【Side】 エトランジュ ~彩朱の悪夢~
「エトランジュ、ずっと、オレの指導をさけてるよね。それって、やっぱり、オレがサイファ様にしたことのせい?」
「えっ……?」
庭園の片隅で、彩朱様が切り出した。
なんのことかな。
彩朱様と父様は知り合いだったの?
わからないから、私はふるふると首を横にふった。
「本当に? サイファ様の右腕を斬り落としたのはオレだよ?」
私は目を真ん丸にして彩朱様を見たの。
「お父様の腕、あるよ……?」
「えっ。あったとしても、動かないだろ?」
「ううん、抱き締めて下さるよ?」
目を真ん丸にして、マジマジと私を見た彩朱様が、次には満面の笑顔になった。
「なんだ、そうだったのか。あの人も人が悪いなぁ。だったら、教えてくれたらよかったのに。何度も、何度も、血まみれの悪夢を見て、オレ、うなされてたんだぜ?」
「どうして、お父様の腕を斬り落としたの? その記憶がそもそも、悪夢だったんじゃなくて?」
「どうしてって……」
難しい顔をして考え込んだ彩朱様が、かぶりをふったの。
「そうなんだよな。どうしてなのか、どうしても思い出せないんだ。うーん、サイファ様に腕があるなら、最初から全部、ただの悪夢だったのかなぁ。それじゃあ、教えてくれようもないよな」
「そうだよ、彩朱様が誰かの腕を斬り落とすなんて、そんな酷いこと、なさるわけないもの」
「ええーっ!」
なんでだろう。
彩朱様がふくれつらしたの。
「じゃあ、エトランジュはなんでオレをさけるんだよ。全然、オレの指導受けに来ないじゃん」
言いにくくて、私は両手の指をつけたり離したりしながら、上目遣いに彩朱様を見たの。
「火が、こわい……」
彩朱様がフイタ。
「エトランジュ、おまえなぁ! 火がこわくて料理ができるか! ケモノじゃないんだから、怖がるなよ」
彩朱様が司るのは炎術で、とても綺麗なんだけど、聖女である私が彩朱様の力の制御に失敗すると大惨事になるんだもの。
怖がるなって言われたって怖いのよ。
「怖いなら余計だな。ちゃんと、オレんとこにも来いよ。きちんと訓練しないと、本番で失敗するぜ?」
「…はい……」
私がしょんぼり、肩を落として答えたら。
「なぁ、エトランジュってガゼルが好きなわけ?」
「彩朱様、どうして知ってるの……?」
「見てりゃわかるよ、おまえ、わかりやすいもん」
そうなんだ。
「ルーカスが絶対におまえを推薦するから、グレイスも躍起になって対抗してくるんじゃねぇ? あの二人、激烈に仲が悪いからなぁ。翡翠とか蒼紫とか、おまえを気に入ってる光の使徒の推薦も、油断してたら取られるかもな。グレイスはさ、ガゼルのことなんて婚約破棄するくらいどうでもよかったくせに、おまえが気にするから惜しくなったんだよ。オレが言ってること、わかる?」
どうして?
そんなの、全然、わからないよ。
私が涙目でかぶりをふったら、彩朱様がフフンって。
「グレイスはさ、典型的。ひとが欲しがるものが欲しいんだよ。エトランジュが欲しがるものなんて、特にね。何に価値があるのか、自分でわからないからさ」
胸がざわめいて、何だか、不安になったの。
「ま、幼稚ってこと。そういう情緒面を指導する教官も配属されてきてるけど、お手並み拝見ってか、グレイスがその指導を受けなきゃそれまでだからなぁ」
天を仰いだ彩朱様が、私に目を戻した。
「だからさ、マジ、オレの指導もきちんと受けろよな? グレイス、最初はふつうにオレの指導も受けてたのに、おまえがオレを相手にしないもんだから、最近はすっかりご無沙汰なんだよ。グレイスが言った時には『おまゆう』って思ったけど、この試験、恋愛はご法度なんだから。愛しのガゼル様に振り向いてもらえなくても、真面目にやれよ? 聖女サマ」
「ふふ。ありがとう、彩朱様」
そうだね、私、きちんとしなくちゃ。
彩朱様に励ましてもらえて、少し、元気が出てきたみたい。
ガゼル様が振り向いてくれないことなんて、ここに来る前からわかっていたんだもの。
お礼を言って、別の教官へのご挨拶に向かった私が、彩朱様の最後のつぶやきを耳にすることはなかったの。
「ガゼル公子はあれ、グレイスじゃなくてエトランジュを好きだと思うけどな……」