十話【日本刀】
「あ、あのーーワタル?」
「────」
俺は今、居間で立っている。
その眼下には、ソフィアが正座をしている姿がある。
────先程、俺の命綱がコイツによって壊されてしまった。
だから、こんな事になっているのだ。
「あのーワタル、ごめんね?」
「……」
俺は、言葉が出てこない。
怒りより、ショックの方が大きかった。
簡単にネットに触れられない、メールを送れない。
それが俺にとって、どれだけな大問題なのか。
それは言わずとも分かり切っていること。
だが────。
「……はぁ、別にいいさ」
俺は、けだるくため息を吐く。
そう、別にいいのだ。
いや、別にいいって程ではないけど。ここでソフィアを怒ったところで、どうだ?
このスマホが壊れた事実は変わるのか?
このスマホが直るとでも言うのか?
断じて、否である。
だから、ここで怒りに任せてソフィアを叱るのはあまりにも品性に欠ける行動だ。まずは、冷静にいくのが人間のやり方。
それが、我らに備わる”理性”の意味なのだから。
「……許して、くれるの?」
「……ん、んん。まぁ、仕方がない事だしな」
魅力的な上目遣いで、ソフィアは聞く。
むむ。そんな聞き方では、許さないという方が難しい。
まぁ別にいいのさ。仕方がない事だ。
これが現実だ、それにコイツは俺の命の恩人でもある。
その借りは、これでチャラにしてもらおう。
「────ただし、条件付きだ」
「条件? どんなの?」
「ソフィア。おまえは俺の命の恩人だ。借りがある。その借りを、この一件を許すからチャラにしてくれ」
「……? それだけ?」
ソフィアは目を点にする。
やはり、その条件は重すぎただろうか。
命を救ってくれた事と、携帯を壊した事。
どうやっても、釣り合わないし。
やっぱり、ダメだったか。
そう思うと────。
「じゃ、それでいいよ。チャラにしよ、私もそっちのほうが気楽になれるし?」
「え? あ、ああ。本当にそれでいいのか?」
驚く。
まさか、了承してくれるとは思ってもおらず。
俺は何故かもう一度聞いてしまった。
「うん、それでいいよ」
「そ、そうか。なら、そうしよう」
返答は変わらない。
つまり、これでその一件は終わりということだ。
そ、そうか。
あまりにも一瞬で交渉が終わった為、少し焦る。
だが、これで解決だ。それ以上は、ない。
俺も足を崩して、居間に座った。
時計を見る。
「もう朝の十時か……早いな」
起きてから、まだ一時間も経ってはいないはずだ。
ああ、俺はどれだけ寝ていたのだろう。
睡眠魔だ、これじゃあ。
────身体が疼く。
テレビが付いているが、それは同じニュースばかりを報道している。
つまらない。
「……はぁ、うーーん」
つまらない。
スマホがあれば、掲示板とかSNSとかを見て常に変動する社会の動きを眺められるというのに。テレビというのは、実につまらない。
バラエティー番組ですら、今はやっていない。
或間町で起こる怪奇事件だけに、ソレは注視している。
実に、つまらない。
「あーーあ。くそ、ここでスマホがあればな」
「────」
横目にソフィアを見る。
もう許した事ではあるが、ソフィアは申し訳なさがあるのか無言で気まずそうにテレビをぼうと見ていた。その表情は実に陰鬱に沈んでいる。
「さて、どうするか……な」
俺はソフィアに背を向けてカバンの中から落ちて、再び中にしまったモノの一つ。財布を取り出した。
財布の中身は空虚なものだ。
雀の……違う。蚊の涙にも満たない、その少ない金銭。
これじゃあ、到底スマホを買い替える事などは出来ないだろうな。
格安スマホなら、どうにかなるかもしれないが。
それじゃ、嫌だな。酷い我欲だ。
でもそれが人間なのだ。
「ダメ元でもいいから、見に行くか?」
自問し、脳裏にあらゆる思考を交錯させる。
或間町駅付近には、大型のショッピングモールがあるのだ。
この田舎の中では珍しい、人が多く集まる場所である。
あらゆる商業施設が展開しており、駅もあるため都会への行き来もできる。
便利な所だ。
勿論、そういう場所にはスマホを取り扱う店も多々ある。
ただ見に行くということだけならば、実に容易。
志摩家、或間町までは徒歩二十分もない。
「ワタル?」
「ん? ああ、独り言だから気にしないでくれ」
「え」
うーーん。
まぁ、行ってみる価値はあるか。
スマホがないから、家での暇つぶしは難しいし。
テレビも、この有様だからな。
駅の周辺にいえば、色々なことで時間がつぶせる。
ある。行く価値は、十二分にある。
「よし、じゃあ行ってみるか」
「ワタル!!!」
その瞬間、俺は背中を白鳥の様な女に脚でどつかれた。
「いでっ⁉ 何をする白ちょ……いや、白い悪魔⁉」
「前から気になってたけど、白い悪魔って何よ⁉」
「そりゃあ、お前の事だよ!」
「私はそんなんじゃない、天使よ!」
ははは、ダメだコイツは。
というか、なんで俺の事をどつく。
酷い女だ、ソフィアリード・グローリー。
「────あのなぁ、勝手にどついてくる天使が、この世の中にいるか? それがいるとするならば……それは、ぜっったいに、天使の皮を被った悪魔だぞ⁉」
「だーーかーーらーー、私は天使って言ってるでしょ馬鹿!」
「……ぐぬぬ、小癪な」
早く切り替えないと。
こんな事をしててもムダに時間を浪費していくだけだ。
ま、ムダというのもいいものだがな。
かくいう俺もムダというものは好きだ。
だから俺は将来ほぼ使うことがないであろう勉学をしているのだし、完全娯楽なゲームをしているのだし、ゲーム内に課金をする。
それで、社会的地位を手に入れられる訳でもないというのに。
「で、なんで急にどついたりしてくるんだよ。理不尽すぎるだろ」
「……なんでって、そりゃあ私がいるのに、私に話しかけてくれない……から?」
「まじかよ」
その理由は、あまりにも理不尽だ。
酷すぎる。それが天使のする事か。
そう言いたい。
「……で、ワタルは何を考えてたの?」
「え? 考えてた事か。まぁ、駅前のショッピングモールにでも行って、暇つぶしでもしようかなーってな」
「ふーーん」
彼女は、つまらなさそうにそれを聞く。
そして、言う。
「私も連れてって!」
とな。
天使さんには、実につまらないものだろうよ。
そう思いながらも、別に断る理由もないし承諾する。
「……いいけど、お前。何かショッピングモールに用があるのか?」
「んーー、まぁ少しだけ? は、あるかな。少し確認したいことがあるんだ」
「はぁ、そうなのか。なら、早速準備しよう」
「ええ、そうね」
そんな会話を交わしたのち、俺は着替える為に自室に向かった。
◇◇◇
箪笥に収納されていた服を取り出す。
所謂、私服というものだ。
灰色のパーカーに、黒のコーチジャケット。
薄青色のスリム。
至って普通の学生ファッションだろう。
ジャージ姿から、それに着替える。
「よし、と」
着替えて、自室を出ようとする。
それにしても、アイツ、着替えはあるんだろうか。
と思ったが、前言撤回。
彼女は、多分あれが普段着なのだろう。
白のパフスリーブに、黒のキャミワンピース。という、よくもまぁシンプルなデザインだ。だが、それが最適解だろう。
彼女は、美人だからな。ああいうシンプルなデザインが、一番似合う。
シンプルイズベストだ。
「……ま、俺にはアイツの心配なんてする必要ないか」
「ん、何が?」
「────────────え?」
ふと、ソフィアの声が聞こえた。
俺は一瞬、硬直する。幻聴か? 幻覚か?
否、否、否、否、否。
自分の部屋を見渡す。
そして気が付く。
ソイツは、────普通に、俺のベットに座っていた。
「どうしたのワタル、そんな驚いた顔して」
「いや……あ、あれ?」
ベットは、ドアから遠く離れている。
そして、俺はドアの方を見ながら着替えていた。
こっそりとこの部屋に、侵入する事なんて出来ない。
最初俺が部屋に入ってきたときも、いなかった。
────絶句する。
やはり、コイツは何かがおかしい。
今のは人間業じゃない。もしかして、本当に天使なのか……?
いやいや、そんな訳あるはずがない。
「お前は、本当に……────」
「本当に?」
言いかけて、止めた。
こういう事は、言わない方がいいこともある。
「いいや、なんでもないよ。これも独り言」
「……ワタルって、ほんとうに独り言が多いよね? 孤独だから?」
「……それは、痛い。俺にかなり刺さるから、言わないでくれ」
「やっぱり⁉」
白い悪魔。違う。どす黒い悪魔に、俺は見事なる追撃を食らった。
ああ、痛い。心に響く。
「……ったく、失礼にも程がある」
「これでお相子だね♪」
「────っ、ああ。そうだな」
諦めて、そう言う。
失礼のは、俺の方も同じか。
そうか、そうかもしれないな。
「ソフィア。そっちの準備は終わったのか?」
「んー? まぁ準備するものなんて、ほぼないし?」
「そうか。じゃ、行くか」
そう言い、俺とソフィアは自室を出て。
志摩家を後にしようとした────しかし、それをソフィアは止めた。
玄関を出る直前、コイツは俺に話しかけてきた。
何か言いたげに。
「ねぇワタル、この荷物。ワタルの母さんが、ワタルにって言ってたよ」
そして、今朝届いた荷物の段ボール箱を指差してソフィアはそんな事を告げる。
荷物。段ボールはとても細い長方形だ。
今朝、誰が頼んだのかわからなったが。母さんからだったのか。
母さんもデジタルを使えるようになったのか、と少しの感心を覚えた。
「そうなのか。中身、なんなのか聞いていたりするか?」
「いや……でも、これはずっと肌身離さず持っておくように言っておいてって、ユウコ? さんに言われたわ」
「はぁ、何のことだかさっぱりだな」
母さんが、そんな事を?
疑問点は幾つもあるが、それは開けてから考えよう。
「……ふむ」
段ボールを持って、重さを確認する。
それは結構、ずっしりとしていた。
でも。重い、というほどではない。
「どんな感じ?」
「分からん、さっぱり分からん」
この重さから想像出来るものは少ないだろさ。
軽くもなく重くもなくといった程度。
予想が付かない。
────よし、開けよう。
「じゃあ、開けるぞ?」
「え? あ、うん」
俺は段ボールに付着したテープを剝がし、開封した。
その中には長い長い袋と────────。
「け、剣?」
今の時代にそぐわない、古臭い日本刀がそこにはあった。
「……これ、知ってる。あれでしょ? ブシが使うやつ」
「ああ、多分そう。日本刀だ」
それにしても驚いた。
なんで日本刀なんかが届くんだ。
それに、母さんのコトバ通りならば────俺は、これを肌身離さず持っていなきゃいけないのか?
バカだ、それは。普通に考れば、銃刀法違反で捕まる未来が浮かぶ。
「母さんは、頭をどこかにぶつけちまったのか?」
「さぁ。でもこれ、何?」
「ん?」
ソフィアは、段ボールに付属されていたもう一つの袋を持ち上げる。
これはちょうど、日本刀が入りそうな大きさだ。
まさか……これに入れて、持ち歩けとでも言うのか?
いやいやいや、んなまさか……そのまさかなのか?
「────」
日本刀と一緒に、ちゃんと鞘も付いていたから。
この布の長細い袋に入れても、破ける事はない。
だけど、こんなのを持って外に出かけたら流石に恥ずかしい。
周囲からの視線も、気になるものだ。
下手すると、職質されたり補導されたりするかもしれないし。
「……こりゃあ、持ってくのは無理があるだろ」
独り言の様に呟いた。違う、独り言として俺はそう呟いた。
目の前のソレを見て、母さんの伝言を聞いて。
だが、俺の隣には白い悪魔がいる。
勝手に、ソイツは反応した。
「でもせっかくだし、一日ぐらいは持ってあげたら?」
「むむむ、今日だけ……か……」
今日はちょっとショッピングモールに行くだけ。
それだけだ。今日ぐらいなら、別に……大丈夫か?
それに、母さんの伝言を無視するのも忍びない。
持っていくか、持っていかないか。
最終的に決めるのは、己自身だ。
数秒の困窮を過ぎて、決める。
「ま、仕方がない。今日ぐらいは、持っていくか」
────そう決めて、袋に入れた日本刀を背負う。
袋には、背負う為のヒモが付いていた。
これ、なんの為に作られた商品なんどか。
ちょっと不思議に感じる。
「うん。重いな」
「────そうなの?」
「ああ、やばいかもしれない」
持っただけなら、そんな事は感じなかったのだが。実際に背負ってみると、かなりの重さを肩に感じた。
コレ、かなりの負担になりそうだ。
────ったく。
俺は大きくため息を吐いて、白い悪魔と共に外に出た。
目指すは、駅近くのショッピングモール。
歩いていく中で、少し厭な予感がしたのはナイショの話。




