第2話 もう一つの縁談
グレイスの馬車が公邸から出て行くのを見送っていたら、大公陛下からの呼び出しを受けた。
まぁ、当然かな。
グレイスとの婚約破棄についてのお叱りがあるよね。
そう思って、叱責を受ける覚悟で父上のお部屋に伺ったのに。
父上は思いがけず、とても、嬉しそうなご様子に見えた。
「グレイス様から、婚約を破棄したいとのお申し出を頂いたよ。ガゼル、失礼なことはしていないね?」
帝国の伯爵令息と私を争って、というグレイスの要求に応えなかったのは、失礼に当たるのかな。
少し、迷ったけど、私は父上の目を見てうなずいた。
「していないつもりです」
「グレイス様のご意向を尊重し、グレイス様との婚約を破棄することに同意するね?」
「――はい」
なんだろう。
父上に珍しく、はやる気持ちを抑えかねているような気配がある。
お叱りはないのかな。
「では、グレイス様との婚約はなかったことに」
父上が優しく朗らかな笑顔で仰った。
思いもよらなかったけど、父上も、グレイスとの婚約には乗り気ではなかったみたいだ。
どうしてだろう。
グレイスは綺麗だし、大帝国の皇女で、性格や素行にそこまでの問題があるわけでもない。父上からしたら、良縁だっただろうと思うのに。
「今なら、まだ、間に合うはずなんだ。エトランジュ・リュヌ・オプスキュリテとの婚約を進めたいのだけど」
「え……」
「おまえがよければ、すぐにでも、会わせたい」
リュヌ・オプスキュリテって。
闇巫女様だ。
会ったことはないけど、また、そういう――
グレイスと同じ、私より地位が上の女性なんだ。
闇巫女様と婚約したら、また、他の異性との交遊を厳しく禁じられてしまう。
闇巫女様が相手となったら、その縛りはグレイス以上。
異性とハメを外して遊んでみたいとかそういうのじゃないけど、私が生涯を懸けて大切にする、たった一人の女の子は、私自身の目と心で選びたいのに。
「――父上、私に選ぶ権利はないのですか」
思い切って、口答えしてみた。
そうしたら、父上がひどく残念そうなお顔をなさった。
「グレイス様とのことは、申し訳なかったと思っているよ。だが、時間がないんだ。グレイス様から婚約破棄のお申し出があったことにも関係があるだろう。今、引き止めなければ、エトランジュは五日後には聖サファイアに留学してしまって、聖サファイアを統べる光の聖女の座を、グレイス様と争うことになる」
「――……」
それ、グレイスみたいな女の子なんじゃ……。
闇の聖女である闇巫女様が、光の聖女の座を争う? それも、オプスキュリテ公国でもトランスサタニアン帝国でもなく、聖サファイア共和国で??
すごく、気が進まない。
「辞退させて頂きたいのですが」
「会うだけ会ってみてからというのは?」
何があっても冷静だと思っていた父上が、こんなに熱心なのって、初めて見た気がするけど。
グレイスの時だって、会うだけ会ってみたら見初められて、断らせてもらえなかったんだ。
「父上、少し、疲れたので……結論を急ぐ話なら、どうか、辞退させて下さい」
「――……そうか、残念だよ」