十二話【異常再来】
「────ェ?」
その一瞬。
全ては消失した。
ショッピングモール内から、明かりが消え去った。
「お、おい。ソフィア、なんだ……これ……」
「…………」
背後にいるソフィアに話しかける。
今のソフィアは殺意で溢れているが、まだ、冷静だ。
まだ、理性という概念を知っている。
大丈夫、まだ彼女は大丈夫だ。
「……」
しかし、彼女は俺のコトバに返答はしない。
そんな中、一秒の静寂のアト────────。
『ギャァァァァァァァァァァァァァ!?!?!?!?!』
ショッピングモール内に、様々な絶叫が振動した。
まるで壊れた楽器で演奏する不協和音。
意識が、点滅する。
それはまさししく、地獄そのもの。
酷く、気持ちが悪い。
今のは俗に言う断末魔の音だった。
音の元はドコカ……一階か?
「なぁ、おい! ソフィア、おい、聞いてるのか⁉」
「…………ええ、聞いてるわよ。聞いてるけど、面倒ごとに巻き込まれたわ」
「────は? そりゃあ、一体どういう事だ?」
────ざぶーん。
波の音が聞こええくる。
どこからかは分からない。
幻聴かもしれない。
だから、無視をする。
「人間に教える必要はない。だって今は緊急事態だもの。貴方が太刀打ちできるはずもない」
「全然分からん、全くもって意味が分からないぞソフィア」
白い悪魔は、コチラなど一切の視界に入れていないようだ。
彼女は、違う方向を見つめている。
────俺なんて、眼中にないっていうのか。
「……まぁともかく、よ。ワタル、危険だからここで待機していなさい。私がちゃちゃっと終わらせてくるから」
「はぁ…………?」
────俺なんて、無力だというのか。
脳が凍る。
そうだ、と肯定する。
そうだ、と非難する。
そうだ、と逃避する。
ああ、こんなにも普通で無力な自分が憎い。
そして、いつもに比べて格段に右腕が、イタム。
疲労は脚から胴、頭へと通過する。
「分かったワタル?」
「────いいや、分からない。俺もついていく」
「はぁ? 馬鹿な事言わないで、ワタル。貴方じゃ、アイツらと太刀打ちなんて出来ない」
それでも、彼女は俺を眼中に置かない。
────手を伸ばす。
「いいや、俺もついていく」
そう言った。だがしかし、その瞬間には眼前に彼女の姿はなかった。
一瞬にして、俺の目の前からの消失。
気が付けば、彼女は俺と遠く離れた場所で走っており、どうやら一階に向かっている様子だった。
これとはまた別だが、自室で着替えていた時と似た感覚を覚える。
人智を超えたその神速。よく、分からない。
何故、そんな速度を可能とするのか。
どうして、彼女をそんなにも速い速度を放出、出来るというのか。
「……お前って、本当に、何者なんだ」
独り言で、そして、アイツに語りかける様に呆然と告げる。
ただただ、驚くしかない。
これが所謂、性能差。
────ざぶーん。
波の音は未だ。
全くと言っていいほど、止む気配は見せない。
音は、一階から聞こえてきた。
耳がその絶叫の響く世界で、唯一認識し、唯一把握したもの。
その波の音のショウタイはナニカ。
それは、考えない事にする────。
「……」
まず、俺がどうするべきかを考える。
一階から聞こえる波、一階から聞こえる絶叫、一階に向かうソフィア。
これは間違いなく緊急事態である事は確かだ。
そして、これが人の仕業ではないのも、分かる。
だけど、それはそれ以上踏み込まない。
────だから、どうするべきかを考える。
冷静に、物事を判断しろ。
冷静に、慎重に動け。
冷静に、身の程をわきまえろ。
────否。
そんなんじゃ、何もできやしない。
ヒトにとって時間とは不可逆的な概念である。
一度後悔した事は、やり直せない。
今の思考であって、そうだ。
それを悔やむ事は出来るが、やり直しなど不可能。
ならば、毎秒後悔しないように全力を尽くして生きていくほかない────。
今も、そうだ。
「なら、俺がやる事は決まっている────」
たとえそれが、迷惑だとしても。
それが俺のお節介なのだから。
それが彼女の手助けを出来るならば。
それでいい。それで、充分だ。
「なら、俺がやる事は決まっている────そうだろう、志摩弥」
一階に行って、何かしているソフィアの手助けをする。
それが一番良い、これが俺の判断だ。
理性の演算結果である。
────俺は、ソフィアが向かった一階の階段の方へと足を這うように運んだ。
◇◇◇
暗闇の中を、俺はただ一人で走り続ける。
不思議と三階に人はいなかった。だから、おかげで全力で、ソフィアの後を追える。
────息が、枯れる。
階段が、遠く見える。
脚が、酷く重く感じる。
階段までは五十メートルもないだろう、だというのに。
脚は、言う事を聞いてくれない。
重く、錆びている。
筋肉が、意識に追いつかないのだ。
だが、それでもなお、俺は走り続ける。
────息を、大きく吸い込む。
────息を、ゆっくりと浅く吐く。
「くそ……」
まもなく、階段に到着した。ドアを開いて、階段だけが広がる世界に飛びこむ。
悲鳴が絶え間ない一階、そこに点在する人々が体験するその恐怖は計り知れない。
……今は、考えるのは、ヤメテオコウ。
階段では、まだ少し電気が通っているのか。
階段壁の横についている電灯が、点滅していた。
それは酷く不気味なサマ。
……吐き気がする。
……眩暈がする。
……右腕が、痛い。
思わず、決心したはずの俺も足を一瞬止めて────唾をのむ。
空気は凍り付いている。
常に運動していなければ、自分も、この空気の様に今すぐにでも凍り付いてしまいそうだ。そして。
────ざぶーーん、と。
遠く、又は、近く。未だに、波の音が聞こえている。。
その効果音が、俺の心に眠る恐怖を増大させた。
だが、ここで止まってなんかられるか。
俺なんかよりもいたいけな少女が、この先に走っていったんだ。
普通の高校一年生、志摩弥。
そんな俺が、止まってなんて、いられないだろう。
ああ、速く動け。
ああ、速く進め。
ああ、速く決めろ。
覚悟を、決めろ。
────もう一度、息を吞む。
そして、停滞しかけた脚を再稼働させる。
「────は、ぁ」
息が切れる。
しかしそんなのは、関係ない。
急げ、急げ、急げ、急げ。
俺は何段もの階段を一気に飛び越えて、また下の階段へと飛び越えて進んだ。
階段の踊り場に着地し、また下の階段の踊り場へと飛び越えて進んだ。
幾つ命が溶けようと。幾つ骨が折れようと。
────ただ、進む。鳥の様に、滑空する。
「────」
そうして、一階階段の広間に着いた。
この階段の目の前にあるドアを開ければ、それはショッピングモール一階へと繋がる。────ざぶーーん。
と、未だに波の音が聞こえてた。
だがそれと同程度の声量で。
絶叫が、断末魔が、鳴り響いていた。
『ギャァァァァァァァァァァァァァ”””””””””””””””』
『””””ヤメデェ”””””ェェェェェエエエエ!?』
そして、それは止む。
ぐちゃり、とか。
べちゃり、とか。
ばしゃり、とか。
そんな擬音語が似合いそうな音が聞こえた後に────。
それは、止む。
その一瞬にして、場は静寂に帰還した。
────心臓の鼓動が、高まる。
目の前に感じる。
己の未来。この扉を開けた先に待っている、志摩弥の未来。
それは、予想するのは簡単な事だ。
だけど、それを想像するのは────ムリだ。
死。そんなコトバが、自分の脳裏をよぎる。
手を見れば、両手が震えている。
脚を見れば、両脚が震えている。
耐え難い恐怖に苛まれて、死を悲観する。死を恐怖する。死を嫌悪する。
現実から、逃避する。
保身を、優先する。
────また酷く、右腕が痛む。
だが、覚悟は既に決めているのだ。
今度は俺が、理性から反する番。
「……ふぅ」
無意識の内に、背負っていたものを降ろしていた。
それは、長細い袋。中身は、真剣、日本刀だ。
……これがあれば、最悪何かに襲われても抵抗出来るしな。
確かに、これを持ってきて良かった。
母に、心から感謝をする。
────袋を開けて、中身を取り出して。
俺はソレヲ、左手に構えた。
さぁ、準備は整った。
進もう。
……鼓動する身体を抑制して、ドアノブに手をかけた。
『ギィィ……』
そんな腐った音を立てて、ドアが開かれる。
そして俺は、目撃する。目視した。
────鮮血に染まる、その惨劇を。
◇◇◇
「……あ?」
ソノセカイハ、ヒドクアカイ。
ココハ、ドコダロウ。
コレハ、ナンダロウ。
アレハ、ダレダロウ。
そこには、死体だけが世界を制していた。
それは、地面と化しており。屍の山が、否。屍の地平面が創り上げられていた。
……心臓の鼓動音さえも忘れる。
イキテイルとは、果たしてどんな定義だったか。
目の前の悲劇に、脳は思考するなと叫んでいた。
嗅覚は、ヒドクツメタク、ヒドクアツイ。血生臭さを感じ取る。
死。し、シ。
シ、シヌ、し、ヌ、シぬ。
……シ。
脳が、灼熱に焼けた。脳が、理解を拒絶した。
血の地平線はツメタク、そしてアツイ。
血生臭く、歩もうとすれば粘着性のある赤色のエキタイが脚を拒む。
歩行を拒む。それは、とてもアカイエキタイ。
────右腕が痛む。
イキテイル、シンデイル。
それらは恐怖だ。死とは、人生最大の恐怖だ。
それが生命という存在として、存在したからには生まれ持つ天性的な呪縛。
死。その絶対的恐怖。
ここは言わば、それに解放された者がいる場と言える。
ここは言わば、それに耐えきれなかった罪人のいる場と言える。
眼前の先に、誰かが対峙している。白と黒の、何かが。
視界はモノクロに。視界は暗転し。
その姿を漠然と眺め、そして身体は動かない。
何も出来ない。恐怖が、死が、己を支配する。
ココハ、ナンダ?
……世界が、凍える。
右腕が痛い。ああ、右腕が痛い……。右腕が、痛い───────────!!!
「……ァ」
ここにいるのは、なんだ。
ここに廃棄されているのは、ナンダ。
────脳が、シぬ。
「ガ、────ァ⁉」
脳が、凍死する。
脳が、破壊される。
脳が、歪む。
吐き気に眩暈。
唐突に、思考は現実を理解した。
ヒトが、シンデイル。
ああ、ああ、ああ、ああああ、あああああああ、あああああああああああああ。
人が、人が死んでいる。さっきまで、生きていたであろう、人が、人間が、死んでいる。さっきまで、えがお、で、いきて、いたかもしれない、にんげんが、しんでいる。シンデイル、シンデイル、シンデイル────!!!!!
脳死する。
心臓も停滞する。
だが、まだ────。
溺れてゆく。そんな感触を、唐突に覚えた。
深海に、それよりも深い、更に深い、深海に、沈殿する。
志摩弥が、深い深い闇の水へと、沈殿する。
溺れてゆく。
溺死、ただひたすらに溺死する。
原因不明の酸欠に陥る。
俺はただ眩暈がして、跪いた。
────。
脳が、働かない。
脳が、思考しない。
ただ、溺れてゆく感覚を覚える。脳にソレを、焼き付ける。
まずい、気が、ス────る────────。
眩暈は渦となりて、全てを溶かし、ろ過し、飲み込んでゆく。
「あ……?」
深海に沈む意識の中で、俺はソレを見た。
白い悪魔が、黒い悪魔と対峙している、その光景を。
そして思った。ああ、アイツは頑張っているというのに、何故俺はこんなにも無力なんだろうか……と。俺は、人間は、アイツらと同じ土俵に立つのすら不可能なのか。出来ないのか。対峙すら、出来ないのか俺は、と。
────ざぶーん、と。
また再び、波の音が聞こえた。
オレをシへマネクそのオトが。
ああ、もうダメ、か。
死ぬ。死ぬのは、怖い。
その時か、走馬灯の様に過去に見たニュースが蘇ってくる。
『────本日未明、或間町駅付近路地で溺死体が発見されました。発見された付近に河はなく、何故こうなったのか警察が今現在、原因を調査しています。或間町で溺死体発見されたのは、今月に入って五度目です』と。
溺死、河……水。
ああ、そうか。他のヤツらも、こうやってシンデイッタのか。
これが目の前いるバケモノの力、か。
ふと、想う。
死。という近づいてくる逃避できない恐怖と絶望の渦に苛まれながら。
絶望という不幸を。ただ一人で味わい、体感し、傍観して。
ただ、死ぬのか。
俺も、そんな溺死体と同じ様に、死ぬのか。スライム状……に、なって。
生前の形など、思い出など、出会いなど、存在を、存在意義を、存在証明を、全てが虫のように潰されて。無様にも、無力感を味わいながら。
死ぬのか。
ふと、想う。
死にたくない。ああ、死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死に死にしにシニしニニニシシしシシシニシヌしヌシシシシニたくない。
ノイズが走る、脳内に激痛が通過する。
────死にたくない。
そのコトバを、繰り返す。ただただただ繰り返す。
死ぬのを待って、死ぬのを悲観して諦観して。
意識が薄れてゆくのを、感じる。
意識が現実から遠のいてゆくのを感じる。
感覚が麻痺して、最早痛みすら感じない身体。
ああ、嫌だ。
これが、死ぬという感覚か。
恐怖に震える。ただ、震える。
────最後に、想い返す事はないか。
……ない。いいや、それは酷くつまらない、面白くない嘘だ。
脳裏には出会ってまだ一日未満の女の姿が浮かんでいる。
アイツの笑顔が、アイツの身体が、匂いが、全てが。
白い悪魔の姿が、脳に直接焼き付いて離れないのだ。
眼前にも、ソレハいる。だけど、届かない。
その前に、俺は─────だろう。
これが、本当の走馬灯、というやつか。
悲しく思う。
死にたくない。
そう思う。
脳裏には、彼女の笑う姿があった。だがそれは、今日だけの思い出。
今日つくった思い出。その情報も、俺が死ねば全て消える。
彼女にとって俺は、まだ他人だ。たとえ俺が死んだとて、数時間あれば忘れられる程度の存在だ。
「─────ぁ、っぁ」
頭痛がする。右腕がよりイタム。
現実に理想を叩き付けて、その上から現実で押し潰されたかの幻痛。
現実とは理想に最も遠き存在。だからこそ憧れる。遠いからこそ、理想なのだ。
生きていたい。そんなつまんない理想を、痛感する。
「─────っ、─────ぃぁ……!」
声を捻りだそうが、無謀。
彼女の行動に干渉するなど、人間の身にて考えるには思い上がり過ぎている。
全ては、俺の行動は、無意味だったのだ。
意識が虚ろに。今や生きているのか、死んでいるのかすらも分からない。
視界は、もう遠い。見える範囲にはない。
そして、ふと想う。なんで、俺は、こんなにも”死”を怖がっているのだろうと。
それは、俺の思考ではなく────理性から放たれたコトバでもなく。
ただの情報が、オレに告げているだけだった。
ただの、事実を。
なんでだろう。なんでだろう。
なんでだろう。なんでだろう。
なんでだろう。なんでだろう。
なんで、なんで、なんで俺はこんなにも死を怖がっているのだろう?
『オレハ既に、一度、死んでいるというのに────』
直後、脳がまた壊れた。唐突に、現実へ引き戻される。
ああ、そうだった。死ぬことを乞うなんて、俺にはユルサレテイナイ。
────拍動が摩耗ゆく。
より一層、腕が、いた、ん、だ────。
刹那。俺は満たされた。
「ァ、────」
何かが、崩れる音がする。
溺水に、アカイ光が透き通り破壊する。
暁の光が俺の右腕を起点に発光した。
「────ァ、ダ……」
昨夜に酷似した感触。
だが、アレよりも濃く、深く、深淵に近く。
これは、確実に俺を飲み込んでゆく。
理性が溶ける。
生命が消失する。
そして。世界は、赤く浸透した。
────ァ、世界崩壊の音が聞こえる。
定義が、訂正された。
この世の理が矛盾する。
それを、志摩弥は視認した。自認した。
眼前には人の脚らしきものを食いながら立ち尽くす黒塊がいる。
「────ァ、ァァア」
零れる命は凍えて、暖を取ろうと命を狩る。
ソレハ能動的に、本能的に。そして、刹那。
────日本刀を厳かに天へと振り上げて、俺は天使と悪魔の対峙に介入する。
「────殺す」
脳が叫んで、己の右腕が赤く充血した。
酷い痛みだ。だが、これは、我慢出来る。大丈夫な激痛。
脳が酔いしれた事実を促す。
これは錯覚でもなんでもない、ただの事実。
原因不明の”酔い”を感じた。
だが、そんなのはこの脚を止める原因には至らない。
「……ゥ??」
「ワタル⁉」
天使と悪魔、それぞれの声が聞こえる。
だが俺は、ただ、眼前にいる悪魔だけを眼中に。
ただ、左手に眠る日本刀を振るう。
右腕は背後で歌っている、赤色の淡い光を放ちながら。
────ザシュン。
そんな音と共に、目の前の黒塊を切り裂く。
「……⁉」
だが、ソレハ止まらない。
その黒塊、いや、昨夜見たのと同じような、黒いローブの何者かが。
己を穿とうと、腕を高速で差し向けてきた。
だが、問題ない。
アカイロにトケロ。
己の右腕を前に突き出した。
同時に。俺の右腕を起点に、赤黒の風が発生し黒塊の腕を粉化させる。
原理は不明。だが今は、使えれば良い。
────もう一歩、踏み出した。
一度で死なないというのならば、もう一度殺すだけだ。
日本刀を持つ左手に、より力を込めて一撃を与える。
それまさしく一撃必殺。
「乖離やがれ……っ!!」
「────ガァ”””””””””””””””””””””?」
─────グシャァ!
斬殺音が断絶する。
そして、ソイツは俺のアカイロの世界に呑まれながら。
跡形もなく、完全に、消失した。
「……」
「────ぁ、はあぁっ……っ」
辺りは血の海。
その中で、俺は倒れ込む。
ソイツを倒した瞬間に、身体中から力が抜けてしまったのだ。
左手も例外ではなく、手から離れた日本刀は宙に舞って落下する。
今、のは、なん、だ。
────頭に、ノイズが走る。
今の力は、紛れもなくナニカ。
これじゃあ、ソフィアに言い訳なんて出来ない。
だって、仕方がないじゃないか。
……俺だって、何が何だか分からないのだから。
分かる事は、この力を行使すれば我を忘れてしまう。
それだけ、だ。
能動的に、理性的に、合理的に動く事は、出来ない。
俺は血の海を泳ぐ魚の様に、倒れ込む。
「……ワタルっ⁉」
「げほっぉ────はは、は、どうし、た。ソフィア、」
吐血しながら、駆け寄ってきた白い悪魔に話しかける。
肺が痛む。
「どうした、じゃないわよアホ。これじゃ、貴方死ぬわよ……っ!」
「はは、は────そりゃあ、参った」
肺が痛い。正直な話、しゃべっているだけでもカナリキツイ。
だけど、ダメだ。
ここで死んでは、ダメだ。
というか、こんな所で死んでいられるかって話だ。
「────っ!」
身体中を流動する激痛を堪えながら、血の海から起き上がる。
それを白い悪魔は、いかにも心配そうな目つきで見つめてきた。
ああ、それはダメだ。
「ワタル……無理に起き上がったら、ダメ……」
「だい、じょうぶだ。問題ない、って」
再び吐血するが、なんとか持ち堪える。
「ワタル────!!!!!!」
「大丈夫、だ」
更に彼女は俺の肩を掴んでそう言うが、俺は手を出してそれ以上はいいと伝える。
今は、それよりも大事なコトがある。
聞かなければいけないコトが沢山あるんだ。
「それより、も、だ。聞きたいコトが、あるんだ。いいか?」
「良い、いいけど……も、それ、優先順位間違ってるわ。まずは貴方が生きる事がサキよ。ちゃんと生き返ったら元気になったら、なんでも教えてあげるから……!」
「……いいや、待てない。出来るだけ早くしてくれ」
「────」
彼女は黙り込む。
ああ、出来ることならば、強欲だが、もう少し早く返答が欲しい。
本音だけど、今は、立っているだけでツライ────。
「分かった、分かったわよ。ワタル、でもせめてワタルが安静に出来る場所に移動しましょ⁉」
「ああ、そりゃ……さんせ、い……だ……」
ああ、こりゃまずい。
立っていると、不意に急激な眠気が襲い掛かってきたのだ。
多分、酸欠か。それとも血の不足か。
それは、わからないけど────俺は、それに抗う術を残してはいなかった。
意識は、闇のセカイの中でとうとう曇天に沈む。
「ワタル⁉ ワタ────ワタル⁉ ……ねぇ…………ぇ……いて……きて……─────────」
彼女の声を微かに感じながら。
俺は眠りについた。




