全て無視して、俺は彼女と共に屋上への階段を駆け上がった。疾く速く、脚を稼働させて。
屋上へと上り詰めた。
屋上への扉を開いて外に出ると、一面が紺碧に染まる晴天が空を制している姿が目に映る。
風は強く、俺たちを吹き飛ばそうとするほど冷たく、激しかった。
◇◇◇
「それ、で。……ですが。わざわざ私を、いきなりっ! ……外に連れ出してきて、何の御用ですか」
「いや……そこは謝ります、すいません」
「謝罪は結構です、本題にどうぞ」
彼女は厳しく、俺に告げる。
どうやら、先程の行動がかなりの癪に障ってしまったぽい。これは……謝る程度では、許されないかもしれない。
「─────ならば、単刀直入に言います。秋葉先輩のお家にいるメイドさん? のシルファという人に会わせて下さい」
声を上げてそう言うと共に、ぺこりと懇願して頭を下げた。
あまりにも唐突で、彼女からしたら理論なんて滅茶苦茶で飛躍していて。意味が分からない懇願なのだろう。
……だがそれでも、熱意が届いてくれれば。彼女は了承してくれるかもしれない。
そんな無謀的論理に俺は賭けた。
彼女の黒髪がばさばさと靡く音が聞こえてくる。
そして同時に─────。
「ま、そんな事だろうと思いました。良いですよ、顔を上げてください─────」
彼女は溜息か、失望か、それとも狡猾か。
はたまた、また別の感情か……。考察しようのない深い声で、何かを嘲笑するような目つきで俺の懇願を了承してくれた。
風が煽られて、風を呼ぶ。
「本当、です、……か……」
現実味のない回答に俺は思わず、顔を上げるや否や呟きながら彼女の瞳をまっすぐと見て。ソレを悟り、理解する。
─────違和感。
その一言を、全身に感じた。ソレの正体は、知っている。
……そんな事だろうと思っていました? ……ナンダソレ。
なんで、それが分かるのか。
「は……、ちょっと待ってください。それは凄くありがたいんですけど、……なんですか。”そのな事だろうと思いました”……って」
彼女を見据えて、思う。
それはただの純粋なギモン。
だが、それは……あまりにもな、失言だった。
一秒後。
志摩弥の視界は青く。
「──────────────────────、は」
衝撃が走る事だけを体全体に覚え、錯覚する重力。恐怖の渦の、台風の目にいるかの様な感覚。なお、俺の視界は更に反転し─────、又一秒後。背中にどすんという衝撃と音が響き渡った。
俺は、吹き飛んでいた。
痛い。最初にソレを感じる。
それは紛れもなく現実的なコト。
痛みに動乱しながら、辺りを見渡した。
そして気がつく。
俺が屋上にある転落防止用の緑柵に引っかかっているコトに。
……何が、起こった。
それを考える前に、更なる激痛が自分を襲う。
「────────────────────え」
あまりにも全てを凌駕した激痛に、声すら出ない。
ナンダコレハ。俺は見据える、逆流した胃液を眼下に吐きつけながら、その先に立つ少女を見る。……彼女の腕が俺に向かって突き出している姿が映る。
「ったく、口を滑らしやがってワタシよ。オレはあまり乱暴ごとは起こしたくないんだがな。こればかりは、仕方がないか……」
そして。またも気がつく。
その少女の目が─────コチラ側の眼光であった事に。
◇◇◇
彼女の眼光が豹変した事に気が付いたのは、果たして何秒前だったか。そんな事はとうに忘れていた。
─────それよりも。
「─────お前は、誰……だ」
大事な事があったから。
青空を仰ぐ木枯らし。
共鳴する髪靡き。
眼前には、少女が笑っていた。
その姿は紛れもなく学校一の才女と名高い二年生『秋葉澪』。だというのに、彼女
を纏う空気は一寸たりとも同様ではなく。まるで別人の雰囲気。
だからこそ、吐き気に苦悶しながらにも俺は聞いた。
これには、その価値がある。
「んあ? オレが誰だって、か?」
「……あ。ああ、そうだ。お前は……俺の知っている澪先輩じゃない……っ!」
「ふん」
だがしかし、彼女はただ俺の言葉を鼻で笑うだけで。答えなどしない。
─────その代わりに、彼女がこちらへとゆっくりと歩み寄ってくる。ああ、今にも逃げ出したい。
……直感が言っていた。
彼女はコチラ側の人間だと。彼女は魔術に通ずる人間だと。
怖い。いやだ。殺される。いやだ。逃げたい。いやだ。まだ、死にたくない。
「─────、あ」
だけど、ダメだ。
体は動くことはない、その割には神経は伝達し痛覚だけを吐き出してくる。最悪にも最悪。運が悪いと一括りで片づけられる現実なワケじゃない。
─────嚥下不可能な、事象に狼狽える。
戦慄。奏でるメロディーは消えた。
「─────ぅ、」
また一歩。彼女は近づいてくる。
その、薄ら奇妙な笑みを浮かべて─────。
「……半分正解、半分不正解とでも教えてやるよ」
「……どういう、意味っ……だ」
「さぁな。それは、テメェ自身で考えろ」
その一瞬。彼女の着る制服の袖口から、黒い砂が零れた。そうして理解すら及ばぬ永遠に、黒い砂は塊へ、渦へ、竜巻へ。変幻自在の黒砂は青空を駆ける様に飛翔する。
「安心しろ。お前の願いは叶えてやる、命も奪いやしない。……ただ安静にしてろ、ただ気絶してもらうだけだからな」
「─────ん、なの」
また一歩。彼女は近づいてくる。
正体不明の眼前に存在する事象。理解しがたい現実、現象。その全ては理解しなくてもいい、ムダな事を理解する事は……ただ脳内を壊すだけの自傷行為に過ぎない。
呼吸を忘れた体を再稼働させると同時、息を吞んだ。
「あ、なんか言ったか?」
─────意味不明の事象に対する対抗策は。
慟哭さえも生温いその絶叫に似た断末魔。……ただ喉を開いて、致死の声を上げる。
目の前に聳え立つ黒の巨塔。これが何かなぞ、知らなくても良い。分からなくても、いい。
ただ。何も出来ずに気絶させられるのはもう御免だ。
「─────認めるワケ……ねぇ、だろがッ!!!」
叫ぶ刹那に、右腕部分の制服をたくし上げて。能力解放の為に意識を、細心の集中へと。─────到達させるために。
吐き気に耐えながら、痛みに悶絶しながら、立ち上がる。
眼前俯瞰。
可変操作。
奇跡操作。
腕が赤く染まって、赤色の電撃が走り去った。
恐怖に震える体など、とうの昔に慣れている。
「……なるほど、やはり面倒ごとだが。そうでなくちゃ、面白くネェよな。……志摩弥─────!!!」
彼女も斉しく声を竜巻に。
きっと、格上相手の存在へと対峙する。だが不思議と不安感も、焦燥もない。
きっと、それは相手が秋葉澪先輩だからだろうか─────。
きっと、俺は勝てない。
だから、選ぶべき選択肢は一つ。
「─────”略奪構築”」
潜めた声で体内に秘めた力を展開する。……昨夜、無意識下で植え付けられた能力発動、能力操作の『感覚』を。
─────深みへ昇るはただ一閃。覚醒の警鐘を今讃えよう。
「─────、っ!!!!!」
彼女から放たれた黒砂の渦は、俺目掛けて吹き飛んでくる。……それに対して、コチラ側はただ右手を突き出しながら走り出す。
この昇りうねる巨塔の原動力はなんだ? ……己に考察する。
それ即ち、魔力。
鮮血想起ス電撃、宙ニ舞ウ。
迫りくる黒の巨塔の原動力を奪え。そのことにのみ専念し、俺は体を前のめりに倒し込んだ。
「─────ぁあ!!!」
刹那。俺の手から放たれた赤の電撃が四囲を駆け抜けて、対象に設定した”巨塔の魔力”を奪い取った。……成功だ。
目の前の巨塔は、俺に到達する前に崩れ去る。
「む、なんだそりゃ。……オレの術から、魔力反応が消えた……?」
「ああ、そうだ。これがっ、俺のチカラだ!!!!」
「ふむ。……なるほど、だがそれだけじゃ弱いな」
「なん、だって……?」
どくん。心臓の鼓動が歪む。
……彼女は再び笑いながら、俺に話しかける。
「お前のチカラはその一撃で何となく理解した─────、考えうるに。『奪う』力とかだろう?」
「……」
「ご名答て、ワケか。だが、お前にはまだ足りない」
その言葉を感じ取りながら、俺は酔っていた。視界が歪曲して、車酔いに似たいつもの反動的な衝動を覚えている。……腕の力を奪うと、いつもそうなるのだ。
彼女はそんな俺に何故か指摘する。
「何が、って顔をしているな。ならば丁度良い機会だ、教えてやる。テメェはな、バカすぎるんだよ。なにせ、お前は相手の魔術から奪い取った魔力に酔っているんだからな」
その言葉に、俺は体を止める。
ぜぇぜぇと呼吸を荒らしながら、彼女の目の前。約五メートルの距離を空けて、俺は体を立ち止まった。
大事な事を聞いた気がする。
……俺のこの、原因不明の酔いの正体は─────奪い取った魔力が原因と。
「どういう、事だよ……それ」
「分からないのか? 言葉通りの意味だ、それはな。……お前、そのなりじゃ、一般的な人間から魔術を扱える様に昇華したワケだろう? ならば、体に魔力が馴染んでなくて当たり前だ。普遍的な人間ていうのがな、唐突に魔力を体内に持つと……強大な魔術を使える代わりに。副反応が付き物だ」
「─────つまり、」
ああ。なるほど。
俺は理解する。
「テメェのその弱体化は、その副反応てなワケだ。ま、お前に教えたところでこれはどう足掻いても解決出来る問題じゃないからな。時間が解決してくれるっつう、面倒なモンだ」
「だけど、なんでそんな事を俺に教えてくれるんだ?」
「─────あ? だってお前に死なれたら、こっちが困るんだからな。テメェには、その力を使いこなしてもらわねーと」
「は?」
彼女の黒髪と、俺の茶髪が靡いて音を奏でた。
何を言っているのか、全く分からない。
……どういうことだ。疑問は浮かぶばかりだ。だがそれに対して……そんな志摩弥の状況さえも、彼女は理解している様子。
「言っただろ。テメェの願いは叶えてやるって。……だがその代わりだ、オレ達もお前を利用させてもらう。それまでの話だ」
そんな事を、先輩は急に告げてきた。
「意味が、分からない。……願いを叶えてくれるのはありがたいが。聞き捨てならないな。利用するって、どういうことだ」
「言葉通りの意味だ。テメェは天明とタッグを組んでいるはずだったな?」
「天明……? ソフィアの事か」
「ああ。そうだ、……天明の目的はこの或間町に潜む悪魔の討伐だ。そして、オレらの目的もなんと……その悪魔の討伐だ」
─────あ。
つまるところ、利害が一致しているから。
……。
「お前の願いを叶えてやるから……その目的に協力しろ。─────ってことか?」
「んま、簡単に言えばそういうコトだ。どうだ……? いい提案じゃないか、どうせこっち側のオレの姿もバレたんだ。もう引き返すなんて弱虫な選択は許さないぜ?」
「─────」
「さぁ、審判の時とでもいこうか? 志摩弥、オレ達と目的遂行の為に動くか否か。……これがきっと、テメェに残された最後の分水嶺だ。慎重に決めろよな?」
─────彼女は立ち止まる俺に手を差し伸べてきた。
その手を取る意味は、『協力』するということ。
……確かに利害が一致している。協力することは、こちらにもメリットは多少なりともあるかもしれない。だけど、それはオレの心が……許さなかった。
手を取りかけて、止める。
脳裏には白い悪魔の姿が映り込んでいたのだ。
……そうだ。この手を取るということは、彼女に対しての協力を薄めるという意味にもなりうる。
それは、ダメだ。
「……凄い、魅力的な提案だよ。正直な話、迷った。……だけど悪いな、協力とまでは出来ない。ソフィアと共に出来るだけの助力はする」
「──────────んで?」
「だが……それ以外なら。協力する以外に、一個だけ先輩達から言われた命令を俺の出来る範囲の事までする。だから、シルファに会わせてくれ」
言葉を振り絞って、またの懇願をする。
……あまりにも対等ではなく、現実を直視していない愚民の戯言。だが、彼女は─────俺の瞳をくっきりと見据えて。
「……ふん。一個、オレ達からテメェに対する命令権ね」
「─────」
「非常に傲慢で、クソムカつく。だが、テメェに一つ命じられるってんなら面白れぇ。……良いだろう、その条件。特別に呑んでやる」
「本当、……か?」
彼女は狡猾な口ぶりで、俺の要求を、懇願を了承してくれた。
にたり。と仮面を被ったかの様な不気味な笑い方。
それを隠さずに先輩はそう云う─────。
「じゃ、ここで約束したことだ。お前をわざわざ気絶させる手間も省けたし……俺の家に向かおう」
「え、は……? 今からか? 学校はどうするんだよ」
「は? んなのは、オレの親父の特権で出席停止に出来るに決まってんだろ、バーカ」
……要するに。俺は、学校をまた抜け出せと?
言い返す、反論する時間はない。
先程の状況とは真反対だ。
俺は彼女に腕を掴まれて、そのまま─────無理やり屋上から連れ去られた。学校を出て、徒歩で校門を出た所為か。途中の廊下で、物凄く様々な生徒たちから視線を集めた事を俺は忘れない。




