【Side】 エトランジュ ~たとえ、光の神を敵に回しても~
どう、しよう。
庭園での夜は離れたくなくて、遅くまで、ガゼル様に抱いてもらっていたの。
何もなかった顔で、試験を続けるなんてできないよ。
私、どうなるのかな。
私が責任を取らないといけないよね。
ガゼル様に責任を取ってもらうのは違うよね。
だって、私がオプスキュリテ公国の闇巫女なんだもの。
ガゼル様のことも、公国のみんなのことも守らなくちゃ――
聖サファイアに入国してからは、身にまとうことのなかった闇巫女の礼装を身にまとうと、私は金華様のお屋敷に向かったの。
光の聖女が不在の間は、金華様と蒼紫様が聖サファイア側の責任者だから。
**――*――**
向かった金華様のお屋敷の前に、誰かいらしていて、私は目を見張ったの。
懐かしい、短いケープのついた黒装束。
肩にとめた大きな銀の羽飾り。
後姿を見た時、お父様かと思った。
私が困っていたら、いつだって、助けてくれたお父様が、聖サファイアまで助けに来てくれたのかと思ったの。
「エトランジュ」
どきんとした。
凛とした、優しい声。
振り向いたその人は、ガゼル様で。
「ガゼル様……?」
びっくりした私が口許を覆った手を優しく取ったガゼル様が、私の唇に口づけた。
「…んっ……」
だめ、ガゼル様にされると、何にも考えられなくなって――
「たいした度胸だ。正面玄関から喧嘩を売りにいらっしゃるとは」
門の向こうからかけられた、厳しい声にどきんとしたけど、ガゼル様にされた余韻で声が出なかった。
「金華様、まさか。畏れ多くて震え上がっていますよ。第二公子に過ぎぬ身で、大公陛下と闇巫女様、さらには光の十二使徒の皆様に背こうというのですから」
背の高い金華様に、全然、震え上がっていないガゼル様が言ったの。
すごい、余裕の立ち居振る舞いよ。
心の中だけで震え上がっているのかな。
「闇主の礼装を持参では、最初から、そのつもりだったとしか思えないが――まぁ、いい。中へ」
通されたのはいつもの執務室ではなくて大広間で、豪奢なシャンデリアが眩しかった。
「今日は千客万来のようだ。先客のグレイスと蒼紫もこちらへ招こうと思うが」
「わかりました」
ガゼル様が落ち着いて対応してくれて、ずっと、手をつないでくれていて、すごく、ほっとしたの。
私一人じゃ、絶対に、パニックだったもの。
そうかと思えば、ぴんぽんぴんぽんぴんぽんて、呼び鈴が鳴り響いたの。
この、子供かと思う呼び鈴の鳴らし方、絶対にルーカスよ。
「ガゼル、貴様――! その黒装束はなんだ! まさか、抜け駆けしたのか!!?」
やっぱり、ルーカスだった。
ガゼル様を見かけて、あわてて追ってきたのね。
「ルーカス、金華様に失礼よ。控えて。――ガゼル様には私から、闇主になって欲しいとお願いしたの」
あ。
ルーカスが真っ白な灰になった。
ちょっと、面白いかも。
だけど、ルーカスのアプローチなんて本気に取れないもの。
お妃様はファンクラブ会員から選ぶべきよ。そうでないと、泣かされる二万人の女の子達が可哀相だもの。あの子達、きっと、本気でルーカスのことが好きなのに。
あ、うん。
会ってみたら中身にガッカリするパターンかもしれないけど。
ううん、やっぱり、この中身にガッカリするくらいだったら、そもそも、ファンクラブなんてものに入らないよね。
彼女たちにとってはそのままの、カリスマホストなルーカスこそが白馬の王子様なのよね。
「ルーカス! ……まさか……カミーラの手紙、あなたの差し金だったの!?」
グレイス様の声に、フフンと、いきなり立ち直ったルーカスがカッコつけて艶やかな黒髪をかき上げた。
この仕種、ルーカス・スタイル・ナンバーなんとかで、ファンクラブの女の子達がいたら黄色い悲鳴が上がって大変なの。
「カミーラの手紙がどうかしたのか、グレイス? 興味深いな、何が書いてあった」
「何って――!!」
そこまでで、金華様に片手で制されて、グレイス様とルーカスの喧嘩はおしまいになった。