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シズマズ先生はしずまない

作者: 竹野きのこ

「みなさんはじめまして。シマズと言います。私は、どんなときも暗くならない……『しずまないこと』をモットーとしています。……あ、モットーというのはね、その――座右のめいというか、いつでもこうありたい! って思っているということです。いつも明るくいることはむずかしいけれど、いつまでも暗い気分でしずんでいるのは周りにも良くない。だから私はいつでも『しずまないこと』を心がけているのです」


 担任として、はじめて僕たちの教室にきたとき、その小太りな男の先生はそう言ってあいさつをした。でもその後、ことあるごとに「しずまない」「しずまない」とくり返したせいで、先生が『シズマズ先生』と呼ばれるようになるまでに長くはかからなかった。

 先生は、見た目のわりにまだ若くて、えらそうなところがなかったし、みんなが「シズマズ先生」って呼ぶのも笑ってうけいれてくれた。あまり面白くはないけれど冗談を言うのが好きで、先生のことがみんな大好きだった。


 そんなシズマズ先生は、ここ1週間くらい、ちょっと落ちこんでいるようだ。原因は副担任のタナカ先生だ。シズマズ先生はタナカ先生のことが好きなのだ。周りには隠しているつもりだけれど、先生の様子を見ていればバレバレなので、クラスのみんながそのことは知っている。

 そしてこの前、シズマズ先生は勇気を出してタナカ先生をデートにさそったのに、あっさり断られてしまったのだ。僕は職員室にプリントを持っていったときに、偶然、そのやりとりを見てしまったというわけだ。

 そのあとシズマズ先生は、表向きは元気にふるまっているけれど、よく見れば落ちこんでいるのがすぐわかった。あれじゃあ『シズム先生』だ、なんて僕は思っていた。


 でも、いくらなんでもそんなの先生らしくない。――よし、じゃあ、なんとかしてシズマズ先生とタナカ先生のデートを成功させてやろう。僕はそう決意して、さっそくいろんな作戦をねりはじめた。




 第1の作戦は「映画作戦」だ。シズマズ先生は大の映画好きなのだ。授業中でも、思いつくたびに映画の話をしている。好きなものの話なら、いくらでもしゃべることができるタイプなのだ。

 そして僕は、この前、ちょうどおばさんから映画の割引券を2枚もらったところだ。これをシズマズ先生のところに持っていって、タナカ先生をさそうように言ってみよう。職員室の机はとなりどうしなので、その場でさそうこともできるかもしれない。――さあ、行くぞ。


「シズマズ先生! 先生、映画好きですよね。僕、この前、おばさんから映画の割引券をもらったんですけど、いらないんであげます」


「おお、話題の映画じゃないか、いいのかい? しかし2枚か……。もらっても一緒に行く相手がな……」


 よーし。作戦どおりだ。


「えー、じゃあタナカ先生をさそったらいいじゃないですか。――どうですか、タナカ先生?」


 僕は、横にいたタナカ先生に声をかける。タナカ先生は、書いていた書類から目をあげ、こちらを向きなおって答えた。


「……映画ですか。なんの映画ですか?」


「すごく有名な監督の、あたらしいヤツだそうです。いい監督だから、これも期待できるぞ……ってシズマズ先生が、この前の授業のときにいっぱい教えてくれました。ぜったい楽しいと思います! シズマズ先生は映画が好きだから、タナカ先生が行きたいって言えば、いつでも喜んでつれていってくれると思います。――ですよね?」


 僕はシズマズ先生に念をおすつもりで強くにらみつけた。


「あっはいっ、そうですね。もし、タナカ先生さえよろしければ、いつでも……」


 するとタナカ先生は、僕とシズマズ先生を順番にながめながら言った。


「そうですか。ふーん……でも、シマズ先生。また授業中に関係ない話してたんですか? 最近は教えることが多くて時間もあまりないから、ちゃんとすすめてくださいって、この前、校長先生から注意されたばっかりですよね」


「ええはい、そうですよね……いや、つい映画の話になると力が入ってしまって……すみません」


「シマズ先生はいつもそうなんですから。それに、生徒からこういうものをもらってはいけません!」


 僕は割引券をにぎりしめたまま、あわてて教室に逃げかえってきた。くやしいけど作戦は失敗だ。




 でもまだ打つ手はある。第2の作戦は、名づけて「おべんとう作戦」だ。僕の小学校では、月に1回おべんとうの日がある。その日は、担任のシズマズ先生だけじゃなくて、副担任のタナカ先生も一緒に教室でおべんとうを食べるのだ。

 シズマズ先生のおべんとうは、いつもコンビニで買ったヤツだ。一方、タナカ先生はいつも手作りのおべんとう。そう、これをきっかけにして、タナカ先生にシズマズ先生のおべんとうを作ってもらおう、という作戦だ。今度はきっとうまくいくはずだ。そう思って、僕はお昼ごはんの時間にシズマズ先生の机に近づいた。


「シズマズ先生、いつもコンビニのおべんとうですよね」


「そうだね。自分で料理なんてできないし、作ってくれる人もいないしね。まあ、結婚していない男なんてそんなもんだよ」


「えーじゃあ、タナカ先生に作ってもらったらいいじゃないですか。ほら、タナカ先生はいつも手作りじゃないですか。ねぇタナカ先生」


 さりげなく話題をふったつもりだったが、なぜかタナカ先生は顔を赤くして下を向いてしまった。


「あれ? タナカ先生、どうかしましたか?」


 シズマズ先生は、気にもかけずタナカ先生に問いかける。すると、肩をふるわせながらタナカ先生は勢いよく立ちあがった。その目にはうっすらと涙がうかんでいる。僕が、まずいっと思った時にはもう遅かった。


「……私のおべんとうは……いつも母が作ってるんです。私は……私は、――料理が、すごく苦手なんです! あなたもとくに用がないなら、立ち歩かずに早くおべんとうを食べにもどりなさい!」


 大きな声で怒られてしまった。どうやらタナカ先生のふれられたくない部分にふれてしまったらしい。この作戦も失敗みたいだ。




 シズマズ先生とタナカ先生をくっつける作戦は、ちっとも上手くいかなかった。もう、あきらめようかなぁ……僕は弱気になっていた。


 そんな夏の日。今日は待ちにまったプールの日だった。普段、暑いのは大キライだけれど、プールの日だけは別だ。暑ければ暑いほどいい。時間いっぱいまで、水をかけあったり競争したり。めいいっぱい遊んで大満足だった。

 そして楽しいプールの時間も終わり、みんな教室にもどりはじめる。でも、タクヤだけがプールの真ん中でひとり遊んでいて、いつまでももどろうとしない。「タクヤ、もう終わりだぞ! プールから出なさい!」。そんなシズマズ先生の言葉など、まったく耳に入っていないようだった。


 その時、タクヤの様子がかわった。今さっきまで楽しそうに遊んでいたのに、急に水をばしゃばしゃとはねあげ、頭が水面から出たりはいったりしている。――大変だ。おぼれているんだ! きっと足がつってしまったんだ。……どうしよう、なんとかしないと。はやくタクヤを助けないといけない。でも、僕は足がすくんでしまって、ちっとも動くことができなかった。

 そんな僕をしり目に「ドボン」と大きな音がひびき、誰かがプールに飛びこんだ。すいすいとタクヤのところまで泳いでいき、がっしりと抱きしめる。そして、そのまま軽々とプールサイドまで戻ってきた。飛びこんだのは、――シズマズ先生だった。


 タクヤはすこし水を飲んだようだけれど大丈夫そうだった。先生がこんなに泳ぎがうまいなんて誰も知らなかったから、みんなおどろいていた。口々に「先生カッコよかった!」「先生すごーい!」「先生、泳ぐのうまいんだ!」といった感じで、みんながシズマズ先生をほめる。先生は、はにかみながらも、まんざらでもなさそうに答えていた。


「プールはいつこんな事故が起こるかわからないから、みんなも気をつけなきゃいけないよ。でも何かあったら先生がいるけどね。ほら……なにせ、私はシズマズ先生だから……しずまないのさ」


 シズマズ先生は面白くて優しいだけじゃなくて、泳ぎがうまくてカッコイイ先生だったのだ。それに、そう思ったのは僕たちだけじゃなかったみたい。先生の好きなタナカ先生も、迷わずプールに飛びこんだシズマズ先生を見て「カッコイイ」って言ってたんだって! 

 もしかして、今ならデートの誘いを受けてくれるかもしれない。シズマズ先生に教えてあげなくちゃ。今度は『しずまない』ですむかもしれないよって。



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