part08 映画鑑賞
「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ(https://ncode.syosetu.com/n0091gc/)」の続きです。
<登場人物>
・東京: 林愛良:武道家、スポーツインストラクター、蕭師匠を尊敬している。
・東京: 坂本崇高:空手家、スポーツインストラクター、愛良と幼なじみ。
・香港: 蕭師匠:古く続く武道流派の師匠。息子たちが小さい頃に、難病の妻に先立たれている。
・香港: 蕭明龍:表向きには師匠の長男ということになっている。実際は師匠の甥(師匠の弟の長男)。
・香港: 蕭明陽:実際は師匠の長男だが、師匠の次男で明龍の弟ということになっている。
・台湾: 張忠誠:武術ライター。
「シークレット・フォーミュラ」
https://ncode.syosetu.com/n0091gc/
「師匠」
師匠が食器を洗っている背後から、明龍は声をかけた。
「晩餐会の主催者からメールが来ていて、寄付のお礼を言われたので、こちらからも今晩のお祝いのお礼を返信しておきました」
「ああ、ありがとう」師匠は明龍を見てからまた前を向いた。
直感で、様子がおかしいと感じた明龍は、師匠のそばまで来た。
「師匠、愛良と何かありました?」
師匠は、食器を洗い終えてから手を拭き、明龍に向き直った。
「お前は本当に、頭のいい子だな」
「何かあったんですね」
師匠は答えにくそうに、ああ、とだけ答えた。
「何があったんですか」
明龍は厳しく問い正すように師匠に聞いた。
「明龍、言わなくてはだめか?」
師匠は、聞かないでほしいというように自分の額に手を当てた。
「いえ、いいんです」
明龍は出て行こうとした。
「待ってくれ」
行こうとする明龍を呼び留め、師匠は廊下に誰もいないことを確認してから、ドアを閉めた。
「やはりお前には秘密にできないな。お前の意見が聞きたい。本当はお前に聞いてほしいんだ。かけなさい」
師匠が言うと、明龍は椅子に腰かけた。
「言い訳はしないよ。愛良にキスしてしまった」
えっ?と驚いた顔をして明龍は師匠を見た。
「それで、彼女は?」
明龍は冷静を装って聞いた。
「受け入れてくれたんだ。だが、そこまでだった。何て言えばいいのかな」
「何と言ってキスしたんですか?部屋に入ってからすぐ?」
「いや、まず妻の話を聞いてもらった。かなり手短に話したよ、お前が私の息子になった経緯もね。一通り話し終わってから、彼女のそばに座って、愛していると告白し、抱き寄せた」
「彼女からの返事は?」
「返事はない。顔を近づけた時、私が何をするのか分かったようで彼女は目を閉じた。私はそのままキスしたんだ」
それから師匠は、ちょっと水を飲むよ、と言ってから、ピッチャーに入っている水をコップに注ぎ、飲んだ。
「キスしながら彼女の背中に手を回したら、彼女も私の背中に手を回してきた。だから、次に進んでもいいのだと思った。私はもう彼女のことが欲しくてたまらなくなって、ソファに押し倒してしまった」
明龍は、辛そうな表情で聞いている。
「彼女は抵抗しなかったんですか」
「ソファに倒す時、一瞬、体をこわばらせたように見えた。それからソファに倒した時、彼女のほうから唇を離して、あなたとこれ以上のことをするのは違うような気がする、と言われた」
「それで?やめたんですよね」
「ああ、もちろんだよ。彼女を愛しているんだから、無理やりにはできないしする気もない。私は彼女を起こして謝ったんだが、彼女が悲しそうな顔をしているのを見た時、彼女を傷つけてしまったのだと思い、とてもいたたまれない気分になって、恥ずかしい話だが私が泣いてしまった。そんなことをしたら彼女が余計に気を遣うのは分かっているのに、涙が止まらなかったんだ」
師匠はしばらく黙ってから、また言った。「彼女はもしかして、私が彼女を妻の代わりにしようとしていると思ったのかもしれない。彼女は単に私に合わせてくれただけなのかもしれないと思って、私は彼女に謝ったんだ」
「彼女の気持ちは彼女にしか分かりませんよ」明龍は投げやりな様子で言う。
「そうだな。それから彼女は、人はみな弱いんだというようなことを言って慰めてくれた」
「師匠、例え彼女があなたのためを思ってあなたに付き合ってあげたのだとしても、それは彼女の自由です。もちろん、俺の目から見て、彼女があなたに魅かれていることは分かりますけどね。だからあなたにされたことは、嫌ではなかったと思いますよ。恋愛は自由だし2人とも独身の大人で、お互いがそれでいいなら、いいんじゃないですか」
「お前、私に言いたいことがあるね。何だ、言いなさい」
明龍はためらったが、言った。
「師匠、俺だったら、話のついでみたいに部屋に呼んで、そんなお手軽に自分の部屋の、ソファの上なんかで行為に及ぼうなんて思いませんよ。長年付き合った恋人か夫婦ならともかく、愛良と初めて付き合おうと思うなら、自分の気持ちを伝えて彼女の意思も確認して、もし彼女がデートしてくれるなら、花か何か簡単なプレゼントをして、ディナーの予約を取りますよ。もし愛しているという感情があり、お互いに触れて愛し合いたいと思ったら、それなりのホテルに案内して、ちゃんと先にシャワーを浴びます。愛している1人の女性として彼女を尊重しますし過去の女性の話なんて彼女の前で絶対にしません。そんな、あなたほどの人格者が即物的に、彼女の返事も待たずにキスしてその場に押し倒すなんて。あなたは彼女よりずっと大人で、彼女はあなたを尊敬しているんですよ。あなたの言うことなら、どんなことでも素直に聞きます。その彼女が、キスまででやめてほしいと言ったんですよ?下手をすればあなたと気まずくなるのに」
「お前の言う通りだ」
師匠は手で顔を覆った。
「妻が生きていた頃、私は妻の良き夫でありたいと思って、必死でそうしてきた。だけど愛良に対しては、自分の欲求ばかりが先行してしまう。待てないんだ。彼女にいろんなことを察してほしいと考えてしまい、彼女を早く自分のものにしたいと考えてしまうんだ。前に会った時と併せてもまだ5日くらいしか経っていないのに。冷静さよりも私を受け入れて欲しいという気持ちが勝ってしまう。彼女に再会する前は、愛しているなんて絶対に言ってはいけないと思っていたのに、言ってしまった上にキスまでしてしまった」
「あなたは彼女が来る前、明陽にさんざん、彼女は1週間しか滞在しないのだから、できるだけ楽しく平穏に過ごせるようにしろと言いましたね」
「ああ。それを自分で破ってしまった。しかも、後先のことなど全く考えずに行動してしまったよ、ドアの向こうにはお前たちがいるのに。彼女の気持ちや、彼女の立場などお構いなしだった。彼女を愛しているという気持ちがあるはずなのに、取っている行動は自分勝手なことばかりだ。それを彼女が許してくれるから、彼女に甘えているんだ」
師匠は反省するように頭を抱えた。
「私は彼女を、本当は愛していないのかな。私には娘がいないから分からないが、確かに彼女を娘のように感じることもある。常に愛情を注いでやりたい気持ちになるし、彼女が可愛くて仕方がない。出会ったばかりなのに、こんなに夢中になってしまうなんて」
明龍は答えなかった。師匠の気持ちは分かる。何故会ったばかりなのに、こんなに彼女を好きになってしまったのだろう。彼女を意識しすぎて、普段とは違う自分になってしまうのは明龍も同じだった。
「明龍、やっぱりお前が愛良に一番ふさわしい。彼女を尊重して接しているのはお前だけだ。お前はいつも冷静だね。廊下で明陽が愛良と対決した時、私は明陽を叱ったが、私も結局明陽と同じことをしている」
師匠は考え込むようにうなだれていた。
「師匠、あなたは混乱しているだけだと思います。俺も愛良の前では、緊張してしまって普段の自分ではなくなっているのに気づくことがありますから。俺だって彼女の前では冷静なんかじゃありませんよ」
彼女は武道家としても凄い女性ですからね、と明龍は落ち着いて言った。
「師匠、あなたは愛良と出会ってから、少し変わりましたよね。普通に大人しくて優しかったあなたが、快活になったし、ご自身の身なりを気にするようになった。表情も前より豊かになった気さえするんです。もともと同年代の人より若く見えていましたが、さらに若々しく魅力的になった気がするんですよ」
師匠はそれを聞いて、お前だって急に表情が豊かになったよ、と静かに笑う。
「俺は、そんなあなたのお手伝いがしたくて、審美歯科に連れていったり、美容サロンに案内したんです。そこであなたが鏡を見てご自分の変化を喜んだり、今まで同じ色しか選ばなかった白髪染めの色を、お店の人のアドバイスを熱心に聞いて一生懸命選んだりするのを見て、すごく嬉しい気分になりました。愛良はあなたの顔色が明るくなったと言っていましたが、顔のパックのせいじゃなく、本当に内面から明るくなったように感じました。彼女のことを愛しているからだと思ったんです。だから俺は、あなたが偽りなく純粋に彼女を愛しているんだと思っていますよ。彼女が可愛くて仕方がないのは、あなたを見ていてよく分かります」
「ありがとう。お前が私に自信をくれたんだよ。この歳で体臭を気にして脱毛なんて、笑われて当然なのに、お前は私の悩みを聞いて、真剣に受け止めてくれた」
「師匠、さっきは責めるような言い方をして済みませんでした。愛良にキスしたと知って、嫉妬したんです。でも、今夜の彼女の様子だけを見ても、彼女があなたに夢中なのはよく分かりましたよ」
「そうかな、でも、振られてしまったよ」
「結果なんかすぐに分かりませんよ。俺だって最初の女性と付き合った時は、デートみたいなことを半年くらい重ねてやっと本格的に付き合い始めたんですからね」
明龍は笑った。
「お前は慎重派だからね。そんなお前が、愛良にはすぐ積極的になってしまったから、明陽も私も驚いたんだよ」
2人は笑い合った。
「さあ、明陽が映画を観ると言っていましたから、ちょっと行ってみましょう」
ドアを開けて2人が出ると、奥のリビングで愛良と男たちが歓談する声と、映画を見ているらしい音が聞こえてきた。
2人がリビングまで来ると、3人掛けソファに明陽、崇高、忠誠が座り、愛良は1人掛けに座って映画を観ているところだった。愛良は明龍と師匠に気づき、ソファを立ってやって来た。
「どうしたの、2人とも」
「ああ、ちょっと仕事の話をしていたら、思いのほか長くなってしまって」
何だ、もう着替えちゃったんだね、と明龍は、メイクを落として普段着姿になった愛良に言う。
「ええ。女中さんに、クリーニングに出すから帰ったらドレスと靴は預けるように言われてたの。あなたたちもそうでしょ?高級品だから、汚したら大変だものね」
それから愛良は師匠を見た。
「師匠、大丈夫?お疲れなの?」愛良は心配するように師匠を見て、優しく微笑む。
「いや、大丈夫。疲れてないよ」
「もうお休みになる?明陽が面白い映画を見せてくれているところなの。良かったらご一緒にいかが?」
「何だお前たち」師匠は笑いながらテーブルの上の果物を見る。「あれだけ食べてまだ足りないのか」
崇高と忠誠は、さっき持ち帰って来た酒の中に、切った果物を入れて飲んでいた。
テーブルにはさっきの花が飾ってあったが、愛良は「倒すといけないから」とダイニングテーブルのほうに置きに行ってから、戻って来る。
「みんなが果物を切ってくれたのよ。師匠もいかが?おいしかったわよ」
あなたも、と愛良は明龍に言う。
「俺たちがむいて、愛良に無理やり食べさせてたんだよ」明陽が兄に言う。
「私はもうおなかいっぱいなの」
「何の果物だい?」
師匠が皆の所へ来て、ソファに座る。
「桃とマンゴーとパッションフルーツですよ」崇高が答え、師匠もどうぞ、と勧める。
師匠は一切れ選んで食べて、甘くておいしいね、と笑顔になった。
「今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」愛良は明龍に言う。「本当は、段取りは全てあなたで、みんなの気づかないところで一番苦労したのもあなたでしょ?お疲れ様。お陰で素敵な時間が過ごせたわ」
「楽しんでもらえてよかったよ」
愛良、早く続きを観ようぜ、と明陽が声をかける。
「何を観始めたんだよ」明龍は弟に、静止画の画面を見ながら言う。「何だっけこの映画」
「コメディ映画だよ。ローカルネタが多いから、俺の解説付きで見せてやってるんだ」明陽は兄に映画のパッケージを見せてやりながら言う。
「お前の解説付きなんて、うるさくて仕方ないだろ」
そうだろ?と明龍が愛良を見る。
「そうなの。最初の何でもないシーンでちょっとよそ見しただけで、すごく怒るんだもの」
「馬鹿。最初にあそこをちゃんと見ておかないと、最後のオチがオチだって分からないんだよ。お前は肝心な所で目をそらすんだから」
「あなたが果物を食べろって言うから、ちょっとテーブルの上を見ただけじゃない」
ああ、最初からその調子じゃ疲れて観る気なくすな、と言う明龍。
「怒らずにちゃんと戻して観せてやればいいだけだろ」
「ちゃんと戻って観せてやったよ。最後のオチにつながるんだからな」
「馬鹿、オチって言うなよ。何で黙って観せないんだ?」
愛良が席に戻って観ようとすると、明陽が画面を再生した直後にいきなり早送りを始めた。
「ちょっと、何で急に早送りするのよ」
「ああ、ここのシーンはつまらないんだよ、この2人がイチャついてゴチャゴチャやって、ほら、つまんないだろ?」
「話が分からなくなるじゃない」
「どうでもいいシーンだから大丈夫だよ。それより面白い所で一旦止めて俺の解説入れてやるから」
早送りでも字幕が出てんだから字幕見ろ字幕、と言う明陽。
愛良も他の男たちも、呆れて抗議をする気も起きなくなっていた。
「ほら、ここ!隠れたハイライトシーンだよ。俺このシーン大好きなんだ」
明陽は1人で目を輝かせている。愛良たちはそれがおかしくて思わず吹き出した。
「よく見てろよ。こいつらがここにやって来るだろ?そしたらな」
はいはい、と愛良たちは付き合ってやっている。
「おい、今のセリフ、意味分かる?分からないだろ?」明陽はあるシーンで画面をストップさせて愛良に聞く。
「分からないわよ」
「この俳優はな、この時期にTVドラマにも出てたんだよ。そのドラマのタイトルがこれ」と明陽は得意げに字幕を指差す。
そうそう、このドラマはよく再放送をやってるけど、私は最初の放送で見たよ、と師匠は言い、明龍は、俺は再放送で見た、と言う。
「つまりそのドラマが劇中のネタになってるの。これ香港在住の奴じゃないと分からないだろうな」
明陽が1人で納得しながら笑っているのを冷ややかに見つめる、愛良とその他の男たち。
それから明陽は数秒再生させてまた止める。
「何よ」
「今説明するから。いいか、これはTV局の名前だ」お前日本人だから知らないだろ?と明陽は字幕を指差しながら言う。
「この俳優はこっちの局のドラマに出てるのに何であっちの局にも出てるんだ?って勘違いしているところがギャグなんだよ」
「あっそ」
「何だよ、俺の説明で納得しただろ?」
「したから早く続きを見せてよ」
「何だとこら。お前、また桃を無理やり食わせるぞ」明陽がくだを巻いているので兄に軽く殴られる。
「愛良、無理に食べさせられたの?」
明龍が愛良を見たり、崇高と忠誠を見たりしながら聞く。
「あのね、映画を見る前にゲームで、私が目を閉じて、明陽に食べさせてもらったものが、桃かマンゴーかパッションフルーツか当てろって言われて、本当は桃だったんだけど私はマンゴーの香りみたいな気がしたからマンゴーだって答えたら、無理やり桃を口に押し込まれたの」
「お前なあ」明龍が弟に説教しようとする。
「あのね」愛良が明龍を止める。「小さい一切れよ。スプーンにのせられたものを、ちょっとだけかじって私がマンゴーだと答えたら、違うって言われてそのまま食べさせられただけ」
「黙って見てたの?」
明龍は崇高と忠誠に聞く。「だって、一瞬の出来事だったから」と2人は答える。
「ほっとくとこいつは興奮してエスカレートするからな。愛良も変なゲームに付き合っちゃだめ。こいつの前で目を閉じるなんて、怪しいことされるに決まってるじゃないか」
俺を変態扱いするなよ、と明陽が兄に抗議する。
「崇高も忠誠もいたから大丈夫よ」愛良は兄弟喧嘩にならないよう一応、明陽をかばう。
「いいじゃん、親父だって愛良におかゆを食べさせたことがあるんだから、俺だって果物くらい食べさせてやってもさ」
明陽が真顔で言ったので、師匠と明龍は、はっとした。昔確かに、明陽は父が母に食事をさせる時の真似がしたくて女中に果物を切らせ、病床の母の所に持って行き、目を閉じさせて何の果物か当てる遊びをしていたのだ。
「明陽」
明龍はそう言ったまま何も言わなくなり、師匠も黙ったので、愛良と崇高と忠誠は、きっと今の話は明陽の母親に関係することなんだろうと理解した。
「ねえ明陽」愛良は明陽に言う。「さっきあなたが食べさせてくれたから、今度は私がしてあげるわ。目を閉じて」
明陽は驚いた顔をしたが、嬉しそうに目を閉じる。
「当てたら映画の続きを見ましょう。外れたら、私はもう部屋に戻るわ」
「嫌だよ」目を閉じたまま明陽は言う。
「じゃあ当てて」
愛良はパッションフルーツの実をスプーンですくって、明陽の口元に当てた。
「簡単でしょ?」
「簡単ってことは…」明陽は匂いを嗅いだ。少し酸味のある香りだった。「パッションフルーツだな」
「正解よ」
明陽はスプーンを口に押し込まれて目を開けた。愛良は微笑んでいる。
明陽は照れたように笑った。
それを見ていた師匠はまた妻を思い出して涙ぐみ、明龍は師匠の肩に手を置く。
「映画の続きを見せて。まだ解説することがあるの?」
「ああ」明陽は食べてからスプーンを置いた。「あるよ」
明陽は映画の続きを再生した。
「もう移転しちゃったけど、このシーンの撮影場所はこの映画会社の近くだよ。その映画会社の社屋も社長の屋敷も今は廃墟になってる。今度お前たちを招待するうちの別荘が、今映ってる場所の先にあるんだ。この場所は昔とあんまり変わってないよな?」
明陽は兄に聞く。明龍は、ああそうだな、と答える。
「これ、コメディで現代劇だから、あなたの好きな復讐ものの武術映画ではないのね」愛良は聞く。
「そうだよ。お前が一緒に観てくれるんだから、俺の趣味は抑えて、お前に合わせてやったんだよ。でもメインの役者たちは武術映画の主演俳優だし、話はある意味、復讐だけどな。最初の小競り合いで負けた方が、相手にひと泡吹かせるんだから」
愛良と息子の会話を聞いて、師匠は昔を思い出していた。
妻のベッドの脇にはTVがあり、子供だった明陽がヒーローものの番組の時間になると母親と一緒にTVを見る。彼女は登場人物について明陽に尋ね、明陽がよく解説してやっていたのだ。
「でも、武術俳優が主役をやってるわりには、アクション・シーンが全くないのね」
「そうなんだよ。これはただの喜劇なんだ。この頃はもう武術映画は時代遅れになってたんだよ。ここの映画会社が潰れたのもこの数年後だし」
やがて、最後のオチが来て、映画はジ・エンドとなった。
「オチってこのことだったのね」
愛良は笑顔で明陽を見ながら、面白かった、と拍手する。
「なあ、俺、興奮してうるさかっただろ?」明陽は愛良に聞く。
「いいえ、うるさくなかったわ。解説ありがとう」
愛良が果物の皿を片づけようとするので、明陽はそれを止めた。
「いいよ、お前疲れてるだろ。俺たちがやるからもう寝ろよ」
他の男たちも、俺たちがやるからもう寝な、と愛良に言う。
「いいの?ありがとう。果物もおいしかったわ。じゃあ私、もう寝るわね」
愛良は立ち上がり、お休みなさい、楽しかったわ、と言って部屋に戻っていった。
「お前、何だか急に素直になったじゃん」
なあ?と崇高が忠誠に同意を求めながら明陽に言う。
「別に、俺はただ、ちょっと喋りすぎたかなと思ったんだよ」
「愛良は優しいから、うるさくなかったって言ってるけど、本当はうるさかったからな」明龍は弟に言いながら、そばにあったチャイナドレスのカタログで頭を叩いてやる。
明陽はカタログを奪い取ると、ページをめくって愛良の着ていたチャイナドレスのページを開く。忠誠も隣に来て一緒に確認しながら、うーん、と首をかしげている。
「どうしたの?」崇高がのぞき込む。
「いや、愛良が着てたドレスのスリットの高さが、どうもこのモデルが着てるのと違うような気がするんだよ」と明陽と忠誠はスリット部分を指差す。
「そんな所見てたのか?」崇高は呆れ声で言う。
脚の長さかなあ?身長が違うんじゃない?と議論する明陽と忠誠。
そのそばで師匠は、別荘に行く日の夕食のことを皆に話したかい?と明龍に聞く。
「ああそうだ、別荘に泊まる日のことだけど」明龍は男たちに声をかける。「愛良がお昼にサンドイッチを作ってくれるそうだから、俺たちは夜、彼女のためにバーベキューをしようと思うんだけど、どう?」
いいね、と男たちは答える。
「お前はサンドイッチを作ってくれと愛良にお願いした張本人なんだから、特別に彼女のために何か作ってやりなさい」師匠は息子に言う。
「もう考えてるよ。家に余ってるワインでサングリアを作ってやろうと思うんだ。作り方はネットに出てるし」
サングリア?お洒落!俺も手伝うよ、と忠誠が言い、じゃあ俺は味見係だ、と崇高は言う。
男たちがわいわい騒いで計画を練っている頃、愛良は今夜のことを思い出しながら眠りについていた。
「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ」の続きです。
「シークレット・フォーミュラ」
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更新頻度:
なるべく1ヶ月に1度を目標に連載投稿していく予定です。