第3話 小鳥
翌日。
肩の荷が下りてほっとしたような、少しだけ寂しいような気持ちで、庭園を散策していた時だった。
視界の片隅で、銀の綾が光を弾いてきらめいた。
「なに、してるの?」
「小鳥が……落ちてるの」
巣から落ちてしまったらしい小鳥を拾い上げて、困った顔をした少女が振り向いた。
わ。
すごい美貌。
だけど、抜きん出た容姿の可憐さよりも、少女らしく澄んだ翠の瞳のあどけなさに、ひどく、心惹かれた。
綺麗よりも、可愛い。
美少女ならグレイスを見慣れているはずなのに、胸が高鳴って、一目で恋に落ちそう。
こんなこと、ずっと前にもあった気がする。
世にも稀な美貌の少女が、唐突に公邸の庭園に落ちているって、何の冗談だろう。
澄んだ翠の瞳がまつげの奥で優しく翳って、白い手で小鳥を包んで、私に差し出していたから。
魅入られたように受け取ろうとして、触れた指先に、また、胸が高鳴った。
「届く?」
「うーん……私が君を抱き上げたら届くかな?」
花が綻ぶように、その少女が微笑んだ。
「お願い」
……いいのかな。
女の子を抱き上げるのなんて初めてで、自信がなかったけど、やってみたら軽さに驚いたんだ。
女の子って、すごく軽い。
「届きそう。もう少し」
「気をつけて」
「――……帰せた!」
小鳥をうまく巣に戻せたみたいで、歓声を上げた少女が、喜んで、そのまま私に抱きついてきたから。
あんまり驚いて、息が止まるかと思った。
「ありがとう」
鈴を振るような声って、こういう感じなんだ。
儚い笑顔が、闇に零れる月の光のようで。
「あっ……」
あんまり可愛らしくて、抱き締めてしまったら、さすがに驚いたみたいだったけど。
人懐こい子なのか、彼女の方からも、私の肩に腕を回してきて、頬をすり寄せてきた。
猫の子みたいなしぐさでしがみついて、心地好さそうに目を閉じる様子は、誘惑的というよりは、五歳か六歳の子供みたいな、こういうのなんていうんだっけ。
――無防備。
どうしよう、初めて会う子なのに、――キス、したくなって。
初めての衝動と胸の高鳴りに、どうにかなってしまいそうで。
「髪、綺麗ね。お月様みたい」
その一言で、冷水を浴びせられたように、頭が冷えた。
「どうしたの?」
「ううん」
“ ガゼル様って、本当につまらない方、顔だけなんだから! ”
彼女を丁寧に道に下ろしたら、少しだけ名残惜しそうな様子に見えた。
名残惜しかったのは私の方かもしれないけど。
――あれ。
私の袖をつかんで離してくれない。
「どうしたの?」
「あのね」
すごく困った顔で、前を見て、後ろを見て、私を見た。
「迷子になったの」
つい失笑してしまったら、私を覗き込んだその子が言った。
「闇神殿に帰りたいの。それか、公邸」
――闇神殿? 公邸? 公邸はここだけど。
「名前を聞いてもいい? 私はガゼル」
「エトランジュ」
「……公邸へは何をしに?」
「聖サファイアに行くから、出国手続きをしに」
――ああ。
父上が手を回したのかと思って構えてしまったけど。
私の名を聞いても反応しないし、私に会いにきたわけじゃないみたいだ。
「公邸でいい?」
聞いてみたら、ほっとした顔で微笑んだエトランジュが、そわそわし始めた。
「ガゼルは、道はわかる?」
「?」
「あのね、公邸に行ったら冒険はおしまいだから、公園に行ってみたい」
ずっと、エトランジュが私の袖をつかんだままだったから、手をつないでみたら、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「いいよ」
「ガゼルもどこかに行く?」
目をキラキラさせたエトランジュに聞かれて。
そういえば、誰にも断らずに公邸を出るのって初めてだけど――
なんだろう、楽しくなってきてしまうよ。
「そうだね、渓流を見に行きたい」
「わぁ、私も見たい!」
エトランジュの眩しい笑顔が弾けた。