part07 師匠の部屋へ
「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ(https://ncode.syosetu.com/n0091gc/)」の続きです。
<登場人物>
・東京: 林愛良:武道家、スポーツインストラクター、蕭師匠を尊敬している。
・東京: 坂本崇高:空手家、スポーツインストラクター、愛良と幼なじみ。
・香港: 蕭師匠:古く続く武道流派の師匠。息子たちが小さい頃に、難病の妻に先立たれている。
・香港: 蕭明龍:表向きには師匠の長男ということになっている。実際は師匠の甥(師匠の弟の長男)。
・香港: 蕭明陽:実際は師匠の長男だが、師匠の次男で明龍の弟ということになっている。
・台湾: 張忠誠:武術ライター。
「シークレット・フォーミュラ」
https://ncode.syosetu.com/n0091gc/
師匠にはそれがまるで、自分だけに対する特別な微笑みのように感じられた。
「愛良」帰宅して皆がリビングに向かっている時、師匠は言った。
「もう少し私の話に付き合ってくれないか」師匠は、君に昔の話を聞いてほしいんだ、と言った。
「ええ、いいわ」
え?何で?と明陽は不満そうな顔をして愛良を見る。
「2人だけで話すの?俺たち抜きで?」
「そうよ」愛良は、師匠はきっと奥さんの話をしたいのよ、と明陽に言う。師匠はそれを否定しなかった。
「俺、家に着いたらみんなで映画を観ようと思ったのに」明陽は言う。
「そうね。じゃあ師匠、30分くらいでお話を聞かせて下さる?」
30分も?とまた明陽が不満そうに聞くので愛良は、どうせあなたはお母さんの話、師匠が話そうとしても聞いてあげないんでしょ?だから私が聞いてあげるのよ、と答える。
「大丈夫よ」いぶかしげな顔の明陽を見て、愛良は安心させるように微笑む。
「飛びかかってきたらぶっ飛ばせよ?」
愛良は吹き出しつつ、うなずいた。「そんなことしないから大丈夫よ。お話を聞いてあげるだけ」
「親父」明陽は、父親と愛良を遮るように立つ。「愛良は、ドレスを買ってもらったり、いろいろしてもらってるから親父のわがままを聞いてやるんだぞ。親父に気があるわけじゃないからな」
それから愛良のほうを見る。
「お前も嫌だったらちゃんと断れよ。遠慮することないからな」大体、30分でできる話なんか今日しなくてもいいじゃん、と明陽が言うと、そんなこと言ったら映画だって明日でも観られるってことになっちゃうわよ、と愛良は答える。
「明龍」師匠は明龍を呼んだ。
「悪いが、私の部屋にお茶を持ってきてくれないか」
師匠はそう言って、ドアを開けて愛良を部屋に入れた。
「疲れているのに、悪いね。かけてくれ」
愛良はソファに腰かけた。師匠はそこから離れた、ライティングビューローの椅子に座った。
「今日はお披露目に付き合ってくれてありがとう」師匠は少し緊張したように微笑みかける。
「いいえ。楽しかったわ」
明龍がお茶を持って入って来た時、開いたドアから明陽が覗き込んだ。
「そばにベッドがあるからって早まるなよ」
「そういうことはしないって言ってるでしょ」愛良は笑いながら明陽に答え、映画の準備お願いね、と言う。
明龍がそれぞれの前にお茶を置くと、師匠はありがとう、と言った。
明龍は「おかわりを持ってきますので、必要なら呼んで下さい」と言うと、師匠はうん、とうなずいた。
それと、と明龍は言った。「彼女は疲れているはずですから、30分と言っていますが15分くらいにしてあげて下さい。もし長い話ならなおさら明日にしたほうがいいでしょう?」
「ああそうだな、分かった」師匠が言うと、ドアから覗いていた明陽は兄にガッツポーズをしてみせた。
明龍は、またあとでね、と愛良に声をかけ、出て行った。
ドアが閉まると、師匠は言った。
「明陽には、君に妻の話なんかするなと以前から言われている。だが、君が聞いてくれると言ってくれたから、話すよ」
「明陽は、あなたが私に奥さんの話をすると、私が傷つくと思ってるのね」
「息子は君に対する優しさからそう言ってるんだ。君がその、私を尊敬してくれているようだから」
「ええ、でも前回も今回も思ったけど、明陽もあなたもすごく奥さんの話をしたそうに見えるわ。だから、あなたがもし私に話してもいいと思えることなら、いくらでも話して」
愛良は笑った。
「それに、何かの折りにふと奥さんを思い出しているみたい。私が女で、まるで家族みたいにあなたの家庭に入り込んでしまっているから、つい奥さんのことを思い出してしまうんでしょう?そんな時は、私に思い出話をしてくれていいのに、あなたは切なそうな顔をして黙ってしまうわ」
その方がそうでしょ?と愛良はライティングビューローの上にある写真立てを指差した。
そうだよ、と師匠は写真立てを手に取った。若い頃の師匠と妻が映っている。
「とても可愛らしい方ね。その写真ではご病気には見えないわ。幸せそう」
今日来た写真屋さんのお父さんがこの写真を撮ってくれたんだよ、と師匠は答え、写真立てを元に戻した。
「奥さんとはどうやって出会ったの?」
じゃあその話からしよう、と師匠は言った。
「ドラマチックな出会いじゃないんだよ」師匠は笑う。「彼女は3歳年上だったんだ」
「あら?写真だと師匠のほうが年上みたいに見えるけど、奥さんが年上だったのね」
「そうだよ。彼女と出会ったのは私が小学校に上がったばかりの、つまり6歳頃のことだ。学校が終わり友人の家に行くために道を歩いていたら、可愛らしい女の子が、ある家の戸口に座って私をじっと見ていたんだ。学校では見かけたことがない女の子で、誰なのかと思って顔をよく見たら、女の子は笑いだして、あなたあそこの道場の子でしょ、って。彼女は窓からよく道行く人を眺めていたそうで、私のことを知っていた。それが私たちの初めての出会いだよ。その後、彼女は体が弱くて学校を休みがちだということが分かった。子供だった私に同情心はなく、病気って何だろうというただの好奇心から、何かのついでに彼女の家に寄るようになった。外で一緒に遊ぼうと言って何度か連れ出そうとしたが、怪我をするといけないからと彼女の両親に止められたものだから、外で遊んだことはない。だけど、私が遊びに行くようになってから、彼女が明るくなったようで、私にもっと遊びに来るように彼女の両親からお願いされたんだ。お母さんはお菓子も作って迎えてくれた。そうしているうちに、いつしか自分が彼女に恋をしているという自覚が芽生えてきた。そして大きくなったら彼女と結婚すると決意し、彼女にも話した。彼女はOKしてくれた。私は成人して、自分では一人前になったと思った頃、私の父親と祖父に、彼女と結婚したいと言った。当然のことながら反対されたよ。病弱だから子供が産めない、長男なのに跡取りを産めない女と結婚するな、とね。当時は一般的にそういう考え方だったんだよ。だが、それを不憫に思ったのと、既に結婚を考えている恋人がいる私の弟、つまり明龍の父親だが、彼が私の味方をしてくれたんだ」
その頃は、長男より先に二男が結婚するなんてもってのほかという風潮だったから、弟は自分が結婚するためにも私に先に結婚してほしいという気持ちがあったんだと思う、と師匠は言った。
「それは彼女の妹も同じだった。彼女の妹も、結婚しようとしている男性がいるのに病気の姉の存在があった。いずれ母が年老いたら自分が姉の介護をしなければならなくなるし、兄弟姉妹に病人がいる女と結婚してくれる男は珍しい、そんな時代だったんだよ。姉の問題が早く片付けば、自分も早く結婚できるからという理由もあって、妹さんも私たちの結婚を後押ししてくれた。妹さんは、最初は相手の親から結婚を反対されていたんだ。病人のいる家の人間と結婚して子供もその病気になったらどうするんだ、親が高齢になったら姉の介護はどうするんだと、言われていたらしい。妻の病気は遺伝ではないのだが、ただでさえ病気の姉を持つという負い目があるのに、結婚までの期間が長引くことで相手の男性や家族が心変わりしてしまうのを妹さんは恐れていたようで、当時はとても焦っていたね」
他にも私たちが結婚にたどり着くまでに、色々と困難があったんだけどね、と言い、師匠は続けた。
「私たちは一つ一つ困難を乗り越えていったんだけど、最後に私の祖父と父が私たちの結婚を許す条件として、私の妻は子供が生めないから、私の弟が結婚して、産まれた子供が男児だったら、私たちの子供にする、というものだった。当時は子供ができない夫婦は、兄弟の子供を養子にもらうということは、そんなに珍しいことではなかった。だけど、結婚する前からそれが条件という例はあまり聞いたことがない。弟は、それでも結婚できるのならそれでいいじゃないかと彼の妻に話したが、彼の妻のほうは猛反対さ。好き好んで産めない女性と結婚した人に、何で自分たちの子供をあげなければならないのかってね。確かにその通りだよ。そして、かなり辛かったのだと察するが、弟の妻は最終的にその条件をのんでくれた。おそらく今でも納得してくれていないと思う。ここまで長い時間が経っていたが、私たちはついに結婚することができた。弟夫婦もそのあとすぐ結婚し、最初の子は男の子だった。つまり明龍だよ。以降、皮肉なことに弟夫婦には子供ができなかった。病院でも何が原因で子供ができないのかは分からなかった。ところで、私の妻が子供を産めないと言われていたのは、出産に耐えられる体ではないという意味であって、妊娠できないということではなかったんだ。つまり、健康な女性と比べると、妊娠後何ヶ月も母体に非常な危険を伴った状態にあるし、出産すれば死んでしまう、子供も死んでしまう可能性が高いというのが医師の変わらない見解だった。そして産めないと言われ続けてきた私の妻が突然、子供が欲しいと言い出し、いろいろあった末、結果的に子供を産むことができたんだ。子供、つまり明陽は元気に産まれてきてくれた」
そこでまた一波乱あるんだけどね、と師匠は言った。
「明龍と明陽は本当の兄弟のように仲良くしているが、私と弟は結婚以来、対立しているわけではないが、どこかよそよそしい関係になっている」
それにしても、本当にいろんなことがあったなあ、この辺りの話はまた聞かせてあげようね、と師匠はため息をついてからお茶を飲んだ。
「何十年にも渡る話を15分にまとめるのは難しいわ」と愛良は言った。
「ただもう、過去のことだ。もう全て終わってしまった」彼女の苦しみも終わった、と師匠はつぶやいた。
「息子たちは立派に成長してくれた。明龍が、修行にのめり込み過ぎて精神的に辛い時期を送ったことはあったけど、それ以外で大きな問題が起こることもなかった。私も、息子たちや門弟、使用人たち、近所の皆さんや武道仲間など、いい人たちに恵まれたお陰で良い人生を歩んで来られた。そしてある時、君と出会ったんだ」
本当に、君という存在には驚かされたよ、まさか分派の継承者が本当に存在していて、私たちの道場にやって来るなんてね、と師匠は言った。
「恥ずかしいわ、私が攻撃を受けて倒れた所へ、あなたがいらっしゃったんでしょう?」愛良は言った。「それからずっとあなたたちの前で眠ってたなんて、今考えると本当に恥ずかしいわ」
「私は君に出会えて嬉しかったよ。今も一緒にいられて嬉しいんだ」
「私も、尊敬するあなたとこうしてお話ができて嬉しいわ」
そう言って微笑む愛良を見て、師匠はまた、彼女が自分だけに特別に微笑んでくれたように感じた。
ひょっとして今が、自分の気持ちを彼女に伝える絶好の機会なのではないか?
「愛良、実はもっと大事なことを話したくて…」師匠は言いかけた。「あのね、愛良」
師匠の心臓の鼓動が早まる。本当に今、言っていいのだろうか?そんなことを冷静に考える気持ちは吹き飛んでいた。
師匠は椅子から立ち、愛良の座っているソファの隣に腰掛けた。
愛良は隣に座った師匠を避けるようなことはしなかった。
「何?」愛良は表情を崩さずに、優しく問いかけた。
「君を愛している」
精一杯の声を振り絞って、師匠は言った。
愛良は師匠を見ながら恥ずかしそうな顔をしたが、何も言わなかった。
師匠の手が愛良の背中に回り、優しく抱き寄せるように動いた。
2人の顔が急接近する。
愛良はほんの一瞬、驚いたような目をしたが、キスされると分かり、師匠に体を預けるように、抵抗することなく力を抜き、目を閉じた。
師匠の手が愛良の頬に優しく触れ、唇が愛良の唇にゆっくり重なる。
緊張して硬くなった愛良をリラックスさせるように、師匠が愛良を抱いたまま背中を撫でると、やがて愛良の片手が師匠の背中に回り、もう片方の手は師匠の肩に添えられた。
長いキスを続けながら、師匠が少しずつ彼女の体をソファに倒し始めた時、彼女が一瞬、抵抗しようとして体を硬くしたように思えたが、彼が彼女のチャイナドレスの滑らかな感覚に恍惚としながら背中や腕を撫でてやると、また力が抜けたように身を任せてきた。
2人の唇が重なったまま、やがて愛良の体が完全にソファに沈み、しばらくした時、彼女はふいに唇を離した。
「師匠」
師匠は彼女を見下ろした。
うっとりした表情で目を閉じていた愛良は、やがて目を開けて真剣なまなざしで師匠を見た。
「ここまでよ」愛良は済まなそうな目で師匠を見上げていた。「ごめんなさい」
師匠ははっとして、彼女の体を抱き起こした。まさか、今、彼女は。
「あなたとこれ以上のことをするのは、違うような気がするの」
師匠は気づいた。もしや彼女は、自分を妻の代わりだと思ってキスさせてくれたのだろうか。それどころか今日のお披露目も、チャイナドレスを着てくれたのも、自分が妻の代役になっていると感じながらだったのだろうか。
「ごめんよ、愛良…違うんだ」師匠は愛良を愛おしそうに抱きしめた。「私の可愛い愛良」
そして、何か言おうとしたが、言えなくなり、肩を震わせた。
「済まない、愛良」
師匠は今、愛良が悲しそうな顔をしながら拒否したことに気づいていた。どうしたらいい?彼女を泣きたい気分にさせてしまった。彼女はどんな気持ちで拒否したのか。自分は彼女に好かれていることを知っていながら一方的に妻の思い出話をし、それから彼女を愛していると言い、キスしてしまった。そして、それ以上のことを彼女にできるとさえ思ってしまった。
「愛良、今日はお披露目に付き合ってくれて、私は本当に幸せな気分を味わった。君にお酒をついでもらったり、食事を取ってもらったり、君にお茶を入れてあげたり、おしゃべりしたり。夢ではないかと思うほど嬉しかったよ」
涙が出て来てしまった、ごめん、と師匠は謝る。
愛良は、いいのよ、と微笑みながら首を振った。
「今日、君をエスコートして初めて、恋人とデートしているような気分になった。君を恋人みたいに思ってしまった。それでキスしたいと思ったんだ」
「師匠、私を恋人みたいに思ってくれたなんて嬉しいわ」愛良は師匠の肩を撫でた。「それに、ずっと憧れていた、大好きなあなたにキスしてもらえるなんて、夢みたいよ」
愛良は部屋を見回して、ティッシュの箱を見つけて取ると、師匠のそばに置いた。
「信じてくれ。君を妻の代わりにしたつもりはない」
「我慢せず泣いていいのよ。あなたは大人だし、父親だし、お金持ちで名誉もあるけど、奥さんのことで辛かったら泣いていいのよ。私がいることは気にしないで」
師匠はティッシュで涙を拭いたり鼻をかんだりしている。
「でも、昔のことだ。もう、随分昔のことなんだよ」師匠は顔を上げて愛良を見、すまなそうに笑った。
「いいえ、どれだけ時が経っても、まだ思いきれていないなら、好きなだけ泣いて。そんな機会、あまりないでしょ?」
今度は愛良のほうから師匠を抱き抱えるようにすると、師匠は愛良の体を抱きしめて再び肩を震わせて泣き始めた。
「愛良、聞いてくれ。分かっていたんだ。彼女を好きになってしまった時から、彼女の命が長くないことは知っていた。私が愛しても、彼女はすぐ死んでしまうことは分かっていた。結婚する時も、将来彼女の死に立ち会うことは覚悟していた。明陽が産まれた時もだ。そして医者はもちろん、私の目からももう数日もつかどうか、と思った時も覚悟した。彼女は私に、素晴らしい人生だったと言ってくれた。ずっとその日が来ることは分かっていた。彼女を愛していたから、乗り越えられると思っていた」
愛良はなぐさめるように、師匠の背中を撫でた。
「だけど愛良、私は弱い男だ。君に出会ってから私は君に妻の面影を求めてしまった。君の何気ない一言を、妻の口癖にこじつけて、君を妻と比べてしまった。無理やり君と妻を重ねてしまったんだ。済まない。明陽の言う通り、君は確かに1人の人間だ。他の誰でもないよ。私などより明陽の方が、君を心から思いやっている。私は、私の弱い部分を君に投影しただけなんだ。私は妻の死から立ち直っていない、ただの弱い男だ」
「師匠、みんな弱いのよ」
師匠は愛良を離し、彼女を見つめた。
「そして、それでも君を愛しているんだよ。信じてもらえるかい?」
愛良は黙って目をそらした。
「君を心から愛してしまった。だけどこの感情は、本当に君への愛なのか?私は君を利用しているだけかもしれない」
師匠は愛良を見ていたが、愛良はうつむいているだけだった。
「愛良、君を傷つけてしまったんだね」傷ついてなんかないわ、と静かに言う愛良に師匠は首を振る。
「君と初めて言葉を交わしたあの日、私は恋に落ちてしまったことに気づいて、それを認めまいとした。出会ったばかりの、年齢も違う君に、この感情を知られたくなかったんだ。だけど君がそばにいると、どうしても言ってしまいたくなる。君が好きだって。正直に言うと私はもう君を、本当の家族のように思ってしまっているんだ」
愛良は、ありがとう、と微笑みながらうなずく。そして師匠の告白に答えるように師匠の片頬に手を添え、頬に一瞬だけキスした。
「私もあなたが好き」
愛良のほうからキスしてきたことに師匠は驚いたが、目に涙をためたまま微笑んだ。
「もちろん、あなたたちみんなが好きよ」
愛良はティッシュを取り、師匠の両眼を優しく拭いてやる。
師匠は、もう大丈夫だよ、ありがとう、と言いながらティッシュを受け取って目元を拭きながらライティングビューローの椅子に戻った。
愛良はお盆に湯のみを乗せ、「明龍におかわりを持ってきてもらいましょう」と言いながらドアの方へ向かった。
ドアを開けて廊下の突き当たりを見る。リビングにいる明陽たちが、ドアが開いたのに気づいてこちらを見ていた。
「明龍いるかしら?お茶のおかわりが欲しいんだけど」
「兄貴はメールが来たとかでパソコンのほうに行っちゃったから、俺がやるよ」
愛良は、やって来た明陽にお盆を渡した。
「おいしいお茶を入れてくれる?」「ああ」
明陽はドアごしに父親の様子を伺った。泣いたばかりのような目の父親を見てはっとしたが、すぐに愛良を見た。
「お茶を持って来るよ」
愛良はドアを開けたまま、ソファに戻った。
「明陽がお茶を入れてくれるんですって」
「ああ、あの子は何を選んでくれるのかな。うちには香りのいいお茶がいっぱいあるからね」
まるで夫婦のような会話だ、と師匠は思った。愛良、君が私の妻になってくれたらどんなに嬉しいことか。いつもこうして、夜は夫婦として子供たちのことを話し合い、寄り添ってベッドで眠ることができたらどんなに幸せなことか。
しばらくして明陽がお茶を持って入って来た。
「親父」明陽は、まだ目の赤い父親に言った。「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
「何で離れて座ってるんだ?」
明陽はお茶をテーブルに置きながら言った。
「同じソファに座ればいいじゃん。お披露目の時、あんなにいちゃついてたくせに」明陽は言うと、愛良は笑った。
「そうだった?私、嬉しかったの。憧れの師匠が私をエスコートして下さるなんて」
「お前、親父にメロメロだったからな」
愛良は、そうね、と言いながら、ただ微笑んでいた。
「明陽、お茶ありがとう。これもいい香りね」
師匠も明陽にありがとう、と言う。
明陽はお茶を飲む愛良を見つめていた。
「そうだ、早くみんなで映画を観ようよ。準備してあるんだ」
「どんな映画なの?」
「この間言ってたギャグ映画。お前、絶対に笑い転げるぜ」
「師匠もご一緒にいかが?」愛良は師匠に聞く。
「ああ、この食器を洗ったら、そっちに行くよ」君は先に行っておいで、と師匠は言う。
「私はまずこのドレスを女中さんに預けるように言われてるから、部屋へ戻って着替えてから行くわ」愛良は明陽に言う。
分かった、と明陽は言い、ちらっと父親の様子を伺ってから、行ってしまった。
「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ」の続きです。
「シークレット・フォーミュラ」
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更新頻度:
なるべく1ヶ月に1度を目標に連載投稿していく予定です。