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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

「ずっとずっといっしょだよ。」

作者: 日暮蛍

彼女は名家の元で生まれた令嬢でした。衣食住には恵まれていましたが家族関係には恵まれていませんでした。

両親は仕事に忙しく彼女に構う余裕はありません。彼女の世話は全て従者達に任せ両親は仕事に大忙し。

従者達は良くも悪くも仕事に忠実な者達ばかりで彼女の事を必要以上に構う事はせず事務的に彼女と接しておりました。

彼女は周りの気を引こうといたずらをしたり勉強に精を出して良い成績をとったりしましたが、誰も彼女の事を見ません。


そんな日常が何年も続き、社交場に出れる歳になった彼女は今度は社交場で積極的に行動をとりました。招待状が送られてくればできる限りパーティに行き他の名家の者達との関係を築き、様々な事業に手を出していきました。もちろん失敗はありましたが、彼女はへこたれず行動を起こし成果を出していき、いつしか彼女は社交場において注目の的になりました。


彼女がここまで頑張っているのにはもちろん理由があります。それは幼少期の頃からの夢を叶えるためです。その夢は自分の事を愛してくれる素敵な人と結婚して温かい家庭を築きたいというものでした。

幼少期の頃から親達から愛情をまともに貰えなかった彼女は子供の頃に読んだ物語に登場する絆の強い家族達に対して強い憧れを抱いており、自分もいつかこんな家族のような家庭を築きたいと願っていました。そのために彼女は自分を愛してくれる理想の旦那を見つけるために探したり、その旦那に見合うよう見た目も内面も磨き上げていきました。


しかし、探しても探しても理想の旦那は見つかりません。彼女に近づいてくる男は純粋に彼女と商談を交わしたい妻子持ちであったり、女のくせに調子に乗るなとわざわざ嫌味を言う男だったり、彼女の持つ名誉や財に地位に身体を目当てに近づく下賤な男ばかり。そんな人達の対応に疲れてしまった彼女は理想の男性に出会えるかどうか不安になってしまいました。


そんなある日の事。とあるパーティで出会った男性によって彼女の命運が大きく変動する事になります。

男性と話すきっかけはとても些細な事でありましたが、そこから話が弾んでいきます。パーティが終わった後も2人はお互いの事をもっと知りたいと思い、文通を交わす事になりました。手紙を通して彼の事を知る喜びに自分の事を教えるほんの少しの気恥ずかしさを知った彼女は彼との文通を心から幸せに感じていました。

彼女の誕生日には贈り物として首飾りが贈られました。彼女はそれを毎日着けるほど気に入り、度々首飾りを見ては頬を緩めました。


しかし、そんな幸福な気持ちが打ち壊される日が訪れてしまいます。

彼女は両親からいきなりハンスという者と結婚をするよう言われてしまいます。ハンスはかなり歳の離れた人物であり、並んで立つと親子と間違われてもおかしくないほどでした。

彼女はその婚約を嫌がり両親にその者と結婚したくないと何度も訴えましたが両親はわがままを言うなと彼女を叱りつけ聞き入れません。 


結婚したく無い理由は文通を交わす彼の存在です。彼女は彼に恋しています。結婚するなら彼がいい。

そして、もう1つ。彼女がハンスとの結婚を嫌がる理由があります。

彼女はハンスの事が嫌いでした。以前顔を合わせた時にハンスと話をした彼女はすぐにハンスの事が嫌いになりました。親に甘やかされ、そしてそれを当然のように受け入れているハンスを見て彼女は苛立ちを感じました。

彼女は少しでもハンスとの結婚に対抗しようと部屋に籠るようになりました。ハンスが彼女の家にやってきても具合が悪いと言い会う回数をできる限り減らしていきました。


しかし、今度行われるハンスの誕生日を祝したパーティで彼女とハンスの婚約関係の事を発表される事になりました。そうなってはハンスとの結婚は避けられません。その事実を知らされた彼女は1晩中泣き続け、朝になると彼女は彼に向けて手紙を書きました。ハンスとの婚約の事。そして今度行われるパーティで起きる発表の事も記し、最後にもう手紙を出す事は出来ないかもしれないと締めくくり彼に手紙を出しました。

手紙の返事はすぐに来ました。


『少しだけ待っていてほしい。』


いつもと違ってそれだけが書かれた手紙にその時の彼女は不思議に思いましたが、そう遠くない未来で手紙に書かれた意味が分かりました。


ある日、両親に呼び出された彼女は応接室に向かうとそこには彼の姿がありました。突然の彼の訪問に彼女は驚きましたが、彼に会えた事への喜びが勝りました。しかし、なぜ彼がここにいるのか彼女には全く分かりません。その事を疑問に思っているとちょうど父親がその事について話すようです。父親の話を聞いて、彼女はまた驚きました。

彼は隣国の王族でした。そして、彼が色々と手回しをしてくれてハンスとの婚約を取り消し、代わりに彼と結婚できるよう取り計らってくれたのです。

父親からの話を聞き終えた彼女は歓喜に打ち震えました。嬉しさのあまり涙が出る彼女の手を取った彼は君を必ず幸せにしてみる、と彼女の目を見て言いました。彼女は笑顔でその告白を受け入れました。


その後、彼女は彼の国へと行くための準備を進めていき、いよいよ出発する日を迎えました。この日はあいにくの悪天候で分厚い雨雲が空を覆い雨足が強いですが、彼女にとっては些細な事でした。

迎えの馬車が来るまであと少し、という時に彼女の元に来訪者が現れました。彼女の元婚約者であるハンスです。ハンスが今ここにやって来た事に警戒する彼女でしたが、ハンスがここに来た目的は彼女に別れの言葉を伝えるためでした。それくらいならば、と彼女はハンスと別れの挨拶を交わしました。

その直後、迎えの馬車が来た事を従者から聞いた彼女はすぐに向かいました。


馬車が停まっている場に着くと彼が待っていました。差し出された彼の手を取り雨に濡れない内に馬車に乗り込みます。馬車内で2人きりになった時、彼は彼女が着けている首飾りを見て嬉しそうに微笑み彼女の手を握ります。彼女も彼の手を握り2人は見つめ合います。

彼女は思います。

あぁ、こんなに幸せな事が起きるなんでまるで夢みたい。世界が光り輝いて見える、と。


その直後、彼女の視界は暗転。


気がついた時には彼女はベッドの上に横たわっていました。

何が起きたのか分からず起きあがろうとしましたが体がうまく動きません。視界ははっきりしていないため状況がよく分かりません。この状況に混乱している彼女の耳元あたりで聞き覚えのある声が聞こえました。


「ずっとずっといっしょだよ。」



◆◇◆◇◆



ハンスは名家の元で生まれた令息でした。衣食住にも家族関係にも恵まれていました。末っ子として生まれたハンスは両親や兄に姉に愛されており、従者達からも可愛がられておりました。

そんなハンスには夢があります。それは母親や従者達が読み聞かせてくれる物語に出てくる王子様やお姫様のように、運命の人と出会い結婚していつまでも幸せに暮らす事でした。愛情をたっぷりともらって育ったハンスは家族達のように今度は未来の花嫁に愛情を渡したいと思っていました。


その夢を叶えられるのは当分先だと思っていたハンスでしたが、思いのほかすぐに機会が訪れました。幼い身であるハンスに婚約者ができたのです。父親と一緒に会った婚約者はハンスよりも年上の女性でしたが、ハンスは年齢差はそこまで気にしませんでした。

ハンスが1番気にしていたのは彼女がハンスに向ける感情です。初対面の時から彼女はハンスの事を気に入らなかったのかハンスには1度も笑顔を見せてくれません。ハンスは自分が彼女に嫌われている事に気がついてしまいました。それについては悲しい気持ちになりましたが、それでもハンスは彼女と仲良くなろうとしました。たとえ彼女にとってこの婚約が不本意なものであったとしても、ハンスは彼女の婚約者として精一杯がんばりました。しかし、彼女はハンスに笑いかけてくれません。何かと理由をつけては部屋に閉じこもりハンスと会おうとしません。


ある日、ハンスが彼女の家に訪れた時連絡が行き届いていなかったのか部屋から出ている彼女の姿を見る事ができました。その時の彼女の表情を見てハンスは驚きました。鏡に映る自分を見つめてうっとりと微笑んでいます。いいえ、よく見てみれば彼女が見ているのは鏡に映る顔ではなく首飾りです。彼女はその首飾りを鏡越しで愛おしそうに眺めていました。しかしハンスの顔を見た途端彼女はすぐにしかめ面になります。

それを見たハンスは自分の胸の中に黒い感情が湧き上がるのを感じ、さまざまな事を考えてしまいました。どうして自分には笑いかけてくれないのに首飾りには笑いかけるのか。首飾りを今すぐ外してほしいと懇願したくなりました。どうして自分に当たりが厳しいのか理由だけでも教えてほしかった。

しかしそれを伝える前に彼女は適当な理由をつけてさっさと部屋に篭ってしまいます。それを見て付き添ってくれた従者が思わず顔を顰めたり見かねた彼女の母親が早く部屋から出るようにと苛立ちを含んだ大きな声で言います。


それ以来ハンスは胸の内には悲しみと苛立ちの感情が入り混じった状態のものが常に存在していましたが、まだ幼いハンスはそれがなんなのかよく分からないため、誰にも相談できず抱え込む事しかできませんでした。

元気のないハンスを見かねた家族や従者達はハンスに対し親身に励ましてくれました。そのおかげでハンスの気が少し晴れ、前向きな事を考えられるようになりました。

ハンスはこう思います。これはきっと自分に課せられた試練だと。物語に出てきた王子様は姫と結ばれるまで様々な困難にぶつかってきましたが、愛と勇気をもってこれを突破し、最後は無事にお姫様と結ばれて幸せになりました。ハンスも物語に出てきた王子様とお姫様と同じように彼女と結ばれて幸せに暮らすのだと信じて疑いませんでした。いつかきっと自分に笑いかけてくれる日が来るのだと思っていました。


ですがある日、ハンスは父親から突然彼女との婚約関係がなくなった事を告げられます。突然の事にハンスは呆然としてしまいます。父親は幼いハンスでも分かるようなるべくかみ砕いて説明してくれました。

どうやら彼女は隣国の王族に見初められたらしくハンスとの婚約を取り消すためにあれこれと手を回していたようで、ハンス達の国の王様に呼び出されたハンスの父親は王様から彼女とハンスの婚約の解消を要求されました。婚約を解消する代わりにハンスの父親にとって魅力的な条件を提示されましたが、ハンスの父親はそれよりも彼女とうまくいかず落ち込んでいるハンスのためにと思いこの提案を飲み込みました。

幸い彼女とハンスの婚約はハンスの誕生日パーティの時に発表するつもりで今まで公にしていなかったため彼女とハンスとの婚約はすんなりと解消する事ができました。

ハンスの父親は政略的な結婚とはいえ息子に辛い思いをさせた自分を恥じ、今度はハンスと歳の近い令嬢との出会いを約束しました。父親は思います。これでハンスが元気になると。


しかし、ハンスにとっては絶望的な知らせでした。

彼女と結ばれない事を知ったハンスは父親からの話を聞き終えた後、大きな声をあげて泣きじゃくりました。父親は突然泣き出したハンスを宥めようとしましたが、ハンスはなかなか泣き止みませんでした。ハンスはとても悲しみました。彼女とハンスは必ず結ばれると信じていたのに彼女とは結婚できないからです。

泣いて泣いて、たくさん泣いて。ようやく泣き止んだ時、ハンスはふと思います。もしかしたら、彼女は王族との結婚を望んでいないのでは? 王族に無理やり結婚しろと言われて仕方なく結婚しなくてはいけないので? と。

そう考えたハンスは彼女の気持ちを確かめるために父親と従者達に無理を言って彼女の家に行く事にしました。


準備に少々手間取り、ハンスが彼女の家についた時には彼女はもうすぐ王族の彼と共に彼の国へと向かう直前でした。ハンスは彼女と会い別れを言いにきたと口にしながらもハンスはもしかしたら彼女が彼との結婚を考え直してやっぱりハンスと結婚したいと言ってくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱いていましたが、彼女はハンスの期待には一切応える事はせず、早々に話を終わらせるとさっさと馬車のある方へと向かっていきました。


結局彼女は最後までハンスには笑いかける事はありませんでした。


ハンスは遠目から彼女が馬車に乗り込むのを眺める事しかできませんでした。雨足がさらに強くなったため付き添いの従者は早く帰りましょうとハンスに言いますが、ハンスは彼女が馬車に乗るのを見届けるまで帰るつもりはありません。馬車の中にいる男性を見て微笑む彼女を見てハンスは彼が彼女の結婚相手である事を理解してしまい、2人が相思相愛である事に気がついてしまったせいで胸の中に黒い感情が急速に溜まっていきます。ですが、ハンスは目を逸らしません。たとえそれが自分に向けられた笑顔でなくとも彼女が幸せそうに笑っているのならばそれでいいじゃないか、と思うためです。

彼女が馬車に乗り込み扉が閉まるのをしっかりと見届けたハンスはうつむき、帰ろうとしました。


その直後。


眩しい光を感じたと思ったその瞬間、突然鼓膜が破れてしまうのではと思ってしまうほど大きな音が辺りに響きました。

突然の強烈な音と光のせいで多くの人達はそれの正体が雷である事に気がつかないほど混乱してしまい、思考が正常に戻るまでの間時間がかかりました。

そんな中、誰よりも早く動いたのはハンスでした。ハンスは雷の光で目が眩みながら彼女が乗っている馬車がある場所へと走っていきます。


走っているうちに視界がだんだんと回復していき、馬車に近づいた事でハンスは馬車の状態を見てしまいます。

上位階級の人間が乗るのにふさわしい豪華な馬車が今では焦げた悲惨な状態になっている。雨にうたれて鎮火はされていますが今も煙をあげています。

雷のせいです。

馬車がこのような状態になってしまったのは先ほど落ちた雷が馬車に直撃してしまったせいです。

しかしハンスはなぜ馬車がこのような状態になってしまったのかまだ分からず、それでも恐る恐る馬車に近づいていきます。中にいる彼女の安否を知るためです。

すると突然馬車の扉が勢いよく開いたかと思ったら、馬車の扉の向こう側から勢いよく何かが倒れ落ちました。突然の事に驚いたハンスでしたが、その倒れたものに心当たりがあったハンスは恐怖心を置いて慌てて駆け寄ります。そして近づいた事で倒れたものの正体をはっきりと見る事ができました。


「だれか! たすけて!」


ハンスは倒れた者達を見てすぐに周りにいる大人達に助けを求めます。ハンスの助けを求める声に反応した人達が雷の衝撃がまだ抜けきっていない状態でありながらも何とか駆け寄り、そして倒れた者達を見て絶句します。つい先ほどまで幸せそうな笑みを浮かべて馬車に乗り込んだ2人が倒れているのを見れば当然の反応です。彼は彼女を守るように抱きしめている状態で倒れていました。2人とも雷によってできた傷が体のあちこちに見え隠れしていてとても痛々しい姿をしていました。


先ほど扉を勢いよく開いたのは彼が彼女を助けるために最後の力を振り絞り体当たりしたため。そして馬車から落ちるように出た時、彼女を抱き抱え彼女が傷つかないように彼は自分自身を緩衝材の代わりにしました。彼は最後まで彼女の事を守ろうとしたのです。


「おねがい! たすけて!」


2人とも意識はなく、医術の心得など全くないハンスでさえも2人がとても危険な状態である事は理解できました。ハンスは涙を目に浮かべて周りにいる大人達に再度助けを求めます。

2人を見て呆然と固まってしまった大人達はハンスの声のおかげで2人を助けるために動き出す事ができました。ある者は医者を呼びに走り出し、ある者は2人を呼びかけます。


大人達が2人を助けようとしている中、ハンスは大人達の邪魔にならないよう数歩ほど後ろに下がると、何か硬い物を踏んでしまいます。ハンスは視線を下に向けると足元には見覚えのある物が落ちていました。彼女がいつも身につけていた首飾りです。恐らく馬車から出た時首飾りの金具が壊れてしまい地面に落ちてしまったのでしょう。


それを見たハンスはまず、大人達の様子を見ます。大人達は2人を助けるために必死でハンスを気にかける様子はありません。それを確認したハンスは次に後ろを見ます。ハンスの背後には2人が乗っていた焦げた馬車があります。

そしてもう1度足元を見たハンスは首飾りを踏みつけ、そのまま地面に擦りつけるように後ろに向けて首飾りを思いっきり飛ばします。踏まれ蹴り飛ばされた首飾りはさらに破損した状態で馬車の下まで飛ばされます。それを確認したハンスは何食わぬ顔で彼女の元へと向かって行きました。


その後彼女は治療のためにその場から離れていきました。壊されてしまった首飾りはそのまま置き去りにされ、もう2度と彼女の元には戻ってきませんでした。



◆◇◆◇◆



雷が馬車に落ちた件からのその後。


まず、今回の被害者である彼女は命は助かりましたが意識は不明の状態。彼女を診察した医者達は雷で受けた傷の影響で彼女1人では日常生活を送るのはかなり難しいかもしれないと診断しました。

そしてもう1人の被害者、隣国の王族である彼も医者達からの手当を受けましたが、残念ながら彼は蘇生されず息を引き取りました。

彼とその遺品は早急に彼の故国に送られました。馬車の下に隠されてしまった彼女の首飾りは原型を崩されてしまったせいで馬車の装飾の部分と間違えられてしまい彼の故国に送られてしまいました。


彼女が意識を失っている間、他にも様々な事が起こりました。


まず、彼の親族達から彼はお前達が暗殺したのかと疑われ、彼女の国の王様や貴族達はその対応を行いました。幸い目撃者が大勢いたため疑いは何とか晴れました。しかし、彼の親族達は彼女の事を彼を死に追いやった雷を呼び寄せた不吉な女として彼の故国の立ち入りを拒否します。

それによって様々なところで様々な噂が飛び交います。実は彼女の陰謀で王族を殺した、実は彼女は魔女の血をひいているのではという根も葉もないものです。しかしそれによって彼女の評判はがくんと下に落ち、多くの人達が彼女から離れていきました。噂の飛び火は彼女の両親の元にもかかり、そのせいで彼女の両親は彼女の存在を煩わしく感じ彼女の見舞いに行く事はせず世話は全て従者達に任せ自分達の信用回復に集中する事にしました。従者達でさえ彼女の信憑性の薄い噂を信じ、彼女の事を不気味に感じ嫌々とした気持ちを隠さないまま彼女の世話を仕方なくしていました。


たった1日で彼女が築き上げてきたものは全て失ってしまいました。

もう彼女はどこにも行けません。

もう彼女の手元には自分のものがありません。

もう彼女には自由がありません。

もう彼女には彼女が愛した人はいません。

もう彼女を愛してくれる人は1人しかいません。


そう、1人しかいません。



◆◇◆◇◆



朝食の時間の前にハンスは花束を抱え機嫌よく鼻歌をしながらある部屋に入ります。


「おはよう! 今日のおはなは赤くてかわいいのにしたんだ。」


嬉しそうに微笑みながら手慣れた様子でハンスは花瓶の花を交換していきます。それが終わるとハンスは椅子に座りいつものように話しかけます。


「今日はとってもいい天気だよ。おひさまが出てあったかいんだ。」


天気の話から始まり、ハンスはこれからの予定の話や今日のおやつの話をします。話し相手は返事を返しませんが、ハンスは気にせず話し続けます。ハンスがしばらく話をした後、部屋の扉を軽く叩く音が聞こえます。


「はーい。どうぞー。」


ハンスが返事をすると音を立てずに扉を開き従者が数名部屋に入ってきます。


「今日もよろしくお願いします。」


ハンスは従者達にそう言って従者達と入れ替わるように部屋から出て扉の横に待機します。ハンスがしばらくそこで待っていると、従者達が部屋から出てきます。従者達はハンスに向けて軽く頭を下げると、次の仕事をしに行きます。それを見送ったハンスは再び部屋に入ります。部屋に入ったハンスは着替えた彼女を見てまた微笑みます。


「あっ。ぼくが選んだ服だ。さっそく着てくれたんだね。やっぱりとってもよく似合ってるよ。」


ハンスは褒めますが、彼女は返事を返しません。いいえ、返せません。何せ彼女は雷が馬車に直撃したあの日から意識を取り戻していないのですから。

彼女は今、ハンスの父が用意した部屋でいつ目覚めるか分からない眠りについていました。


「おきたらすきな色とか食べ物の話をしてほしいな。だって僕のおよめさんなんだもん。」


実はあの後、孤立してしまった彼女と結婚したいとハンスが申し出たのです。ハンスの申し出に周囲の大人達は驚き、動揺し、そして猛反対しました。しかしハンスは大人達に怯む事なく彼女と結婚したいと自分の意思を貫き通しました。

するとハンスを応援する人達が現れはじめました。

あの時事故が起きた現場にいたハンスは雷を受けて生死の境に彷徨っていた彼女の手を握り彼女の容体が安定するまで付き添い、そして今でも彼女の事を愛するハンスに感激し、親身に彼女の事を思うハンスに好感を持った人達は今も、そして今後もハンスへの協力をできる限りやっていこうと思い手を回しハンスと彼女が結婚できるよう応援し支援します。

何を言われても折れないハンスに周囲からの後押しがあり、ついに1番反対していたハンスの両親が折れました。

ハンスは自分の両親や彼女の両親達とよく話し合い、そして多くの人達の協力を得て、ハンスはついに彼女と結婚する事ができました。側室という形ですがハンスは彼女との結婚する事ができてとても嬉しく思い、そして協力してくれた人達に感謝の気持ちを伝えました。そして必ず彼女を幸せにすると自分に、そして協力してくれた人達に、そして眠り続ける彼女に向けて誓いました。


ハンスと彼女の結婚は多くの人達から祝福されました。


もちろんこの結婚は彼女が眠っている間に行われました。だから彼女は目覚めるまで大嫌いなハンスと結婚している事を知りません。

彼女は自分の両親に切り捨てられた事をまだ知りません。

彼女はこれから先ハンスの引き立て役として大人達に利用され続ける事をまだ知りません。

彼女はその生涯を終えるまで自由にならない事をまだ知りません。

彼女はまだ、愛する人が死んだ事を知りません。

このまま目覚めない方が彼女にとって幸せな事。しかしある日、彼女は目覚めてしまいます。何も知らないまま目覚めてしまいます。隣にいるのが彼ではなくハンスである事をまだ知りません。


彼女が目覚めた事にすぐに気がついたハンスは満面の笑みで優しく言います。


「ずっとずっといっしょだよ。」

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