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十一話【白い悪魔と共に】

 今日の或間町は、いつもの様に寒かった。


「やっぱり十一月て寒いな」

「……そうね」


 隣には、白い悪魔が歩いている。

 その姿だけに注視するならば、天使と表してもあながち間違いではないだろう。

 白髪に黄金の瞳。それだけで、それは一般人を凌駕する。


「……」


 志摩家を出て、住宅街を歩く。

 志摩家は住宅街がら少し離れた竹林の中にあるので、住宅街に出るのも少し苦労する。まぁ、徒歩五分程度の苦労だが。


 それにしても、今日は風が強い。

 ────ひゅう、ひゅうと勢いよく風が吹くものだから、前髪が吹き飛んでしましそうだ。


「ソフィアは、寒くないのか?」

「そんなに、だって私は天使だもの」

「そうか」


 何が”だって”なのか。

 そう思うが、それに対しての質問はしない。

 ただ空返事をするだけだ。


 住宅街は、最近……確か、五年前の都市開発で出来たばかりなので必然的に、そこに建っている家も新築ばかりでかなりキレイに仕上がっている。少し羨ましい。

 志摩家の様な古臭い和風の家は今時珍しい、味があるから今の家に別に文句があるわけではないが。


 だがやはり、新築の家には憧れる。

 ロマンというか、志摩弥の嗜好性というか。

 新築の家を見て、俺はいいねと頷いた。



「……うん! 憧れるなアレ」

「急にどうしたのワタル? 気持ち悪いけど」

「────」


 ……コイツ、白い悪魔じゃなくてドス黒い悪魔とでも呼んでやろうか。

 静かに、彼女を一瞥して思う。


「?」

「……なんでもないよ、ただの独り言」

「ワタルって、もしかして喋れない系男子? 会話苦手?」

「……え? なんだそりゃ、別に俺は喋りが苦手な訳ではないよ。ただ、気が乗らないだけで」


 それと、コイツといると気が狂う。

 ────いい意味でも、わるい意味でも。


「……ああ、そうだ俺の事なんかより聞きたい事があったんだ」

「聞きたいこと?」

 今、ふと質問したかった事を思い出す。


「そうだ。……俺のスマホが入った学校のカバン、アレ。俺は学校に置きっぱなしだったと思うんだけど___。何処で手に入れたんだ?」

 そう、そのコト。


 俺のスマホや学校の教科書、参考書が入ったカバン。

 それは確かに、学校に忘れていってしまったはずだ。

 ……なにせ、オレは昼休みに手ぶらで学校から抜け出してしまったのだから。


「えーと。確かね、ワタルと同じ、学生服? ってやつを着ていて、青髪でガッチリした男の子で、ワタルの友達だっていう人が今朝持ってきてくれたよ」

「青髪で俺と同じ秋葉高の制服て……」


 そりゃあ、誰だかは絞られる。絞られすぎる。

 秋葉高で青髪のガッチリした男なんて容姿の奴は、一人しかいない。

 奴だ。それは間違いなく、俺の竹馬の友である土佐学(とさ まなぶ)だ。


「なるほどな」

「誰だかわかったのワタル?」

「まぁ、そうだな。なんていうか、昔からの友達だよソイツは」

「じゃあ、後でちゃんと”ありがとう”って言ってあげるんだよ♪」


 それは、お前に言われるまでもないさ。

 そりゃあ、当たり前の事だ。


「分かってるさ」

 俺は首を縦に振る。


「そう、ワタルもそれぐらい分かってるんだ。私、ワタルがあまりにも失礼だったから、そういう常識が欠如してる人なのかなって思ってた」

「……お前って、俺の事をなんだと思ってるんだよ」

「非常識で、失礼な人間、かな?」

「……はぁ」


 悲しきかな、母さん。ごめん。

 俺のせいで、志摩家の評判は下がってしまったかもしれない。

 紺碧を仰ぐ空を眺めて、母さんに心の中で謝罪。


 そうこうしているうちに、俺たちは住宅街を抜けて。

 或間町駅の付近に近づいていた。


 ◇◇◇


 ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤと騒音が鳴り響く。

 それには人の声、電車の声、車の声、町のビルの電光掲示板に貼られたCMの声。様々な町の声が含まれていた。


 或間駅付近は、広場や公園、商業施設が広がっていてかなりの賑わいを見せている。

 この辺りで溺死体が見つかる怪奇事件が起こっているというのに、なんともまぁ町の住民は気楽なものだ。


 ────と言ってる俺も、気楽にこんな行動をしてしまっているが。


「ここまで来ればショッピングモールに着いたのも同然だな」

「そうなの? 私、あまり人混みがあるところには行かなかったから……ここら辺の地理は詳しくないんだよね」

「あれ、ソフィア。もしかして人混みが苦手だったか? それは、ごめん」


 まずい、それは流石に失策だったな。

 というか俺もこんな目立つ長細い袋を背負っているのだから、もう少し人目につかないところに行くべきだった。

 自分の計画(プラン)に、後悔を持つ。


「いや、ね。そういうわけじゃないんだけど……」


 すると、ソフィアは両手を自身の後ろに隠して、気まずそうにそう言ってきた。

 これはアレだ。触れちゃいけないやつ。アレだ。

 言えない秘密ってやつだ。


「そうか……。でも、別に人混みが苦手ってわけではないんだな?」

「え? あ、うん! 別に、人混みに苦手意識はないよ」

 そうか。なら良かったと安堵の息を吐く。


 ここまで来てそれだったら、また別な所に行くのに手間が掛かるからな───って、何を考えてるんだ俺は。別にこれはソフィアの為に、外出した訳じゃなのに。

 何を浮かれている俺は。


「……よし、じゃあショッピングモールに行こう。もうすぐだ」

「ええ、分かった」


 彼女は少し、真剣な眼差しであった。

 何か見つけたのだろうか。

 だがそれは、俺には知る由もない事だろう。気にせずに、俺はショッピングモールへと足を運んだ。


 ◇◇◇

 ショッピングモール内部に入る。

 中はやはり、かなりの混み具合だ。


「あちゃ、こりゃかなり混んでるな……」

「でも、別にそれは悪い事じゃあないでしょ?」

「……それも、そうだな」


 別に悪い事じゃない、そうだな。

 俺も人混みが苦手な訳でもないしな。

 だがしかし、やはり周りの視線が気になった。


 このショッピングモール内を闊歩し、俺らを通り過ぎてゆく者達は。必ずと言っていいほど、俺の背負っているものか、この美人に一回は目を寄せる。


 ったく、その視線は正直苦手だ。

 だが、ここは公共施設。いちいち、そんな事を気にしていたらキリがない。

 それについては、諦めよう。


「さて、ソフィア。どこに行く?」

「何処に行くってワタル……私達もうショッピングモールにいるじゃない」

「え? いやいや、違う。このショッピングモール内の、どこの店に行くかって話だよ」

「え?」


 白い悪魔は、少し天然なところもあるんだろうか。


「えーーと、だな」


 俺はショッピングモールに入る時に取ったパンフレットを眺める。

 それには、このショッピングモール内の立体地図と、階層ごとの店舗が記載されていた。ありきたりなパンフレットだ。


「いいや、説明するのは大変だ。これを見てくれ」

「う、うん……?」

 そう言って、俺はソフィアにパンフレットを手渡しする。


 このショッピングモールは、ショッピングモール言うだけあって多種多様な店があるのだ。店があるフロアだけで五階、その上にあるのは二階層分の立体駐車場だ。

 まぁ、ともかく全部回るのは、一日では到底不可能。


 それをしようとするのならば、それはあまりにも疲れる。

 地味に病み上がりの部活動にも所属していない高校一年生の俺にとっては、多分、まさに地獄そのものだろう。

 歩くのは、体力の必要な動作なのだから。


 ソフィアは、俺が渡したパンフレットを熟考していた。

 どうやら、本当にこういう場所に来たことがないのか。

 これはかなり驚く。


 コイツ、一体どんなお嬢様なんだろう。

 そんな思考を、我が脳内で膨らます。

 そんな事をしている内に────。


「……ぇ、ちょっと、ねぇ? 聞いてるワタル?」

「え? ああ、ごめん。考え事をしててさ、聞こえてなかった」


 ソフィアが、話しかけてきた。

 どうやら、行きたい場所とかは決まったようだ。

 そんな中、ふと思う。なんで俺は、自分の為にこのショッピングモールに来たのに店をソフィアに選ばせているのだろうかってな。


「……ったく、やっぱり最近の俺、どうかしてるな」

 心底そう自覚する。

 あのバケモノに頭をオカシクされちまったのだろうか。

 いいや、自虐するのは後だ。今は、目の前で頬を膨らましている白い悪魔の話を聞こう。


 白い悪魔ことソフィアリード・グローリーは、何故か頬を膨らまして拗ねていた。


「やっぱりワタルって、失礼なニンゲンよね」

「はぁ、俺は善人……いや、一般常識を身につけた普通の高校生なんですが」

「ふーーん、ならちゃんと私を聞いてよね」

「……ああ、ごめん。その事については謝る」


 ソフィアの言葉で、なんでコイツが頬を膨らましていたのかを理解して謝る。最近の俺、謝ってばっかりな気がするのは気のせいだろうか。


「……ごめんって!! 謝るから、許してくれ」

「むーーー。まぁ、特別に許してあげるわ。ああ、あと行きたい所なかったから────」

 そう言って、彼女はパンフレットを投げ渡してきた。


 俺は落としそうになりながらも、しっかりと受け取る。

 まぁなんとも乱暴なこと。


「分かった。じゃあ俺が────」

 ソフィアが行きたい所がないというもんだから、俺は喋り始めて。

 俺が決めるよ、と言おうとした。


 だがしかし、彼女のコトバは止まっていなかった。

 まだ、続く。そのコトバが。


「だから、全部の店を回りましょ!」

 ────と、な。


 その最悪な提案に、俺の脳内はただエラーと言い続けていた。

 だがしかし、彼女のその屈託のない笑顔に俺は負けて、大きくため息を吐く。

 そして。


「なんて無茶なんだ……」

「ん? ワタル、何か言った?」

「いいや、なんでもないよ。良いよ、その提案で行こう」

 その笑顔は、ズルい。


 俺は、その提案を、了承した。

 そうして、俺の、俺たちの波乱のショッピングモール一日回りが始まるのだった────。そして、その過酷さを前に俺は後悔するのだった。


 ◇◇◇


「はぁ、はぁ、はぁ────、あ、……おい。少し、まて、この、や、ろぅ」

「あれ? ワタル、遅くなーい? もう疲れたの?」

「まぁな、一般の高校生でも俺は底辺の体力持ちなんだよ。だからこれは、かなりキツイ」

「うーーーん? 気合いで頑張りましょ!」


 言い訳は無意味。

 あれから三時間、俺は一階、二階、三階の店をこの白い悪魔に引きずられながら見ていた。あくまでも見ているだけだ、堪能できる時間と暇と体力はない。

 少し見て、はい次。ってな、もはや作業だ。


「いやぁ、辛すぎる。流石に、すこし、休もう。辛すぎる────」

「ふんふふーん」


 ソフィアに手を引かれながら、後ろで弱音を吐くがそれも無意味。

 白い悪魔は鼻歌を歌い歩いていて、俺の弱音(こえ)など一切聞こえていないようだった。いや、わざと聞いていないフリをしているのかもしれない。

 だが、それは俺には知る事が出来ない事。


 今の俺がするべきことは、コイツの闊歩に全力でついていくだけだ。

 言っておくが、コイツの闊歩は俺にとってとても速い速度である。


 俺はもう既に息切れてしまい、咳の嵐に巻き込まれていた。


「ゲホッ……、う、えぁ……」

 肺に十分な酸素が送られていない。

 今は軽度の酸欠状態であろう。


 ぜぇぜぇと俺は息を吸って吐いてを繰り返し呼吸を整える。

 その間も、俺はソフィアに手を引っ張られていた。


 なんだ、この地獄は。

 なんだ、この悪魔(てんし)は。


「ねえもう、早く行くよ? ついてこなきゃ、おいてっちゃうかも?」

「────げほっ、待て、と、いっている。すこし、疲れた」

「はいはーーーい、なんにも聞こえなーーい」

「────」


 ソフィアは俺が待て、と言っても目を瞑って聞こえていないフリをしてくる。

 これじゃあ、埒が明かないというものだ。

 本当に、休憩なしでこのショッピングモール内全店舗を回らなきゃいけないのだろうか? それ、あまりにも無謀だ。


「諦める……か……」

 呟く。


 ナニヲアキラメル? のか。

 そりゃあ決まっている。休憩を取ること。

 それを諦めるのだ。


 俯きながら、ソフィアに連れられて歩いていると。ふと、彼女は足を止めた。

 俺は思わず顔をあげる。


「ここって、ゲーセン? ってやつだっけ?」

「ん? あ、ああ。そうだけど……」

 眼前にある店は、ゲームセンターだった。


 沢山のユーフォーキャッチャー、アーケードゲーム、プリクラなどが並んでいる。それと、ゲーセン特有の馬鹿でかい騒音がこの一帯で響いていた。

 その事に、今更気付く。


 そして。ソフィアの顔をこっそりと一瞥すると、興味津々の眼でそれを見つめている表情が目に入ってしまった。

 ああ、眼がまぶしい。

 そんな事を思う。


 というかわざわざ、ここで足を止めるって事は────。


「ゲームセンター、行きたいのか?」

「え? いや……そんな事はないけど────」

 だが、その言葉とは裏腹にソフィアの顔はまさしく、YESを指していた。


 なんとも分かりやすい天使野郎なのだか。

 ポーカーフェイスが下手すぎるだろう。


「あーーー、じゃあそうだな、入るか」

「……え? あ、え? わ、ワタル?」

「早く来い白い悪魔! さっき連れ回された仕返しだ!!」

 彼女は中に入るのをためらっている。


 だから、俺が手を引っ張って彼女と共にゲーセンへと足を運んだ。

 そう、これは先程連れ回された仕返しである。

 ────別にソフィアを恨んでいる訳ではないが。


 これは、まぁ、アレだ。

 コトバノアヤってやつ。


「わぁ……、ゲーセンってこんな感じなんだね」

「? まぁ、そうだな。こんな感じだ」

 コイツは人混みな所にあまり行ったことがないと言っていたし、ゲーセンへとかも行ったことがなかったりもするのだろうか。


 白い悪魔。否、美しい真っ白の白鳥は。

 興味津々なその黄金の瞳で、様々な筐体を眺めていた。

 その姿の美しさに、俺もすこし見惚れてしまいそう。


 ────ったく、馬鹿か俺は。


「……はぁ、でも、そういえば俺は手持ち無沙汰だったんだよな」

 自身のカバンから財布を取り出して、中身を見て失念する。

 俺の財布には、四百三十二円しか入っていないのだ。


 ああ、貧乏神だな俺は。

 これじゃユーフォーキャッチャ-で景品をとるのとか、出来ないな。


「どうしたのよワタル?」

「いや、少しな……あまりお金がなくてだな」

「あ、そうだったの……」


 ぐぬぬ、彼女のユーフォーキャッチャーを見ながらちょっと悲しそうにした眼光を見て自身の無力さに腹が立つ。

 わざわざ俺が連れてきてやったのに、何も手に入れられずに帰るとか、何もやらずに帰るとか、有り得ないだろ。ふざけんな志摩弥(オレ)


 コイツは、こんなにも興味津々だというのに。


「いや、でも問題ないようワタル? 別に私、こういうのやりたいわけじゃないし……」

 噓だ。それは、あまりにも分かりやすすぎる噓だ。


 ソフィアは、俺の事を気遣ってそんな事を言ってくれたのかもしれないが。それは、あまりにも分かりやすすぎる噓だった。

 心が痛む、ダメだ。────それじゃあ、ダメだ。


 噓というのは、時に素晴らしいものだが、それと同時に、時に悲しいモンだ。

 この現実に生きていく上で、必要な技術(スキル)でもある。

 だから、噓をつくのは悪い事じゃあない。


 だけど、自分にだけの不都合の噓は、ダメだ。

 それは、面白くもなんともない。見ていて、悲しくなるだけだ。

 ────それじゃあ、ダメだ。


「────ああもう! やめだやめ!」

「…………え⁉ きゅ、急に……ど、どうしたのワタル」

「噓をつくなって言っているソフィア。それは、全然面白くないし。嘘をついている自分だってつまらないだけだろう?」

「うそ、なんて、ついてないよ……」


 また、それだ。

 また、コイツは嘘をつく。

 嘘をつくことは悪い事じゃあない。

 だけど、それじゃあダメなのだ。


「ついてるだろ、どう見てもさ。……あのゲームがやりたいんだろ?」

「────────うん、そうだけど……」

 その答えは、イエス。


 因みにだが、あのゲームとはユーフォーキャッチャーの事だ。俺は、それを指差してそう言ったのだ。


「しかし、生憎だが俺はそれで景品を取れる程の金は持ってない」

「うん、やっぱりそうだよね…………」

「────だから、だな。その代わりにガチャガチャというものをやらせてやる」

「え?」


 また、どこかで見たように。

 彼女は目を点にした。

 なんでって、そんな目をしている。


 ああ、その瞳は不味い。

 俺にとって、それは麻薬だ。


「……いやただ、だな。お前のその、自己矛盾の噓がつまらなかっただけだ。あのな、つまらない嘘はつくなよソフィア。自分がしたい事はシャキッと言った方がスッキリする」

「……う、うん。そ、そうだね」


 そう、矛盾している。

 己と本能と矛盾している。

 自分がやりたい事を欺く────それは、その人を見ている人からしたら、とてもつまらないものに仕上がる。


 自分の本能(したいこと)に従う。

 それが、理性を持つ人間である前に存在する、生命(いきもの)としての前提だろ。

 この発言をする俺が、それに従えているかは分からない事だけど。


 それは、とても大事なことだろう。


「とりあえず、だな。早くガチャガチャコーナーに行こう」

「え? あ、ちょ────」


 俺は無理矢理気味に、彼女をゲーセンの端っこにあるガチャガチャコーナーに引っ張った。


 勿論、分かっている。

 これじゃその根本的な問題は解決しないだろと。

 でも俺には、そんな事を解決する力はない。

 俺の限界が、コレだ。


 いいや、今はそんな事考えちゃダメだ。

 取り敢えず、今を楽しむんだ。


「……よし、この中から適当に探してくれ」

「う? うーーん? うん、分かったわ!」

「────」


 彼女はそうして、縦積みされたり横に並べられたりしているガチャの羅列を眺め始めた。ショッピングモール内の現代では最早珍しいまぁまぁな大きさのゲームセンターだからか、ガチャの種類はかなりある。

 これは、悩むだろうな。


 そう思う。


 ────案の定、彼女は悩みまくった。

 だがそれは、予想以上に長く、決めるだけに約一時間が経過する。


「ワタル、決めた!」

「や、やっとか……」

 はぁ、と少し呆れる。


 彼女が指をさしたガチャは、何の変哲もない犬のストラップだった。

 まぁなんでこんなものが、と思う。

 可愛いに需要あり、て所だろうか。

 それにしても……値段は三百円、と。まあまあな高額ですこと。


「まぁ何もないで帰るのよりは、いいか────」

「うずうず」


 隣では変な擬音語でガチャるのを待つ白い悪魔の姿がある。


「おーけーおーけー、分かった。これでいいんだな?」

「うん!」

 俺はガチャのコイン挿入口に、百円を三枚入れた。

 ガチャは、コイツにひかせてやろう。


「で、だ。ソフィア、ここを回してみてくれ」

「う、うん……」

 ────彼女がガチャを回す取っ手に手をかけて、優しくぐるりと回転させた。


 すると、ゴトンと音を立てて。

 それは落ちてくる。


 ソフィアは勢いよく、それを取り出す。

 赤色のカプセルに、包まれている。

 それを白い悪魔は取り出すや否やきゅっと回して、中身を取り出した。


「あっ! 可愛い!」

「────」


 それは、何も変哲もない犬のストラッ────否。

 それは、二足歩行状態の犬のストラップだった。

 こんなの始めて見たと、少し驚く。


 再び否。

 少しどころじゃあない、なんだこりゃ。

 絶句した。


「えーーと、なんだそれ」

「……分かんない。でも、かわいいよ?」

「え? か、可愛い? うーーん」


 俺はガチャについてきた説明書を見る。

 そこには、この商品は載っておらず。────ただ、ここに載っていないシークレット犬がいるよとだけ記していた。


 つまり、これは。


「シークレット、犬、なのか」

「それって、運良いのかな? シークレットって事は、運いいよね? ……私、やっぱり運が良いみたい」

「そりゃ良かったな……」

「なによもう、塩対応ワタル」


 ────。

 取り敢えず、このガチャによって俺の数少ない資金は徴収されてしまった。残り残高は、百円程度。これはもう、帰るしかないだろうな。

 まぁ色々な店を回る事が出来たのだし、物足りなさはもうない。

 というかここで一時間も、待っていたからな。


 そろそろ、足に疲労が溜まってくる。


「もう外も暗くなってくる頃だし、帰ろうソフィア。ああ、後それとだな。俺は塩対応じゃなくて、ただ冷静なだけだからな」

「……そんなのただの言い訳にしか聞こえませーーーん」


 そう言うが、ソフィアは両手で耳を塞いでそんな事を言っていた。

 ……でもそろそろ本当に帰らないとな。そう思う。

 ゲームセンター内部に取り付けられた壁掛けの時計には、午後四時四十分。

 後十分もすれば、外は完全に陽が落ちて深淵と化す。


 そんな思考を一人で交わしていると、ソフィアが両手を耳から話して、今更俺の話に返答した。


「まぁ確かに、そろそろ帰らなきゃいけないわね。陽が沈んだ闇は、面倒な奴らが溶け込んでいたりするものだし。私も余計な手間は食いたくたいもの」

「────? ま、取り敢えず早く帰った方が良いってことだよな」

「ええ、そうよ」


 多々意味が分からない所もあるが、ソフィアもそう言う事だしな。

 なら、早めにここから出るに越したことはないだろう。

 俺とソフィアは、ゆっくりと足を動かし始めてゲームセンターの外に向かった。


 俺が背後へ振り向くと、そこでは白い悪魔が二足歩行する犬と睨めっこをしている現場を目撃したとか、しなかったとか。

 睨めっこというのは、嘘であるが。

 ただ、ソフィアが二足歩行の犬のストラップを眺めながらニコニコしていただけだ。


 ◇◇◇


 ゲームセンターの外に出る。

 それはショッピングモール内の三階だ。

 ああ、いち早く出よう。


「なぁソフィア、楽しかったか?」

「え? あ、ええ。中々に面白かったわ。人間の娯楽っていうのを、理解出来た気がする。ま、全部の店は回れなかったけど」

「……は? って、ああ、そうか。そうだったな。後ソフィア、今日回れなかったところはまたいつか回ればいいじゃあないか」

「ま、そうね……」


 一瞬、本音の反応が出てしまったが。

 確かそうだったな、白い悪魔ことソフィアは天使という設定だったっけか。

 俺は忘れていた今朝の記憶を呼び戻した。


 ────。

 ああ、今日は楽しかった気がする。

 そんな事を、高い高いショッピングモールの天井を眺めて想う。

 波乱の一日だったな。


 俺はまた、一歩踏み出した。

 その瞬間だろうか────────。


 ────────────白い悪魔が、俺の肩をがっちりと掴んだ。


 ────心臓が、揺れる。

 意識が、肩のみに集中する。


 ああ、なんだ。

 ああ、なに。

 ああ、わからない。


 なんでか、分からなかったけど。

 背後から、殺意、殺気を本能が感じ取ったのだ。

 動くな、動いたら死ぬ。そう言うかのように。


 ────肩が、更に強く掴まれる。

 痛い。痛い。痛い。痛い。


 なんだ。何が、起こっている。

 なんだ。何を、しているのだ。

 なんだ。何が、したい。


 ……背後から、殺気を感じるのは一秒すぎても変動せず。

 俺の理性(じせい)は効かずに、本能が勝手に行動した。

 まだ理性がカケラほど残っていようが、そんなのは無意味に等しく。


「……お、おい。どう、した」

 思わず、俺はハイゴへ、振り返る。


 そこには────────。

 先程の雰囲気など想起出来ない。

 先程の雰囲気など消し去られる。


 そんな殺意の衝動にまみれた黄金の瞳があった────。


 ────心臓の鼓動は、遅く。

 志摩弥は、死んだ。と脳が刹那に解釈する。

 身体は反射さえも追いつかない、脳が推測としてのみ解釈する。

 否、事実をただ感知した。


 ────違う。それさえも誤りだ。


「やっぱり、もう来た……か。ワタル、止まって、動かないで」

 彼女の殺意は、俺に向いている訳ではなかった。

 それは、何処に向いている殺意(モノ)なのか。

 それは、俺には知る由もない事だ。


 だけど、だが、これだけは、分かる。

 これは、ただの少女が放つことの出来る殺意ではなく。

 まさに復讐だけを目的とした殺人鬼程、執着性のあるモノに似ていた。


 オマエハ、ダレダ……?


 そして。

 彼女が俺にそう忠告か命令か分からないアイマイなコトバを放った瞬間。


 ────ショッピングモール内の明かりが、全て消失(きえ)た。

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