【Side】 大公陛下 ~激昂~
「ガゼル! エトランジュとはうまくいったの?」
二階のテラスから様子を見ていた私は、部屋に戻ろうとするガゼルをつかまえて、浮き立つ気持ちを抑えて聞いたんだ。
「エトランジュの方から訪ねてくれるくらい仲よくなってたなら、早く言ってよ。つい数日前に婚約を辞退したばかりで、言い出しにくかったんだろうけどね? エトランジュ、すごく可愛いよね。ふふ」
「父上」
ガゼルも年頃だからね。
照れる気持ちもわからなくはないけど、グズグズしないで欲しいな。
聖サファイアに留学されてしまったら、ガゼルが割り込む余地はなくなってしまう。
グレイス様に気に入られて婚約を強いられた時には、もう駄目かと思ったけど、取り返しがつくうちに破棄して頂けて本当に良かったよ。
「急ぐから。正式に婚約を申し入れるよ?」
「父上!」
なんだろう。
いい雰囲気でキスしてたくせに、覚悟が足りないな。
後で、少し心構えを――
そんなことを考えていた私は、続くガゼルの言葉に愕然とした。
「婚約を申し入れるとか、そういう段階ではありません」
「何を言って――どういうこと、まさか、婚約する覚悟もなくエトランジュに手を出したなんて言うんじゃ」
そんな真似、ガゼルに限ってするはずがない。
「……ガゼル?」
私と目を合わせようとしないガゼルが、そうなりますと頷いた。
私は激昂したのか、気がついた時には、話も聞かずにガゼルに手を上げてしまっていた。
「エトランジュはおまえに何の用で?」
「……お慕いしていますと……」
信じられない。こんな、馬鹿なこと――!
デゼルを争って先を越された時、サイファがデゼルにこういう真似をするんじゃないかと心配して、その時には、斬り殺してやるとまで思っていたのに。
サイファは最後まで、そんな真似はしなかった。
それなのに、まさか、私の子の方がこんな。
「ガゼル、エトランジュに何の不満が?」
キっと、傷ついた瞳で私をにらむガゼルに、浮ついた気持ちは感じられなかった。
「今、不満がなければ、婚約するべきなのですか。グレイスの時だって、一方的に気に入られて、婚約を強いられて、十年も制約を受けたあげく――! つまらない人間だと、切って捨てられて。おかげで、私はグレイスとエトランジュの他には異性を知らない!」
帝国からの圧力もあって、グレイスとの婚約を断り切れなかったことは、悪かったと思っているよ。
ガゼルは絶対にエトランジュと結ばせたいと思っていたから、私だって残念だったんだ。
だからといって。
「なら、どうして手を出したんだ。エトランジュだっておまえの他の異性は知らない。おまえはいったい、知る必要がどこにあると思っている」
絶句するガゼルの様子に、私はただ、失望するしかなかった。
「エトランジュよりおまえの気に入る令嬢がいたら、乗り換えるつもりだとでも言うのか!」
ガゼルがこれほど未熟なのでは、とても、婚約の申し入れなどできない。
ガゼルがエトランジュを傷物にしてしまったこと、デゼルとサイファに申し開きも顔向けもできない。目の前が真っ暗になる思いだ。
「――グレイス様がなさったように」