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十八話【退屈な時間を】

 それは志摩弥が学校に行った後の話。

 志摩家に独りきりでいる天使は、居間で頬杖をついて溜息ばかりをこの世界に漏らしていた。


 彼女の名前はソフィアリード・グローリー。白鳥の翼を想起させる美しい白髪に、黄金の瞳。白のパフスリーブに、黒のキャミワンピース。

 絶世の美女というに値する顔つきと、抜群のスタイル、美しい巨乳、美脚。

 そんな彼女だが、今はただ退屈している。


 なんたって彼女は今、独りぼっち。話すは相手がいないからだ。


「ああもう! すっっごく、つまらないんだけど!!!!」


 ◇◇◇


 ワタルが学校に向かってから一時間ぐらいが経過したと思う。

 ……と思って部屋の壁に掛けられている時計を見れば、まだ二十分しか経過していない事に目がくらんだ。


「は、はぁ…………? まだ二十分しか経ってないの⁉」


 それに驚愕して、嘆く。

 なんだと、まだたったの二十分? まだたったの千二百秒?

 ─────時間の経過とは、こんなにもノロかっただろうか。

 疑問に感じる。


「ワタルがいないと、なんかあんまりつまらないわねーー。そうだ、志摩家を探検でもしようかな?」

 ふと、自分の体に悪心が芽生えた。


 人差し指を立てて、唇に当てる。

 不思議とそんな行動が出た。でもそんな事はどうでもいい。

 今はただ、この退屈を潰せる方法を考えるのだ。


「むーーー、むむむ、むぅ」


 さぁ、どうしようか。

 家の探索か? それとも外に出て散歩か?

 思い浮かぶ案は複数個ある。


「どっっうしようかーなー」


 そして、迷って。迷って、迷った結果。

 やっと決める。この家を漁ってみよう、捜索しよう。

 その結論に至った。


「よし、志摩家(このいえ)探索(あそび)尽くすぞー! えい、えい、おー!」


 そうして、私、ソフィアリード・グローリーによる……志摩家探索隊は動き出した。尚、隊員は私含めて一人です。


 ◇◇◇


 まず捜索(あさ)るのは、ワタルの部屋に決めた。

 すぐさまに階段を駆け上がり、私は彼の部屋につく。


「まずは、と。何を探そうかなー」


 部屋の扉を開き、彼の部屋を一望する。

 机にはよく分からない本や、機械が置いてある。多分、勝手に触ったら怒られるやつだろう。だから……触らないようにする。

 なにせ、過去に私は彼のスマホを破壊(おとし)てしまったから。


「うーーん、特にないわね」


 志摩弥。彼の部屋は至って普通で、特に面白い訳でもなかった。

 いいや、それは間違いだ。心の中では探索してるだけで楽しい気持ちが爆発している。ただ、過剰に期待し過ぎただけ。


 取り敢えず、動かなきゃ面白いモノも見つかるはずがない。

 私はそう思い、弥の部屋の中の物品を物色し始めた。


「これは……なんだろ。勉強道具(さんこうしょ)ってやつかな? む、国語辞典? 文法のまとめ? うううんん? ─────日本語は難しいわね」

 独り言をぶつぶつと吐く。


 漁って出てくるのは、勉強道具ばかりだった。

 ワタル……って、どんだけ学校の勉強? 勉学? が好きなんだろうか。疑問に思う。そんな事をしたって、果たして将来に影響があるのか。


 私には理解出来ない。

 まぁ……学歴とやらが絡んでくると、過去に─から聞いた事があった。

 人間社会は、そういうモノなのだと。


「ま、私には関係ことだなぁ。勉強とか、よく分からないし」

 確か、数学がなんたら。とかだったはずだ。と想起する。

 ……が、それは意味のないコトだ。


 物色を再開する。

 なんとなく、手探りでナニカを探しているが……特に、な特徴的物品が見つかることはない。

 そんな事を繰り返し、ガサガサと漁り続けた。



 ……それを続けて、数十分が経過した頃。

 それは突然のコトだった。そう、先程と同じように私が部屋の物品を漁っている時だった。部屋の箪笥(しゅうのう)の方からカサカサと怪しげな音が響いたのを感知したのだ。


 それと同時に、鳥肌が立つ事を覚える。

 悪寒が背中を全速力で疾走した。


「ん?」


 聞きなれない音。カサカサ、なんていう何かが這う音。

 なんの効果音だろう。……理解に苦しむ。

 私はただの好奇心だけで、箪笥の方へと振り返った。


 だがしかし、そこには何もない。

 何の変哲もない箪笥だけが、そこにはあった。


「むむ? むむむむむ? な、なんの音かしら……」

 恐る恐る立ち上がり、箪笥の前へと歩く。


 箪笥の前に立つ。

 だが。やはりそれは至って普通、普遍的な箪笥である。

 どう見ても、どこから見ても。変わらない。

 何か特別な仕掛けがあるわけでもなく、魔術が仕込まれている訳でもない。


 ならば、先程の音の正体はなんだろうか?

 もしかして、幻聴? 聞き間違い?

 私の脳内には、様々な憶測が交錯する。


 勿論、天使の力を解放すれば五感が強化されるから……それをすれば原因解明するかもしれないけども。それだと、私が狙っているヤツにバレてしまうかもしれない。

 夜間より、アイツは昼間の方が敏感に動くから。


 ま、そんな事はおいておいてだ。


 ……私には深く考える行為は柄じゃないし。

 考えるより先に行動。それが私の座右の銘だ。だから、即決する。

 よし、箪笥を開いてみようか。……と。


「よーーし、箪笥を開いてみれば分かるでしょ! いえーーい、れっつおーーぷんん!!!!」

 だから、力を込めて一気に箪笥を開いた。


 すると。すると。すると。

 そこからは、クロイバケモノが認知不可能な神速で飛び出してきた。

 理解不能。それが何かは分からないけど。

 ただ、それが虫だということぐらいは分かっていた。


『ブーーン』と羽を衝突して、音を奏でながら。

 本能が叫んだ。逃げろ、と。


「え……って、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ⁉」


 私は叫んだ。ただ目の前に飛翔してきた黒く素早い虫に怯えて。

 数秒後に理解する。


 これは、人間社会で忌み嫌われてきた伝説の虫『ゴキブリ』だと。

 冷たい水を瞳からこぼしながらも私は、力を込めて、全力で走り、ワタルの部屋から階段を降りて一階の居間へと逃げ込んだ。


 ◇◇◇


「はぁ…………はぁ…………はぁ……なによあれ、人間(ワタル)達はあんな生き物共と共存してるっていうの? おかしい、おかしいわ!!」

 荒れ叫ぶ呼吸を整えながら、己の表情を(しか)める。


 今でも、あの音、あの姿、あの速度が鮮明に記憶(イメージ)から離れない。

 目に焼き付いたかのように鮮やかに、それは残っていた。

 最悪だ。と私は溜息を吐く。


 というか、あんな恐怖、驚異的な生き物と共存している人間も恐ろしい。

 なんでだ。あの生き物が怖くないの?

 あらゆる疑問が、クエスチョンマークを生む。


「……取り敢えず、ワタルの部屋の捜索はもういいかな。別の部屋を、捜索しよう」

 そうだ、そうしよう。


 自分の中に思い浮かんできた、自身の提案に賛成した。

 それがいい。それが今の、最善策だろう。

 では次はどこを探索しよう。


 ……二階は、もういい。

 探すならば一階が良いだろう。


「うーん、一階は特に何も……って感じだけどな」


 よっこらせと体を起こし、居間から出て寒い廊下を闊歩する。

 一階は寒い。そして、地味に広い。

 普通の家系の家、二階建てとかの最近の建造物よりは平屋よりといった感じだ。

 木造建築で、味のある? 感じ。……所謂、和風建築とかなんとか。


 さて、そんな事はどうでもよくてだ。

 今は何か面白いモノがないか漁っているが、特に何か見つかる訳ではない。

 一階には色々と部屋がある。


 居間、台所、洗面所と風呂場、書庫。

 ……といった感じ。

 ワタルは普通の男子高校生だなんてほざいていたけど、これだけ見ればかなり上の階級の家系の人間の家だと思ってしまう。


「それにしても、寒いわね……」


 暖房は。暖房はないのか?

 この世界にはなんとも便利な超機能付き”エアコン”とやらがあると聞いていたのだが……。それは、この家では見当たらない。



「取り敢えず、書庫にでも行ってみようかな」



 書庫(ここ)の存在は、別にワタルに教えてもらった訳ではない。

 ただ、土曜日の朝も同じようにここを探索していたら見つけたのだ。

 この部屋……そう、書庫を。


 本。私はそれが好きだ。

 文学的に、感傷的に世界に浸りこんだりすることも出来れば……また別に、知的好奇心を満たすこともできる。


 人間が描く本というのは、実に面白いモノなのだ。


「よーーし! じゃあ、行こう」

 そう決めた。だから、書庫へと向かって意気揚々と歩き出す。


 因みにだけど書庫は、家の奥にある。家に入って、その廊下を一直線に進めばつくのが書庫なのである。その少し前に居間が、そしてそれよりさらに前、玄関付近に洗面所と風呂場だ。


 ◇◇◇


 時刻は気が付けば、昼頃。

 あと数時間もすれば、斜陽がこの町を覆うだろう。

 私は今、書庫にいる。


「さてさて、どれにしようかな……」


 そして、その中で。無数に本が並べられた本棚を眺めて、どれを読んでみようか迷っていた。


「うむ。……ゼロから学ぶ経済学。ファンタジーブック。……瘦せる秘訣、ダイエットで最も重要な事三選。……雪の姫の伝説。……伝奇小説集」


 本のジャンルは実に幅広い。

 ここには、あらゆる本の種類が揃っていた。

 凄いな、と感心さえも覚える程に。


 これは、選ぶのに悩みすぎる。……時間があまりにも、かかりそうな作業。本好き

 からしてみれば、天国にすら匹敵するであろう極楽。

 そういうに、ここは値する。


「いやでも、現代の雑誌と……伝奇的なものしかないなぁ……」


 なにがいやでもか、それが普通の家系では当たり前の事だというのに。

 私は何故、志摩家を特別視しているのか。それは、単純明快。

 ……ワタルが、呪いの腕を所持しているからだ。


 奇跡操作(マテリアル・コントロール)なんて呼ばれる事も多々ある、その矛盾訂正の力。単純なる戦闘力での話ではなく、世界という概念を改変しあう呪いの力。

 一歩、使い方を間違えればその自分自身どころか、世界さえも破滅させる。


 それが、彼の持っている力の種類(ジャンル)なのだ。

 いつでもビックバンレベルの爆発が可能な爆発を持ち運んでいると、例えるのが良い。それほど、彼の持つ力は危険。


 前にも、奇跡操作の保持者を見てきたが。その全ての者が例外なく、自滅(ぼうそう)という結末で死に達していた。私が巻き込んでしまったのが悪いけど……この天使と悪魔の戦いに介入した彼も、”そうなってしまう”のではないかと少し怖い。


「んま、そんな暗い事は考えないようにして……っと。む、これは」


 ふと目に入った一冊の方を、本棚からつまみだす。

 その本のタイトルは『グリーンホタルと秘密の地下室』だ。

 見た感じ、幼児向けの絵本らしい。


 辞書を想起させるほど分厚い本の厚みに、重苦しい絵の数々。

 ……いやこれ、幼児向けじゃないな。

 さっきの言葉を、急いで訂正した。


「秘密の地下室……か、いいなぁ。”ロマン”ってやつがあるよね? うんうん」

 私はただ独りでぶつぶつと呟いて、そんな事を漏らす。


 それにしても地下室か、ロマンあるな。

 そう思う。……だってカッコイイですよね? 地下室とか。

 何か秘密とか、財宝とか隠されていそうで。


 まぁ私が住んでたあのあーーーやしい廃病院でもなかったんだから、あんな存在は幻想なのだろうけども。


 パタンと本を閉じて、書庫を出る。


「まぁよしと、……って。噓でしょ」

 気が付けば、書庫に入って数時間も経過していた。

 時間の流れというのは、こんなにも早かったか。

 そんな事を思いながら書庫を出た。


 ─────否。その前に、立ち止まった。


 違う。立ち止まるざるを得なかったのだ。

 なにせ、今、私が踏んだ床がドスンと音を立てて沈んだから。


「え? ……なにこれ」


 理解が追いつかない。

 一部分の床が、綺麗な正方形として抜け落ちたのだ。

 それは酷く脆くて、木製の床はばりばりと割れる。

 そして。その下には……暗黒が、石で造られた階段が続いていた。


 これって、まさか……。


「秘密の地下室⁉」

 胸がドキンと高鳴る。


 好奇心だけが理性を壊して、衝動のみで、本能のままに行動しようと嘲笑する。それは、私からしては魅力的だった。

 思わず、そのままその階段を下ろうとする一歩手前。

 感知する。


「─────これ、は………」


 微かに感じた匂い、音、光。

 それは紛れもなく、結界魔術式だった。それは外敵から身を守る為に、外敵にバレないように、魔術式というものを具現化して、そこに魔力を埋め込むことで半永久的に動作する(トラップ)である。


 外敵を感知すれば、それぞれで設定した処置が発動する。

 雷撃など、炎など、溺死させるために水を錯覚させるなど。

 効果は様々だ。でも、そんな低俗な技、私には効かない。


 当たり前だ。なにせ私は─────。いいや、それはいい。

 それは言い訳だ。なにせ、今、私は階段を下りるのを躊躇(ためら)ったのだから。


 何故だろうか。それは、分からない。

 ただ、暴走した本能が言っていたのだ。

 これは普通の結界魔術とは異なる気がする……と。


 異端。今まで生きてきた中で、こんな威圧感を感じたのは始めてだ。

 本能が入らない方がいいと言っているのだ。

 迎え撃つは”死”と宣言、断言しているかのように。


 この地下へと続くであろう階段は恐ろしい。


「なに、これ─────」


 奥からは据えた匂いが漂ってくる。

 嫌な匂い、鼻にツンと衝撃が走る様な感覚。

 あまり、良いとは言えない。


 ただ、奇妙。異端。その言葉に尽きる。

 私は少し恐怖して……。


 呆然とその場に立ち尽くしていると。

「ただいま、ソフィア……」

 玄関から、酷く低い声色でワタルの声が聞こえてきた。


「あ」


 ふと、こんなところで何をしているんだと我に返り。

 この場を後にし、私はワタルの所へと走っていった。

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