第15話 夜の庭園で
その日を境に、グレイスは光の使徒からの評価を取り戻すことに躍起になって、私の方には、まったく関心を払わなくなった。
「ガゼル様、もし、よかったら――」
エトランジュが白い頬を桜色に染めて言う。
「あの、今夜、庭園でお会いできますか?」
「いいけど、それって、抱いてもいいの?」
熱くなったエトランジュの横顔に手をかけて、耳元に囁いたら、その耳もすぐ真っ赤になった。
「…んっ……」
指導の後、抱き寄せてキスをするくらいは当たり前になっていて、たまに忘れたフリをすれば、エトランジュの方から遠慮がちに、私の袖を引いたりしてねだってくれたから。
好きにするのも、ねだらせるのも、どちらにしても、すごく可愛い。
**――*――**
「してあげるから、愛していますって言ってごらん?」
約束した、夜の庭園で。
「がぜ、る様、あ、い、し、て、い、ま、……す」
緊張のあまり、一文字ずつしか言えないエトランジュがおかしくて、クスクス笑いながら、髪に、額に、少しだけ開いた唇に、優しいキスを降らせた。
涙目になったエトランジュが、ふるっと身を震わせる。
甘くて切ない吐息に誘われて、このまま、襲ってしまいたくなるけど。
そのつもりでの密会じゃない。――はず。
「……あっ…あ、……んんっ……!」
そのはずだったんだけど。
エトランジュが話を切り出すのを待つ間に、衣装の合わせから手をさし入れて、指先をエトランジュの滑らかな素肌に遊ばせたり、膨らみ始めたばかりのやわらかな胸に沈み込ませたりしていたら。
抱き心地の優しさと、肌触りの心地好さ、エトランジュが懸命に抑える声の切なさに、どうしようもなく、誘われてしまって。
「契るよ、いい?」
「えっ……ぁや、…」
いつもは冷たい白い肌を、初々しく紅潮させたエトランジュが、やめさせようとしたのか、私の腕に手をかけてきたけど。
心に背くような儚い抵抗は、かえって、私をその気にさせた。
苦しげな、浅くて速い息遣い。
熱い肌。
澄んだ翠の瞳から、零れ落ちる涙がとても綺麗だった。
ねぇ、エトランジュ。
だいじな「す」が遅れた上にかすかだったよね?
もっと、ちゃんと言えるようにおしおきしてあげようね?
**――*――**
**――*――**
涙目で、エトランジュが私の胸元を叩いた。
トン、トンって、可愛いばっかり。
誰かに見られたら、エトランジュ、失格になるんじゃないかと思うんだけど。
だって、公国に連れて帰りたいんだよ。
失格させてしまいたいんだけど。
「ガ、ゼル様、闇巫女と契ったら……」
「知ってる、心配しないで」
少しほっとしたみたいで、エトランジュが苦しそうに、私の胸に身をもたせた。
乱れた息づかいも。
指に遊ばせればすぐに、逃げるようにすり抜けてしまう、絹糸のような銀の髪も。
滑らかな白い肌も。
「エトランジュのすべてを私だけのものにした気分って、すごくいいよ」
「ガ、ゼル様、お話があってお呼びしたのに……」
「『お誘いしたのに』って言ってみて?」
「えっ」
首筋に唇を寄せて、可愛がりながら言ってあげたら、また、エトランジュがふるっと震えて、綺麗な白い肌を紅潮させた。
「あの……お、誘い、したのに」
「いい子だね。――ご褒美」
何度も、愛してるって囁いてあげながら、心ゆくまで私の好きにした。
そうして、もう、啼き声も立てられなくなったエトランジュの、私が乱した衣装を整えた後。
「話って?」
「……あ、……その、駆け落ちの、お返事……」
つい、失笑しちゃった。
ちょっとそれ、今さらなんだけど。
もう――
逃げたりしない。
光の十二使徒のすべてを敵に回しても、君を手に入れるから。
「闇巫女が失踪したら、公国が困りませんか……? 母様がいるから、だいじょうぶ……?」
「私よりも、公国が大切?」
エトランジュが困った顔で、口許に軽く握った手を当てた。
「公国より私を優先して欲しいわけじゃないから、エトランジュの素直な気持ちで答えて」
エトランジュの翠の瞳が、不思議そうに私を見た。
ただ、聞いてみたかっただけなんだ。
愛してるって、エトランジュの声を聞きたいだけって伝わるように、胸に優しく抱き寄せて、耳の傍でささやいた。
「ねぇ、エトランジュが闇巫女じゃなかったら、エトランジュがいなくなっても誰も困らなかったら、私と駆け落ちしてくれた?」
「……エトランジュが闇巫女じゃなくても、父様と母様が悲しまれると思います……」
エトランジュがいなくなっても誰も困らなかったら、は想像できないみたいだ。
残念。
ガゼル様となら公子様じゃなくてもって、言われてみたかったんだけどな。
そこじゃない部分で引っかかって、聞きたいこと、聞けなかった。
「そうだね。じゃあ、サイファ様とデゼル様を悲しませないために、駆け落ちはやめて――」
不敵に微笑むと、私はエトランジュの綺麗に澄んだ翠の瞳を見詰めた。
「光神殿の正門から、一緒に公国に帰ろうか」






