第5話 さようなら
今日の午後には、エトランジュが聖サファイアに向かうという日。
このまま、エトランジュを行かせていいのか心は迷い続けていて。
とても綺麗で、可愛らしくて、無邪気な少女だった。
だけど――
私を顔だけで選んでいそうなエトランジュと婚約することに、後戻りできない契りを結ぶことに、恐怖にも似た感情はあって。
後から思えば、グレイスに顔だけだと言われたことを気にしていた私は、本当に『そう』だった。
優麗さにしか自信を持てずにいたのは、私自身だったんだ。
エトランジュが私に会いに来て、中庭で待っていると伝えられた時には、とても驚いたけど。
「エトランジュ?」
「ガゼル様」
あの日と同じ。
エトランジュの澄んだ翠の瞳が私を見詰めた。
夜闇に零れた月の光のような銀の髪が風に揺れて、幻想的なまでの美しさだった。
「どうしたの?」
「手を、つないでもいい?」
くすっと笑って、私からつないであげたら、エトランジュがひどく嬉しそうに微笑んだ。
可愛らしいな。
「あの……」
会いたかったのは私も同じだったのに、私には、エトランジュに会いに行く勇気さえ、出せなかったんだ。
「お慕いしています。ガゼル様のお妃様になれたら――よかっ……」
――なんて?
エトランジュの瞳から真珠の涙がぽろぽろ零れた。
「エトランジュ」
抱き寄せて、エトランジュのやわらかな唇にキスをして、離したくなくて抱き締めたけど、言葉が見つからない。
「あと少しだけ――」
エトランジュが囁いた。
私は何をして――
まだ十五歳のエトランジュが、傷つく覚悟で想いの丈を吐露してくれているのに。
心を決められないまま、『あと少しだけ』の時間は、瞬く間に過ぎてしまった。
何も言えない私に、エトランジュが切なげに微笑んだ。
「ありがとう。さようなら、ガゼル様」