一話【始まりの一日Ⅰ】
「おーい、寝てないで起きろー!」
「ん……ああ……」
夢、か。そう思いながら、眠気を感じ欠伸をしているこの茶髪蒼眼の少年の名は【志摩弥】。今は、弥の通う秋葉高等学校で授業を受けている最中の高校一年生だ。
それにもかかわらず、彼は寝てしまっていた、今起きたが。
────くそう。新作VRゲームを徹夜したのが身体にキテるのだろうか。
授業中に寝てしまったのも、全て昨日発売されたVRFPSゲーム【Game World War】のせいなのだ。
あのゲームは面白すぎる、だから徹夜してやりこんでしまった、それが原因だ。
心の中で、弥は言い訳する。
「全く、弥はよく授業中に寝れるよねー」
「これも全て、ゲームが面白すぎるのが原因だ……」
「じゃあ私が壊してあげようかー?」
「それだけはやめるんだ日葵!」
冗談じゃない、と弥は焦燥まじりそう叫ぶ……授業中にも拘らずに。勿論、この授業【古文】の担当であった女性教師から再び注意を受けてしまう。
「こら弥! 授業中ぐらいは静かにするのだ!」
そう言って彼女は弥目掛けてチョークを飛ばす。
それは弥のでこに、ピンポイントでぶつかった。
「いでっ⁉」
「……さーて、と。授業再開するぞぉ?」
生徒にチョークを投げ飛ばしたなんて事実が知れ渡れば、いじめだ! などとすぐに問題になるだろう。だからか、女教師は小声で「やべっ」と言った後、何事もなく授業を再開した。
(ちくしょー、学校でも乱暴しやがって……)
しかし、別に弥は、この女教師の暴挙を校長に密告する気などない。
何故か。それは明白。
この女教師”志摩優子”は、自分の養母なのだから。
まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。
問題なのは、こんな叫びをあげる様な発言をしてきた、弥の右となりの席に座るのんきな女。木伊崎日葵。
コイツが元凶なのだ。
弥にとって、ゲームとは命そのもの。
それを破壊しようなんて……弥を殺すと言っているのと同じであるのだ!
そう。日葵は、学校で殺害予告をするようなサイコパスウーマンなのだ!!!!!!!!
だがしかし、それを弥は口にしない。
なにせ、そんな事を言ったらこちらが変な目で見られてしまうだろうと、分かり切っていたから。
「ワタルは、いつも”ゆうこちゃん”に怒られてるねー」
「誰のせいだと思ってるんだよ……はぁ…………」
弥の身体からは、ため息しか出てこなかった。
日葵は自慢の、ピンク色の髪を揺らしながら、のんきにそう笑う。
因みにだが、ゆうこちゃんとは、日葵が勝手にそう呼んでいるだけで、別に友達とかそういう仲ではない。
というか優子先生の目の前で、ちゃん付けした日には……一日中学校を追いかけまわされるだろう。
弥には、その光景が容易に想像出来た。
「……はぁ」
再び、大きく弥はため息をついた。
そして、視線を窓に向ける。弥が座る席は、教室の一番左端にある席で、窓に一番近い席だ。
……静かに、窓の先に見える町の景色を、弥は眺める。
弥は古文が苦手であった。
だから、この授業は退屈、退屈、退屈の連続。
地獄そのものなのだ。
だからこそ、つまらなそうに頬杖をつき外を眺める。
「……」
────それにしても、先程のアレはなんだったのだろうか。
弥は思う。
アレとは何の事か。
それは、先程弥が見た夢の内容だ。あれは、夢と言うにはあまりにも不気味だった。確か……雨の中に自分が倒れている姿。
不それは、あまりにも気味すぎた。ただの夢ではない、アレは悪夢だ。心の隅では、そんな確信があった。
だが、今どれ程考えようと結論には至らない。
今では、到達出来ない。だから、諦めて……再び眼下の机にうつ伏せて寝た。
「弥! 何度言ったら分かるのだ⁉」
……直後、再び女教師から怒号が飛んできたのは言うまでもないだろう。
◇◇◇
今日の授業が全て終わり、下校時間を知らせるチャイムが鳴る。
あれから、二時間。外を見れば分かるが、かなり暗くなってしまっていた。
いや、暗いというよりは赤く染まったというべきか。
……まぁ所謂、夕暮れ時である。
弥は、誰もいなくなった静寂が響く教室に一人でいた。
皆、すぐに下校してしまったのだ。
窓はいつの間にか全開で開いており、冷たく涼しい風がひゅう、ひゅう、と吹いている。風は心地よい。
弥の茶髪を、窓から来た風は気持ちがいいほど揺らす。
「……」
呆然と、孤独を、静寂を味わいながら、弥は夕陽を眺めていた。
まるで、時間が停滞している様だ。
この一秒は、十秒ほどの体感時間であった。
ああ、気持ちがいい。
弥は、自分のカバンに、教科書と参考書を沢山詰め込む。
今日の自習用であった。それが、今日使われるかどうかは定かではないが。
(まぁ、今日はGWWをやりこまなくちゃいけないからな!!)
つまるところ、そういう事である。
考えれば考えるほど、弥はにやけが止まらなくなっていた。
ああ、早くゲームがしたい。そう思っていた。
だがしかし、現実はそう甘くない。
すぐさま、それを阻止する者は現れた。
「なに黄昏てんだよー、弥」
「……ん、ああ」
弥はすぐさま、声の方へと顔を向ける。
声は廊下の方から聞こえた────あ。
「って、養母か」
教室の入り口の前には、優子が立っていた。
彼女は弥にとって、運命の宿敵であった。
何故ならば……彼女が家に帰ってきて、自分がゲームをやっている所を見ると「宿題をやるがよーい、やらなければぁ……殴るかも!」等と言って脅してくる養母なのだから。
凶暴な人だ。まさに、邪知暴虐なる養母だ。
何が、優しい子なのだ……。
「まぁー今日は結構寝てたな♪」
「……そうだけど、も」
その言葉の真意は「ゲームやりすぎたら、ゲームのハード壊すからな♪」である。
弥もそれは既にその気持ちを汲んでいる。
だけど、やめれないのだ!!
それ故にゲームはゲーム。娯楽と呼ばれるのだ!!
やめれないほど楽しくなければ、それは娯楽なんて呼ばれない。
優子は、ゆっくりと弥の方へと近付く。
そして、笑いながら弥の髪をくしゃくしゃと触った。
頭を撫で始めた。
「さっき寝た時についた寝癖があるぞー、直しておきなよ?」
「わ、分かってるさ」
「……うむ、ならばよし!」
すると、優子は満足そうに仁王立ちして弥から離れた。
たしかに弥の茶髪には、先程寝た時の寝癖が付いてしまっていた。
これがかなりの強敵で、直らない。
「ま、気を付けて帰ってるんだぞ? 偉大なる私は、まだ仕事が残ってるのだ」
「おーけーおーけー、仕事頑張ってきて」
「なんだよぉ、塩対応者め!」
優子はそう言って、職員室へと走っていった。
直後。弥は、教頭が優子に「教師が廊下を走るんじゃあないよ!」と怒っているのを目撃した。
……くくく、計画通り。
そして、弥は家を出て家に向かった。
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