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二話【始まりの一日Ⅱ】

 そそくさと歩いて、学校を出て自転車で一時間。家に着いた。


「はぁ…………地味に遠いんだよなあ学校」

 この家。志摩家から学校まで、二十キロメートル程である。

 俺は現役高校生ではあるが、体育会系ではないのだ。どちらかと言うと、オタク寄り。……端的に言うと、体力(スタミナ)がない。


 だから、普通の高校生ならへっちゃらな距離でも弥はへとへとになる。

 ……自転車から降りても、呼吸は荒く、体温が高まってゆく。

 心臓の鼓動が高まる。

 極限状態だ。ふざけるな。

 そう思うが、それはどうしようもない事実。


 まぁいい、早く家に入ってゲームをしよう。

 ……自分の脳裏に、優子先生(かあさん)の顔が浮かんだが、無視。

 無視。ひたすら無視をする。


 志摩家の家は、昔ながらの和風建築だ。

 玄関は木製の引き戸、床はフローリングではなく畳、火をつければすぐに燃え広がってしまう。そんな、昔ながらの和風な家であった。


 床の畳か、土台がボロイのか、上を歩くとギシンギシンと音が鳴る。

 だが気にせずに、家の中へと入ってゆく。


 自分にとって、それはもう慣れっこだ。

 養子として、この志摩家に来てからもう五年が経つ。

 俺は今十六歳、志摩家にきたのは十一歳の頃だ。


 五年もこの家に住んでいるのだから、そりゃあ慣れない事はない。

 玄関に入ると、客間からテレビの音が聞こえてきた。

 客間は、この玄関を進んで長い廊下を歩いた先にある部屋だ。


 誰か、いるのか……?

 ……思い出す、過去を確認する。

 今朝の状況を思い出す。


 まだ、優子先生(かあさん)は学校にいるはず、だ。

 養父は、五年前に若くして亡くなってしまった。

 だから今、この家には誰もいないはず────なのだが。


 おかしい。緊急事態、だ。

 俺はそう思った。心なしか、いつもより玄関内の空気が冷たい気がする。

 気のせいだろうか。いや、気のせいであってくれ。


「……」

 場に緊張が走る。


 果たして誰がいるのか。

 泥棒か、赤の他人か……それとも、幽霊か?

 自分の脳内で、様々な憶測を飛ばした。


 ゆっくりと、ゆっくりと、俺は客間へと足を延ばす。

 ……ギシン、ギシン、と畳が揺れる。


 慣れていたと思ったんだけど、やっぱりこの家は怖いな……。

 慣れていたと思っていた。が、心の中は、本当は慣れていなかったとそう告げていた。


 全身全霊で、ゲームでハイドするかのように、丁寧で、静かに、客間へと足を延ばす。……そして遂に、客間の前へと着いた。

 客間への引き戸は閉まっていた、だが未だ中からテレビの音がする。


 怖い。オカルトとか、信じていなかったが。

 あまりにも怖くて、信じたくなってしまう。

 だが、ここで止まっていても何も進展はないだろう。


 そう思い、ごくり、と固唾を飲んで。

 一気に、引き戸に手をかけて開いた。


「ええい⁉ 出るなら出てこいお化け!」

 ────ピシャン!!


 引き戸を開いた。

 だが、そこには誰もいなかった。

 テレビだけが、ついていた。


 ……びくり、心臓の鼓動が止まる。


 誰もいないはずの家、独りでに付いていたテレビ。

 おんぼろの古臭い家。

 ……これらが意味のは、すなわち。


 これは、幽霊の仕業であるということだ⁉


「ま、まじかよ。幽霊とか、有り得ないだろ常考」

 喉が、胸が、手が、脚が、凍る。

 ひゅうと、どこから吹いてきたのか分からない風に殴られる。


 畳の上を駆ける音は、心なしかいつもより大きく感じた。

 客間の奥にあるガラスの窓は、外からの風に耐えてガタガタガタガタと音を鳴らす。

 ……外界の風を受けて、家全体が楽器のように音を鳴らす。


 怖い。

 とっっても、怖い。


 ああ、女神様仏様。

 どうかこの私に暖かき慈悲を。

 どうか、プリーズ!! 


「……」


 その時だった。

 玄関の方から、エンジン音が響いた。

 間違いない、車のエンジン音だ。


 俺は、客間を出て玄関を見る。

 しばらくして。玄関の引き戸は勢い良く開いて、一人の女性が入ってきた。


「やっほーい、私が帰って来たぞ!」

「……仕事が残ってたんじゃないか?」

「────いやぁ。全部、松永尾先生がやってくれるって言ってたから、渡してきちゃった♡」

「渡してきちゃった♡⁉ ゲスだ、ゲスの極みだ!!」

「なんだとぉ、かあさんに向かってなんて言い草だなー!! 誰だ純粋で可愛かった弥をこんな悪い子に教育したのは⁉」

「あんただよ⁉」


 優子(かあさん)が帰ってきたのだ。

 どうやら、残っていた仕事は同僚の先生に、放り投げてきたらしい。

 なんて人なのだろうか、そう思う。


 軽快に走って、彼女は、俺に近付いてくる。

 顔を近づけてきた。


「きゅ、急にどうしたんだよ母さん……?」

「わーたーるー? 私に言うことあるんじゃないのー?」

「……言うこと?」


 当てはまりそうな言葉(ワード)を、手探りで記憶から探す。

 だが、そんなの該当なしであった。

 すると、母さんは少し頬を膨らまして言う。


「愛しのお母様がただいまー♡って言ったんだよー?」

 あ……。そういう事か。

 ふと、理解が追いつく。


「ああ……おかえり。母さん」


 彼女、志摩優子は俺の養母(かあさん)であるが。

 その歳は若く、二十七歳。自分との年齢差は、たったの十一歳分だ。

 それに彼女に直接は絶対に言わないが、彼女は美人なのだ。

 彼女に顔を近づけられると、少し胸がドキドキする。


「ああーーー!!! テレビつけっぱなしだったぁぁぁ!!!!」

「……ほっ」


 その後、母さんが学校に向かう前に客間でテレビを見ながらくつろいでいたこと。

 そしてテレビをつけっぱなしのまま、学校へ行ってしまったという事実が発覚した。


 幽霊の仕業ではないと知って、少し安心する自分がいた。


 ◇◇◇


「私は上でお酒飲むからなー」

「分かった、俺はゲームでもして時間を潰すよ」

「しゅーくーだーいーわー?」

「後で」


 ……志摩家は和風建築ではあるが、平屋ではなくちゃんと二階建てだ。

 二階には、俺の自室、そして母さんの酒飲み部屋がある。

 母さん、志摩優子はかなりの酒豪なのだ。


 母さんが学校から帰ってきて酒をぐびぐび飲んで酔ってしまったら、それはもう恐ろしい夜になる。以前、彼女が酒を飲み過ぎて俺にちょっかいを掛けてきて、宿題に手が付かなくなってしまった事があった。


 アノ事を思い出すだけで、悪寒が走る。


 ……まぁ、良い。別に嫌な思い出という訳でもない。

 逆に、暖かい思い出だ。なにせ、実の両親からの愛など、自分は微塵も受けたことがないのだから。彼女は、俺にとっての救世主だ。


 客間の横にある昔ながらの急勾配な階段を、トントンと登って自室へ向かう。

 ギシギシ、ガタガタ、ギィ、ギィ。

 様々な、木の軋む音が鳴り響く。

 この(くうかん)いっぱいに、反響する。


 自室に着く。

 二階は、二部屋しかなくて狭い。窮屈だ。


「さーて、と。では、GWWをやらせてもらうかな」



 自室には、ベッド、箪笥(たんす)、勉強机など学生らしい家具と……。

 ゲームハード……『givewe』社の専用VRヘッドセット。

 充電器、スマホ、デスクトップ型パソコンなどという、それこそ学生らしきものが置いてある。言い換えるなら、自分(しまわたる)の心臓だ。


 これが消えれば、我は死す。的な感じである。


 重い学校のカバンを床に投げ飛ばし、勉強机に置かれたスマホ。スマートフォンを手に取る。通知確認だ。

 昔ながらの文字によるSNS『ツインダー』から、何か通知が来てないか……。

 その確認だ。


 自分で言うのもあれだが、俺はかなりのネット中毒者で、ゲーマーで、ツインダーとか”ホシチューブ”という動画投稿サイトで活躍するインフルエンサーなのだ。

 今のご時世、その様な人間はそれこそ星の数程いるから、自慢できる話ではないが。


 視聴者、俺のファンからのメッセージは大体は返信しているからな。

 ……今日は、ファンメッセージはなしか。


 メッセージの確認が終わり、堅苦しい制服を抜いで箪笥に畳んであったジャージに着替えた。


「よし、じゃあGWWのレベル上げでもするかな」

 GWW。guvewe社の3D完全没入型VR技術を用いたFPS視点の、未来の大戦……第三次世界大戦を舞台としたゲームだ。


 昨日、始めてプレイしたが……これがかなり面白い。

 今までやってきたゲームの中でも、トップクラスの中毒性を誇る。

 現在の時点で、GWWの売上本数は百二十万五千本らしい。

 流石、世界的に事業を展開するスーパーグローバルな上場企業というところか。


 確か、本社はアメリカとかだっけか。

 どうでもいい情報かもしれないが。


 自分はVRヘッドセットを装着し、勉強机に備え付けられている椅子に座る。

 視界は暗い。……そこから、ヘッドセットの横にある電源ボタンをカチリと、静かに、押した。


 その刹那。一秒未満で、体の感覚がなくなり、視界が揺らぐ。

 その刹那の後。吐き気に似た感覚を患い数秒、視界が明るくなる。


 俺は、気が付けば全てが鉄で出来た血生臭い部屋に立っていた。

 ここがVR世界。仮想現実の世界、そう裏付けるのは目の前に広がる銃や、視界の右下にメニューと書いてある事だ。

 感覚は、現実(リアル)そのもの。


 だがしかし、これは仮想の、噓の感覚だ。

 あのVRヘッドセットが、脳に電波を与えて、脳に直接感覚を与えているらしい。

 実に、人間の技術の進歩は目覚ましい。


 これが我ら、人間の技術といったところか。


 一歩。歩いて、銃を手に取る。それと同時に、目の前にデータがホログラムとして出現した。


「AK-47……か」

 他の銃のゲームでもよく見る、メジャーな銃だ。

 1949年にソビエト連邦軍が採用した自動小銃である。卓越した信頼性と耐久性、それらが実現されたどのような戦場でも活躍する兵士の基礎装備。そう豪語されるほどには、メジャーだ。


 ほうほう、と頷きながらこのゲームでのこの銃の性能表を見る。

 自動にホログラムとして出てきたこの銃の性能表には、反動や攻撃力、耐久性、連射速度などが記載されている。

 至って普通の銃。だからこそ強い。


 それがこのAK-47である。

 さて、今回はこれを使ってみようかな。


「えーと、ゲームモード選択と」


 この部屋……いや、ゲームロビーの中に設置されているタッチパネルに近づく。ここから、ゲームのモードを選択するのだ。

 陣取りゲーム的なモードもあれば、ただただ脳死で撃ち合うチームデスマッチ。他にもみんなで協力して超体力を持つボスを倒すレイドボスモードもある。

 一対一で戦う純粋な銃撃戦、タイマンなワンブイワンモードもある。


 今回は、簡単に撃ち合いたいからチームデスマッチをやってみようと思う。

 俺は、タッチパネルを操作してチームデスマッチのモードを選択する。

 モード選択が終わったら、次は部屋を探す。


 流石に、発売してから数日足らずなので部屋は沢山建てられていた。

 さて、どれにしようか。俺は手を顎に当てながら、考える。


「……うーーん、と。強い人、募集中。弱い人でも大歓迎!noob world。分からん、どれにしようか」

 タッチパネルをスライドさせて、部屋一覧を見渡す。

 だがしかし、面白そうな部屋は見当たらない。


「……と」

 そんな中、ある一つの部屋が目に留まる。

『強い人募集。私強い、倒して』

 というものだった。


「うわぁ。直球だなぁ」

 ……ワクワク。


 決めた。

 よし、ここにしよう。


 だが、しかし。少し不安な点があった。それは、この部屋のサーバーがアジアの物ではなく、アメリカの物だったからだ。

 何故、部屋の名前が日本語なのに、サーバー場所は外国なのだろうか。

 日本語で募集しているということは、強い日本人を募集しているのだろうけど。


 外国サーバーというだけで、強者は寄り付かないと思うのだが。

 何故なら、”ラグくなるから”だ。FPSにおいて、ラグくなるのは死活問題に等しい。

 外国サーバーなら、ping200以上ぐらいいってしまうのではないか?


「でも、少し気になるからなぁ。ここにしてみよう」


 この部屋の参加ボタンを、タッチパネルでぽちりと押した。

 そして、部屋が、背景が入れ替わり、俺は都市B1というマップに転移する。


「────」

 言葉が詰まる。

 昨日、この光景を見た時も思ったが。この仮想現実(げんそう)現実(リアル)そのものだったのだ。これが人間の技術か……と、人間という生物に感嘆する。

 ま、そんな事を言っている自分も人間であるが。


 都市B1。

 このマップは日本の都市である東京が廃れ果てた姿をイメージとして設計されたものだ。マップの範囲は狭いものの、かなり建物が入り組んでいて、それはもう戦い甲斐のある仕上がりである。

 斜線の通り方、ロマン、丁度良い高低差、移動のしやすさ、あらゆるもののバランスが完璧に調整されているマップ。


 所謂、神マップというものだ。

 噂によれば、限定マップとして日本の古都として有名な京都が登場するとかなんとか、かんとか。書いてあった。

 だが、そんな事よりも────。

 俺は呆然と、ただ、このマップの完成度に感動していた。


「おおお、こりゃあ凄いな。……もう少し部屋に人が入れば、賑わっただろうに」


 そう、その通りだ。

 今、この部屋の参加者を確認したが……。


 俺含めて二人しかいない。

 相手チームに、この部屋を建てた管理者が一人。

 こちらチームに、参加者の俺一人。


 なんだこれは。過疎ゲーか? 疑問。


 これじゃあワンブイワンモードではないか。

 そう、ツッコミたくなってしまう。


「だけど、まぁデスマッチだし。突っ込むか!」

 チームデスマッチ。それは残基無限という事だ。

 ゲーム内で何回死んでも問題ないのだ。

 設定で、痛覚は無効にしてある。


 存分に突っ込もう。

 俺は、一歩踏み出した。


 その矢先────俺は、頭を撃ち抜かれた。

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