第12話 気高き恋がたき
私は目を見張ってルーカスを見た。
彼にその力があったとして、彼にとってそうすることは、敵に塩を送ることでしかないはずなのに。
「俺はトランスサタニアン帝国の第一皇子だぞ? なぜ、それくらいのことができないと思う」
「――それは、その代わりにエトランジュを諦めろということですか」
いつかのように、ウグッとなったルーカスが爆笑した。
「あほうかおまえ。不幸づらをしてエトランジュの同情を引くなと言っているんだ。不幸づらをしていないおまえと俺なら、エトランジュが俺を選ばぬわけがない!」
ルーカスの自信には、ここまでくると、心底、感心してしまう。
エトランジュがきっぱり「私がガゼル様を好きなの!」と言ったばかりなのに、私の不幸づらに同情しての気の迷いと信じて疑わないんだ。
でも、カッコイイよね、やっぱり。
傲慢不遜、力任せの強行突破だけど、ルーカスには卑劣さや嫌らしさがない。
「おまえの立場などわかりたくもないがな。おまえこそ、俺の立場がわかるのか? 第一皇子なのに、妾腹だからと愚弟に皇太子をもっていかれ、男なら自分で稼げと小遣いはなし。だが、母上はこの俺に最高の容姿とスペックと地位を与えたもうた。母上の仰る通り、男なら自分で稼げばいいことだ。ルーカス様ファンクラブの二万人の女どもから、月に銀貨数枚の会費を集めて抽選で握手会でもしてやるだけで、チンケな公国の公子様よりは高収入だろう」
高笑うルーカス。
つい、小声でエトランジュに「彼、そんなことやってるの?」と聞いてみたら、エトランジュが疲れた顔でうなずいた。
「月に金貨一枚の会費を支払う特別会員なら、握手会でルーカスの気に入った一人、ルーカスにキスしてもらえるんだよ。先月は壁ドンサービスもつけたみたい」
「特別会員になりたがる女性、いるの?」
「三千人いるって言ってた」
「……そ、そう………」
なんだか、グレイスの異母兄だけはあるっていうか。
それでも、嫌がる女性に無理強いしてるわけじゃないみたいだから、みんなが幸せなら、それでいいか。
「ルーカス様、そのお話……本当に、公国に帝国からの圧力がかからないように、グレイス様の興味を私から失わせることができるのですか? できるのであれば、どうか、お願いします」
私が言われた通りに頭を下げて頼んでみたら、ルーカスが感心した顔で私を見た。
「言っておくが、グレイスとの復縁は望めなくなるぞ? エトランジュにフラれたからといって、元の鞘に納まるつもりなら大間違いだ」
「私がエトランジュに望まれなかったとしても、グレイス様との復縁は望みません」
「よく言った、任せておけ」
ドンと胸を叩いて請け合ったルーカスが、直後、私にビシっと指を突きつけた。
「そこ! 今すぐ、エトランジュから離れるように。勝負がつく前の手出しは許さん」
「あ」
それは、そうだね。
名残惜しかったけど、エトランジュから離れた。
「グレイスは俺も気に食わん。エトランジュの方が本命だったというなら、貴様もなかなかどうして、見る目はあるようだがな。この俺に敵わぬことに気づかぬあたり、身の程知らずめが」
エトランジュが小さく「ルーカス、それ、ブーメラン」って、つぶやいてた。
なんだかんだ、仲はいいんだよね。幼馴染だもんね。
エトランジュって、ルーカスにはほんと遠慮がない。
十日もあれば十分だって、ルーカスは言ったけど。
本当に、翌週にはグレイスの興味が私から失せたんだ。