表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

part04 チャイナドレス選定・愛良と明陽対決

「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ(https://ncode.syosetu.com/n0091gc/)」の続きです。


<登場人物>

・東京: 林愛良はやし あいら:武道家、スポーツインストラクター、蕭師匠を尊敬している。

・東京: 坂本崇高さかもと たかし:空手家、スポーツインストラクター、愛良と幼なじみ。


・香港: しゅう師匠:古く続く武道流派の師匠。息子たちが小さい頃に、難病の妻に先立たれている。

・香港: 蕭明龍しゅう めいりゅう:表向きには師匠の長男ということになっている。実際は師匠の甥(師匠の弟の長男)。

・香港: 蕭明陽しゅう めいよう:実際は師匠の長男だが、師匠の次男で明龍の弟ということになっている。


・台湾: 張忠誠ちょう ちゅうせい:武術ライター。


「シークレット・フォーミュラ」

https://ncode.syosetu.com/n0091gc/

「お前、眠いなら無理して5時に起きなくていいんだぞ、明日は8時に起きろ」

 夕食の席で、小さいあくびをする愛良を見とがめて明陽が言った。

「兄貴も悪いんだぞ。5時に起きるなんてわざわざ宣言するから、愛良だって合わせようとするだろ」

 大丈夫よ、今のは眠くないのにあくびが出ちゃっただけ、と愛良は言う。

「さっきは何してたの?女中さんにジュースのレシピを聞いてたの?」崇高は愛良に聞く。

「そうよ。女中さんによると、最初はネット情報を参考にしてて、それからアレンジするようになったんですって。朝食のパンもおいしかったと伝えたら、すぐ裏手のパン屋さんに連れて行ってくれて、明日のパンを一緒に選んだのよ。そこはジャムも売ってたから、お土産に買おうかどうか検討中」

 それでさっき、いなくなってたんだね、と忠誠は言う。

 明日のパンは私が選んだものが出るから楽しみにしててね、と皆に言う愛良に「そうだ、愛良」と師匠が話しかける。

「明龍から事前にメールで聞いていると思うが、今回の武道家たちの食事会で、君たちをお披露目したいんだけど、いいかな。君は分派となった林師範の子孫、忠誠は林師範から直接手ほどきを受けた張執事の子孫、崇高は私たちが最近交流を始めた日本の空手家で愛良の古くからの友人、ということで」

 愛良が返事をしようとすると、明陽が「何が、そうだ愛良、だよ。今気がついたみたいな振りして、ずっと言おうと思ってたくせに」と突っ込みを入れるので、愛良は笑い出した。

「大丈夫よ明陽。分かってるから。大人同士の会話の仕方ってこうするのよ?」

「つまんない集まりだから出なくていいぞ」明陽は言う。「ただ食事してどうでもいい話をして帰るだけなんだから。武道馬鹿の真面目な年寄りばっかですぐ飽きるぞ」

「黙ってろ」明龍は言う。「明陽、お前も行くんだぞ。出席ってことで人数に入れてるからな」

「何で、あんなジジババの集まりに」

「お前は館長になったからな。館長のお披露目だ」

「兄貴は?」

「行くよ。新しく副館長になったんだから」

 誰もうちの館長の正副なんて気にしちゃいないよ、と明陽が言い、気にしてないからわざわざ皆に告知するんだよ、と明龍に反論されている。

「愛良は私がエスコートする」師匠は言った。

「親父に女をエスコートなんてできるの?やめとけ、兄貴か崇高のほうが似合ってるよ」明陽の発言に忠誠は、何で俺が抜けてるんだよ、と怒るが明陽は無視する。「親父が愛良なんかエスコートしてみろ、どっかの師匠の古女房から、あら、随分歳の離れた奥さんですこと。あなたどうせ蕭師匠の遺産目当てでしょ!って嫌味を言われるぜ」

 黙りなさい、と師匠は息子を叱る。

「たまに、武道以外に一芸に秀でた人なんかが、歌や踊りを披露してくれたりするんだけどね」

 師匠が説明しようとすると、日本人はそんなの興味ないよ、と明陽が口を挟む。

「明陽、ちょっと黙ってて」愛良が言う。「私、師匠のお話を聞きたいの」

 愛良はそう言ってから、続けて下さい、と師匠に言う。

「今回は、演奏を聞かせてくれる人がいるんだって。二胡って知っているだろう?武道家なんだけど、2人組で演奏活動している人たちがいて、ボランティアで施設を回ったりしているらしいんだ。今回は皆が会食している間、演奏を聴かせてくれるそうだよ」

 師匠は演者のチラシを皆に見せる。

「素敵ね。中華料理を食べながら、生で二胡の演奏が聴けるのね。すごく楽しみ。どんな服を着て行けばいいの?」愛良が聞く。

「君は、チャイナドレスがいいな」師匠は、待っていましたとばかりに即答する。

「何だよ親父、頭ん中で愛良にチャイナドレス着せてエスコートするとこまで決定済みだったのかよ」

「明龍、カタログを取り寄せてくれたかな」

「はい」明龍は蕭家行きつけのデパートのカタログを師匠に渡した。

「愛良、お金の心配はしなくていいからね」優しく微笑みながら師匠はカタログを愛良に渡す。「崇高と忠誠は、私が今着ているような服でいいかな。これは伝統の中国服の現代風アレンジなんだよ。同じような型で色違いを注文しよう。靴も買ってあげるからね」

 いえいえ、そんなにして頂いては、と崇高と忠誠が遠慮する。

「こういうやつ」明龍はタブレットで崇高と忠誠に服のサンプルを見せた。「今回は師匠が招待するんだから、師匠が君たちに服と靴をプレゼントするよ。遠慮せず受け取ってくれ」

 ありがとうございます、と2人は言う。こんなにかっこいい服を着るの?2人ともきっと似合うわ、と愛良は言う。

「愛良のは、ノースリーブで胸と背中が開いててスカートのスリットがものすごく上の方まで入ってるテッカテカの素材で体のラインが丸わかりのミニスカドレスなんてどう?」と明陽が言い、兄に殴られる。

「分かったよ、袖がついてて胸も背中も見えなくてもいいから、スリットだけは譲れないからな。スリットは後ろじゃなく横スリットだぞ。俺が手を入れたらすぐ届くくらいの…」

 兄はもう一度弟を殴る。

「何だよ、チャイナドレスのスリットは男のロマンだろうが!」表向きには同意しないが、心の中でうんうん、と頷く男たち。

「そんな変なドレス売ってないわよ」愛良が呆れて言う。

「あるよ、コスプレのネット通販で俺、見たもん。現代風チャイナドレスって名前で検索してみろよ」明陽が堂々と言うので、ほら、お前だってネット通販で下らないもの見てるじゃないか、と兄に小突かれる。

「愛良に選ばせよう」師匠が言う。「愛良、好きなのを選びなさい。遠慮しなくていいからね。今の明陽の話は気にしないように」

「ありがとうございます。ええと」愛良がたまたま開いたページには、古風なフレアスカートのチャイナドレスが載っていた。「あら可愛い」

「こういうのはダメ!」

 明陽はそのページの写真を手で隠す。

「フレアスカートなんかつまらんからダメだ。第一、スリットが入っていないじゃないか。いいか、清朝時代の古風すぎるのはダメ!お前が着るのは1930年代、上海風のタイト型オンリーな?兄貴も賛成だろ?」

 体の線が丸わかりのやつ、な、な?と明陽は忠誠や崇高に同意を求める。

「明陽、俺は君の気持ちは痛いほど分かるよ。でも愛良に着てもらうんだから、愛良に選んでもらおう」忠誠は言う。

「フレアスカートだって、可愛らしくて似合うかもよ?」崇高も言う。

「馬鹿野郎、愛良はセクシーな大人の女路線でいくんだから、可愛らしさなんか必要ないんだよ。だいたい歳を考えろ。ぶりっ子で男を落とす年齢でもないだろ。兄貴、こういうページは先に破り捨てておけよ。使えないな」

 愛良は呆れ顔でページをめくる。黙りなさい、と師匠は息子を叱り、さあ、ゆっくり見ていいんだよ、と愛良に言う。

 カタログのページをめくる愛良を優しく見つめる師匠を見て、明龍は昔、師匠がベッドの脇で妻にネグリジェやベッドリネンのカタログを見せながら2人で仲良く選んでいたのを思い出した。

「これは?いいじゃん」崇高が1930年代風スタンダードなタイプのを指差す。

「ええ、こういうのがいいわね。日本人の私たちから見たら、こういうのが女性のチャイナドレスって感じ。でもこの白は売り切れだって。白がいいのに。このシルバーの模様も素敵だわ」

 愛良は、カタログの色別の表に、売り切れのシールが貼ってあるのを皆に見せる。

 ああごめんね、カタログには載ってるのに売り切れの柄が結構あるんだよ、と明龍は説明する。

「こっちは?こういう型でこの柄いいね」崇高が聞く。

「ええ、でも残念、ベージュは売り切れだって」

「赤だ」明陽が口を挟む。「口紅も真っ赤なのな?ハイヒールも赤!」

「嫌よ。そんな派手な格好しないから黙ってて。第一、あなたがさっきから言ってるのはカジュアルな服装でしょ?ちゃんとした集まりに出るんだから、私もちゃんとした格好をしたいわ」

「頭の固いジジババしか来ないし、大した集まりじゃないから気にするなよ。半分ボケてる奴らばっかだから。伝統伝統言っておきながら、チャイナドレスの等級だって分かっちゃいないだろうよ。それにしても何で日本人はそんな地味な色ばっかり選ぶんだ?ここは香港だぞ。赤とか紫で刺繍がぎらぎらしたやつを選べ。お前、親父に買ってもらうんだぞ?もうちょっと周りの男に媚びたやつにしろよ。いいか、チャイナドレスってのはな、男どもの見ている前で尻を振って歩くぐらいの覚悟で着るものなんだぞ、分かったか、おい?」

 明龍は弟に、黙れ、と口を手で遮る。

「愛良、等級とか、金額のことは気にしなくていいんだよ。君が着たいものを選びなさい。君ならきっと何でも似合うよ」師匠は言う。

「ありがとう。でも迷っちゃう。いいのがたくさんあるわ。チャイナドレスといってもいろんなデザインがあるのね。昔のはゆったりしてて、近代に入るとタイトな形になるのね。まず全部見てから決めるわ」

 パンツスタイルは問題外だからな、と明陽が口を挟む。

 愛良が「素敵ね」と言い喜んでカタログに見入っているのを、師匠は微笑みながら見つめる。

「見て。こんな現代風なデザインもあるのね」

 愛良が西洋風にアレンジされたドレスを指さしながら崇高に言う。

「愛良、こんな現代的なドレスより、もうちょっとクラシックな…」自分の意見を言ってしまいそうになった師匠が口をつぐんで、いや、忘れてくれ、と手を振った。

「何だ親父。金出すからって愛良に指図するのか?好きなのを選べって言ったばかりだろう?俺には黙らせといて、何だよ」

「いいのよ明陽」愛良は言う。「私もチャイナドレスを着るのは初めてだから、西洋風の形よりも、もっと中華風ですっきりした形のほうを着たいと思ってるの」

「ごめんよ愛良」師匠は謝る。「ゆっくりお選び。せかすつもりはなかったんだ」

「いいえ。でも、本当にたくさんのデザインがあるのね。生地の良さとか飾りの等級とか、私にはよく分からないけど」

 明陽は、そんないきなりチャイナドレス着ろとか言われてカタログ突き出されたって、急に決められないんだぞ、と父親に説教し、師匠は息子に、分かった分かった、と答えている。

「いいのよ、私だって嬉しいんだから。チャイナドレスなんて着たことがなかったから、興味あるわ」

「日本だとチャイナドレスってどんなイメージで見られてるの?中華料理屋のウェイトレス?」

 明陽に聞かれて愛良は首を振る。

「いい女が着ると似合うイメージよ」

「じゃあお前絶対に似合うじゃん」明陽に言われて愛良は、ありがとう、と微笑む。

「忠誠」明陽が忠誠に声をかける。

「お前はどんなのがいい?お前だって色っぽくて派手なのがいいよな?俺に賛成だろ?」

「確かに色っぽいドレスも愛良に似合うと思うよ。だけど、俺は、強そうなのがいいな。愛良は君や明龍を凌ぐ強さだろ?そういうのが主張できるような、派手じゃないけど美しい色と柄の、スタンダードなデザインのものがいいな。愛良がかっこよく見えるやつ。色は黒だな。靴も黒だよ。お尻なんか振って歩かないよ、君は堂々とした脚さばきで歩くだけで周りの男をノックアウトできるんだ」

「さすが忠誠は言うことが違うな」明龍は弟に言う。

「ありがとう忠誠。そのイメージに合うのがこれじゃない?」

 愛良はどう?と指差した。

 半袖の30年代風デザインで、黒地に龍や花の刺繍が施してある。

「いいね」

「でも、これはモデルさんがこういうヘアスタイルでちゃんとメイクもしてるから、かっこよく見えるのよね」

「愛良、心配しないで」明龍が言う。「当日は美容サロンを予約してある。着付けとヘアメイクと化粧、マニキュアのコースを頼んであるよ。靴も合うものを選んでくれるんだ。スニーカーしか持ってこなかっただろ?」

「ええ。マニキュアもするの?」

「どういうものにするかは、その時に君に選ばせるから、勧められても嫌だったら断っていいよ」

「じゃあこれにするわ。師匠、これをお願いします」

「いいね」師匠はカタログを見て微笑む。「きっと君に似合うよ。楽しみだな」

 明陽は、俺興奮してきた、と崇高に言い、崇高にパンチされている。

「サイズが書いてないけどMかしら?Lかしら?」

「ここのメーカーのは全てサイズが3つあって、その中で一番合うサイズを着てから採寸し直して当日着付けしてもらうんだ。サイズ合わせの元になるドレスは取りよせてある。女中2人が君の着付けを手伝うから、今から女中の部屋に来てもらっていいかな」

「凄いわ。もうそんな段取りになってるの?」

「少しの時間も無駄にしたくないんだよ」

 明龍は愛良を女中たちの待つ部屋へ案内する。

 

 朝、愛良が明龍とストレッチをするために部屋を出ると、いきなり明陽が襲いかかって来た。

 冷静に防御し、反撃する愛良。

「朝から何よ!」

「おう、勝負だ!寝起きだからって容赦しないぜ!」

「何が容赦しないよ。馬っ鹿みたい」

 拳を交わす愛良と明陽。

 声を聞いて明龍は階段を上って駆けつけ、他の男たちは部屋から廊下に出てきた。

「お前何やって…」明龍が弟を叱ろうとしたので愛良は、いいのよ、私が懲らしめるわ、と遮る。

「あなた、戦う前に相手に敬意を表さないの?ちゃんと戦う相手に挨拶するのが礼儀だしそう習ったでしょ?」愛良は明陽に説教する。「ここの館長になったくせに、お弟子さんたちに示しがつかないわ。それ以前に、それでも武道家なの?」

 愛良に惚れてるもんだから、挨拶するのが恥ずかしいんだろ、と明龍は言う。

「馬鹿。俺が廊下を通ろうとしたらお前がいきなりドアを開けるから、そんな暇なかったんだよ。お前もドアを開けたらそこに敵が潜んでることぐらい想定して開けろよ」

「自分はそんな部屋の出方なんて一度もしたことないくせに。本当に子供なんだから。この馬鹿息子」

「おう、悔しかったら俺に勝ってみろ」

 明陽は愛良に攻撃してくる。

「あなたこそ私に勝ってみなさいよ!」

 愛良も負けずに反撃するが、蹴りを入れられ後退したところを、やって来た師匠が受け止めた。

「愛良、下がりなさい」師匠は愛良を安心させるよう優しく言ってから、息子を見る。「明陽!お前という奴は本当に…」

 師匠が愛良を脇にどかせて明陽に向かって行こうとするが、愛良はそれを止めた。

「ちょっと待って」愛良は師匠の前に出る。

「愛良、済まない、私の教育が至らなかったせいだ。許してくれ」

「あなたが謝ることないし、手を出さないで。私がやるわ」

「そんな、愛良…」師匠が止めるのも聞かず愛良は明陽に攻撃する。

「廊下でそんな、やめなさい、2人とも」

「やめないわ。こういう人間は、その場で懲らしめてやらなきゃだめなのよ。別の人が横から言い聞かせてもだめ」

 愛良の新しい教育方針ですよ、と明龍は微笑みながら師匠を引きとめる。

「さあかかってらしゃい!」愛良は隙のない完璧な構えを取ると、明陽に向かって手招きする。

「愛良、俺が勝ったらお前、俺の言うこと聞くか?」明陽は聞く。

「あなたが勝てるわけないじゃない。でももし勝ったら、あなたは相当努力したってことだから、1つだけなら言うことを聞いてやってもいいわよ」

 本当?と明陽が目を輝かせるので、やめろよ、と明龍は愛良に言う。

「でも、それを私に約束させるっていうことは、私が勝ったらあなたも私の言うことを聞かなきゃならなくなるけど、どう?」

「ああいいよ」

 明龍は対戦中の弟に、お前何考えてるんだよ、変なことだったら許さないぞ、と声をかけるが、明陽は調子に乗って、え?親父と兄貴は知ってるじゃん、と答えている。

「まさか、結婚?」明龍は師匠を見ながら言う。

「結婚か?それなら私が許さんぞ」師匠も明龍に言い、明龍はうなずく。

「明龍、審判頼むわ」戦いながら愛良が言う。「私が先に1本取るんだから、ちゃんと見てて」

「分かったよ」明龍は答える。

 明陽が攻撃してくるので愛良はうまくかわし、蹴りで応戦する。

「お前、寝起きのくせに、やけに俊敏な動きだな」明陽は愛良の身のこなしに驚いて聞く。

「当然よ。ドアの向こうに敵が潜んでいることを想定して、30分前から準備体操をしてたんだもの。あなたは私に返り討ちに合うことすら想定してなかったみたいね。寝起きはあなたでしょ?修行が足りないわ」

 愛良は明陽に、ばーか、と言って笑いながら体を左右にひねったり、明龍の肩を借りてアキレス腱を伸ばしたりして余裕をみせる。本当は、前日のストレッチで明龍より自分の体が硬いような気がしたので、先に柔らかくしておこうと思って早起きしただけなのだが。

 なんだかあの2人、きょうだい喧嘩してるみたいだな、と崇高と忠誠は笑い合っている。

 明陽は愛良に攻撃するが、すぐに反撃されて後退する。

「30分前って、何だよそれ、卑怯者!」実は15分前に起きていた明陽が、愛良を指さしながら怒る。

「それに、教えてあげるけど、あなたは気配を全く消さないから、私はドアを開く直前に、あなたの殺気を感じたわよ。私を本気で奇襲したかったら、気配くらい消しときなさい」

 本当にしょうがない奴だ、と師匠は明龍に言う。

「早くいらっしゃい。もう息を切らせてるの?」

 明陽が息を整えるのを待たずに愛良は攻撃する。

 最後に愛良が蹴りを入れると、明陽の体が後ろに吹っ飛び、崇高と忠誠が明陽を受け止める。

 明陽の伸びた様子を見て、崇高と忠誠は首を振る。

「今ので勝負あったぞ」

 明龍は言った。

「ちょっと待てよ」俺の寝起きを襲いやがって、と明陽は言うと、無理をして崇高と忠誠の手を振り払った。

 それを見た愛良は、続けるわ、と明龍に言う。

「お前を倒してやる」

「無理そうだけど、続けるなら付き合うわよ」

 かなり無防備な状態で襲いかかって来る明陽をかわし、愛良は明陽の体を床に引き倒した。

 うつ伏せに倒れた明陽の背中に一撃を入れる。

「これで完全に勝負あったな」明龍は宣言した。「負けたと言え」

 明陽は、悔しそうに拳で床を叩く。

「挨拶せずに寝起きの人間を奇襲しておいて、敗北宣言もできないのか?お前、破門だぞ」

 兄に言われ、明陽は悔しそうに床に座りなおして手をつき、愛良に「負けました」と低い声で言った。

 明陽は立ち上がって兄の所へ行くと、こらえ切れない様子で兄の胸に顔を押しつけて泣き始めた。

「お前、何で負けたぐらいで泣くんだよ。ガキか」

「泣いてないよ!」明陽は兄の肩を拳で殴った。「愛良に言うことを聞いてもらいたかったんだよ!」

「痛いな、馬鹿!」

 明龍は怒って弟を突き飛ばす。

「言う事を聞かせられなかったくらいで泣くとか、ほんと甘えてるだけの赤ん坊だな、お前。この間、お前のこと幼稚園児って言ってやったけど、お前は赤ん坊だよ」明龍は愛良を見る。「愛良、こいつが泣いてるからって、同情してこいつの言うことなんか聞くなよ。泣けば聞いてもらえると思ってるんだ。どうせ幼稚な要求だろ」

 愛良は、もういいわよ、というような目で明龍を見てから、背中を向けている明陽を見た。

「明陽、こっちを向きなさい。私が勝ったから、私の要求を聞いてもらうわよ」

 愛良が言うと、明陽は「泣いてないからな」と言いながら愛良のほうに体を向けつつ、顔はうつむいていた。

「お前の言う事を聞いてやるから、言ってみろよ」明陽は手で涙を拭いて言った。

 師匠も明龍も、やれやれ、という表情をしている。

「裸踊りでも何でもしてやるぞ?」

「馬鹿」

 後ろから明龍が弟を叩く。

「明陽、私の望みは、あなたが私に何をさせたかったのか聞くことよ」

「えっ…」明陽は言葉につまり、兄を見る。

「いちいち俺を見るな。愛良のほうを向け」

「明陽、何?みんなに聞かれたら恥ずかしいこと?そういうことを私にさせようとしたの?」

「違うよ」明陽は即座に否定した。「兄貴と親父は知ってるよ。この間話したんだ」

 明陽はまた兄を見る。

 明龍は、え、いつの話?という目で弟を見ている。

「明陽」師匠は息子に言った。「曖昧に済ませるな。彼女が勝ったのだから、彼女が聞いていることにはっきりと答えろ」

「分かったよ、だから」明陽は大きめの声で言ってから、つぶやくように「つまり、お前の手料理が食べたいなって…」

 ああ、あの時の話か、と明龍は思った。

「手料理?料理って中華のこと?中華は作れないわよ、レトルトで作ったことはあるけど、一からは無理。他のものでもいい?下手だけど」

「作ってくれるの?」明陽は目を輝かせる。

「あなたにだけじゃなく、みんなにね。簡単なものならいいわよ」

 明陽が、やった、という顔で明龍を見るので、明龍はまた弟の頭を叩いた。

「こいつ、お弁当を作って欲しいんだってさ。ピクニックみたいに」

「お弁当?いいわよ。今回は海辺の別荘に招待してくれるんでしょう?その時のお昼を作るわ。サンドイッチみたいな簡単なものでもいいの?」

「ああ、食べたいよ、お前の作ったサンドイッチ」明陽はにやけながら言う。

「サラダとデザートもつけるわね」

 明陽はにやにやして兄を見る。

「お前、計算高いんだよ、さっきの嘘泣きだろ、馬鹿」明龍は弟を小突く。

「嘘じゃないよ。俺、朝一番で勝負を申し込んで、絶対に勝って愛良にお弁当作らせてデートしてもらおうと思ったのに、負けたから、悔しかったんだよ」それにお前、いきなりドアを開けるからびっくりするだろ!と自分の立場を忘れて愛良に怒る明陽。

 愛良は明陽のことなどお構いなしで師匠や崇高に、裏のパン屋さんでクロワッサンを買って、クロワッサンサンドなんていかが?師匠はどんな具がお好み?と相談している。

「どこの大人が弁当を作ってもらえなかったくらいで泣くんだよ、マザコン。作って欲しかったら、まずお前が何か作ってやれよ」明龍は弟に説教する。「大体、そんなことのために、いつ部屋を出るかも分からない愛良の部屋の前で待機してたのか?わざわざ早起きして馬鹿らしい。その力を自分の修行に向ければもっと上達するだろうに」

 明龍は愛良に、稽古しに外へ行こう、と促す。

「しまった!」明陽は、行こうとする愛良の腰に抱きついて追いすがる。「待って、愛良」

「ちょっと、何するのよ」

 愛良は明陽を振り払おうとする。

「料理もいいけど、お前と一緒に映画を観たいって言えばよかった」

「言えばよかったって、あなた私に負けたのよ?つまりあなたの要求は最初から一切通らないはずだったってこと、分かってる?」

 男たちはかけ寄って、明陽を愛良から引きはがす。

「じゃあ賭けはどうでもいいから、俺の部屋で一緒に映画を観てくれよ。お前のために面白いのを1本用意したから。変なシーンは一切ないやつだから安心しろ。女はそういうの嫌がるからな。怖いシーンもないぞ、ギャグ映画だから」

 何が、じゃあ賭けはどうでもいいだよ、なあ?と崇高と忠誠は笑い合っている。

「映画なら、みんなで観ましょうよ」

「だめだ。みんなは俺の部屋に入りきらないし、ソファは俺とお前しか座れないんだぞ」

「じゃあ師匠とあなたが座って、私たちは立って観るからいいんじゃない?」愛良はくすくす笑う。

「そういう話をしてるんじゃないんだよ。お前と2人で体を密着させなきゃ意味がないだろ」

 何で密着させる必要があるんだよ、と崇高は言う。

「お前、あのソファは3人掛けだろ。クッションどかせば3人座れるだろう」明龍が言う。

 馬鹿、いい雰囲気になったら押し倒すスペースがいるだろ、と明陽は兄に耳打ちして殴られる。

「じゃあ愛良を真ん中にして、俺と兄貴が両側に座るってのはどう?愛良、良かったな、両手に花だぞ」と言う弟を明龍はまた殴る。

「映画ならリビングでみんなで観ればいいだろ」

「分かったよ。だけどその映画は俺が解説しながら見せてやるんだから、愛良は絶対に俺の隣じゃないとだめだぞ」

「解説って何よ。普通の娯楽映画じゃないの?」だいたいあなたの声なんて隣にいなくても聞こえるわよ、とあきれ顔で言う愛良。

「その映画は調べてみたら日本未公開だったし、内容はローカルネタが随所にちりばめられてるから、俺が逐一解説を入れてやんなきゃ、日本人のお前なんかには到底理解できないシロモノなんだよ」

「何でそんな複雑なギャグ映画を、わざわざ愛良と体を密着させて見せるんだよ」明龍はいらいらしながら聞く。

「面白いからだよ」

 どうせ愛良の前で蘊蓄うんちくたれながら甘えたいだけだろ、と思う明龍。

「さあ、もういいから外で少し稽古しようよ」明龍に声をかけられて、全員ぞろぞろと階段を下り、外に出て稽古を始める。

「崇高、君だけはうちの流派について、あまり知らないんだったね」師匠が崇高に聞く。

「はい、古くから続く流派で、立派な武術家を多く排出してきて歴史的には当時の王朝の武官を勤めていたとか」

「そうなんだよ。でも、今はただの武術の一流派だけどね」

「棒や剣、鉄の武器なども道場に置いてありましたが、よく使われるんですか?」

「勿論、現代にあれらを戦いには使わないよ。稽古や、演武を披露する時に使うんだ。武器類は先祖代々のものなんだよ」

 俺も棒術や剣術をやるよ、と忠誠が言う。

「昔は騎馬武術もやられてたんですよね?」忠誠は師匠に聞く。

「そうなんだよ。よく知ってるね、以前話したかな?私の祖父から父の間の代くらいで騎馬はやめてしまった。近代まで騎馬武術を教えていたのは、うちの祖先の時代に一時期、武状元ぶじょうげんを多く排出してきたからだよ。武状元って分かるかい?」

 忠誠は崇高に、科挙の武術バージョンでトップになった人のことを武状元というんだよ、科挙は知ってるだろ?と尋ねる。

「科挙は知っています」崇高は言う。

「武挙は科挙ほど難関ではないんだが、やはり武状元、つまり1位になるのは、かなり名誉なことだったらしい」師匠は言う。「武挙と言っても、拳法で競うのではなく、主に馬術で競ったんだ。走る馬に乗ったまま矢を放って的に当てるとか」

 素手で戦う武術の試験もあったが、馬術の試験のほうが多かったそうだ、と師匠は忠誠に説明する。

 愛良と明龍、明陽は3人で太極拳を始めていた。一緒にやりましょう、と愛良が師匠たちに声をかける。

「君たちは、太極拳はやるかい?」師匠は忠誠と崇高に聞く。

「武術の基本だから昔はよくやったけど、今はやらないなあ」と忠誠は答え、崇高は「俺は全然知らないんです」と答える。

「じゃあ簡単なのからやろう。崇高、真似してごらん」

 師匠は言い、愛良と息子たちに加わって、太極拳を始めた。


 豪華な中華風インテリアの小部屋で、香りのよい中国茶を優雅に楽しむ愛良。

「奥様」

 サロンの美容部員が、チャイナドレスの着付けもメイクも全て終わって、一休みしている愛良を呼んだ。

「はい?」愛良は飲みかけのお茶の食器を置いた。

「今、こちらに旦那様がいらっしゃいましたが、お招きしてよろしいでしょうか」

 旦那様?と思いながらどうぞ、と言うと、美容部員と入れ替えに、上質素材で仕立てられた服に着替えた明龍が入ってきた。

「愛良、綺麗だよ」

「あなたも着替えたのね。とても素敵」

 少し恥ずかしそうにしている愛良の肩に手を添えて、2人で鏡の前に立つ。

「かっこいいだろ?」明龍はポーズを取るようにして愛良を見る。

「ええ、本当に。すごく似合ってるわ。自分で選んだの?」

「うん。俺と師匠で大体のデザインを選んだんだ。チャンパオっていう伝統の服の現代風アレンジ。他の人たちはみんなこの服の色違いを着ることになるよ」

「あなたはお洒落ね。私は髪も、爪も、服も、全身綺麗にしてもらったわ。ありがとう。こんな経験初めてよ」

「気に入ってもらえて良かった」

 明龍は、愛良の隣に立ち、鏡の中の自分たちを見つめる。

「ねえ、俺たち、どんな風に見える?」明龍は愛良に聞く。

 愛良は、明龍がどんな答えを期待しているか分かったがあえて、どんな風にって?と尋ねる。

 つまり、と明龍は言いにくそうに言う。「恋人同士みたいに見えない?」

 明龍の言葉に、愛良は少し照れたように笑った。「見えるわ」

「本当?」明龍は、じゃあ恋人同士になっちゃおうか、ともう少しで言ってしまいそうになったが、寸前で勇気がなくなってやめた。

「俺だけ抜け駆けして、君と写真を撮っちゃおうかな」いいかい?と明龍は愛良を見る。

「いいわよ」

 明龍はスマートフォンで、鏡の中の2人を撮った。

「さあ、師匠が待ってるよ」

 明龍に連れられて個室を出ると、美容部員たちが並んで愛良たちにおじぎをし、一人が着替えで脱いだ服や、今日使った化粧品の入った袋を差し出してきたので、明龍が受け取った。

「師匠」

 別の部屋のソファで飲み物を飲んでいた師匠は、愛良が来たのを見て立ち上がった。

「愛良。素敵だ。すごく綺麗だよ」

 師匠は愛良のところまで来て、微笑みながら見つめる。

「君は本当に綺麗だ」

「ありがとう。師匠もとっても素敵よ」

「そうかい?」師匠は得意そうに微笑む。

「ええ。ちょっと待って」

 師匠は髪をオールバックにしていたので、愛良が師匠の前髪を少し降ろしてやる。

「このほうがもっと素敵よ」

 微笑む愛良に、師匠が骨抜きにされてしまった様子を見て明龍は、師匠、さあ戻りますよ、と声をかける。

 明龍と行こうとする愛良に「愛良」と声をかける師匠。愛良が師匠を見ると、彼は腕を差し出した。

「エスコートさせてくれるかな?」

 愛良はうなずいて師匠の腕に掴まる。「ごめんなさい。こういうの、慣れてないの」

「実は私も女性をエスコートするのは初めてだよ」

 じゃあ、みんなの所に戻ろう、と明龍は言い、3人は美容サロンを後にする。

「シークレット・フォーミュラ2」は「シークレット・フォーミュラ」の続きです。


「シークレット・フォーミュラ」

https://ncode.syosetu.com/n0091gc/


更新頻度:

なるべく1ヶ月に1度を目標に連載投稿していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ