第13話 手の平返し
「グレイス、来週の予定だけれど――」
「あ、あー、ガゼル様。私、礼儀作法はもう完璧だと思いますの。――エトランジュよりできていますわよね? ガゼル様は当然、私を推薦して下さるでしょう?」
その日、グレイスにわずらわしそうに、そう言われた私は。
快哉を懸命に隠して微笑んだ。
「――ええ、グレイス」
もちろん、光の聖女にはグレイスを推薦するつもりだよ。
私はエトランジュを公国に連れて帰りたいんだから。
それに、礼儀作法に限れば、グレイスは確かに完璧。
エトランジュも飲み込みは悪くないんだけど、教えようとして驚いたよ。
まるきり、なっていなかった。
最初、私を公子と知っても変わらない子なんだと感動したのに、エトランジュはそもそも、態度の替えを持っていなかったんだ。
それはそれで、おかしくて、楽しくなってきてしまうよ。
だって、ふだんはスキがない父上やサイファ様、デゼル様がそろいもそろって、もちろん、幼馴染のルーカスも、
「「可愛い!!」」
で、エトランジュのすべてを許してきたんだろうなって、目に浮かぶようだから。
大帝国の第一皇子であるルーカスに問答無用で攻撃魔法を撃ち込んで許されるくらいなんだから、それはもう、何したって可愛いんだよ。
私だって、教官でさえなければ、なんかへんでも「可愛いからいいよ」って、笑顔で許してしまうに決まってるんだ。
見事なグレイスの手の平返しを受けた私は、すっかり感心して、ルーカスを訪ねてみた。
「ルーカス様、伺っても構いませんか? 今度のことは、心より感謝していますが、いったい、どうやって?」
「は、簡単なこと」
ルーカスは上機嫌だった。
「まぁ聞け。エトランジュが喜んで俺に抱きついてきて、ルーカス様ありがとうって、ほっぺにキスしてくれたぞ」
「……よかったですね」
嬉しいんだ、それ……。
もちろん、エトランジュに抱きついてもらえたり、キスしてもらえたりは、私だって嬉しいけど。
「なんのことはない、俺の美しい妹に手紙を書かせただけだ。カミーラにしても、グレイスが上玉を取り巻きにするのは気に食わん。ふたつ返事で頼まれてくれたぞ」
話を聞いていると、今の帝国はご正室とご側室の対抗意識が強いみたいだ。
殺伐としたものではなくて、ケンカするほど仲がいいんだろうね?
暗殺みたいな話は聞かないし、ルーカスも悪態こそついても、グレイスにも皇太子にも、危害を加える意思はまったく見せないから。
ルーカスがそらと、カミーラの手紙の写しだというものを見せてくれた。
『グレイスお姉様、ルーカスお兄様から聞きましてよ。ガゼル公子と復縁なさるとか? よかったわ、カミーラのせいでお姉様がガゼル公子との婚約を破棄したんじゃないかと、心が咎めておりましたの。オプスキュリテ公国なんて山あいのド田舎、カミーラのお母様は退屈に耐えられなくて帝国に嫁ぎましたけれど。カミーラ、聖女と呼ばれるグレイスお姉様にならピッタリだと思います! 聖女たる者、高貴なイケメンを身辺にたくさん侍らせるなんて、そんな俗なことをしてはいけませんもの。カミーラはイケない子だから、聖女じゃなくてよかったわ。素敵な伯爵令息や侯爵令息に取り巻かれて、結婚して下さいと跪いて頂くのが、とっても楽しいの。内緒ですわよ、お姉様? カミーラはご麗容だけじゃ満足できないから、ガゼル公子には興味がありませんの。ですから、心から祝福させて頂きますわ。お幸せになってね』
「……」
「フッ。グレイスはカミーラの勧めにだけは、絶対に満足したくない女だ。あの女、カミーラが勧める男に満足したら敗北だと思っている。今はエトランジュが欲しがる男を取り上げるのに夢中だが、カミーラが欲しがらない男では、エトランジュを泣かせるだけ泣かせて飽きるのがオチだ」
――聖女様って、いったい、何なんだろう。
「カミーラの方が上手だからな。グレイスのやつ、カミーラの取り巻きの切り崩しに失敗して、光の使徒をあさりにきたんだろうが。カミーラからの手紙を読んで、ここへ来た目的を思い出したというところだな」
なんだか、たまらなかった。
「こんな茶番に振り回されるエトランジュが可哀相だ。エトランジュは真剣なのに……!」
「馬鹿が」
私の手から、ひょいと手紙を取り上げたルーカスが絶対零度の視線で私を見た。
「おまえがふがいないからだろうが。カミーラは《《取り巻きを切り崩されていない》》。それは、カミーラの取り巻きが、グレイスがかける圧力に屈さなかったということでもある。それごときもわからないか」
私には、返す言葉もなかった。
本当に――